第5話「取り合うなや!」


 いつもの様に転生を追えて神域に戻ってみると、ガー様が討ち死にしていた。


 前回の悪魔ちゃん侵入の件で始末書とかいろいろあったらしい。知らんけどな。


「……えへへ、ど、ど~もぉ~」


 しかしそれで八つ当たりでもされてはかなわない。オレはステキな笑顔を浮かべながら神域に足を踏み入れた。


「……」


 しかし討ち死によろしく突っ伏している女神は反応しない。


 うーむ。どうやらただのマグロのようだ。


「誰がマグロですか誰が……」


 ちょっとー、心読まんでくださいよぉ!


「……読んでない、で……す……」


「……」


「……」


「死んだか……」


「…………」


 うーむ、とうとう反応さえしなくなったな。


「うーん、お土産奮発したから何とか機嫌直してくださいよぉ」


「オ・ミ・ヤ・ゲ……」


 お、反応した――


「オミ・ヤゲ……ドン、ナ……」


 ゾンビか何かですか?  


「レン……バス……?」


「あー、前回はエルフ卿とか行かなかったからレンバスはないんだ」


「ナン……デ……?」 


 いや、あんたが前回悪魔狩り旺盛のデーモンハンターオンライン的異世界にオレを叩き込んだからだよ!


 おかげで世界最強の悪魔祓いデーモンハンターになっちまったじゃねぇか。


「ナン……デ? ……ウッ……グスッ…………」


 だから泣くなや!


「いや、そんでも頑張ったからオレ! 中世暗黒時代ど真ん中だったから、こんなもんしかできなかったけど……」


 と言いつつ、今回のビックリドッキリお土産を広げる。すると、ガー様はバネ仕掛けよろしく身を起こした。


「トフィー!! ――凄い、林檎が丸ごと!」


 トフィー※っつーのは簡単に言うとアメとキャラメルの合いの子みたいなお菓子のことだ。


 それで林檎をまるまる包んでみたってわけね。要するにりんご飴だ。


 つか詳しいなお前。


「おう、栗もあるぞ」


「栗!?」


 こっちはマロングラッセを同じように飴でくるんだものだ。


 まぁー、前回に比べるとアレだけど、限られた環境下でやるだけやったんですよ!


 無言で逆ギレしつつ、黙り込んだガー様を見る。


 ガー様は子供のように目を輝かせている。まるで宝石箱でひっくり返したみたいに、うっとりとして色とりどりの飴細工を見つめている。


 その視線そのものが、光り輝いているかのようだった。


「――お茶を! お茶を淹れましょう! 貴方はコーヒーでしたね!」


 うわっ、いきなり元気になった。キモい! でも好き!!  


「えへ、えへへへ。んじゃ~これでぇ~許してもらえますぅ?」


 だが、これはチャンスだ。ここでチャラにしろ! 今までの失態をご破算だ! 攻めろ攻めろ! 食い下がれ!


「許します!」


「って許すんかーい!」


 楽勝か!? 引くほどチョロいなお前。


「……許されたくないので?」


「あ、いえ。そんなことはないんですけど……」


 ここまでチョロいと妙な気にもなってきちまうなぁ。なんか甘いものへのリアクションが過剰じゃない?


「では急ぎましょう、また悪魔が来るかもしれません!」


 いや、その悪魔の分もあるんだけどね? 


「まー、こんだけ警備しまくってたらてたら来ねぇんじゃねぇの? (神域の)外、スゲーにぎやかだったぜ?」


「ええ、頑張りました。私のオフィスも全面改装で……」 


 ここオフィスだったんです!? なんか知れば知るほど神秘性が失せていくなぁ……。


「つーか、やりすぎじゃねぇ? そんなに嫌なの!?」


「嫌です!」


 ふーむ? 思ったよりも意固地だねェ? でも、ガー様は間違っても集団や種族にレッテル張りして差別するようなタイプではない。


 おそらくは実体験から来る感情なのではないだろうか?


