第42話 登場! カスケード・シルバーの悪魔!(前編)
「お昼寝をするときにですね、こう、ネコのぬいぐるみを脇に置いておくだけでもアニマルセラピー的な効果があるのだそうですよ」
いつもの通り、神域の一角で女神と向き合う。
「……そんなダメ人間のライフハックの話はいいので、さっさと転生させてくだちい」
しかし最近は、このいつものやり取りにも支障をきたすようになってしまっている。
この女神が色ボケしまくっているからである。――それ自体はむしろ歓迎するところなのだが、問題が1つ。
「じー」
なんか睨まれる。なんなの? あと自分で効果音出すとかなんなの?
かわいこぶってるつもりか!? チクショウ可愛い!
「なんすか?」
本来ならすぐにでも襲い掛か……抱きしめたいところなのが、それが出来ないからオレ様は困っておられる!
オレ様の特に一部が凄く困っていらっしゃるぅ!!!
「抗議のつもりなのですが。解ってもらえず悲しいです」
しかし、頭がのぼせているらしい女神はやれやれと肩を落とす。人の気も知らんでこの女……。
「あなたが一緒にお昼寝してくれないからこんな事を言っているんですよ? なんで最近はティータイムも無しで直ぐに転生しようとするんですか!? お土産スィーツもないし!」
しかも本人がこんなことまで言ってくる始末。
「だって、――だって添い寝した瞬間に意識が途切れるんだもの!」
オレはむせび泣く。
オレだって、ホントはオレだっていろいろしたいわ! 二人の共同作業でいろんなことしたいわ!
でもできないのである! オレの主観として何もできていない! こんなにもどかしいことがあるだろうか!?
「毎回オレ気絶してるじゃないですか! オレの意識が切って落とされるじゃないですか! 気が付くとすごい時間経ってたりするし! 毎回オレを意識不明にして何やってんですかアンタは!?」
5時間も6時間も眠らされたらそれはもう昼寝じゃねーだろ! 毎回UFOにでもさらわれてる気分だわ!
「だ、だって……意識があったら恥ずかしいじゃないですか♡」
「ホントに何やってんの!?」
ねぇ、何されてんのオレ!? ヒューマンミューティレーションとかじゃないよね!?
「オレは好きな人といちゃつきたいの! 自分の意思で!! 一方的なのはごめんだよォ!」
なんで一番楽しいところを毎回スキップさせられにゃならんのだ!
「ですが……これはあなたを守るためなんです。こうでもしないと私は自分を抑えきれないので……」
「グムム~ッ!」
やはり、問題はそこか!
オレはうめきを漏らし、崩れ落ちる。
そう、全てはオレにガー様の全てを受け止める器量が無いからなのだ。
こんなに情けない事は無い。
「やはり……やはりオレ自身のレベルを極限まで高めるしかない!」
神の領域へ、さらにはその上を目指さねばならんのだ!
「つーわけなので、さっさとオレを神の領域へ送り込んでください! 遊んでる暇などない! 修行じゃ!」
やったるで! ワイはやったる! 燃え上がれワイの
「……解りました。期待はしていませんが、あなたの希望に従いましょう。どーせムダだと思いますし、現状維持が一番だと思いますけどー」
期待はしろよ。つーかなんで不満たらたらなんだよ。
「ああん? なんか言いたいことでもあるんすか?」
非協力的な態度をとりやがって……場合によっては許さんぞ?
「だって、そう言うからには今日は何もさせずに去るつもりなんでしょう? ――ひどいッ」
ガー様はそう言って、悲しそうに眉根をひそめる。
「そりゃあ、オレだってガー様の為に何かしたいですよ。でも……って、いやちょっと待て」
その手元にしっかりと握られているデカいネコの着ぐるみのようなものはなんなんだ?
「……じー」
何を目で訴えようとしている!? 着ろってか!? それを着ろってか!?
「……着ませんよ?」
「言ったでしょう? 私は寝起きでネコと戯れたいのです。――さぁ!」
「さぁ! じゃねーし! やめろ! そんサービスはやっていない!」
しかし制止の甲斐もなく、ガー様はそれをぐいぐい押し付けてくる。
くそ! なんてパワーだ!
