第4話 悪魔ちゃん登場(後編)

「な――なにしてるんです! 早く捕まえてください!」


 一方、フリーズ状態からようやく活動を再開したガー様は背後からぐいぐい押してくる。えー、なんなのそれ!?


「つーか悪魔って何なのさ。オレなんも聞いてないんだけど?」


「ず、ずいぶんと前になりますが、一応解説はしたんです。……覚えていなくても仕方がないですが……」


「てか自分でやればいいじゃん。ほら、今ならこの上なく簡単そうだけど?」


「うーん……おなか苦しい……」


 見るも無残にパンパンになっている悪魔ちゃんは床に横になってしまっている。


 言わんこっちゃねぇ。一口で一日動ける、なんて食い物まとめて食うからだよ。アザラシか! ゴマフアザラアシか!!


「そういう事ではないんです! 我々は互いに不可侵なのです。直接手を出すことは出来ません! ここに来ることが出来たのもあなたを利用した――」


 ガー様はそこまで言って言葉を切り、じっとりした目つきでニラんできた。なにさ!?


「……ちょっとはおかしいと思わなかったんですか!?」


 ――クッ! なんて目をしやがる! だがそんなそなたもまた美しい。つーかたまらん!


 とか言っている場合ではないな。


「それ蒸し返すのぉ!? ――いや今回についてはマジで悪気なかったんだけど」


「……いつもは多少なりとも悪気がある、と聞こえますが……」


 やっべ墓穴掘った(白目)。待って、今の無し!


「ですが、確かに知らなかったことを責める訳にはいきません。ただ、責任くらいは感じていますよね!?」


「そりゃ、まぁ……」


「では責任をもって退治してください! 転生者なら問題なし! さぁ!」


 退治ィ!? そりゃおなかポッコリさせて床ゴロゴロしてんの見りゃあスライム並みに簡単そうだけどさぁ。


「いや、こんなちっちゃな幼女に乱暴なんてできませんよ」


「…………私にはやったのに……」


 えー……まだ言うんです? あー、そういや機嫌取ろうとして取れてなかったんだったな。だが土産はもうないし……。


 うーん、コレ完全に俺のせいじゃないよ、知らないょお……。


「…………(泣」


 いや泣くなや!! そんなにコワイの? このぷっくぷくになってる幼女が!? 


「んまぁ、解ったよ解りましたよ。何とかするから、そんな顔しないで」


「グス――。で、ではこちらでも警備を呼びますので、それまで止めておいてください!」


 言うや否や、ガー様は何もない所にドアを開くと、神域を出ていく。


 つーかそんなとこに出口あったんだ……。もしかして見えないだけでいろいろあんのかな……。


 いやいや、んなこと言ってる場合でもないだろう。


 この悪魔ちゃんを何とかしなきゃならなくなっちまった。


 そういやこっちも機嫌を損ねたままだったな……


「ぶひー、しゃーわせ……」


 あ、コッチの機嫌は直ってるわ。


「美味かった? 俺のお土産ェ」


 ごろごろとローリングしている悪魔ちゃんに近づく。食後の運動か何かですか?


「まーまーね。げふーッ。あっちの泣き虫女神さんはもういいのかしら?」


「んー、なんとかなっ……てないなー。まー後でフォローしとくよ」


 つーか、なんだってオレがこんなに気苦労ばかり背負わにゃならんのだ。よく考えたら腹立ってくるなぁオイ。


 けど、泣かれちゃったらどうしようもねぇじゃん!?


 つーか泣くなよ女神のクセに!


「スヤァ……」


「あ、寝ないで寝ないで」


 さて、こっちはこっちでどうしたもんか。つか無防備すぎない?


