第3話 悪魔ちゃん登場(前編)

 今日も今日とて、神域に風が吹く――。


「さぁ~て、今度も頑張って転生しますかねぇ。その前に愛しの女神さまに愛をささやかんとな。出来ればこう、ゼロ距離で……うん?」


 いつものように、女神の元へ向かう道中のことであった。


 神域への扉に連なる交差路の角に、なにか程よく小さい、そして非常に丸いものがうごうごしているのだ。


 それは突き出されたお尻であった。身をくの字に屈め上半身だけを曲がり角の向こうに向けているのである。


「うぬぅ、なにやら小さなお尻を発見伝!」


 くだらないことを言いつつ、その尻に接近する。


 ――フム、尻ぐあいから見るに、年のころは『小5ロリ』といったところか。


 幾重もの転生を繰り返してきた男の眼力は、すぐさまそのお尻の内実を看破した。


 しかし、はて? ここにいるのは神か女神だけのハズ。幼女の神と言うのは見た覚えがない。


「……」


「……」


 お尻を見つめながら考えていると、目が合った。


 深紅の瞳が、じっとこちらを見つめてくる。ヤッベ、見つかった。


 幼女のお尻をガン見してたのを知られてしまった。

 

 オーマイガッデス! 案件である。ロリコン警察に眼をつけられる!


 だが引かぬ!


「お嬢さん、こんなところでどうしたんだい?」


 男は何もなかったかのように、あくまで紳士的に語り掛ける。


 幼女は応えない。


 ただ、身をひるがえし、まじまじと見上げてくる。


「おじさんだァれ?」


「おじさんはね、無限に転生することを強いられているかわいそうな人だよ」


「無間地獄におつとめの人?」


「違うんだけど違わない気がしてきた……」


 何だろう? なんか泣きたくなってきたぞ……。


「ふぅ~ん」


 深紅の瞳にターコイズ・ブルーの見目鮮やかな髪色をした、美しい少女だった。


 柔かそうな白桃色の皮膚に桜色の頬。それに反し、背中には翼竜か蝙蝠のような異形の翼がついている。


 明らかに人間とは思われないデザインだ。やはり女神なのか?


「ところでお嬢ちゃんは迷子かい?」 


「うーん、表現によるかしら? 決めつけるのってよくないわ」


 どうやら機嫌を損ねたらしい。あらまー、な子だねぇ。


「これは失礼をいたしました。レディ。どうか、わたくしめに事情を話してはいただけませんか?」


 すると美幼女はしゃなりと礼を返してきた。


「うふふ。ごていねいにどうも。こういうのって嫌いじゃないの」


 少女はか細い腕と薄い胸板とで男の腕を抱きしめた。


 まるで天使の羽に抱かれるような、あるいはニャンコのマタぐらに挟まれるかのような、至上の柔らかさを感じる。


 あらあらウフフ。あたくしも嫌いじゃありませんことよ。


 男が犯罪的な感触を楽しんでいると、少女は腕を引いて先を促す。


「それはそうとして、わたしを然るべきところへ連れて行ってほしいのだけれど?」


「んん?」


 然るべき、ねぇ? しかし彼自身も、この辺りのことなど何もわからないのだ。


 これは誰かに預けるしかないだろう。そして心当たりのある相手は一人だけだ。


「よし、ガー様に全部投げよう!」


 なにかの問題が起きたら、『とりあえず知り合いの女神に全力投球で投げつけてみる』というのは、その道では知られたトラブルシューティングの方法である。


 困ったことがあったら、みんなもやってみよう!


「じゃあ、一緒にいこうか」


「エスコートして!」 


「仰せのままに、お姫様」


「んっふーっ!」


 苦しゅうないとでもいうように、少女は笑顔を浮かべる。


 やれやれなお嬢さんかと思ったら、けっこう子供っぽいところもある子なのかな?