「似合いますから……デュふ♡ 絶対、絶対似合いますからぁ♡ デュふふふぅ……」
「おいぃぃぃッ!! 正気に戻れこの色ボケ女神ぃぃ!」
――ダメだ。この女神! 頭ん中お花畑になってる! 人の話なんて聞いちゃいねぇ!
「ふざけるな! こんなところにいられるか!」
このままでは尊厳にかかわる! オレはなりふり構わず逃げ出した。
ペット扱いはごめんだぜ!
「あ!? ――待ちなさい! 今、外に出ては……せめて、せめて一回ソレ着てみせてください! 絶対可愛いですからぁ!!」
そうして、オレは神域を後にした。
「危なかった――貞操とかの意味では手遅れなのかも知らんが、とにかく危なかった」
改造手術を受けさせられるような恐怖感があったぜ。
好きな人といちゃつきたいだけなのに、なぜこうなるのだろうか?
「あと、趣味がおかしいっつーの。おっさんにこんなネコの着ぐるみ着せてどこに需要が有んだよ」
着たけど。
一応着てみたけど!
「つーかまた通販だろこれ。部屋狭くなるから整理してからにしろと何度言ったらわかるんだあのダ女神は!」
オレはひとり、ネコスーツを着て河川敷のような場所でたそがれる。
ていうか、ここはどこなのだろうか? 商店街とかあるし、何気に広いんだよな
「――あらネコさん。おひとりでどうしたのかしら?」
ああ、とにかくエロい事がしたい。
などと思っていると、なんとも蠱惑的な声が聞こえた。
媚びるような美女の気配! ――やれやれ、ホントに需要があったとは驚きだな。
オレは出来る限りダンディズムなネコを装い、振り返る。
なんか夕日の沈む河川敷の雰囲気的にそうするのが良いと思ったのだ。
――てかなんで夕日が見えるんだろうか? まぁ細けぇことはいいか。
「やめときなお嬢さん。知らない野良ネコに、エサなんてやるもんじゃないぜ?」
「うふふ。何もあげるなんて言ってないのに」
背の――背の高い女だった。
少なくとも見た目は。
「おねだりが得意なのね。ネコさん♡」
鮮血のごとき深紅の翼が、夕日の光の中に在って、なおも目を焼くかのようだった。
そして奇妙に浮遊して虚空を流れ、視界を席巻するかのようなターコイズ・ブルーの流髪。
凄まじくグラマーな肢体は、まるで冗談のような奇跡的なプロポーションを保っている。
基本的に二次元でしかあり得ない体形が、そのまま実在しているかのようだ
尋常ではない美貌を秘めた女だった。
まさしく、魔性と呼ぶべき女。
「――で、何しに来たの悪魔ちゃん?」
すでにお分かりだとは思うが、その血色の羽と髪色の時点で察しはついているのだ。
姿は完全に大人になっており、背中の翼も6枚に増えている。
幼くも怜悧だった顔も年相応に大人びて、まさか同一人物とは思われない。
恐らくは、また悪魔合体した姿なのだろう。
少々驚いたが、二番煎じは感心せんぜ?
「なにって、誘惑しにきたに決まってるでしょ? こーんなところに一人でいるんだもの。んっふふー。悪魔にさらわれても文句は言えないのよ♡」
なんて言いながら悪魔ちゃん(大)はデカい図体でいつものキュートな仕草をする。
……なんだがシュールに見えるなぁ。中身がついてこないと変な人になっちゃうぜ?
「んなこと言われてもなぁ。てか今度は誰と合体したの? ピーちゃん?」
「違うわ。別の奴よ。普段は捕まらないんだけど、ちょうど寝てるのを見つけたから、強制合体したのよ!」
――犯罪じゃないんだろうか?
悪魔のいう合体が人間社会においてどういう行為に相当するのか想像できんのだが、少なくとも相手の同意を得ずにやるのは良くないことのような気がするのだが。
「妹ちゃんもいるのー?」
「『うん、いるよー。ヒマー』――って、ちょっと黙ってて! 今はみんな「私」なのよ! ちゃんと協力して! 良い? 今から本気で「ゆーわく」してやるんだから!」
合体中ってそんな感じなのかー。
「でもねー、悪魔ちゃん。大人になったからって簡単に誘惑とか……」
「えーい!」
オレが大人の余裕でたしなめようとしたところで、エアバックのようなものがオレの顔面に押し付けられてきた!
