第9話 やめてください死んでしまいます


「なんなんですか? これは……」


 神域。そこにいつになく暗鬱な空気が漂う……。

 

「簡単に言うと……モンスターのお肉です」


 両者の間にデデドン! と鎮座するのは奇妙な色合いの獣肉である。


 バカでかいヤギだかシカだかのもも肉の辺りをイメージしてもらえばいいかもしれない。


「……なんでこんなもの持ってきたんですか!?」


「実は、前に転生先でこれを解毒できないかと試行錯誤してたら……なんか死んじゃったみたいで……」


「記録では魔王まで倒したはずなのに……なのに食中毒で死ぬってアナタ……」


 女神はあきれ顔をするが、仕方がない。これには仕方のない理由があるのだ。


「いや『ダンジョン飯』が面白くて、つい……」


「なんですぐマンガの真似したがるんですか!?」


 いや間違った。それもあるがちゃんとした理由もある。


 それはそうとして、『ダンジョン飯』大好きです! アニメ化待ってます!


「なんか魔王倒してもモンスターがワラワラいるからさぁ。こいつらを喰えるようにしたらぁ、もっと社会が発展するかと思ってぇ。人をぉ、少しでもぉ、幸せにぃ、できたらってぇ……」


 涙ながらに語ると、ガー様はあきれたような顔を引き締めた。真面目な人だね相変わらず。


「……その意味では十分だったともいえるでしょう。データ上では、人口はアナタが転生する前の5倍になってます。アナタは十分によくやったと、私はそう判断します」


「そう言っていただけると……報われます。ありがたいです。――じゃあササッと調理しちゃうんでお茶でも飲んで待っててくださいね♡」


 熱い涙をふいて、オレはキッチンに立つ。


「……何をすると?」


「だから、調理です。レッツクッキン!」


「――――いえ、食べませんよ?」


「まぁまぁ。前世では死んじゃったけど、もう一歩だったんだ。……今度こそ解毒できるはず……仮にダメでも神なら死にはしないはず」


「死ななくとも何の益もないじゃないですか!? いやです! おなか壊しちゃう!」


「はっはっは。大丈夫! そのときはケツくらい拭きますよ」


 無言で殴られた。


 そう言う意味じゃなかったんですけど!? 自分の不始末のケツは拭きます、って意味で!


 落とし前はつけます的なアレだったんですけど!? ――まぁ、拭けといわれたら全然やりますけどね!


「ぐふぅ……。ま、まぁ介護も下の世話もある意味究極的な愛の」


「もういいですから! この話は終わり! 次の転生の話をしましょう! まったく……って、なにしてるんですか!?」


 真っ赤になったガー様のことを差し置き、オレは持参した魔物肉を軽快にさばき始める。


「い、いりません。食べないって言ったでしょう!?」


「ゴチャゴチャ言うな。オレは研究成果を確かめたいだけなんだ! 人生を賭けた集大成……捨てることなどできぬ!」


 ――その眼光は明らかにイッちゃっていた――


 女神も赤くなっていたお顔を真っ青にチェンジしてドン引きである。


「こ、これだから凝り性の人間は……。ちょっと、オフィスに魔法陣描かないでください!」


「……そうだ火力が足りなかったんだ。地獄の業火で一気に熱すれば……」


 ブツブツと言いながら、一心不乱に作業に従事する。もう少し、もう少しなんだ……ッ!


「ドーマ・キサ・ラムーン! 出でよ炎よ。来たれヘルファイヤ! 地獄の業火よ、地獄の使徒よ!」


 おどろおどろしい呪文が轟き、そして魔法陣から、ゆらめく炎が溢れだす。


 そして――


「「ドーーン!!!」」


 そしてあふれ出した炎は、虚空に奇怪な文様を描き出し――次の瞬間には2つの人影が現れていた。


 もうお分かりですね? そう、それは地獄からの使者、スパイダーマ……ではなく、可憐な幼女達であった。


 悪魔ちゃん&妹ちゃん、堂々のエントリーである!


「ファ!? あれれー? オレ、無意識に召喚しちゃってた?」


「コンチワー!!」


「違うわ。逆にハッキングして、わざわざ来たのよ」


「あ、そっか地獄にアクセスしてヘルファイヤ呼び出したから――ダブンッ!?」


 背後から無言で殴られた。鈍器で。いかん、ガー様が怒っておられる! なぜだ!?