 女の子は見た目と外身のギャップが激しいから困るねぇ。


 まぁ、こういうのはね。女性に任せた方が――


「あら、どうかしたの?」


「い、や―」


 でもあの女神、子供の相手とかできんのかな? 塩対応して泣かせたりしなきゃいいけど……。

 

 まぁ、悩んでも仕方がない。まずはいつもの場所へ向かおう。






「おーい、帰ったぞぉ。フロー。もしくはメッシー。からの詠唱破棄で、まさかのお・ま・えを御所望!」


「ごしょもう!」


 存外にノリのいい幼女とともにビシッとポーズを決めてみるのだが、女神の対応は冷淡である。顔も上げようとしない。


「お疲れさまです」


 なんて不愛想な女だ! チューしてやろうかしら!


「では、席についてください」


「えぇ……なんでそんな塩対応なの? 俺なんかした?」


「……前に何をやったのか覚えてないんですか?」


 A:パンツの強奪未遂


「……ぞ、存じ上げません。それがし、記憶とかイジられてるもので……」


「私はウソつきが嫌いです」


 このアマぁ! 調子に乗りやがって。


「でも俺はアナタが好きです。大好き! 愛してる! 愛ゆえに! だから許して! はい、この話終わり!!」


「終わりませんし――信じません。今回の転生はもう行先も決めてありますから、さっさと行ってください」


 ハァァァァァ!? 何言ってんの!?


「なにおう! キサマ、職務を放棄するつもりか!」


「放棄はしていません。職務を効率化しただけです」


 ああ言えばこう言うねまったく。


「てかなんだよもー。けっこう昔の話じゃん? それをさー」


「アナタにとっては文字通り前々前世ぜんぜんぜんせのハナシでも、私にとってはつい先日の話しなんです!」


 そうなんだよなぁ。俺とガー様とじゃ生きてる時間軸がずいぶん違うんだよなぁ。これでこういう行き違いが生まれる。


「わーかったよー。次のときになんかお土産持ってくるからさぁ」


「次じゃダメです。今欲しいです。特にお茶ウケになりそうな甘いものが。ああ、今。まさに今欲しくてたまりません」


 キーッ! 下手くそな芝居なんぞしやがって! 大好き!!


「……なーにぃ? オレのこと困らせたいのぉ?」


「――違います。今更、いかにおもねろうとも無意味だと言っているだけです」 


 セルフ寸劇がちょっと恥ずかしかったのか、照れてる。抱きしめたい。


 しかし、さて困った。このままではらちがあかない。


 ――ま、予想してたことではあるけどね。


「あーあー、わーかったよ仕方ない。出すよ出しますよ」


「――あるんですか!?」

 

 目の色を変えるんじゃないよ! 女神ともあろう者がはしたない。


 あーあるとも、とっておきの甘味がな!


「前回は長いことに居たんでね。最後に持たしてもらったのさ」


 しかし、わざわざこんなもん用意してたのがバレると、つまりの前々前世のパンツ騒動をオレがちゃんと覚えていて、そのうえでうやむやにしようとしていたことがバレる可能性が高い。


 リスキーだぁ。コイツぁリスキーだぜェ!!


「エルフ……。お土産……。――お茶を入れましょう♪」


 と思ったけど、この女神全然気づかねぇでやんの。まだ見ぬ甘味に夢中かよ。


「じゃ、俺コーヒーでおなしゃす」


 まぁいいや。お茶して、おべっかも使えるだけ使って、いろいろとお茶を濁そう。お茶だけに。


 ――正直、変なとこに転生させられると俺がキツいからな。


 それに、アンタいつも仏頂面だけど、笑ってたほうが綺麗だよ。

  

「なんでわざわざそんなにごったものを飲みたがるのかわかりません。お茶を濁したとか言うつもりじゃ……なんです?」


「いーえ、なんでも。お茶は濁ってた方が美味いもんさ」


「……何かのことわざですか?」


 横顔をガン見していたのを悟られたらしい。別に照れてやしないが、気まずいのでオレは全力で視線を逸らすぜ!


「――ところでさぁ、さっき迷子見つけたんだけど、預けていい?」


 手土産はどこだったかと自前のアイテムボックスをガサゴソしつつ、事のついでに先ほどの迷子のことを話題に挙げる。


 いや、別に忘れてたわけじゃないんだけどさ。


「まいご? ――そんな事があるはずがないじゃないですか。ここは神域ですよ?」


 んー?