 でもなぁ、ここに突っ込んでアレコレ質問するとまた機嫌を損ねかねないし……


「んーーーーーッ♪♪」


 などと考えているうちにガー様は甘いお菓子に舌鼓を打っていた。


 しゃりしゃり。ポクポク。リンゴと栗を交互に。甘すぎるかと思ったけど好評なようだな。


 ――にしてもこの笑顔! 圧倒的笑顔! いつもの仏頂面が嘘のよう!


 うーむ、こんな笑顔を見たのはいつ以来だろうか? ――しかし、こんなことでしか笑顔になれないなんて。


 今までどんな生活を……なんて不憫な……


「……なんで、可哀想なものを見るような目で私を見てくるんです?」


「いいから! 好きなだけ食べなさい。いっぱいあるから! いいから!」


 オレは密やかに涙を拭う。いいんだ、今笑っていられるなら、それで。


「なにやら誤解をされているような気がするのですが……」


「いいから!」


 いいから食べれ!


「ま、まぁ、いいでしょう――――綺麗……」


 一気に食べるのがもったいないのか、ガー様はいちいちうっとり眺めてから頬張る。


 まるで童女のように甘味に頬を緩め、酸味に目を細める様は見ていて飽きない。


 まったく綺麗なのはテメェだよバカヤロー、とでも言ってやりたいが、まぁ今日のところは黙って見ておこうかね。


 ――それに、たまにはこのまま和やかにお茶をして終わることがあったって、いいんじゃないかな?




「どぅえぃ――す!! 先輩! なんかおいしいものありますよね!?」



 

 ――だが許さん!


 とばかりに乱入者のエントリーだ!


 大柄の女だった。ボリュームのある朱い髪と眼も冴えるような、丈長の青い装束が鮮やかな印象である。


「だれだテメェ!」


 男はいきり立つが、赤髪の女はツッコミがてら着席してくる。


「あたいだったつの。この前パンツやっただろ」


「パンツ――女神、う、頭が」


「記憶が消されてんだっけ? けっこう会ってんだけどな」


「いや、いや――分かるぞ!」


 言いながら男は自らの身体に刻み込まれている文言を確認する。今まで省略してきたが、この男は基本的に上半身を丸出しの状態である。


「ガー様の「後輩」で、「警備・守護」を司る「赤毛」の「女神」――」


「そーそー」


「その名は――「巨乳」!」


「いーや、誰が巨乳だ!?」


 要するにガー様の時と同じである。


 名前を聞いても目の前の女神かどうかを確認する手間が発生してしまうので、見た目ですぐに判断できる特徴で相手を呼称する方が楽なわけだ。


 そう言う点で見ると、この女神の最大の特徴がその巨乳。おっぱいおっぱい。大質量の乳房となるわけである。


「なんだってんだい。――そういや、前も巨乳呼ばわりされたねぇ。セクハラだから止めなよまったく! 刺青それも書き直しちまいな」


 無茶言うなや。てかパンツはいいのかよ?


「まー、よく考えたらガー様も普通に巨乳なんだし、まぎらわしいわな。じゃあ「爆乳ちゃん」で」


「なおってねぇだろ! ――まぁいいや」


 いいのかよ。ガー様と違ってざっくばらんな女だなオイ。


「それより、いい匂いすると思ったら。ヘヘへェ……」


 そして、コイツはコイツでリンゴ飴を見つけてヨダレを垂らす。


 お前もかブルータス!


「まーいいや、食いねぇ食いねぇ」


「わりぃねぇ。そんじゃ一つ……」


 ――が、爆乳ちゃん――はアレだから後輩ちゃんとでも呼ぶか――が、手を伸ばすと、何故かガー様は皿ごとそれを遠ざけた。


「――え?」


「……」


「――いや、ちょっ、ください――くださいよぉ!」


「…………っ!」


 しかし先ほどから無言だったガー様は、あろうことか、皿を確保して後輩ちゃんからトフィーを守ろうとしているのだった!


