第41話 猟刀の斬紅狼(後編)


 さて前回、この猟刀の斬紅狼を名乗る新顔のモフモフに連れられて屋敷まで気来たオレなのだが、


 ――なぜか今現在、正座をさせられている状況だ。


 ちなみに、ザンク本人も隣で正座させられている。


 その前には怒髪天を突く勢いのモフがおれ達を見下ろしている。


 そして全員全裸である。


 どうしてこうなったのか? それについては紆余曲折あったのだが、まぁ聞いてほしい。






「良いというまで誰も入るな」


 私室らしき部屋にオレと気絶したモフを招くなり、ザンクはそう言って人払いをした。


「――んで? お茶とか出ないんです?」


「それよりも、まずは疾く、このうつけを元に戻して――む!?」


 オレが担いできたモフは未だに目を覚まさない。――まぁ、それも当然だ。


「ん……んぅ……」


 モフは床に寝かされたまま、ごろりと寝返りを打った。


 その頬は紅潮し、息は荒く、肌は汗ばんでいるではないか。


 漏らされる吐息は、薄紅色に色づくかの様である。


 明らかに、ただ眠っているだけとは思えない。


「こ、これは何事ぞ!?」


「なんだよお茶ないの? なら、オレがお茶を入れてやろう」


 モフは寝苦しそうに身体をよじり、華奢な身体を身悶えさせている。


「貴様……一服盛りおったな下郎!」


 オレの差し出したお茶を振り払いながら、ザンクは叫ぶ。


「あー、そこは『何をした!?』って訊いてくれない? 『――かばねだ』って一回言ってみたいの♡」


 モフも迂闊うかつなやつである。以前にも使用した淫魔印ニムブスのイヌマンを少量、先ほどの茶に混ぜておいたのだ。


 そう、全てはオレの仕業よ!


「痴れ者め!」


 ザンクは決して広くはない部屋のなかで、巨大な猟刀を振りかぶる。


 自室だけあって、間合いは計るのは容易なのだろう。――だが、オレには通じない。


「いーから言えよー。ノリ悪いなー」


 巨大な猟刀を受け止める。さぁ、後はどうするザンクとやら?


「貴様、オレの助言を聞きとうは無いのか!?」


「じょげんー? そらそうよ。最初からお前に何かを聞く気などない。オレはただ――このモフモフをどう料理するかを考えていただけのこと!」


「お、おのれ……」


 ザンクは怒りに身を震わすが、しかしオレにも言い分はある。


「おまえだって本気で助言したかったわけじゃねぇだろ? おまえの狙いも、最初からこのモフだった。違うか?」


「……」 


「察するに、おまえはこいつを見張っていて、何かの機会が訪れるのを待っていた。たとえばオレと言うイレギュラーが割り込んでくること、とかな」


 薄暗い部屋の中、今にも飛び掛からんばかりの姿勢でうつむいたザンクの表情は窺い知れない。


 しかし、オレにはそのザンクの胸中までもが容易に想像できた。


「しからば、貴様はこのうつけをどうするつもりだ? そも、何が目的ぞ?」


「――オレには、あらゆる艱難辛苦を超えて抱かねばならぬ女がいる!」


 まぁ、お互い腹の中を見せ合わんと話も進むまい。オレはオレの胸中を語る。


 ま、言うまでもなくオレの目的は一つよ。


「だが、今のオレでは圧倒されるだけなんだ。相手はそれほどに強大なエロい女神! つまりレベルだ! ◆■◆ピーのレベルを上げるしかないのだ!」


「……」


「オレの狙いはハーレムなどではない。あらゆる世界を渡り、あらゆる経験を積み、神を超えるまでレベルを上げる! オレの目的はそれだけよ!」


「そのために、このうつけを歯牙にかけようというのか!? しかし……」


「まぁ、聞けよ――もちろんこのモフは一度本気でモフっておかねばならん相手だとは思っていた。――だが、オレの本命は別にある」


 ザンクは顔を上げた。あまりの驚愕に、自慢のイケメンも形無しである。


「貴様――貴様、本物の大うつけか!? よもや、あのバケモノを!?」


 オレは静かに笑う。そう、オレの大本命はあのバケモノ――大妖鳥の化身カルラである。ていうかバケモノとか言ってやるなや。


 ――――まぁ、知らん仲でもないし? あれやこれやして3Pとかに持ち込めれば、オレの◆■◆ピーのレベルの一気に上がるかなと思っただけなのだが。


 高レベルの神祇妖魔じんぎようまと交われば、それだけレベルが上がるというからな。


「死ぬぞ――死ぬぞ貴様! 何を考えていやる!!」


 オレは考えたのだ。どうしたら命を失うことなくガー様と爛れた生活を送ることが出来るのか。


 今のままではどう考えたところで、全宇宙の性の権化と化しつつあるガー様の餌食になってしまう。


 ならば、オレ自身がいくら喰らっても『喰らい足りぬ女』になるしかあるまい!!