「よ、よく来たね2人とも……ぐふぅ!」


 ダメージが! 累積ダメージが!


「あら、かわいそう。いじめられてるの? 神って最低ね」


 すると悪魔ちゃんが優しくヨシヨシしてくれた。ヤッター!!


 ああ、この包容力……ロリっ娘でありながらなんと言う芳醇ほうじゅんなバブみ……。


 うへへへ。たまらん! でも違うんだよ悪魔ちゃん。


「いやいや。お尻を拭いてあげるって言ったらね、ガー様は照れちゃっただけなんだ。ケンカしてるわけじゃ」


「んまー!」


 すると悪魔ちゃんは顔を覆った。今度はこっちのお顔が真っ赤だ。


「エッチ!」


 エッチなのとはちょっと違う気がするが……悪魔の常識では異性のケツを拭くのは性的な行いなのだろうか?


「変態! ラッパみたいにする気なの!? やだ! エッチ! 変態!! 悪魔!!!」 


 落ち着け! 悪魔はお前だ!


「そっちの吹くじゃねーわ! あと別にエッチでもなく――ゴワーッッ!!!」


 なんか貫かれた。後ろから無言で。マジか!?


「……霊体に傷をつけました。死にはしませんが、それは聖痕となりましょう。戒めとして受け取りなさい」


 ガチなやつじゃねーか! おお、神よ。なぜこのような責め苦を背負わせなさる……。


 ケツを拭くとか吹くとか言ってただけなのに……(´・ω・`)


「うう、オレはただガー様にお土産を食べてもらいたかっただけなのに……」


「……気持ちだけ受け取っておきます。さぁ、その邪悪なものを廃棄し悪魔を追い払いなさい!」


 くそぅ。解毒はちゃんとできたはずなのに!


 しかし、見れば先ほどから火にかけたままだった魔物の肉が見当たらない。


 ぬぅ、このパターン! 前にも見た! 知っているヤツだ! オレは詳しいんだ!


「あんまりおいしくない……」


 二度あることは三度ある。はい、妹ちゃんでした! 君は許可なくその辺にあるもんを口に入れるね?


「あら、お料理失敗だったの?」


「いやいや、解毒できても美味くはないんだよこれ。食えるようになるってだけでグワーッ!」


 んなもん食わせようとしたのか! と言わんばかり落雷に打たれた。


 神がいよいよ本気だ。いや最初から美味いとは言ってないじゃん!


「ふーん? なんだか大変そうね?」


「まぁ、いつものこと(?)さ。それより悪魔ちゃん。今度は大群で来るとか言ってなかったっけ?」


 ていねいに前回の伏線を回収しようとするオレ(有能)


 すると悪魔ちゃんはムーっとほっぺを膨らませた。


 すると、おいしく無いといながらも鍋を平らげた(!)妹ちゃんが、口をすべらせる。


「ゲフー。んー、なんかねー、呼んでも誰も来なかったの」


「ダメよ。それ言わなくていいの!」


 悪魔ちゃんは必至で妹ちゃんのお口を塞ごうとするが、時すでに遅し。


「えー、悪魔ちゃんてば、友達少ないのぉ(笑)」


「ちーがーうーのー! みんな予定が合わなかっただけなのー! 悪魔ってみんなそうなのぉ!」


 ハッハッハ。そういうことにしておいてやろう。


 ま、どうせ他の悪魔も自由人なんだろう。この姉妹を見てれば想像はつく。


「ま、いいか。大勢で来られても今日は特になんもないしね」


「そう。まぁ、今日はこっちもこっちで火急の用があってきたのよ。聞いてくださる?」


「オレにぃ? もちろんいいけど何よ?」


「さぁ、いいわよ」


「んー。……なんだっけ?」


 どうやら質問があるのは妹ちゃんのようだ。しかし当人がそれを忘れているようなのだが……。


「んぅ~~……あ、そうだ! お兄さんに訊きたいことがあってきました!」


 姉にガンバレガンバレ♡ されて記憶を呼び起こした妹ちゃん(うらやましい)は一変、機敏に挙手する。


「男の人はおちんちんも病気になるって聞きました! おちんちんの病気ってどうなるの!? 男の人に訊かないと分かんないだよね!?」


「……」


 ジーザス……。俺は悪魔ちゃんを見る、お綺麗な顔はさっとそらされた。


 なるほど。オレに丸投げする気で連れてきやがったな!?


