第40話 猟刀の斬紅狼(前編)


「――ってことでさぁ。最近大変なのよ」


 いつもの神域――ではなく、今回は寄り道をして、モフ夫のところにお邪魔しているオレである。


「もうさ、女神や悪魔がオレをめぐって? なんつーかもう、オレの取り合いだよ取り合い。困っちゃってさー」


「知らん。さっさと帰れ」


 巨大な原生林の一角であった。


 日差しは暖かく風も穏やか。なかなかいい所だ。


 ここがいわゆる巨人たちの縄張りなのだろう。


 しかし、そんな野趣あふれるお茶会に、モフは乗り気ではない模様だ。

 

 なんでなの? おなか痛いの? 


「なんでそんなこと言うんですか!? 聞いて!? 真面目に聞いて! オレに興味持って!」


 前に相談に乗ってやっただろうが!!


「……おまえはこの前、私に何をしようとしたのか忘れたのか!?」


「? 覚えてるけど?」


「なんで『だから何?』みたいな顔が出来るんだお前は……狂ってるのか!?」


 ええい黙れ! 今回の議題はそんな事ではない!


「そんなこと言いながらどうせ裏では楽しんでるんだろ? 知ってんだからな? この前のブツイヌマンを使って嫁と楽しんでるんだろ? 正直に言っていいのよ?」


 オレは切なげなドヤ顔を決めた。これにはモフも観念するしかあるまい。


「そんなわけあるか!」


「グワー!」


 意外! 返答代わりに熱湯が浴びせかけられた。あんまりだ!


「なんてことをする! 照れ隠しか!? だったら許す! ――が、そうでなかった場合は許さんぞ!」


「やかましい! 茶を飲んだらさっさと帰れ!」

 

 つれないモフモフめ……。


「んまぁ、遊びはこの辺にしておいて、困ってんのはホントなんだよ。マジで話だけでも聞いてください」


 オレは頭を下げた。しかし応答はない。


「お願いします! このとーりだ!」


 オレはさらに頭を下げた。これでもかと額を地面にこすりつける。


 しかしまだ応答はない。足らぬと申すか!


 オレはさらに頭を下げる。頭部は完全に地中に埋没した。


 しかし何も聞こえない!


 くそぅ! これでもまだか!


 ならばさらに深く、より深く――――


「……まで、」


 ん? 


 なんか聞こえたような気がしたが、よくわからん。よく考えたら地中だと何も聞こえんな。


 よし、地上まで戻ろう。


「どこまで行く気だ! 戻ってこい! 鎮守の森を掘り返すんじゃない! ――わひゃあ!!」


 地中を反転し戻ってみると、モフの足元であったらしい。


 屈みこんでいたらしいモフのお股の間に頭を突っ込んでしまった。ハハハハ。ミステイク!



 


「……すいませんでした。本当にただお願いしたかっただけで」


 モフはしばらくの間地中に埋まって動けないオレを無言のまま折檻せっかんした。


 殴られることよりも、終始無表情・無反応なのがこわかった。


 教訓。何事もやりすぎは逆効果ということらしい。


「……言いたいことがあるなら早く言え」


「え? 聞いてくくれるのん?」


 意外な返答に、オレは跳びあがった。


「聞かないと帰らないんだろう? これ以上何かされるよりはマシだ。もさっさと用事を済まして帰ってくれ」


「うわぁぁぁぁああん!! ありがとナス!」


 オレは感涙のあまり、再びモフに抱き着き、お股に頭を突っ込んだ。


 ――アレだよ、よくワンコがうれしすぎて突っ込んでくるだろ? あれを再現したかっただけなんだけど、


「やめろ」


 返答は低く冷淡であった。――うむ、天丼芸はお気に召さない、と。


 オレは静かに頭を引き抜いた。


「……すいません。あの……」


「やめろ」


「あ、はい。でもその」


「座れ」


「……はい」


「では、喋れ。次はないぞ」


 モフは刃物を突き付けながら言う。


 そんなに怒んなくたってよくない? 





