第13話 ボーイ・ミーツ・ボーイの罠

 ――男は華奢な手を引いて、朝焼けにけぶる空を目指して走っていた。


 手を引かれる少年は、次の日――いや、今日の正午にはに処刑されてしまう。


 逃げるにはこれが最後のチャンスなのだ。


 殺されてしまう理由は口減らしだ。


 彼らはハチやアリのような、社会的多形の集落を作る亜人種の部族であった。


 彼らの社会では、ある程度まで育てた男を厳選しながら強い種を選ぶという風習があった。


 そのため、オスは労働も戦闘も行うことはなく、少数のみが、ただひたすら生殖のためだけに養育される。


 そのような社会形態の亜人種なのだ。


 小柄で日に焼けた肌をした、原始的な生活を営む部族だった。


 男女の性差はほとんど無く、男だと判別するには額に生えた二本の角で見分けるしかない。


「まて――もういい。やめてくれ! オレは行いけない」


 手を掴まれながら彼は、少年はそんなことを言う。


 息を切らせている。相当つらいのだろう。


 それも当然だ。彼らの集落において、戦闘も労働もすべては女が行うものなのだから。


 本気で走ったことも、働いたこともない。女のそれよりも白く美しい手であった。

 

 それを今や、真っ赤になるまで握りしめ、引きずるようにして走る。


「バカ野郎! 足を止めんな。文句は後で聞く!」


「後じゃだめだ――オレを戻してくれ!」


 少年はまだ、そんなことを言う。このままでは追われることになる。


 部族の誇りをかけての追撃が始まってしまう。


 そうなれば二人とも殺されてしまうのだ。


「ただ、子供を作るしか能の無いオレなんかを『外』に連れ出して、どうするんだ!」


 そう。子供を作る。優秀な種を提供する。それだけがこの部族にとってのオスの存在意義なのだ。


 そこから外れてしまったオスに生きている意味などない。


「オレはせってばかりだし、角も小さい。男として劣っているんだ。自分が一番よくわかってる」


 そうだ。だから間引かれる。ずっと前から決まっていたこと。


 ひたすら安穏と養育されるだけの雄たちは、最終的には種を残すのにふさわしい者だけを残して間引かれる。


 それが合理に基づいたこの部族の掟であった。


 労働にも戦闘にも適さない身体。頭もよくない。何も知らない。より健康で強い種を残すだけの存在。

 