「ん~? じゃあどうするのぉ? 神の言うとおり、私にひどいことでもしてみる? 害虫みたいにぷちっと行くのかしら?」


 悪魔ちゃんはブッダよろしくアルカイックスマイルを浮かべつつそんなことを言う。


 なんつーか二重の意味で幼女とか悪魔とかがして良いカオじゃねぇなぁ。


「いや。――まぁ、まずは話を聞いてみようかね」


 こうなったらしゃーねぇ。ここは出来るところからやるしかないねぇ。


「あら? 悪魔の言葉に耳を傾けるのね? 神の傀儡くぐつとは思えないわ」


 なにさ神の傀儡って。


「そう呼んでるのよ。あなたみたいな転生者っていう人たちを」


 ふむ?


「興味深ぇハナシだけど、まぁ今はいいや」


「いいの? アナタにとってはけっこう大事な話かもしれないわよ?」


 などと悪魔ちゃんはささやきかけてくる。つーてもね?


「まぁー初耳だし? 聞いてみてもいいんだけどさ、聞いたところで裏取りができねぇし、今は女神さまのキゲンの方が大事かな」


 なにせ、あのままだと次の転生でどこに送られるかわかったもんじゃねぇ。


「いいわねアナタ。――とってもユニーク。どうかしら? 私と来ない?」


 気が付けば、さっきまでゴマフアザラシのようだった悪魔ちゃんの身体は元通りになっていた。


 うへぇ、どういう消化力だよ!?


「んー? 付いてくと、俺はどうなんの? オレも悪魔になる?」


 しかし、元に戻ってもなお、だらりとうつ伏せのままの悪魔ちゃんは、今度は何やら床に落書きを始めている。落ち着きねぇなぁ。


「まさかー。そんなことしないわ。好きにして良いのよ。たーだ、アナタには私たちと一緒に世界をいろどってほしいの」


「彩る?」


 すると落書きを中断して立ち上がった悪魔ちゃんは真っ直ぐにこっちを見てくる。気のせいか、細められた切れ長の目は――血溜まりのように赤い。


「そうよ。とっても楽しいの」


 話が見えねぇな。なので、もっと詳しく聞こうぢゃないか。近う寄るがいい!


「だって、神々に任せていたら、世界はとてもつまらなくなってしまう――だって」


 しかし抱き止めようとすると、するりと腕をすり抜けていく。


「あらゆる世界の、甘くて、熱くて、そしてちょっとだけ苦ーいものは、みーんな悪魔が造ったんだもの」


 そう言って、悪魔ちゃんは踊るように身をひるがえす。


 その度に、床に描かれていた落書き――明らかに魔法陣めいたそれをは、ひとりでに動き、さらに複雑怪奇にひろがっていくではないか。


 ――ファ!? もしかしなくても、この娘何かおっぱじめてない?


「ちょい待ち――これはいったい何を」


「特に――この場所はつまらないわ。だから彩るの。そのために来たのよ? わざわざ、


 悪魔ちゃん――否、そのターコイズ・ブルーの悪魔は巨大な翼を広げ、深紅の双眸をきらめかせる。


「これは魔界のゲートよ。この場所を悪魔界の最深部と直接繋げるの。――みんなとてもびっくりするわ。楽しそうだと思わない?」


 あーらら、コイツはマズったな。聞いてた以上にクリティカルなことになりそうだよ?


「さぁ、御一緒しましょう? ――それとも、わたしを殺す?」 


 清浄であったはずの神の庭に、血色の光が満ち始める。


「――おーけい。解った。要求を聞こう」

 