「つーわけで、ハーレムルートで行くべきなのかガー様一筋で行くべきかっていう相談をだね」


「考えるまでもない。一夫多妻などろくなことにならん。一意専心を心掛けよ。以上だ」


 モフは「アホらしい」とばかりにズバッと言い切り、自分の言葉にうむうむとうなずく。


「言い切るじゃねーの? でも、ここいらの狗神はハーレム有りなんだろ?」


 だからこそ、話を聞きに来たわけである。


「あ! ――べ、別に、アンタに会いくなかったわけじゃないんだからね!?」


「極めてどうでもいい……。しかし、それなら尚のこと、私に聞いても無駄だ。私はそういうものを好かん」


 オレのツンデレ的(?)な態度を無碍むげにしつつ、モフはまた茶をすする。


「だいたい、何が不満なのだ貴様は。あの女神殿に見初められて万事はうまくいったのだろう?」


 だったら相談になんてこねーよ。


「だってさぁ、オレって結局、ガー様の前だと『女の子』なんだもん」


 そう。問題はそれなのである。しかし、


「そ、そーいうのは言わんでいい。恥ずかしげもなく……♡」


 モフは顔を赤らめた。そうじゃねーよ!


「違う違う! プレイの話じゃねーわ!!」


 オレは事情を説明した。


「……なるほど。まー平和で良いではないか。乳繰り合うだけが男女の仲でもあるまいし。相手を大事にすればよい」


 おのれ! 達観したようなことを言いおって! それで済めば初めから相談になんてこねーんだよ!


「でもさー、ガー様にはなんもできない一方で他の女子には好かれるわけでさぁ。これでいいのかなって」


「変なところで優柔不断な奴だな。一度決めたことなら貫くべきだ」


 ううむ。言い切ってくれるなぁ……。しかし、この場合はそれがありがたくもある。


「じゃあやっぱり……」




「――――笑止!! 言いよるわハンパ者が!」




 やはりガー様一筋で行くべきか。とオレがうなずきかけたその時、どこからともなく明朗な声が響き渡った。


 次の瞬間、身の丈を超すような巨大な刃がオレとモフとの間に飛来した。


「おいおい――なんだこりゃあ」


召崇潜狼しょうすうせんろう!!」


 が、とっさに飛びのいたオレ達を巨大な狼のアギトがからめ取ってしまった。


「グワアアアァァァァッッ!!」


 オレは絶叫する!


 無数の巨大な狼の顔だけが、まるで実体がないかの如く、影の中から生えているのだ。


 ――召喚術の類いか?


「これは――」


 モフが声を上げる!


「我らが父祖の霊を呼び出し使役する……族長にしか扱えない術だ」


 おお、モフの親戚か。


 なるほど、道理で


「グワァァ……無数のわんわんおがオレにまとわりつつ、動きを封じてくるぅぅぅ!!」


 やだもう、フッカフカやん! たまらん!


「なんでうれしそうなんだお前は! 我らの父祖と言っとろうが! 気まずい!! ――いや、それよりもこれは……」


「――誰の許しを得てこんなところで茶をたてておる!?」


 すると、オレたちの前に10数名の人影が立った。


 そのうちの頭目らしい男が、ズイと、オレ達の前に歩み出てくる。


「なんだコイツ」


 なんか新しいモフモフ――つまり狗神が出てきたぞ? というかモフ夫とよく似てんなぁ。こいつも親戚?


九狼くろう! 何のつもりだ!」


「何度も言わすな、うつけめが!」


 その男は、先ほど投げつけられた、身の丈を超えるほどの巨大な刃を拾い上げ、軽々と背に負った。


「オレ様の名は斬紅狼ざんくろう! 猟刀りょうとう斬紅狼ざんくろうよ!!」


 モフに比べて体格もよく、長い手足と真っ白な長髪を乱れさせた、見るからに色男といった風体の獣人であった。


 大見えを切り、自らの名を大喝する様はなかなかに様になっていたが、そのあとで自画自賛でもするように手鏡なんぞ取り出したのがマイナスだな。


 見るからにナルシストっぽいぞ、こいつ。


「で、なんなの? 知り合い?」


 オレは顔を四角くつつモフに尋ねる。


「……同じ部族の、幼馴染みのようなものだ」  


九狼くろうってのは?」


「……あの猟刀『斬功』を得てから、九狼という名を斬紅狼ざんくろうと改めたのだ」


 だよねー。こいつも真っ白な狼男だし、ふつうは『斬紅狼』なんてつけねーよな。


 自称かよ(笑)


