第8話 強襲! 悪魔の妹(後編)

 という訳で、すったもんだもあってなんとか全員席についての会食となった。すごぉい疲れた気がするよ。ナンデ?


「今回はお招きに預かり光栄ですわ――これ、つまらないものですが」


「あらら。これはご丁寧に」


「……気を付けてください。こういうとき本当につまらないものを寄越してくるのが悪魔です」


 ガー様が警戒した様子で耳打ちしてくる。やめて! 耳が孕む!


 ま、まぁ、そういうのは下々の者どもの間でも時々ありますしおすし……


「せっかく仲直りの席なのに、そんな事しか言えないなんてつまらない女神ね」


「――無礼であったことは認めます。ですが、そもそも仲直りがどうのと言うのは私の言いだしたことでは」


「はーい、ケーキだょお!」


 すぐに本題に入ろうとする女神のセリフを遮る。当人は邪魔をするなとでもいうような顔でこっちを見てくるが、いやいや、ガチすぎんだろ。


 もうちょっと駆け引きとかあんだろーが!


 ほっといてもこの子らはここに来ちゃうんだよ!


 だから今後のためにも腹芸のひとつも見せてほしいんだが――このクソ真面目な女神には無理な相談なのか?


 クソ、こんなことなら悪魔との和解に向けて腹芸のレッスンでもしておくんだった! 


 そう、マンツーマンで、ガー様の真っ白なおなかに絵筆をって落書きをしたり、腰のくねらせ型をあーでもねぇこーでもねぇと夜通し指導したりとゲヘヘヘヘ。  


「『腹芸』の意味が違う!」


「グワーッ!」


 また電撃だ。なんか昭和のコメディみたいだから電撃でのツッコミとかやめません?


「なにをする!」


 ていうか、なんも言ってないでしょうが! 


「人間の思念は漏れやすいと言ったでしょう。よこしまな考えはすぐにわかりますよ!」


 そうだっけ? 覚えてるような覚えてないような……。


「楽しそうねぇ。そうやってすぐに2人の世界に入っちゃうのって素敵だわ。キレそう」


 一方、悪魔ちゃんはそんな事を言いながらクスクス笑う。


 フム。オレの慧眼をもって洞察するに、――これはキレてますな。


「別に、楽しくなどありません」


「あらそう? でも否定されるばかりでは会話って面白くならないわよね」


「……」


「あら? 信じられない? じゃあ何か話してみて下さらない。――実践してあげるから」


「……」


 世にも稀な美女たちは互いに目を細めて睨み合う。


 ――あらやだぁー。すっげぇ仲悪い。すっげぇ空気重い。どうしよう。逃げたい。


「逃げるのなんてダメよぉー。あなたの主催したお茶会でしょう?」


「……悪魔と神が一堂に会したなら、どうしてもこうなるんです」


 やだもぉーッ。何にも言ってないでしょー!!


「そ、そーだ。ケーキ! ケーキあるからね! いやぁ、今回のは特大だから――――」


 食べがいがあるぞぉーーっと、視線を振るが、何故かウェディングケーキの土台みたいなサイズのホールケーキが見当たらない。


 いやいやあんなダンロップのタイヤみてぇなもんが無くなるはずが――


「ぅま。ムフ――ハフ。けぇき♪ うんま。けぇきぃ♪」


 妹ちゃんであった。目に飛び込んできたのは筆舌に尽くしがたい姿だった。


 メカニカルウィング(仮名)から伸びたマジックハンドと自らの小さなおててをつかい、この幼女はタイヤ一本ほどもあるケーキを、今の一瞬で平らげていたのだ!


 て言うか、この展開、前にも観たことあんだけど!


 てゆーか、顔ケーキだらけじゃねぇか! 全身で食ってんのか!?


 というほど、妹ちゃんはケーキまみれだった。むしろケーキを浴びているかのようであった。


「かわいい!」


 一方なぜかそんな野生動物的な姿を見た姉はこれを激賞している。なんでさ?


「いや、テーブルマナーは? テーブルマナーテーブルマナー! レディなんでしょ!? ねぇ!?」


 実際、前回の時とは違い、この悪魔ちゃんのテーブルマナーは完璧である。この娘に限っては、前回のあれもわざとだったわけだ。


 ――が、この妹は違う。これは天然ものだ! 知恵者の悪ふざけでやれるレベルを超えている!


「だから言ったでしょう。――これが悪魔なのです! こんなケダモノと話し合うなど!」


 もはや言う事は無いとでもいうように、ガー様は席を立つ。いやでもこんなことで――って、駄目だ普通に泣いてる! そうだねケーキ喰われちゃったもんね!


「そうでしょう!? これが悪魔よ。より純粋な悪魔。だからこそ、この子はすばらしいの」


 そう言って、悪魔ちゃんは妹の顔に着いたケーキをべろりと舐めとると、蛇のように美しく笑い。こちらを見る。――やだエロい!


「残念だわ転生者さん。――これ以上はもう無理みたい」


「ええ。――ええ、そうです!」


 言って、ガー様も自らの神器だとかいう杖を手に取る。


「これ以上話し合いなど無意味! この場で捕獲するしかありません」


 ――って、なんでそういうハナシになるのさ。


「いや、まだ全然話し合ってないじゃん」


 ケーキのことは驚いたが、そんな殺気立つようなことかね?