 その種を残すという価値すらないのなら、存在する意義は無い。


 それはあの部族の、ひいては彼を取り巻く世界のすべてが肯定している。


「お前がそれでいいなら、俺だってこんなことはしねぇよ。けどよ、お前はいやなんだろ!?」


 男――少年を先導していた、身の丈たくましい戦士はそう叫んだ。


 ただ一点、部族の戦争に迷い込んできた、このトロルのようにたくましく、エルフの様に機知に富む偉丈夫だけが、少年の世界においての例外だった。


「そんなことない。――こうなるのがオレの――オレたちの……」


「なら、そんな悲しそうな顔すんじゃねぇよ!」


 ――死ぬのは決まってたことなんだよな。解るぜ。


 お前が悲しんでんのは、そんな事じゃねェってこともな――


「行ってみたいんだろ? 外の世界に。興味あるんだろ? 夢だったんだろ?」


「――ッ」


「なら、諦める理由なんて、どこにもねぇじゃねぇか!」


 偉丈夫は走りながら、言葉を続ける。その屈強な身体はまだまだ余裕を残し、奔馬のように熱く、猛々しい。


 それを見れば見るほど、触れれば触れるほど、少年は自分の価値に疑問を持たざるを得ない。


「でも、――俺は何もできないんだ! そんなヤツが外で生きてけるのか?」


「――俺が守ってやる!」


「どうして?」


「――解らねぇよ、ただ」


 戦士は滞っていた歩みを止め、少年の赤ら顔をまっすぐに見下ろした。


 朝日を背にしたその姿は、精悍せいかんなる古の神を思わせた。


 少年はその威容に、思わず息を呑む。


「俺のわがままだ。そんな顔した奴が、不本意なまま殺されちまうのがムカつくっていう、俺の、ただの、わがままだ」


「――――」


 言葉を聞くよりも先に、偉丈夫は少年の羽のように軽い体を掻き抱き、疾走し始めた。赤い空の先を目指して――








「いやー、というわけで転生してきたわけなんですけどもね」


「はい。ご苦労様でした」


 いつもの神域であった。


「とりあえず、一言いいっすか?」


「どうぞ」


 男は言葉を切り、深呼吸を一つした。自分を落ち着けるかのように。そして、


「――やってくれたなコノヤロー」


 低い声でそう言った。

 

 そう。巧妙に仕組まれたボーイ・ミーツ・ボーイである。


「うあああああぁぁぁぁぁッッッ!!! また男子と――男同士でトゥルーエンドしてしまったぁぁぁぁぁ」


「美しかったですね」


 怨嗟を漏らす男に対して、ガー様は「ほぅ……」甘い息を吐いてのホクホクの顔であった。滅べ!


「やかましいわ!」


「良いではないですか。あなたもノリノリでしたでしょうに」


「そりゃね! その時はね!! だって見捨てておけないからね! ヒロイズム全開だったよ! でも改めて後から考えたら凹むんだよ」


 相手がなんぼ美少年でも、きついものがりますよ! なんでこんなことになったんですか! おかしいですよカテ公婦人!


「『カテ公』は侯爵夫人の略ではありません」


 しぇからしか!!! 


「オレに何のうらみがあるんですか!? どうしてワナを仕掛けるような真似を!?」


「というよりも前回が前回だったので適当だったのですが、思いのほかうまくいきましたね。――そうですね。もういいじゃないですか適当で。全部適当でもアナタなら何とでもなりますよ」


 いやサポートは要りますって。ディスカバリーチャンネルのエド兄貴※じゃねーんだから、裸一貫で送り込まれても困りますよ。


 しかしガー様はだらーんと背もたれに体を預け、すべてがどうでもいいとでも言うように脱力している。


 いったいどうしてしまったというんだ。前回、冷蔵庫を通して自宅が吹っ飛んだことくらいしか心当たりがないのだが……。


 にしてもいつもの凛としたお姿が見る影もない……おいたわしや……。


 つーか、こう、でれん、とのけぞっていると、体の上に載っているおっぱいがふにゅ、ってつぶれてるのが服の上からも確認できて、なんか、なんかこう……凄いデス!


 この神、基本的にブラ付けてないっぽいんだよな。人間と違って垂れたりしないから不要ってことなんだろうか?


 何にしても、眼福眼福。ウヒョーッ! 


 シーン。


 なんてこった! ッデムファック!! ツッコミが来ねぇ!!!


 心の声が聞こえ得ているであろうガー様はそれでも無反応である。


 やだぁお願い! 会話してぇ!


 美女が裸で寝てるより会話できないことの方がキツいわ。何とかせな!


 しかし、うーむ。前回の、

 

 

 ちゅどーん!!!



 がそんなにショックだったか……。


 神なら家ぐらい何とでもなりそうだけど……なんか大事なものでも吹っ飛んだのかなぁ……。


 し、しかし、オレはそれを聞くのが恐いのだ!


 だって、「元カレとの思い出の品が~」とか言われたら、ショックじゃないですか!

 

 あああ、恐いよぉ!


 なんで私はこんなに憶病になってしまったのぉ!


 つーか、人には「男・男・男。男しかないヒロイックファンタジー!!」をやらせておいて自分は男と付き合ってたとかフェアじゃなくないですか?


 それでも、それでもご機嫌を取らなければならない宿命に翻弄されるオレは、次なる手を打つぜ!


「ま、まぁお土産は持ってきたからさ……」


 つってもいつものお土産なんですけどね。


 するとこのマグロのような女神は、ピクリと反応した。そんなに好きか?