「くださいって! なんでだ! 寄こせ! クソが!」


「…………!」


 さらに取り合いの取っ組み合いである。つーか仮にも女神がクソとかいうな。


「止めんか!!」


 すると女神たちはさすがに我に返ったようだ。


「取り合うなや! 女神ともあろう者が! なんや! 欠食児童か! 取り合うなや! みんなに喜んでもらいたかったのに! おじさん悲しい!!」


「ス、スイマセン……でも先輩が」


「……だって、取るから……」


 泣くなや! マジで欠食児童か! あーもう台無しだよ!


「台無しだよぉ!」





 閑話休題。





「――食い物が味気ない?」


 ようやく落ち着いたところで、なんでこんなことになるのかを後輩ちゃんから聞くことが出来た。


「そうなんだよ。だからこういう機会だとみんな眼の色変えちゃうっていうか……」


「……」


「いや先輩、見つめてなくても取りませんて」


「いっぱいあるから!」


 会話に参加しようとせず、自分の分のお菓子を警戒しているガー様に呆れつつ、先を促す。


 相当って言うか、ある意味異常だぞこれ。


「あたいらは基本的に食事なんてしなくても生きてけるんだ」


「まー神だしねぇ」


「だからさ食い物って時点で基本的に嗜好品なんだよ。で、その上でそう言うものに依存してはならない、とかで甘いとか辛いとかの「味」が制限されてんのさ」


「……神界にもポリ=コレ的な勢力いるってこと?」


「ガン=カタみたいにいうなし(笑)。ま、近いかもねェ。うち等も肉体を持ったことで堕落するって例が結構あったらしいんだ」


 ふーん? 攻殻機動隊のサイボーグみたいなもんか? 擬体用の専用サンドイッチとかあったよな。


 コイツ等はサイボーグみたいな仮初めの肉体の中に居るってわけだ。――しかし、なら、んだ?


 まぁ、知らんけど。


「……にしても、ずいぶん差があるように見えるんだけどさ」


 後輩ちゃんとガー様で反応には差があるように見える。


「あー、ここだけのハナシ」


 と、後輩ちゃんはオレをグイと引き寄せる。


「普通は裏で結構手に入れてんだよ、みんな。規則だからってバカ正直に守ってんのは少数派なわけ」


 しかしあんまり話が入ってこない。おっぱいが近い。こぼれそう。おっぱいおっぱい。


 いかん! 思考がおっぱいに埋め尽くされる! 耐えるんだ――あああ無理! おっぱいおっぱいおぱぱぱぱぱ


「戻ってこい」


「オパー!」


 殴られた。ガタイがいいせいかパンチもゴツい。


「――で、ガー様はその少数派なんだ?」


「タフだねあんた。ま、そういうことさ。だからこういう時、」


「全部聞こえていますよ」 


 めげずにおっぱいを見ようとしてして押し合いへし合いしていると、いつのものガー様の声が聞こえた。


「神ともあろう者が、規則のひとつも守れないことの方が問題でしょう」


 どうやら甘味を食べ終わって正気に戻ったようだな!


「――最初から正気です」 


「いや先輩、いまさら取り繕っても……」


「まー前回がアレだったしな。おっぱいちゃんも忙しグワーッ!! ――こ、後輩ちゃんもそれで忙しいんやろ? オレらも悪魔ちゃんのことで大変だったんだよ」


「まーねぇ。でも先輩も適度に息抜きした方が良いですって。いいルート紹介しますよ?」


 うんうん。そんでガー様に金出してもらって、そのおこぼれに自分も預かろうってハナシね。腹黒い女神腹黒い! おっぱいはデッカい!


「全部言うなよ!」


「心読むからじゃん!?」


 なんでお前らは人のモノローグをちょいちょい読むんだよ。


「人の思念はこぼれやすいのです。読もうとしなくても読めてしまうことがあるのですよ」


「へぇー後輩ちゃんのおっぱいみた――アバーッ!」


「そうだぞぉ。どうせ聞こえるなら声に出して言いたいとか開き直ろうとしてんのも聞こえてっからな!?」 


 理不尽だ! 思う事さえ許されないなんて!