「てか、武力行使はご法度なんじゃねーの? お互いに」


「誰にも知られなければいいわ。私の妹への侮辱――償わせてあげる」


 空気はどんどん一触即発のものへと変容していく。


 ――いやいや、俺マジで喧嘩させるつもりじゃなかったんだけど。


 えー、これどうすっかなぁ。さすがにガー様を守らんとなぁ。ドンくせぇから100パー負けるよなこの女神。


 でもその場合オレ死ぬんじゃねーの? 神域ここで死ぬとオレってどうなんだろ?


 と、その時、ばたーん、とデカイを音立てて、妹ちゃんが椅子から転げ落ちた。


「おい、どうした!?」


 急ぎ、抱き起してみると……


「スヤァ……」


 寝とるがな! てかこれも見たことあんだけどぉ! 姉妹で芸風一緒か!!


「一緒じゃないのよねぇ……」


 すると、悪魔ちゃんは完全にガチ寝してしまっている妹ちゃんを軽々と抱え上げた。


「私のは……どこかフリっぽかったでしょ? どこかで考えてやってるのよね。この娘を見てるといつも思うの。――自分は悪魔としての純度が足りないって」


 なんじゃそら? 悪魔なりのコンプレックスみたいなもんがあるってこと?


「だから、私のこと子ども扱いしてくれる人、好きよ」


 真っ直ぐに見つめるようにして悪魔ちゃんは言葉を掛けてくる。


「――でも、そんな人が、誰かのものって許せないの。だから、その女神のことは嫌い。殺してやりたいわ」


「……」


 ストレートに感情をぶつけてきますね。いや、才能あるって、悪魔の。


「だからさよならよ。もう来ないわ」


「あーそう」


 なんつーか、一方的な子だねぇ毎回。


「じゃあね」


 また一方的に言って、悪魔ちゃんは背を向ける。

 

 まぁ、そう言ってくれるなら俺も気が楽だ――


「ああ、じゃあ


 ――などと問屋がおろすと思うな。人の話を聞け。お前は、まず。


「また――って」


 そこで、俺は両手がふさがったままの悪魔ちゃんの頭をわしゃわしゃした。


「な――――なにするの!?」


 信じられない! とばかりに、悪魔ちゃんは声を裏返す。だが止めてやらん。


「あのさぁ。オレは別にガー様のもんじゃねぇし、あんたの都合で振り回されてるわけでもねぇんだよ。下男じゃねェんだから」


 一方的すぎんだよ。つーかアレだな。コイツもある種のコミュ障なんだな。


 別に悪魔と女神だから剣呑なんじゃなくて、コミュ障同士だからかみ合わなかっただけ、に俺には見えた。


「よって、勝手に仲直り会を打ち切るのはオレが許しません。次も来なさい。イイネ?」


 すると、悪魔ちゃんは背中の羽で俺の手を払うと、髪もわしゃわしゃのまま、距離を取った。


 そして赤い目で俺を睨み据える。


「――本気にするわよ」


 そしてぼそりと呟く。


「いいのね? 今度も来るわよ!? どうなってもしらないわよ!? ――次はもっと大勢で来てやるから!!」


 と、聞き捨てならないセリフを残して、妹を抱えた悪魔ちゃんは姿を消してしまった。


「――しっかし、どっから入ってきてんだろうねアレは?」


「そんなことより……」


 ガー様が恨みがましい――と言うよりは心底呆れたかのような声を掛けてくる。


「なんであんなことを言うんですか?」


 そうさのう……。


「んー、ひとつは、あのまま返すと何かしでかしそうだなと思ったことと――あとは単純に後味が悪いってハナシ」


「……」


「つーか、ガー様もあの子もさ、自分は○○でなければ、みたいなのが強すぎんじゃねーのォ?」


 今のはさすがに不器用すぎない?


「……皆まで言わずともわかります。――自覚がないわけでもありません」


 そういって、ガー様は箱詰めのチョコレートを差し出してくる。


「あらら。ちゃんとお土産持って、妹も連れて――けっこうワクワクで来たんだろうなぁ」


 このチョコもけっこう上等なヤツじゃあないの。――悪魔ってどこで買い物してんだろ?


「……」


「追い返したらいかんでしょ」


 なんつーか、めんどくせぇ連中だなぁ。


「悪魔と懇意になどできません」

 

 まだいうか。――なにがあったかしらんけどさ、


「ですが、ここに引きつけておけばある程度の抑止と、監視にもなるというのは良い案です」

 

 言って、ガー様は自分のデスクに向かう。


「……」 


 とりあえず耳赤くなってんだけど、ここはからかっとくべき? べき?


「余計なことを考えてないで、さっさと次の転生の用意をしてください」


「次ねぇ? ――次と言えば」


「……」


「もっと大勢で来るとかなんとか……」


「……責任、とってくださいね」


「ガー様、オレ、ヴァイキングとか、やめるよ」


 なんかやられるほうの気持ちが想像できちゃった。


「……出来るだけ、楽しんできてください」


 まるで、「次はないから」とでも言うように、優しい声でガー様は言った。


 



完    

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