 なんか逆説的だが、あの異常性欲を受け止めるには、オレが百戦錬磨の存在になるしかないのだ!


「もとより、命なんぞ惜しくはない。愛のためならばどんなことでもしよう!!」


 オレが喝破すると、ザンクはガクリと肩を落とした。


「滑稽だな。こんな男に、俺ごときが何を助言などと……」


「そう落ち込むなよ。お前らにも別に恨みはないんだ。――よければ先に食べる? この白いの♡」


「い……良いのか?」


「オレの目的は夫婦の寝室にお邪魔すること! ほら、もう女に戻したから」   


 なので、今のうちに弱みを握って味方にしておくのがいいでしょう。そうでしょう。そうしましょう♡


「しかし、あのバケモノに知られたら……」


 つーか、やっぱ有名なのね。


「まー、なんとかなるだろ。基本的に妄想の激しいスケベだからあの鳥女」


 基本的にバケモノかも知らんが、メンタルは雑魚だからな。一度懐に入ってしまえば後はなぁなぁで行けるタイプと見た! 


「ならば――ならば据え膳よ! やってやる!」


 ザンクは意を決し、一気に衣服を脱ぎ去った。


「応! その意気だ!」


 ついでにオレも全裸となる。特に理由はないが、勢いだ!


 ちなみにモフはとっくに全裸だ。喋りながら二人で脱がしてた。


 ほの暗い部屋の中に、白く浮かび上がる様な肌が印象的だった。


 凹凸の少ない細身の体は、しかししっかりと引き締まっており、無駄をそぎ落としたかのような機能美を、これでもかと見せつけてくる。


 何の夢を見ているのか、伏せられた睫毛には綺羅星のようなしずくが光り、苦悶を浮かべる白い眉間には熱い汗が滴っている。


 身悶えしているだけだというのに、いくら見ても見飽きない光景であった。

 

 ――ゴクリ。オレは生唾を呑み込んだ。


 うむうむ。ちっぱいもいいものだ。


「――く! だ、ダメだ……」


 しかし、ザンクは声を上げてうなだれてしまう。


 おいおい、なんだよ。いいところで。


「どうした!? あのバケモノのことか? あとのことなんて考えんな! 今を生きろ今を!」


「違う――クソ! 駄目なのだ!」


 ザンクは身をよじるモフから離れてしまう。どーやら萎えてしまったらしい。


 何がって? 言わすなよ恥ずかしい♡


 笑い話のようだが、本人にとっては大問題だ。ここは優しくしておこう。


「プスス……ま、気にすんな。そう言うこともあるさ♡」


「そうではない……実は……」


 そう言って、ザンクは語り始めた。


 要約すると、昔はモフとも憎からぬ仲で、いい雰囲気になったこともあるのだという。


 しかし経験のなかったザンクはモフと上手くいかずにケンカ別れしてしまったというのだ。


 あー、それでなんか曰く有り気だったのね君たち。


「ほぇー(興味なし)。それでハーレムなわけ?」


「そ、そうだ! 男としての自信が欲しかったのだ! 寄ってくる女は大勢いた――だが、今にして思えば、俺は、あの時のことを忘れられずに……」


 ザンクは涙を流した。それで、好きでもない女を大量にめとってハーレムを作ったわけか。


 道理で、引き連れてた女衆には嫁って感じがしねーわけだね。どーでもいすけど(半ギレ)


「……もういい。好きにせよ。俺は、俺はダメな男だ……」


「あいや待たれい!!」


 しかし立ち去ろうとするザンクをオレは引きとめる。なぜならいい考えがあるからだ!


「もう一回やってみ!」


「何度……やっても、同じだ!」


「いいやよく見ろ! 同じではない!」


「――――!?」


 ザンクの『男』が、先ほどとは違う反応を見せる。


「こ、これは――こんなことが!?」


「ふっ――心とは、摩訶不思議なものよな……」

 

 そう、オレは一度は女に戻したモフを、もう一度男に変えたのだ!