 しかしちらっと見てはくるのだが、再びへにゃってしまった。


 なんてことだ、お土産すら通じないとは……


 はわわー、大変だァ~。


 などと言っている場合ではない。


「お土産いらないんですか?」


「だって、失ったものはもう……戻らないのですから……」


 ん?


「いや、そうですけど、それとお土産とはかんけいない」


 するとガー様は顔を上げる。


「関係なくなくありません! せっかくとっておいたお土産セレクションが吹っ飛んだんですよ!? しかも汚染までされて……もう二度と食べれません……」


 んんん? 


「いや、吹っ飛んで悲しんでたのって、こう、もっとファミリーの思い出の品的な? ものじゃないんです?」


「そんなものは置いていませんでしたよ。仮住まいでしたし」 


「じゃ、じゃあ元カレの思い出の品とか」


「なにを想像してるんですか。そんな相手はいませんでしたし、これからもいません」


 マジすかヤッター! ……じゃなくて、じゃあ何で凹んでたの?


「新居へ移るもろもろの経費は労災降りたんですよね」


「まぁ、そのようなものですね」


 んんんんん!?


「え? じゃあ純粋に今までのお土産がふっとんだからって、凹んでたってこと???」


「……そうですけど」



 ズコーッ!



 今度はオレが椅子ごとズッコケた。なんじゃそらぁ!


「ホントに、それだけの理由でかよ!? んもぉぉぉぉぉッ! こっちがどれだけ気をもんだと……」


 まぁ男がいないってわかっただけでも収穫でしたけど。


「そ、それだけ、とは何ですか!? 私は凄くがっかりしてるんですよ!? ……日持ちのする品が多かったから、そのうち一度にまとめてって、パーティでもしようと思ってたのに……」


「……一人で?」


「はい。一人でです」


 なんでそんな凛とした顔でそんなセリフが吐けるの!? おひとりさまの誇りでもあるの!? 捨てちまえそんなもん!


「ジーザス……」

 

 マジか……。オレはへたり込んだ。


 ……オレはなんでこんなお子ちゃまのあることないことを想像してもんもんしていたというのだ……。


 自分で自分を殴ってやりたい!


「はぁ~(呆れ)。ンじゃあ、今度全部まとめて持って来るからやる気出してよ……」


「べ――別にそれだけで無気力だったわけではありません。ただそれが一番残念だったという訳で……」


 分かったっつーの。


「んじゃ、次回は適当なとこに送ってよ。自分であっちこっち飛び回って、いろいろ集めてくっから」


「ですが、転生者が勝手に世界を移動するのは……」


「あー逃げない逃げない。最終的には最初の異世界に戻るからだいじょぶだって、ね? オレ、ガー様のこと愛してるから心配しないで! はい、後は質問・要望あります!?」


「あ、悪魔をちゃんと制御してください……」


「分かった! ちゃんとすっから!」


「ちゃんと厳しい判断を下してくださいね!」


「分かったって!」


「……ホントに?」


 あーくっそ、可愛いなテメー!


「マジです! ホントにホント。だから……」


「解りました。そういう事でしたら……業務に戻りましょう」


 ガー様はそう言って背筋を伸ばした。


 というか、どうもさっきまでのグダグダがいまさらに恥ずかしくなったらしい。


 なんでこうアップダウンが激しいんだろうなぁ神って。


 いやこのダ女神だけかも知らんが……


「……ちなみに今回のお土産はなんなのですか」


 そこは忘れてねーのかよ!


「はいはい、いま出しますよっと」


 はぁ……先が、先が思いやられますなぁ……







  

 



ほ・そ・く♡




※ディスカバリーチャンネルのエド兄貴。


本名「エド・スタフォード」


基本装備は全裸。好きなものはたんぱく質。でおなじみのザ・サバイバー。


イギリスの探検家で人類史上初めてアマゾン川の全長を踏破したらしい凄い人。


ディスカバリーチャンネルにおいて、あらゆる秘境や自然環境下でのサバイバルを実施している。


純粋に面白いし、見ていて自分も頑張ろうという気になれるので、見てない人はぜひ見てほしい。

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