「いや、でも実際さっきからそこに――あれ? いない……」


「――――アナタ、いったい何を連れてきたのですか!?」


 とたんに、ガー様が色めき立つ。いや、ただの幼女でしたけど……あれ? にしても土産はどこだ?


「っかしーなぁ。レンバス※がねぇ!?」


「レンバス!? エルフの作る焼き菓子ですね!」


 ま、これは有名だよな。にしても、一気にその状態に戻るなアンタ。


「それがねぇ、見つからんのですよ。確かに入れたんだけど」


「落ち着いて探してください。冷静になってみれば案外、近くにあるものですよ。形が崩れては一大事ですから、慎重に」


 ――いや、真剣まじめか!?


「探してるのはこれかしら?」


 みると、青々とした葉に包まれた小包を持った幼女がそこに居た。


「あーそれそれ。お嬢ちゃん、どこで見つけたのそれ?」


 しかし幼女はそれには応えず、むっとした顔のまま、包みを開く。


 そして、『バリムシャアッ!!』と言わんばかりに、その中身にかじり付いた。  


 ええぇ!? ――何してんの!? 


「ハフ、ムグ。――心がねぇ―、ムグムグ――傷ついたの。ムグムグ。エスコートしてって言ったのに、ムグムグ。……ほったらかしに、されて……ハフ、モグ……」


 えええええ!? それでやけ食いしてんの!? 人のお土産を!? うーわマジかよ! 子供って時々予想外のこと始めるよね。びっくりするわ!


「いやぁ――そのぉ――けっしてほったらかしにしたわけではなくてですねぇ……」


 にしても、あーあー。まーずいだろこれ。ガー様への土産ぼぉりぼり食べちゃってるわこの娘。


 いや俺は良いけどさ、これガー様がキレるんじゃ……


 と、視線を送ると、当の女神はあらん限りに目を見開いて固まっている。


 なぜかこの幼女をガン見して、呼吸も止めて絶句している。


 ――どしたん?


「――んグ!? エフッ!? ケホッ!」


 一方、幼女はむせてしまっている。あーあー、一気にほおばるから。


「はい、お茶飲んでお茶。そんなに熱くないから」


「――ぷはーっ」


 うーん、俺は何をしてるんだろう……。


「ありがと。でもまだ許してないから!」


 それでも幼女は機嫌を損ねたままらしい。


「ハフッ! ムググ……」


 そして食べんのを再開しおった。


 あーもう、どうすりゃいいのよ。


 女の子は一回へそ曲げると面倒だよねぇ。――そういやもう一人面倒なが居たんだった。


「あーっとね? いいですかガー様。いくらなんでも、女神ともあろうお方が、お菓子ごときで子供を……」


「あ――――あ、あ、あ、ああああ悪魔ぁぁぁぁぁあああああッ!!!!!」 


 しばしフリーズしたままだった女神は、そこで初めて、そんな絶叫を張り上げた。


「はぁ? ――悪魔?」


「あああああぁぁぁぁぁッ!? 私のレンバス!!!」


 いや遅ぇよ。つーか、そこはしっかりショック受けるんだ。


「ぷはぁー」


 そこでレンバス一包みを平らげた幼女――否、悪魔は微笑んだ。

 

 とても少女のものとは思われぬ、妖艶なまでの色を湛えた微笑で。




 ――いや、ほっぺに食べカスついてんぞ。






 長くなったので後半に続く。






 ※補足


 レンバス


 レンバスとは「指輪物語」におけるエルフの携帯食料だよ!


 映画でもしっかり出てたから覚えてる人も多いかもね!


 実は結構希少なものらしく、誰でも簡単に食べれるものじゃないらしいよ!


 とにかく美味しいらしくて、みんな一度は食べてみたいと思ったんじゃないかな!

 

 ちなみに一口(一枚)で満腹になるなんて言われてるから、食べすぎには注意が必要だ! つまり、悪魔ちゃんは今かなりピンチな状態! どうなる次回!


 


 

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