第四話
翌日の学校の帰り、ジミーはジョンに話しかけられた。
「昨日、シドと一緒に歩いてただろう」
ジミーは驚いて目を見開く。まさか、ジョンに見られていたなんて……厄介なことになった。ジミーは眉をひそめる。
「さあ、君の見間違いじゃないか」
「誤魔化すなよ。俺は見たぜ。二人で海に行ってたじゃないか」
ジミーは自分の呼吸が早くなるのを感じた。
「……どこまで見ていた?」
「なんだよ、なんかヤバいことやってたのかよ」
ジョンが薄ら笑いを浮かべる。この前、シドを馬鹿にしたときの笑い……癪に障る笑い方だ。それを思い出した途端、ジミーの中で何かをつないでいた糸が切れた音がした。
「言えよ、どこまで見てたんだよ!」
ジミーの気迫に押されて、ジョンは慌てて答える。
「お前らが浜に降りていくところまでだよ。それからは見てない」
ジミーはほっと胸をなでおろす。じゃあ、クラゲまでは……クラゲまでは見られていないはずだ。
脱力して、ジミーはふらふらと歩き出す。早くシドのところに行こう、シドのところでギターを弾こう……その時、後ろでジョンの叫び声がした。
「ジミー、危ない!!」
何のことだよ、と振り返ろうとした次の瞬間、ジミーは大きな黒い影に突き飛ばされ、宙に舞った。空中からぼんやり見えたジョンの青ざめた顔を最後に、ジミーの意識は消えた。
* * *
目が覚めると、ジミーは白い病室の中にいた。窓からは月明かりが差している。
起き上がってベッドから降りようとすると、腕に点滴が刺さっているのが見えた。管の中の液体が月光に照らされながら滑り落ちていく。
最後に見たのは、ジョンの青ざめた顔だった。それから何が起こったのか分からない。でも、冷静に考えてみると、車にはねられたようにも思う。トラックかバスだったかも知れない。大きな黒い影、それから……ジミーは懸命に記憶を辿ったが、覚えているのはそこまでだった。
考えるのをやめて、どこを怪我しているのだろうか、とジミーは体のあちこちを動かしてみた。頭に手をやると、包帯が巻かれている。触ると痛んだ。手足は正常に動いたが、激しく打ち付けたのか、背中は少し動かしただけで鋭い痛みが走った。
痛みに顔をしかめながら、ジミーは遠くから響いてくる物音に気付いた。誰かが近付いてくるような音だ。巡回の看護婦だろうか、とジミーは思ったが、近付いてくる人物は電灯を持っていないようだ。恐怖感を覚えて、ジミーは息を潜めて目を固く瞑った。
「……ジミー」
足音が枕元で止まり、その人物はジミーを呼んだ。聞き覚えのある声だ。ジミーはゆっくりと目を開ける。見慣れた顔がジミーを見下ろしていた。
「シド!」
色白の顔が月光に照らされ更に青白いくなったシドは、肌が透けているようで、まるで幽霊のようだった。
「シド、どうして……」
動揺したジミーを落ち着かせるように、シドはジミーの手を取る。
「一回死んだ君を助けたのは俺だよ」
背中の痛みも忘れて、ジミーは勢いよく起き上がった。
「傷に障るよ」
シドはそう言いながら微笑む。握ったままの手は死人のように冷たい。しかし、いったいどちらの手が冷たいのか、ジミーには分からなかった。
「君も今日から不死身さ」
ジミーは黙ってシドを見つめた。訊きたいことはたくさんあるのに、声が出ない。信じられなかった。クラゲが生き返ったこと以上に。ジミーは一度死んだ。死んで、生き返った? シドが嘘を言っているのではないのか。
「まあ、受け入れるまでには時間がかかるけど、大丈夫さ」
まるで自分もそうだったかのような口ぶりでそう言うシドは、まるで本当の吸血鬼のように青白く、この世のものではないようにも思われた。
じゃあ、また退院したらな、と手を振って去っていくシドに、ジミーは呆然としながら手を振り返した。その手のひらが、シドやあの不死身の生き物たちのように青白く透き通って見えるのは、きっと月明かりのせいではないのだろう。
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