第29話 カルラの相談とモフ子の決断 前編



「ソニックブームってあるじゃないですか」


「……はい」


 今日も今日とて神域である。いつになく空気は緩い。


「じゃ、パニックブームって技あったらどんな感じになるのかなぁって」


「……」


 女神は『何言ってんだこいつ……』的な視線を向けるが、すぐに観念したように息を吐いた。


 ここで無視しても延々ねばられるが落ちなのだと理解しているのだろう。


 神よ、その予感は正しい!


「……それ、技でも何でもありません。ただの集団ヒステリーです」


「パニックが流行ブームするってこと!?」


 そんな何気ない(?)会話が交わされていた時のことである。


「……あ、」


 ん? なんぞ?


 ガー様が何かに気付いた風に声を上げた。振り返るとそこには……


「……じー」 


 入り口から半分だけ身体を乗り出してこちらを見ている赤い羽根を生やした女と目が合った。


 うわ、なんか居る!


「……どうも」


 見つかったことに気付いたからか、この女は素早い動きで近づいてきた。


「えぇ……なんかこっち来たんですけど」


 カルラである。


 以前、オレとモフ子との諍いに割り込んできたあげくに勝手に大失恋して去って行った嵐のような女だ。(21話参照)


「ちょっと……今日は聞いていただきたいことがありまして……」


 で、この女は当然のように席に着くと、そんな話を一方的に切り出してきた。


 待って待って? ちょっと待って?


「いや、出てってくれる? 今はオレとこの女神さまとのスイートタイムなわけで」


 と言うと、この女はオレに恨みのこもる目を向けてくる。


 なにさ?


「よく言えますね!? よくもそんなセリフを……、私に向かって!」


 何のことだい?


「あなたが余計なことをしたせいで……、そのせいで私は……ううーッ!」


 するとカルラはワッと泣き出した。


 なんだよもう、知らねーよ。


「……要するに、この前の件で相談に乗ってほしいということなのではないでしょうか?」


 ガー様が同情するような事を言う。


 なんだろーね。だとしてもオレらにはあずかり知らねーことじゃないですか。


 つーか、ガー様ってオレ以外には優しいよなチクショウ!


「そうですよ! ひどい! なんでそんな私にそんなことが言えるんですか!? 自分が地獄に突き落とした相手に、何か他に言うことはないんですか!?」


 んん~地獄ねぇ~? 言うことねぇ~?


「……ウェルカム・トゥ・ヘル」


「すでに地獄にいる側からの発言!?」


 地獄舐めんなよテメェ! こちとらつねに無限地獄にいるようなもんなんだよぉ!!


「で、でもあなたはキレイな女神にかこまれて、楽しくやってるじゃないですか! 私は孤独なんですよ!」


「女神をそんな甘いもんだと思うな! モチにされたり記憶消されたりいろいろ大変なんだぞ!?」


「だいたいは自業自得のはずなのですが……」


 シャラーップ。今はそんな話ではない。


「てーか、お前さんだって、地元じゃ偉いんだろ? 別にあのモフモフしたのにこだわんなくてもいいんじゃねーか?」


 そういうと、カルラは顔をくしゃっと歪ませ、再び泣き出した。


「ぞんなごとないぃぃぃぃぃッッ!! 私には、わだしにはあの子じかぁぁぁぁぁッッ、ああああああ!」


「あぁーもう、めんどくせぇーなぁ」


「ハナシだけでも聞いて差し上げるべきかと思いますが……」


「んまー、ガー様が良いって言うなら――――」


「うう……うぇっ! エフッ! ブフォ! おェええ…………」


 と、そこで泣きすぎてむせたらしいカルラは――いきなり金色に輝く炎を吐き出した。


「アブね!!!」


「ちょ――は、早く! 早く消してください!! 私のオフィスがぁ!!!」


 オレは思わず飛び上がり、ガー様は悲鳴を上げる。 


「あ、すみません」


 すると、カルラははいていた鉄下駄でそれを踏み消した。


「な――んのつもりだテメェ!!」


「たまに出ちゃうんです。怒らないでください、悲しくなるからぁ」


 出ちゃうんですじゃねーよ。防御不能の炎をその辺に撒き散らすんじゃない!