 するとあら不思議、しょんぼりしていたザンクが、急にやる気ととりもどしているではないか!


「今だ――行っけぇ!!!」


「し、しかし、――俺にはこれをどうしたらいいものか……」


「気にすんなって。やり方は女の子とそう変わらん」


「……うむ、しかし」


「でぇじょうぶだ! オラが横で見ててやる!」


「と言うか、キサマ最後まで脇にいる気か!」


 当然だ。何なら途中で参加するまであるわ。


「まぁ、任せておけ。オレは詳しいんだ!」


 だてにおちんちんランドを攻略してないからな!


「こんなことに詳しいとは――変態め」


 だいたい女神のせいだからノーカンだと思う。


「あと録画していい? 流出はさせないから安心して♡」


「痴れ者め!」


 ザンクは一喝した。やっぱ録画はダメですか?


「ちゃんと三脚を使わぬか!」


 撮るのはいいのかよ。変態はどっちだ!


「安心しろ。手ブレ補正がこれでもかと付いているデジカメだ! ――さぁ、行け!」


「――よし!」


「今だ! そこだ! ――行っけぇぇぇぇ!!」


「うおおおおおおおッッ!!!」


「――なにをやっているんだキサマ等は」


 いざ連結しようとしたところで、冷え冷えとした声が、まるでつららのようにオレ達の中耳を貫いたのであった。





 ――で、オレ達は全裸のまま正座させられることになったのでした。やっちゃったぜ!


「ちょっと薬の量がたらなかったか……」


「最期の言葉はそれでいいのか? もう言い付けるからな? 埋められろ、マントルまで」


 モフは本気だ。ホンキであのバケモノに言い付ける気だ。クソ! ひどい! 卑怯者! っていうかどんな腕力だ!


「良いだろう! この祭だ! キッチリとケリをつけようではないか!」


「誰が立っていいと言った!」


 一方、ザンクはひっぱたかれるのも構わず、立ち上がる。


「ええい、やめよ! 今度こそオレと夫婦めおとになろうぞ! 俺は、――今なら上手くやれる!」


「九狼――それはもう過去のことなんだ。やり直そうとしても意味はない」


「……」


 一変して、モフは手を伸ばしてザンクの頭を、やさしく撫でる。


「過去は過去なんだ。私だって心残りだったが、もう、お互いに家庭がある。反故には出来ない」


「お、俺は……」


「おまえが私を忘れないでいてくれて、私も嬉しかった。私も、……自分に責任があると思っていたから」


「そんなことはッ」


「良いんだ。お前の気持ちはもうわかった」


 ザンクは、まるで姉にそうされるかのように、膝を折ってモフの手を受け入れていた。


「――が、それはそれとしてとはどういう了見だキサマ!?」


 優しく頭を撫でていたはずの手が、一気に筋走り、ザンクの髪を掴み上げる。――忘れてはいなかったみたいですね


「そ、そそそそれはだな? おまえを大事に思うあまり……」


「それでわざわざ男にしてから襲おうってどんな理屈だ!! 変態にそそのかされおって! 愛想も尽きた! 二度と私に関わるな!」


 変態!? 近くに変態がいるんですか!? やだコワイ!


「うぐぁあああ!!」


 そのままモフはザンクを壁に叩き付けた。あらあらひどいことするわねー。 


「それと、嫁御衆よめごしゅうにもちゃんと目を掛けてやれ。あれでもお前を慕ってくれる者共なのだから」


「……う、うぅ……」






 そうして、オレとモフは屋敷を後にした。(服は着ました)


「まー、なんつーか? わだかまりが解けてよかったんじゃない?」


「まぁな。九狼のことは、ずっと見ていられなかった。――いろいろと問題はあるが、これでよかったのだろう」


 そうは言いながら、モフはモフで難しそうな顔をしている。無理をして突き放したってことなのかねぇ?


 しかし、これ以上外野がなんか言うのも野暮と言うものだろう。


 あとはクールに去るだけだな。

 

「まーとりあえずは一件落着ですね♡ それでは小生はこれで……」


 転生とかありますんで。


「いーや。まだ用があったのだろう? うちの嫁に」


「ひぃ!!」


 モフはがっちりとオレを捕まえた。どこから聞いてたんですか!?


「たっぷりと事の次第を聞いてもらおうではないか。――さぁ来てもらおう。我が家までな!!」

 

 やめて! 埋められる! マントルまで! 助けてマイガッデス!!





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