「ですがあなたはあなたで、胸もとを――その、開け過ぎなのではないですか?」


 ガー様も言いにくそうにそんなことを言う。たしかに、女神とか言いながらお前ら一々かっこうが扇情的せんじょうてきなんだよ。


「だって、暑っついんですよ。熱がこもるこもる。ホントは下側(要するに南半球側だ!)も開けたいぐらいなんですから」


「――肉体を持つが故の弊害へいがい、ですね」


 女神たちはそろって溜息を吐く。


「なーんか大変そうっすねぇ。女神さまもぉ」


「ひとごとだなー、お前……」


 つっても、人間に取っちゃそんなもん生来からのもんだしな。いまさらだ。


 何度、何者に転生したとしても、不具合の無かったことなんてありゃしない。むしろ、何もなかったら生きてるって言えないんじゃねぇの?


「まー、ちょっとは人間の気持ちわかるうじゃないデス?」


「んー? いやいや流石に人間ほどじゃないけどな? 悪徳って意味ではさ」


「あまり悪しざまに言うものではありませんよ」


 後輩ちゃんのが舐めたような口をきく。ハスッパな女だねどうも。ガー様がたしなめるが、後輩ちゃんは続ける。


「でもですよ? 見てたら嫌んなりますよ。傲慢・怠惰・色情・嫉妬――そらぁ悪魔も寄ってきますわ」


 ずいぶん上からモノを言ってくれるな、この喋るおっぱいめ。――たしかにネットとかしてると人間でもそう言う感覚になる時あるけども。


「いやでも後輩ちゃん人のこと言えなくない? そーやって油断してたから背中にニキビ作って彼氏に振られたんやろ?」


 不摂生ふせっせいがたたって背中にニキビて。人間のことどうこう言えんぞ!? 


「――言ったなあぁぁぁぁッッ!!!」


 すると後輩ちゃんは一転、オレではなく、ガー様のほうにつかみかかった。


「し、しりません……」


 ガー様は成されるがまま、ただ蒼ざめた顔を背けるばかりだ。


「アンタ以外に誰が言うんだよおぉぉぉぉ!!」


 まー覚えてないけど、ガー様以外から聞く可能性は低いわな。


「……すいません。一人で抱えるのがつらくて……どうせ忘れると思って」


「んがあぁぁぁぁッ!!」


 後輩ちゃんはガラにもなく真っ赤になって悶絶している。


 ――なんか、毎回誰かしらを赤面させてるような気がするなぁオレ。

 

「てか、おまえも前会ったこと自体忘れてたくせに、なんでそんなとこだけ覚えてんだよ!?」


「いや、なんかふっと浮かんできたわ。――大丈夫。次には絶対忘れてるから」


 まぁ知らんけどな。たぶんな。


「ん゛ん゛んんん――ッッ」


 羞恥が限界を迎えたのか、後輩ちゃんはダッシュで聖域――というかガー様のオフィスを後にした。


 途中何かに引っかかって転んでた。あーあ、デカいのにバタバタ動くから……。


「いやー言いすぎましたかねぇ?」


「……」


 ガー様は何とも言えないような顔で頭を振った。言葉もないってか?


「次も……お土産お願いします……」


「お、おう……」


 後輩ちゃんの分ですか!? いや、お土産どんどん増えてくんですけどぉ――。




完 






※補足

 

 トフィー(またはタフィー)っていうのはイギリスの伝統的なお菓子だよ!


 キャラメルに似てるみたいだけどキャラメルよりも飴っぽいみたい!


 りんご飴みたいにして食べるのはほんとにあるみたいだよ! 凄いね!


 でも栗の方は適当に書いた嘘っぱちだよ! 本気にしないでね! でも美味そうじゃない!?


 で、作者はファンタジー的なお菓子について調べてたわけなんだけど!


 その内にどんどんファンタジー世界と食い物の話に興味が移っていったみたいで!


 調べれば調べるほど歴史だとか地理的な話とか大航海時代の話しとか、どんどん深みにハマっていって、気が付いたら朝だったみたいだよ!


 徹夜とかバカみたいだね! ファンタジー食はマジで沼だから忙しい時は調べないほうがいいよ!



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