なんだ? 事故か!?
「どうだぁ! その辺の女神よりもすごいでしょお!?」
意外! それは特大おっぱいであった! ――って言ってもなぁ。
「やれやれ。おじさんをからかうもんじゃないよ?」
オレはフガフガしながら言う。カラダは大人でも言動は子供のままなので、誘惑もくそもないんだよなぁ。
そもそも、中身は悪魔ちゃんだと思うとあんまりエロい気分にもならないんだよなぁ。
――なんて思っていた時期が、私にもありました。
何の恥じらいもなく、ただ押し付けられるだけのおっぱいなわけですが、最近こういうエロいイベントが無かったことも有り、なんていうか……悪くないかも、なんてね♡
「ふふーん! ほらほらどうしたの? 早く逃げないとホントに魔界まで連れてっちゃうわよぉ?」
悪魔ちゃん(大)はそう言いながら、両腕と、さらに6枚の翼でもって、さらにオレを抱きしめてくる。
合体によって増大したパワーが尋常じゃないので、そもそも逃げられない。
――というのもあるのだが、今のオレは心理的にもこの柔らかさに負けてしまいたくなる。
「そーなのかー。あーもー、せっかく女神の誘惑から逃れてきたところなのになー! 連れてかれちゃうのか―(チラッ)大変だなー困ったなぁ―(チラチラッ)」
まぁいいや、ちょうどいいから愚痴も聞いてもらおう。
「――ッッ!? な、何かあったの?」
「聞いてくれるの? 悪魔ちゃん(大)」
オレが上目づかいでしおらしくすると、悪魔ちゃんは驚いたように眼を見開いたあと、顔面を器用にとろけさせ、そのあとでニマーっと赤面した。
「んもぉぉぉぉぉー(超高音)!! 仕方ないわねぇぇぇぇ!!!」
そして力づくの拘束をやめ、しっとりと肉づ付きの良い足を畳んで、オレにひざまくらをしてくれる。
「さ、いいわよ? 何があったの?」
そして頭をなでなでしてもらいつつ、話を聞いてもらう。――こういう時はある程度好きにさせたほうがいいからね。経験上ね? 経験上仕方なくね?
「てゆーか聞いてよぉ。ガー様ったらひどいんだよぉ」
ううむたまらん。――が、勘違いしないでほしい。これはあくまでセラピー的なものであり、児童回春でもなく犯罪行為でもない。いいね?
「もう仕方ないひとね♡ 全部聞いてあげるから焦らなくていいのよ♡」
ああ、柔らかい。あったかい。いい匂いする。意識も途切れない。癒される……ストレスが溶けていくかのようだ。
「でへへへ。もっと撫でてほしいにゃー」
オレはここぞとばかりに猫なで声を出しつつ、いつまでも触っていたくなるような太ももにグリグリする。――重ねて言いうが、これは犯罪ではない。いいね?
「ホントにネコちゃんみたいね♡」
でも考えたらここ、外なんだよなー。野外でこんなイメクラプレイとかとか狂ってんなー。止めないけど。
「うふふ。なんでも聞いてあげ――――うッ!」
「どしたん?」
と、そこで悪魔ちゃんは急に切迫した声を上げる。なにごとだ!?
「い、いけないわ! 目覚めてしまう! ――ダメよ、言うことを聞いて……あ、あぁぁぁッ!!」
そして妙に艶っぽい声を上げたかと思うと、悪魔ちゃん(大)は身体を震わせ、崩れ落ちた。
次の瞬間には、
「んもぉぉぉぉ! なんで分離しちゃうのぉ!?」
「だってヒマなんだもん。今度はおねーさまが下やってよ」
「んぎぃぃぃ! よく寝たぁ。――ここどこォ? わたいはだれェ??」
三人のおチビさんが出現していたのでした。
うん! ――んなこったろうと思ってたよぉぉぉ!! 実は最初からなぁ(泣)!
中編へ続く
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