「ど、どうしてそれが気になったのかな?」


 まー、レディには答えにくいことだったのだろう。ここは紳士として応じるべきか。


「だって、カゼひくんでしょ!? おちんちんからセキ出るの? クシャミは!? そんなの見たことないもん!」


 ふむ? どうやらこのこの子の中では病気=カゼみたいだな。


「えっとね。セキもクシャミも出ないね。えーと、鼻水(!?)が出て? あと痒くなる……のかな?」


 いや、知らんけどな。なったことねーし。……多分。


「すごーい!」


 何がすごいのかよくわからんが、妹ちゃんは納得したようだ。


「つーかだれから聞いたのさ、それ」


「赤い子からききました!」


 妹ちゃんは再びビシッと手をあげた。


 ふむ、赤いのがいるんだね。そいつが元凶か。


「後でお名前教えてね?」


 悪魔ちゃんがとなりで言う。


 笑顔だが目は笑っていない。シメるんですか? シメるんですね? 出来ればオレも呼んでください。


 しかし悪魔ちゃんも相当に困っていたようで、ほっと息を吐いている。やれやれ。役に立てたようで何よりだよ。モテる(?)男はつらいね。


「けど、おちんちんクシャミしないのか―。見たかったなぁ」


 妹ちゃんが言う。いや、ねーからそんなもん。あったら絶対痛ぇわ。あっても見せねぇし。


「そうね。はしたないけど。――考えてみたら面白そうかも! そうだわ! ちょっと作ってみようかしら?」


 肩の荷が下りたらしい悪魔ちゃんが笑顔でそんなことを言い出した。はぁ? 何言ってんの?


「え? なに? 病気? 作るの?」


「ええ、悪魔の間じゃ定番の趣味よ」


 マジかよ……。おお、ジーザス! てか仕事してんのかジーザス!


「じゃ、じゃあ……まさか黒死病とかエイズとか……」


「あーダメダメ。そう言うのはプロの仕事よ。素人じゃそんなすごいの出来ないわ」


「で、デスヨネー」


 よかった……ここに病気の首謀者はいねェんだな!!


「でもクシャミは出来るかも。見てみたくない?」


「みたーい! クシャミ止まんなくなるおちんちん見たーい!」


 妹ちゃんも興味津々だね! でもやめてください死んでしまいます。


 ていうかヤッバーい(白目)! このままだと最悪男子が滅ぶ。男子の男子であるための何かが滅ぶ!


 ていうか、想像するだけで痛ェわ! 普通に口からするときだってたまにダメージ入るのに!


 守らねば! みんなのおちんちんを守らねば!


 だがどうする!? 当然、こういう時は苦しい時の神頼みだ!


 オレは矢庭にガー様を振り返った。ていうか、お前はもっと会話に入ってこい!


「……」 


 が、この女は一切関与せぬという態度を決め込んだまま、けだるげにスマホをイジっている。


 はぁぁ!?(怒) なにこの女! つーかスマホ持ってんのかよ。どこの機種なん? 


 あと、こういう時って女子の耳とか舐めたくならない?


 舐めたろーか? いやしかしそんなことをしている場合ではない! 一大事なのだ。一物の一大事なのだ! 


「はわわー。何とかして止めないと!」


 しかし、悪魔ちゃんは既に喜々としてプログラム言語みたいなものを虚空に浮かべた石板に打ち込んでいる。


 病気ってそうやって作るんだ? でも、ヤッバーい! マジでやばいぞ! とりま、オレの愛息がえらいことになる。


 何とかせな!


「おやめください! お願いします。無辜むこの民のためにも!」


 まずは嘆願たんがんだ! お願いしてみよう!


「しらなーい。悪魔はそういう政治的発言(?)には左右されませーん」


「ぐぬぅ……」


 お願いはダメか……。それもそうだよなぁ。悪魔なんだから無辜の民とかどうでもいいよね……ならどうする?


「ならば取り引きを! ひらに! ひらにぃ!!」


「いいけど、悪魔に退散を願うならそれ相応の対価が必要よ?」


 うーん。そうなんだよなぁ。


 ――ガー様、なんかないですか?