「喋るなうつけめ! ――だいたい!」


 九狼――いや、斬紅狼といったか。面倒だからザンクでいいや。ザンクは一人、ぞんざいにアゴを上げたままオレを見る。


「なんだお前は?」


 なんだちみはってか!?


 うーむ何と答えたものか。とりあえずこのモフの知り合いらしいし、要点だけ伝えよう。


「なんやかんやであって、そこのモフモフを性転換した者です」


「言うなバカ!」


「ほう? ほう、ほう。これは思わぬ僥倖ぎょうこうよ! おもしろい。ならば即刻このうつけを元に戻せ!


 どこぞの王様かと言わんばかりの尊大な物言いで、ザンクは言いつけてくる。


 オレがどうしたものかと思っていると、隣でモフが声を上げた。


「そんな! 勝手なことを言うな九狼!」


と呼ばぬかうつけめ!」


「んー、戻してどうすんの?」


「愚問だな。当然、妻にするのだ!」


 オレの問いに、ザンクは当然だとでもいうように言い切った。


「ほーう?」


 何やら事情がありそうだなぁ?


「取り合うな! くそ! お放しくだされ父祖様方!」


「たわけ!」


 ザンクが手をかざすと、オレ達を拘束する狼の牙がより強く体に食い込んでくる。


「……うぅ!!」


 モフは苦悶の声を上げる。


「わーったよ。話は聞いてやる。――だからその辺にしときな」


 とりあえず、事情は知らんがリンチは気に入らん。嫁にしてぇってんならなおのことな。


 オレは拘束を無造作に振り切ると、ただ一歩、特大の震脚をもって大地を踏み抜いた。


「――――ッ!」


 息をのむの音が聞こえる。オレのただ一挙動で、先のわんわんおは霧散してしまったのだ。


「悪ぃな。どうやらレベルが違うらしい」


 このザンク、モフよりはちょいと強いらしいが、いままで神や悪魔のトップクラスとやりあってきたオレからすれば、いかにも低レベル!


 正直、相手にならんぜ!


 しかし、ザンクと共に周囲を取り囲んでいたケモ耳女子たちは明らかな殺気を向けてくる。しまった。だからって乱闘はいかんな。


「――やめい! この男、手練てだれよ!」


 それを収めたのはザンクであった。


 意外にも話の分かるヤツだな。さすがにこの場で暴れるわけにもいかねぇから助かったぜ。


「お前たちはいいというまで下がっておれ。――して、よ。非礼は詫びるが、その上で改めて妻を返していただきたいのだが?」


 妻っていってもねぇ?


「でもなんか本人嫌がってる風だったけど?」


「スネているだけのことよ。元より俺の妻の1人になるのは確定だったのだ!」


 妻の1人ってどういうことだ?


「見ての通り、ここに引き連れたるはすべて俺の妻よ! ――さて客人、先ほど、何やら胡乱うろんなことを申しておったな?」


 ふぁ!? 聞かれてた? やだ! 忘れて!


「ならば、この俺が真の助言をくれてやろう! 女を選ぶ必要などない。己が見初めた女は余すことなく己のものとすべきだ!!」 


 えらいをことを抜かし始めたなコイツ。


「しからば、俺の要求にも素直に頷けよう! ささ、参られい!!」


 オレの返答も聞かず、ザンクは颯爽と背を向ける。


 グイグイ進行するやつだな。いやしかし、モフとは正反対の意見だ。――ここはひとつ、その助言とやらを聞いてみようか。


 オレは伸びてしまっているモフを担いで、ザンクに誘われるままに着いていくこととした。







後編に続く

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