第14話 三人目? の悪魔



「~月夜の晩にぃ、ヤイサホー! いかりを上げろォ、ヤァイサホー!」


 鼻歌交じりに、男はいつもの神域への通路を進む。


「~ラム酒はおあずけェ~満ち足りないとぉなおも言え~、ヤァイサホー!!」


「おにーぃさん?」


「なにやつ!!」


 隙無く振り返る。呆けているようで油断は無いのだ。


「ハロー、私よ」


「なんだ悪魔ちゃんか……もう爆発はおやめください(白目)」


 大変だったんだよ。……主に勘違いからだったが……。


「大丈夫よ。今日は長居する気はないわ。私もさすがにアレはどうかと思ってお詫びに来たのよ」


「おわびぃ?」


 珍しいこともあるもんだなぁ。つーか、この子もけっこう気ぃ遣うタイプだったっけ。


「はいこれ。300年ものの『ビン・マリアーニ』※よ」


「まぁまぁ、これは結構なものを……。でもこれコカイン入ってるやつじゃねぇか! 知ってんねんぞ!」 


 コカインが違法でなかった頃に作られていたというコカイン入りのワインである。マジで実在してました。


「あら嫌だった? 悪魔の間では定番の〝粗品〟なのに」


 〝粗品〟ってあーた。


「悪魔同士で飲むの?」


「もちろん、人間に飲ますのよ!」


 オゥジーザス! 何とかしてください! 悪魔がやりたい放題です!


「ま、まぁ一応もらっておくか」


 でもガー様には渡せねぇなぁ。甘いものにすらあの執着ぶりだし……。コカインはやばいだろ……。


「じゃあ、今日はお暇しようかしら」


「え、帰っちゃうの?」


「ええ、お詫びをしに来ただけだから。――あと、ちょっと会わせたい娘がいて」


 会わせたいこ? 


「というわけでぇ。初めましてぇ」


 そこでいきなり姿を現したのは、初めて見る悪魔だった。


 以外にも悪魔ちゃんたちと異なり、ロリっ娘ではなく普通に年頃の女だ。


 160センチ以上ある程よい上背。真っ赤な髪のロングヘア―。


 プルッとした唇に桜色の肌、長いまつげとぱっちりとしたおめめ。


 華奢であるにもかかわらず出るとこは出ている理想的な体系。


 ふむふむ。これは意外だったな。


「どうかしら?」


 悪魔ちゃんも笑顔で訊いてくる。……それは置いといて、なんかおとなしいねキミ。


 しかし、残念ながら、オレの心に響くものは無いなぁ。


「うーん。つまんないよこの娘……」


「ふぇぇぇ!?」


 赤毛の悪魔は思ってもいないとでもいうような声を上げた。


「ほらもう、かわいげ満点のリアクションまで既視感の塊だよぉ。毎っ回居るんだよ。転生するたびにキミみたいのがさぁ。もーあきちゃったよオレ」


「ええええええぇぇぇぇぇ!?!? お、おかしくないですか!? 私ちゃんとしてますよね? 人間誘惑できるはずなのに。なのにそんな理由で……」


「よって、申し訳ないが君は女神に突き出させてもらおう。そろそろガー様の機嫌もとっときたいし……」


 最近何かと機嫌悪いんだよ。ダカラ、シカタナイネ。


「い――嫌ですぅ! 何ですかいきなり突き出すって! 最低ですよ、そんな」


「ッサイワボケ! ナンヤ!」


「ひぃ!」


 身構えていた赤毛の悪魔は身をすくませる。関西弁の加護(?)である。


 めんどくせぇから完封させてもらうぜ。


「な、なにコレぇ……」


「ナンヤ! ナンヤ! ナンヤ! ナンヤァ!!」


「ひぃぃぃぃぃ……」


「あー、恐い。敵に回すと恐ろしいわねアナタ」


 悪魔はちゃんはオレの後ろにいた。


 うーむ、あくまちゃん自身とは戦いたくないのだが……。


 しかし邪魔するようならナンヤ! ってするぞ?

 

「うーん。いいわ、もってちゃって。どうぞ」


「え、いいんデス?」


「うぇぇぇぇぇ!? なんでぇ!? 助けてぇ!」


 赤毛の悪魔は驚愕している。なんか噛み合ってないな?


「うふふ。運がなかったわねぇ。まー、前から薄幸そうな顔してるなとは思ったけど」


 悪魔ちゃんはケラケラと笑う。


「ぞんなぁぁぁぁぁ助けてぇぇ!」


「悪魔ちゃん的にはいいの?」


「――って、なんで縛られてるのぉ!?!?!?」


 関西弁でマヒしている間に縛らせてもらった。抵抗はやめておけ、オレはプロ(?)だぞ。


「んー、私たちもリスクを冒してきてるわけだから、こういうこともあるわよね」


「ぞんなぁぁぁぁぁ!! 大丈夫って言ったのにぃ! だから来たのにぃ! おいしいお茶が飲めるからっでぇ! 信じていい、って言ったのにぃ!」


「そうねぇ。ごめんなさいねぇ? でもねぇ、――誰かの言葉を裏も取らずに鵜呑みにする。――そんな愚か者の末路を眺めるのが何よりも好きなヤツらのこと、――心当たりなぁい?」