 俺は心の声で問いかけた。つーか言わんでも聞こえているはず。


 ……ありません。


 おお、返答が来た。


 ――やだぁもー。ちゃんと考えてよう!


 ――……。


 あ、クッソ無視しやがって! オレの愛息が大変な目にあってもいいっていうのか!?


 ――……そこは別に。

 

 いまのは独り言だ! 答えんでいい!


 ……ふむ。しかし逆に考えられないか? 仮に俺のおちんちんがそんなことになったらガー様に治療してもらえるのでは?

 

 ――医療スタッフを呼ぶだけですね。


 だから答えんでいいわ!

 

 ええいケチンボめ! 頼りにならん。もういい自分で何とかすりゅ!


 というわけでオレは冷蔵庫の扉を開けて中を物色した。なにか、なにかないのか!?


 ――なんで私の貯蔵庫の場所知ってるんですか!?


 うーん、なにか、悪魔の喜びそうなものは……


 ――聞きなさい!


 ――いいんだよこまけぇことはよぉ。


 ――残念だけど、そろそろ時間のようね。直にマスターアップよ。


 ――はわわー(白目)。時間がなーい。――てかダメだ。なーんもねぇや。はぁー貧相。この女神の生活貧相。

 

 ――物をため込まないようにしているだけです!


 ――残念ね。何かあったら話くらい聞いてあげたのに。


 ――クッ、ここまでか。


「――――って、なんで全員で念話してんだよ! しゃべれや!」


 オレは盛大にツッコんだ。


「……アナタが内緒話を始めたんじゃないですか」


「悪魔だってそのくらいできるのよ?」


 悪魔ちゃんはくすくすと笑い、その後にニタリと可憐な笑みを歪めた。

 

「完成。さぁ観念しておちんちんを出しなさい。デバックがてら108連発よ♡」


 うあああああぁぁぁぁぁ!!!!! ぜひとも別のシチュエーションで聞きたかったセリフゥゥゥ! だが実際にはオレのおちんちんが未曾有のピンチィ!!


「あ、でも今のセリフもう一回いい? 念話でお願い」


 ――さぁ♡ 観念しておちんちんを出しなさい♡ デバックがてら108連発よ♡


 ふぅぅたまらん! 危険なセリフだが直接脳内に刻まれる幼女の美声は、今や風前の灯となっている愛息に思わぬ活力を、


「そこまで!」


「アバー!」


 貫かれる。いやどんどん聖痕ふえてくんですけど!?


 うーん、ガー様ってば自重して♡(この後無言でもう一度刺されたが略) 


 しかし念話はヤバイな。普通に喋るよりもなんか脳を直触りされているようでぞくぞくする。


 ――これぐらいならいつでもいいわよ♡ ファミチキください♡


 はぁぁん♡ ド定番のネタすらもたまらん快楽に……あ、そーだ。


「じゃあファミチキあげるからそれで対価としよう」


「あるのぉぉファミチキィ!?」


 ガー様が声を上げた。


「おうよ。来る途中で買ったっわ。欲しくない?」


「欲しい! お姉さま、ハミチキ食べたい!」


 それまでうつらうつらして眼をこすっていた妹ちゃんは途端に目をキラキラさせる。


 いや君はさっき鍋いっぱいのモンスター肉を食ったはずなんだけどね?


「うーん、仕方ないわね。ファミチキを出されては引き下がるしかないわ」


 その通り。ファミチキの前では何者も頷かざるを得ないのだ。


「……そんな効果ありましたっけ?」

 

「シッ!」


 いいから!


 




 そんなこんなでわちゃわちゃした後、悪魔シスターズは去っていった。はぁ……大変だったな今回も。


 ……でもあの念話でささやくのはまたやってもらおう。


 ――アナタはもっと懲りるということを覚えなさい!


「すいません。念話で説教はやめて!」


 聞き流せないから逆にキツい!


「……それより、私の分は?」


「ファミチキ? あるから怒んないで」


「先に出しなさい、先に」


 はいはい。ったく……。ああ、聖痕が痛むぜ……。聖痕だらけだ。


「……というか、途中にファミマとかありましたっけ?」


 いいんだよ細け―ことはよ。




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