 すると悪魔はクスクスと、死神のように笑う。


「なにを言っているの? 要求も何もないわ? ただ、提案しているの。一緒に来ない? こんな場所よりも、ずっと怠惰たいだで、ずっと淫靡いんびで、鮮やかなところへ!」


 あー、やっぱな。そうじゃねーかと思ってたんだよ。


「解ったよ。――要するに、まだ機嫌が直ってないってことだろ?」


「………………はぁ!?」


 壮絶なキメ顔のまましばし固まっていた悪魔ちゃんは、深紅の極光をまとったまま、そんな声を上げた。


「いや、メチャすねてるからそんなことを言い出したんだよね? マジ悪かったよ許してください……オナシャス」


「……なに言ってるのよ!? 私の目的は、最初からこれだって言ったじゃない。ここに忍び込んで、神の庭を悪魔だらけにしてやるのよ!」


「いや、うん。そう言うつもりだったんだろうけど、それはそれとして、まだ怒ってんだよね?」


「……怒ってない」


 とは言うが、この上なくむくれた風の顔で、悪魔ちゃんはそっぽを向いてしまった。


 先ほどの魔王どころではない気配は薄れ、胎動たいどうしていたゲートもしおれるように輝きを失っていく。


 あー、多分ね。この娘キレればキレるほど表向きはキレてません的な態度取るタイプなんだと思うわ。


「怒って……ないけど、何でそう思ったの!?」


 で、その怒ってません的なサインを額面通りに受け取っちゃうと、水面下で蓄積した怒りが行動として爆発するってェハナシなわけですよ。


 はぁ―めんどいわぁ。幼女めんどいわぁ―。つーか女子は全面的にめんどいわぁ―。


 怒ってないと言いつつ、悪魔ちゃんは顔を真っ赤にして詰め寄ってくる。


「だってさ、オレを誘惑したいならあんな魔王みたいな勧誘しないじゃん。――もっと油断させないといけないのにさ」


「……だって、あそこまでいったらもう勢いでしょ!? 普通は二つ返事でイエスよ。なに冷静に構えてるのよ!? 私強いのよ?! それくらいわかったでしょ?」


 何を言うかと思えば。


「俺はもう何千回も転生を繰り返してんだ。このくらいは慣れっこだぜ」


 それに――


「最初っから勧誘に乗る気なんてないしね」


「――な、なんでよ? さっきもそうだけど、神なんてアナタたちをこき使うだけじゃない!」


 うーん。――そこは否定できねぇ(白目)


「嫌なんでしょ? そんなに何回も転生するの!? 神は人をもてあそぶだけよ! 悪魔はそんなことしないわ。悪魔こそ人を愛してるのよ!?」


 いや知らんし。


「うーん、まぁ現状として楽しくやってるし。なんつーか、オレは結局、あの頼りない女神さまを気に入ってるってことなんだろうなぁ」


「……お、おっぱい大きいから?」


 悪魔ちゃんは自分のうっすい胸元を見下ろしつつそんなことを言う。


 やれやれ、まったく何を言い出すかと思えば……


「どっちかっていうと、あの美脚の方かなぁ……」


 いや、もちろん豊満なバストからあのくびれ、見事なヒップライン、もちろん無敵のガーターベルト装備の太もも。そして爪先までの完璧なラインと……造形美と言う意味ではまさしく美とエロスの結晶…… 

 

 ――ってそういうことではない! 何を言わすんじゃ!


「最低だわ……そんなことで、完璧な私よりもあんなのを選ぶなんて……」


 悪魔ちゃんはうつむき、ブツブツとつぶやく。なにやら過大なショックを受けておられるようす。


 いやいやいや悪魔ちゃんも超絶可愛いですよ? ただ比べるもんじゃないっていうか……。


 こう、積み重ねてきた2人の歴史がある的な?


 ……でもその当人の手によってその2人の歴史、大部分が消されてんだよな。


 アレ? オレなんであの女神のこと好きなんだろ?


「……わかったわ」


 ファ!? いや、今はそんな場合じゃなかった。この娘、余計にキレるんじゃないの、今ので!?


「貴方は、『神の傀儡くぐつ』じゃない――自由意志を持った人間という事ね。――シャクだけど、認めるしかないわ」


 んー?


「はぁ、……よくわかんないけど、今日のところは帰ってくれる、みたいな?」


「ええ、あなたが私を見逃すなら、だけど」


「オレには捕まえらんなそうだし」


「あらそう? ――じゃあ「箱庭」に飽きたら、言ってちょうだい。その時、またお話ししたいわ」


 、ねぇ?


