第2話

 その時は子供らしく大きな声で返事をして、意味も理解しないまま約束した。

 小学校へ入学して二年ぐらいのことだった。そして、二年もせずに「あの人」―翔のお母さん―は、いなくなってしまった。後から聞いた話だが、約束した日にはもう余名宣告を受けていて、それでも長く生きた方だったらしい。翔のお母さんは「がん」だったのだ。

 その言葉の意味を理解したのは、翔と一緒に中学に上がってから。

 十三歳の誕生日、翔のお父さんから手渡された一つの手紙。そこには、「荒井(あらい)優希(ゆき)様」と便箋に記されていた。それも、なんだか見覚えのある字で。

 裏には送り主の名前等は全くなく、怪しいと思いながらも、私は、迷いなくその手紙を開いた。

 それは「あの人」からだった。

 一言で言うと、涙と決心の一日だったと思う。

 今でもその手紙は宝物を入れる大事な木箱に入れて、いつでも取り出せるようにしている。

 それから二年ぐらいだったと思う。翔へのウソが確実なものになったのは。


 鶴崎(つるさき)翔(かける)は私の幼馴染でとても大切な人だ。

 翔と私は母親同士が親友だったらしく、その関係が夫婦同士のつながりとなり、やがて家族同士のつながりになっていった。

 当然のように、小さいころから一緒にいたし、学校だって小中高、すべて一緒だ。

 最初は私が翔より全部、勝っていた。背丈だって、勉強だって、運動だって。

 それなのに。今では彼にすべて負けてしまっている。

 身長は成長期という名の差別により、頭一個分は下になってしまった。

 運動は小学校の時までは少なくとも同じだった。なのに、中学生になり運動部に入った翔は、文化部の私とは比べ物にならないレベルになってしまった。

 勉強だけは。勉強だけは勝てていたと思っていた。中学校の頃は、私が勉強を教えるという状態は少なくなかった。だから、高校に入っても、これだけは私の方が順位的に上だと思っていたのに……。

 部活を引退した後の運動部の男子の集中力は、目を見張るものがあるというのは暗黙の了解だろう。それにピッタリ当てはまったかのように、下から数えた方が早かった翔の成績は、あっという間に上から数えた方が早くなっていった。

 高校に入学するまでは私が勝っていた。今思えば、どんぐりの背比べ状態であったように思う。それも一瞬の間に終わってしまって、高校の学習環境に順応しきれなかった私は、最初は三分割すれば「上」に入っていたというのに、すぐに振り落とされてしまった。その間、順調に上がっていた翔はいつの間にか私を抜ききっていた。

 だが、身長や体力が変わってしまっても、勉強を教える立場が変わっても、私と翔の関係は変わらなかった。



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