044話 どーる

「あら、アイザワさん。

わたくしの能力は【盗聴】だけではありませんわよ?」


俺が防御することで【盗聴】のキャンセルを狙っていたことは、ものの5秒で見抜かれた。

マジか。

やっぱ、ギルマスになるような人間はレベルが違うぜ。

俺は、悔しいのをなるべく出さないようにして、何もなかったかのようにこう言った。


「まぁ、これは余興さ。

それよりもそろそろ、本題に入ってもらっても良いか?」


「あら、本題とは?」


それに対し、キシダは一旦すっとぼける。

まぁ、ルーティーンだから良いんだけどさ。


「俺達をここに招いた本当の理由についてだよ。

よく分からないうちに利用されるのは好きじゃないんだ。」


前半のはハッタリだが、後半のは本音だった。

知らないで騙されるのは気分が悪いが、知っていて利用されるのはお互い様だからだ。


「うふふ。」


キシダが笑うと、何故かケンザキが一瞬身構えた。

それをチラッとみて、キシダが頷く。

ケンザキは、ホッと胸を撫で下ろす。

……え?今のは何だ???


再び俺の方に向き直してキシダは話を始めた。


「やはりアイザワさんは面白い人ですわね。

よろしくてよ。

わたくし達のおかれている状況について、知っている範囲でお話ししますわ。

その上で、協力できるかどうか判断してくださいまし。」


「キョウコ!

あ、いや、マスター!良いのか?」


キシダがそう言うと、何故か慌てたケンザキがそう叫んだ。

もしかすると、結構重要な話なのかもしれない。


「もちろんですわ、ケイト。

わたくし達だって、真の敵に利用されているのと同じですもの。

それに漸く【愚者フール】の【紋章】を持つアイザワさんが現れたんですもの。

打って出るには絶好の機会だとは思わない?