「ダメです! 声を抑えて!」


 怒鳴りつけてやろうとしたところ、がー様に口を押さえつけられた。


 やだ! お手々すべすべ!!


「これ以上彼女を泣かせないで! 私のオフィスが!」


「……くそぉ」


 ムカつくが確かにその通りだ。






 しばらく一人でぐずったあとで、カルラは顔を上げた。


「……ずみません。不格好なところをお見せしました」


 不格好なところどころではないのだが、今は置いておこう。


 てゆーかこの人何しに来たの? 相談って言いながらやってること脅迫なんだけど?


「で、結局はモフ子とよりを戻したいってことか?」 


「……そうです。元の関係に戻りたいぃ」


「どうしたものでしょうか……」


「いやでも、避けられてんだろ?」


 どうしようもなくない?


「違います。……避けてるのは私の方です。だって、どんな顔して会えっていうんですか!?」


「別にいいじゃん。お友達でいましょう、で」


「いまざらそんなの無理ですぅ……」


 めんどくせぇーなこいつ。


「……もっと親身になってあげてください」


 がー様が耳打ちしてくるが、あんたこそもうちょっと頑張ってくだせーよ。まったくすぐ面倒ごとをオレに押し付けようとしてさぁ。


 しかし、なぜだろう? それが――幸福でならない。


「じゃあいいじゃないですか」


 心を読むんじゃない! 大好き♡


「私を無視してイチャつかないでぇ! 一番傷つくやつぅ!」


 ハイハイ分かったっつーの。


「まぁ、早まるな。解決策はなくもない」


「本当でずかぁ!?」


「熱っつい!?」


 カルラがオレに向けて叫ぶと、ツバが飛んできて火が付きやがった! 熱いわ! てめーの唾液腺どうなってんだコノヤロー!


「――ただ、これはモフ子の方にも話を聞かないとだめだ」


「ど、どういうことですかぁ?」


「要するに、モフ子は同性愛に興味がないんだろ? じゃあ異性愛にすればいいんだ」


「すればいいって……そんなものどうやって」


「その点は任せろ。オレの「性転換」のスキルはカンストしている」


「えぇ……なんでそんな技能を……変態なんですか?」


 カルラは引くが、オレは干からびたような視線を返すことしかできない。


 好きでこんなスキルを伸ばしたと思うのか?


「な、なんでそんな死んだような顔でシュンとするんですか……」


 悲しいことを思いださせるんじゃない! やむを得ない、……やむにやまれぬ理由があったんだよ! そうだよ! オレは悪くない! 悪くないんだ!


 たとえばだが、おちんちんランドに送り込まれたから、もう仕方なくて死ぬ気でこのスキルを磨いてみたとかなぁ!!


「ちがう……あれはもともと美少女だったんだ。付いてたおちんちんとかは幻だったんだ。これはホモじゃない。これはホモじゃない……う、ううううう」


「何かうわごとを言ってるようなんですが……」


「ええと、その……そっとしておいてあげてください」


 元凶が何か言っている。元はといえばあんたがアガペーがどうのというから……。


 いや、言い出すと終わらんから今は置いておくが、いつか埋め合わせはしてもらうからなマイガッデス!


「まーそう言うわけで、磨きに磨いたスキルでお前を半永久的に男にしてやるから、それでもう一回アタックしてみれば?」


 もちろん、モフ子にそれとなく探りを入れてからな。


「いきなり男にと言われましても……いえ、でも……ううむ」


「悩むこたぁないだろ。お前元々女好きなんだし」


「それとこれとは違うんですよ! だいたい、そんなことで……」


 言いたいことはわかるが、自分から動かねぇと事態は好転しねーぞ?


 と、そこでチャイムが鳴った。


「今度は何だよ!?」


「――また誰か来たみたいですね」



「たのもう。どなたかいらっしゃるだろうか?」



 と、礼儀正しく扉の向こうから呼びかけてくる声が聞こえる。


 その声にはこの場にいた誰もが聞き覚えがあった。


 モフ子だ。


 なんだ当事者の方から来ちまったってのか!?





 後半へ続く。

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