「つっても、いつ会えるか解らんがねぇ。オレはいつもどっかで転生してるし……」


「別にスグ会えるわよ? で」


 ――んん?


「いやでも、今のゲート繋がってないんだよね?」


「マーキング自体は他にもたくさんしておいたの。だから、個人用の小さいヤツならいつでもつなげられるわ」


 と、悪魔はそう続けた。


「へー。それはつまり、その気になればいつでもこの神域までこれちゃうってこと?」


 ああ。騒ぎを起こした時点で、すでに最低限の目標はクリアしてあった、ってことね。なーるほどぉ――プロの仕事かよ!


「そーよ。こんどもお土産よろしくね」


 あ、これまたお土産喰い散らかしに来る気だ!


「――こっちです! 数は1、かなり高位の悪魔です!」


 おや、ガー様の声だ。――つーかテメェ、その『高位の悪魔』だってわかっててオレに押し付けやがったのか!?


 今からでも悪魔ちゃんの側に付こうかしら?


「じゃあ、そろそろおいとまするわ」


「そだね。――たーだ、次来るならガー様とも仲直りしような」


「はぁ!? 悪魔と女神が?」


 そうそう。根本的な問題はまだ解決してねぇからな。


「オレに会いたいなら、それが条件ね。あっちはあっちで説得しとくからさ」


「……」


「ほら、次もおいしい物もってくるから!」


 おねがーい!! すると、悪魔ちゃんは困ったように溜息を吐いた。やっぱ見た目よりも大人だよね君。


「わかったわ。けど、悪魔との契約を破るとひどいわよ。スッゴク美味しいものじゃないと嫌よ?」


「OK。契約は成立だ」


 白い歯で笑ってみせると、悪魔ちゃんも困ったように微笑んだ。作ったようではない、素の笑顔――なのかな?


「ホントに変な人ね。……けど気に入っちゃった。次は妹もつれてくるから」


 マジすか? なんか用意するお土産の量がどんどん増えてくんですけど!?


「じゃあ行くわ」


「――では、お美しいレディ。お会いできる時を楽しみにしおります。何時なりともお越しください」 


「ええ。気が向いたらね。――たとえば、星の降る、夜にでも」


 そう言って笑い、悪魔ちゃんはしゃなりとお辞儀をして、姿を消した。





 ――――――はぁ~。何とか、しのいだな~。


「――どこですか!? 悪魔は!?」


 ようやく来やがったか泣き虫女神め。


「あーうん。逃げられちった♪」


 喰らえ、渾身のテヘペロ!


「はぁぁ!? ――なんで捕まえておかないんですか!?」


 クソ、効かねぇ!! ――つーか、あんた自分でも「高位の悪魔」つったじゃん。


「いや無理無理。アレ魔王どころじゃないわ。大魔王だわ。幼女・ザ・大魔王だわ。幼女ツヨイ幼女ヤバイ」


 幾千もの魔王をぶっ飛ばしてきたオレが言うんだから間違いない!


「そんなぁ……」


 そんなぁ、じゃないよ。こっちのセリフですよまったく。


「まー次は仲直りするように言っといたから、ガー様もそのつもりで」


「――――はぁ!? なかなお……!?――――次ぃ!?」


 ちょっと待ちなさい!? 次ってなんですか!? どう云うつもりなんですか!?


 などと後ろでガー様がわめいているが、まぁ、なんとでもなるだろう。


 ……にしても、次のお土産どうしたもんか。


「そういや、次の転生先ってどこでしたっけ? 悪魔のいない異世界でしたっけ?」 


「……デーモン・ハンター・オンラインです」


「略してデモハン!? ゲーム!? ゲーム的異世界じゃなくてゲームそのもの!?」


「今度こそ悪魔を倒せるように修業し直してください!」


「いや、仲直りしてよマジで……」





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