ところでアイザワさん、貴方は『愚者の旅』をご存知かしら?」


キシダはケンザキに話しかけたあと、俺の方を見てそう訊ねてきた。


「いや、知らない。」


俺は素直に答えた。


「『愚者の旅』と言うのはタロットのメジャーアルカナを物語として解釈するリーディング手法の一つの事ですわ。

どうやらそれがこの世界を解放するのに必要らしいのです。」


「その『愚者』と言うのが俺だと?」


「さすがはアイザワさん。

話が早くて助かりますわ。

もちろん、わたくしもそれとアイザワさんが同一であると言う確信がある訳ではありませんわ。

ですが『愚者』には始まりであると同時に終わりを意味すると言う二種類の解釈が存在するのです。

何だかアイザワさんにぴったり符合するとは思いませんこと?」


俺はキシダの発言の意図を図りかねていた。

それは俺の持つ二つのスマホの事を言っているのだろうか。

それとも道化と愚者の事を言っているのだろうか。

辺りが静まり返り、誰かが喉を鳴らす音がした。


「つまり?」


俺が訊ねると


「アイザワさん、貴方にこの世界を救って頂きたいのです。

もっと分かりやすく言うと、時間の止まった世界――フリーズワールドを壊していただきたいのです。」


キシダは少し深刻そうな顔をしてそう言うと、丁寧に頭を下げた。

そうか、この世界は『フリーズワールド』と言うのか。


そう思った瞬間、俺は笑いが込み上げてきた。

グロウ、エリカ、ウララ以外の全員がきょとんとしているのが分かった。

逆に言うと、この三人には俺の気持ちが伝わったらしい。

三人はニコニコして、キシダ達を見ている。


暫く笑ったあと、涙を拭きながら俺はこう言った。


「なんだよ、勿体ぶるからなんのことかと思ったけど、そう言うことか。

もともと俺はそのつもりだよ。

例えその力が俺に無かったとしてもな。

だから、良いぜ!ぶっ壊してやるよ。」


俺はそう息巻いた。

それを見たアリスは呆れたように頬杖をついた。

ケンザキは腕を組んで頷いている。

セトはわざとらしく驚いた表情を作ったあと、微笑み、キシダはティーカップを持ち上げてお茶を一口飲んだあと、ホッとした表情を作った。

そして…。


「そうですか。

ホッと致しましたわ。」


嬉しそうにそう微笑むのだった。

それから、


「ここからはわたくしの想像も含まれるのですが、聞いていただけるかしら?」


穏やかな表情に戻ったキシダがそう言った。

キシダなりに心配していたのだろう。


「ああ。」


俺は頷いた。


「恐らく、この世界の何処かに貴方を含めた22人の特別な【紋章】をもつ者がいると思われます。

力を既に解放しているものもいればそうではない者もいるでしょう。

既に味方してくれている者もいれば、敵対している者もいるかもしれません。

もしかすると、中には人間ではない者も含まれるかもしれません。」


「いろんなヤツの力が必要ってことか。」


「そうですわね。」


「そして、解放か…なるほど、エリカやウララみたいにな。」


「ええ。

やはり二人はわたくしが見込んだ通り力を解放してくれましたわ。」


「え?じゃあ、やっぱりあの時の幼女はギルマスだったッスか。」


驚いた声でエリカが大声を上げる。


「でも、私が見たのは、えっと…5、6歳くらいに見えたと言うか…今の方が成長していると言うか……全く別人に見えるのですが。」


真顔になったウララも、いつもよりも早口でそう言った。

それを聞いたキシダは


「それはそうでしょう。

だって、別物ですもの。」


そう言うと、意味ありげに笑った。


「マスター、メンバーをからかうのはあまり趣味がよろしくないかと思われますよ。」


セトが少し気取って言う。


「そうだぞ、マスター。」


それに同調するようにケンザキも口を揃えた。


「うふふ。そうですわね。

セトさん、では例のアレをお持ちいただけますか?」


キシダは何か含んだ言い方をして、セトに指示を出す。


「畏まりました。マスター。」


セトは立ち上がり仰々しくお辞儀をしてそう言うと、扉を出て何処かに行ってしまった。

ポカンとした表情のまま、俺達5人はセトが出ていった扉を見つめていた。


1分程が経った頃、キシダよりもかなり幼く見える女の子――それこそ幼女を抱えてセトが戻って来た。


「ただいま戻りました。

それではご紹介致しましょう。

マスターの分身とも言える傀儡ドール1号のソフィア様でございます。」


セトは全員にソフィアと言う幼女の顔を見せながらそう言った。

それにエリカが反応する。


「あ、この子ッスよ!