 悪魔ちゃんは身動きの出来ないでいる同胞に、ぞっとするほどに美しい笑顔を浮かべて語り掛ける。


「そんな、だって、……わたし……」


「『悪魔』っていうのよ。――なので、とても愉快だから、貴女をこのまま置いて帰ろうと思うの。女神の油断を誘えるなら、必要な経費だと思わない?」


「――ハヒ――――カヒ―――――――ヒッ―――――」


 新顔悪魔は悪魔ちゃんに圧倒されている。呼吸も出来ずにいるようだ。――なるほど、この新顔とはそもそもうらしい。やっぱなんだなこの子は……。


「それと、私の妹に妙なことを吹き込んでくれたお礼もしないといけませんからねぇ?」


「ボハァ!!」


 思わず吹いた。


「お前かぁぁぁ! ちんちんの病気がどうのってとかってアレをアレしたのはぁ!!」


「あ、あれは思わず口が滑っちゃいまして……。私そうそういうのが専門でして、はい……エヘ♡」


 愛らしく笑顔を浮かべやがるが、だが許さん。こいつァ情状酌量の余地なしってヤツだ。そら悪魔ちゃんも怒るわ!


「わかりました! 責任をもって女神に突き出します」


「よしなに♡」


「ぞんなぁ、ひどいぃひぃ!!」


「じゃかぁしい!」


「ぴぃ!」


 もうちょっとでオレのちんちんがえらいことになるところだったんだぞ!?


 これを許しておけるものか!


「そう言うことね――すりつぶしても構わないわ」


「そんな…そんな……あばばばばば…………」


 泡ふき始めた。無残! だが容赦せん! 


「――とはいっても。え? なに? すりつぶすの?」


 神ってそんなことすんの? さすがにそれはどうかと思うんだけど?


「さぁ? 私も詳細は知らないのよ。まぁ、女神っていうくらいだから命を取ったりはしないでしょう」


 どうかなぁ……。


「じゃあ、私は帰るわ。せいぜいあの女神のご機嫌を取っておいて」


「あー、まぁ、できるだけやってみるわ」


「次はホントに友達連れて行くから、楽しみにしててね」


 キュートに笑って、悪魔ちゃんは去っていった。

 

 うわー、この娘友達じゃなかったんだ……。女の友情コワい……。ちょっと哀れになってきちゃったなぁ……。


 しかし次か……次の友達とやらはロリッ娘なのだろうか? それとも?









 よく考えたら、悪魔ちゃんのお詫びの品って最初からこの娘も入ってたんだろうなぁ。


 恐ろしい幼女だ。――しかしそこにシビれる! あこがれるゥ!


 ――などと考えつつ、男はす巻きにした悪魔を背負っていつもの神域へ向かった――


 ま、気を取り直していきますか。


「捕ったどぉ~!! オラァ! 大漁じゃあ~! 悪魔とっつかまえたぞぉい」


「で、――でかしました! いつものあの姉妹ですか!?」


 ガー様もいきり立つ。反応いいなぁ。


「いや、新しいのなんだけど」


「そ、そーですか」


 露骨に残念そうですね。


「仕方ありません。たとえザ……いえ、あの姉妹でなくとも悪魔の捕縛には意味があります」


 今ザコって言おうとしなかった? 


 しかし相互不可侵だけど捕縛はOKてよく考えたら意味わからんな。


 まーいいか。細かいことは。


「――まーそういうわけでとりあえず一人引き渡すんで、機嫌直してくださいよぉ。ヘヘ……」


「別に不機嫌になった覚えもありません。――が、まぁいいでしょう。では、担当者に連絡をとるので待ってください」


 ガー様はハツラツとして動く。とにかく機嫌は治ったようだな。お土産一式持って帰ってもまだ機嫌悪かったからさ。


 これで一安心だぜ。悪く思うなよ新顔ちゃん。


「……どい」


 ああん? なんか聞こえるなぁ?


「ひどい! ひどいよぉ!! せっかく一人前になって……人間堕落させて頑張るって……お母さんにも言ったのに! なんでこんなことになるのぉ……ひどいよぉ……」


 あーあ、ガチで泣いちゃったよ。てか人類的には頑張らないでいただきたいんですが……。


「……なにも取って食うわけでは無いんですよ」


 ガー様は言うが、たしかに引き渡した後でどうなるかがわからん恐いわな、そりゃあ。


「ねぇガー様。オレなんかかわいそうになってきちゃったYo。あんまりひどいことするなら逃がしたいんだけど?」


「別にそんなひどいことはしません!」


 ってもなぁ。


「てか、具体的にはどうすんの? イメージ的には生きたまますりつぶしてクスリの材料にでもしてそうな感じなんだけど」


「ピィィィィィッッ!!」

 

 途端に赤髪の悪魔はガン泣きする。悪かったって。


「神を何だと思ってるんですか!? ――そんなことはしません!」


「ほんとぉ……? ひどいことしないのぉ?」


 赤毛の悪魔は涙ながらに言う。


「しませんとも」


 んなこと言ってもねぇ。実際捕まえているし……。


「じゃあ、具体的にどうすんのさ?」


 その質問に、ガー様は溜息一つ吐いて、続ける。


「時間を圧縮して、聞いてもらうだけです。三日もすれば開放しますよ」


「ひどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおッッ!!!???」


「ひどいよぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」






 完







補足



ビン・マリアーニ


 通称コカワイン。当時はコカの葉に含まれるコカアルカロイドは全然違法ではなかったそうで、ワイン以外のもいろいろとコカイン入りの商品が売られていたのだといいます。


 凄い時代があったもんですね。まぁコカ・コーラも最初は入ってたんだし、むべなるかな、というところでしょうか。

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