私が前に見たのは!」


その様子を見て、ケンザキがソフィアについて説明する。


「以前にマスターがな、あまりにこの部屋から出たくないと駄々をこねるので錬金術師に作らせたのだ。

ホムンクルスの一種らしいが詳しくは分からない。

それと、これも私にはよく分からないのだが、特殊な術式で少しの時間だけマスターはこの傀儡に魂を移すことが出来るらしいのだ。

ただし、魂が移った間は本体の方が完全に無防備になるのでセーフティエリア外では使えないらしいがな。」


ケンザキが喋り終わると、セトはソフィアから手を離した。

すると、ソフィアはしっかり床を踏みしめて立ち上がり、ドレスの裾を摘まんで淑女の挨拶をした。


「ちなみに、ソフィア以外にも何体か傀儡ドールがあるのですが、やはりこの子が一番のお気に入りですわ。」


いつの間にかソフィアに魂を移していたキシダがそう言った。

ソフィアの方に気をとられていて、全くキシダを見ていなかったが、あっと言う間に術式を完成させるあたりをみると、相当に使い込んでいるらしい。

ソフィアは自分の本体であるキシダの膝の上にちょこんと座ると、話を続ける。

声は…キシダのままだった。


「話がそれてしまいましたが、アイザワさん、貴方にはその22個の特殊な【紋章】を全て回収していただきたいのです。」


こうやってみると、ソフィアが喋っているのか、キシダが腹話術をしているのか全く分からない。


「そうすることで世界の解放が出来ると言うのか?」


「だと、良いのですが…。

恐らくそれは条件の一つにすぎないかと思われます。」


「と言うことは、他にも何か条件があるのか?」


「可能性が高いのは黒幕を倒すことでしょうね。

ただ、黒幕はそう簡単に姿を現さないでしょうが…。」


俺はそう言われて、一瞬ジェットを思い出した。

だが、黒幕はあんなレベルではないだろう。


「まぁ、そうだろうな。」


「さらに言いますと、倒したからと言って必ずしも時間が動き始めるとも限らないと、わたくしは思っています。」


確かに、全く考えていなかったが、それは十分にあり得る話だった。


「なるほどな。

何処かに世界を動かすゼンマイみたいなのがあると分かりやすいんだけどな。」


俺は場を和まそうとふざけてそう言った。


「あたしはそれ、空の回廊の先にあるんじゃないかと思ってんだけど。」


グロウが突然話に割り込んできてそう言った。

以前はサーバーがあるとか言ってたような気もしたが、まぁ、いいか。

とりあえず俺は話を合わせることにした。


「あぁ、あそこか。

でも、あそこに行くには風の守護者の部下を倒さないとダメなんだろう?」


俺はそう言ってアリスの方をみた。

確か、以前にアリスがそう言っていた気がしてきた。


「まぁ、そうだな。

ちなみに部下はあたし達以外に少なくともあと二人はいるはずだな。」


アリスはそう言った。


「お、場所とかわかんのか?」


「あたしが知ってんのはだいたいのエリアまでだけどな。

細かいところまではしらねーぞ。」


相変わらずな金髪クソヤローなしゃべり方をするアリス。


「なるほどな。」


俺は頷いた。

それにエリカが質問してきた。


「あのー、部下を倒すとどうして空の回廊?でしたっけ?の先に行けるようになるッスか?」


「あぁ、部下がそれぞれ鍵となるパーツを持ってんだよ。」


と、アリスが答える。


「それで?どうするの?」


グロウが続きを促した。


「そこまではあたしも知らねーよ。

ちなみに、あたしのパーツはこれだ。」


そう言いながら、アリスは小さな金属片を取り出した。

俺にはそれが価値のあるようなものには見えなかった。


「何かの部品なんでしょうか。」


ウララが捻り出すようにそう言った。

どう頑張ってもそれ以上なにも出てきそうもなかったので、その話は一旦そこで打ち切った。


「あの、少しよろしいですか?」


そう言ったのはセトだった。


「私の記憶が確かであれば、風の守護者と言うのは確か四天王と呼ばれていたはずではありませんでしたか?」


「あぁ、EOでは確かにそうだったな。」


「と、言うことは他にも3体以上その四天王がいることになるのではありませんか?」


一瞬、その場が静かになった。

だが、EOでは残りの3体はまだ実装されていないはずだった事を俺は思い出した。


「いるにはいるんだが、EOではまだ実装されていなかったはずだぞ?」


「なるほど、そうでしたか。

不安がらせてしまい、申し訳ありません。」


そう言うと、セトは深々と頭を下げた。


「その件なのですが…。」


次に口を挟んできたのはまたキシダだった。


わたくしは、残りの3体と魔王も存在すると思って行動した方がよいかと思いますわ。」


「ちょっと待てよ、四天王だけじゃなくて魔王もなのか?」


俺は少しだけ慌ててしまった。

エリカが同調するようにこう言ってきた。


「マジッスか。

一番弱い風の守護者でもレベル150って言うッスよ?

魔王とかレベル200位はあるんじゃないッスか?」


「あり得るな。」


俺が頷くと、周りは少しざわつくのだった。

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