043話 おちゃかい
俺達は気が付くと、非常階段を延々と上っていた。
あれ?
めっちゃ優雅に案内されたから、もっと楽に目的地までたどり着けると思ってたのに…。
まぁ、でも、そうだよな。
エレベーターもエスカレーターも使えないもんな…。
時間止まってるし…。
という訳で、ここが何階なのかも、後何段上れば良いのかも分からない地獄の階段上りは、唐突に始まり、そして唐突に終わりを告げることとなった。
この世界の数少ないメリットである『疲れない』と言う効果のお陰で心を無にすればいくらでも上れる事が分かったからだ。
それは俺だけではなく、みんなにも伝播していた。
その証拠に、上っている最中気が付くと誰一人喋らなくなっていた。
足を使っていないグロウでさえもだ。
非常階段からまた普通のフロアに戻ると、豪華な絨毯が特定の部屋に向かってまっすぐに延びていた。
活性化していると言うことは、この世界の誰かが作ったのだろう。
その部屋の前には、全身鎧を纏った守衛が二人立っていた。
ちなみに、このホテル内もどういうわけか全てセーフティエリアになっていた。
なんちゃって執事が一方の守衛に軽く手をかざすと、その守衛は扉を開いた。
扉を抜けたところで、なんちゃって執事が振り向いて声をかけてきた。
「申し訳ありませんが、少々お待ちくださいませ。
ギルドマスターに取り次ぎして参ります。」
そう言いながら、仰々しく頭を下げたなんちゃって執事は目の前にあるもう一つの扉の中へと消えていった。
「何か、急に豪華じゃない?」
声をひそめてグロウが言う。
「そうだな。
俺も初めて来たけど、これがスイートルームってやつかな?」
俺も声を抑えて答える。
「私たちも執務室には初めて入るんですよね。
噂では、迎賓室も兼ねているそうですよ。」
ウララがそう言うと、エリカも頷く。
「なぁ、それって変じゃないか?
お前たちのギルド本部なんだろう?」
俺は疑問を口にした。
「まぁ、そうなんスけど、大抵はサブマスに話をすれば事足りちゃうんスよね。
姐さんは、いつも中央通路にいますし。」
そう言われてみると、確かにそうだった。
サブマスのケンザキが現場指揮官で、最終承認だけがギルマスと言うのであれば、全然ここに来る必要はない。
「ギルドに加入するときだけ一度、このホテルのフロントまではきたことあるッスけどね。」
「あ、私の時もそうでした。
そこでこのギルド賞を受け取ったんですよ。
ちなみに私は126番です。」
ウララは、ギルド賞を俺に見せながらそう言った。
エリカの方が先輩なのかと思っていたが、実はウララの方が一つ先輩だったらしい。
「入団審査みたいなのがあるのか?」
「私の時は特にありませんでした。
サブマスターの隣にいた白いドレスの女の子に声をかけられて、そのままギルド入りする事になったんですけど…。」
「あ、私もそうッス。
あの白いドレスの子、誰なんスかね?
ケンザキ姐さんに聞いても教えてくれないんスよね。」
「ギルマスじゃないの?」
「俺も状況的にそう思う。」
「私もそう思ってたんですけど、ケンザキさんよりもかなり若く……と言うか幼く見えたんですよね…。
たぶん、私たちよりももっと若いと言うか、子供でしたねぇ。」
「多分…と言うか、どう考えてもケンザキ姐さんよりも上ってことはないッスね。
まぁ、アツシに分かりやすく言うと、幼女ッス。」
…って、おい。
なんで、俺に分かりやすくだとそうなるんだ。
まぁ、それはさておき、俺は少し疑問に思った。
この時間が止まった世界で、見た目で年齢が計れるのだろうか?
ケンザキよりも前に転移してきたと言うことであれば、幼く見えたからと言って年下とは限らないのではないだろうか。
いや、もちろん、止まる前の年齢差はあるかもしれないけどさ、見た目変わんないだろ?
だって、時間止まってるし。
俺がそれを口にしようとしたとき、なんちゃって執事が消えたもう一つの扉が開き、中から白い軍服のようなスーツに身を包んだ女性が現れた。
そして…。
「流石ですわね、アイザワさん。
貴方の考えた通りですわ。」
と、微笑んだ。
俺は、想像していた幼女ではない女にそう言われて混乱した。
―――
俺達はその白い軍服の女性に促されるままに中に入った。
真っ正面には大きな木製の机があり、その背後には大きな嵌め込みの窓ガラスが見えていた。
窓からは真っ白に輝くヨコハマの街が見えている。
タイミング的にチェックアウトの直前の時間だったが、その前日に利用客がいなかったのかと思われるほど部屋の中は清掃が行き届いていた。
間続きの部屋へ進むとパーティーでも開けそうな大きなテーブルがあり、その奥には豪華なソファーもあった。
100インチ近くありそうな大きなテレビや、いかにも高価そうなグラスなどがしまわれた棚などが見えたりしていて、ラグジュアリーさが溢れかえっていた。
俺達は全員が部屋中を舐め回すように見回していた。
良いところのお嬢さんっぽいウララまでもがキョロキョロしていて、俺達は明らかなお子さま状態になっていた。
「良くお越しくださいました。
ここで立ち話するのもなんですから、こちらへどうぞ。」
白い軍服を纏ったキシダと名乗る女性が、活性化した扉の奥へ俺達を案内した。
その言葉を聞いたエリカが「やっぱり違ったじゃないッスか」と言わんばかりに肘で俺をついてくる。
ウララも何かに納得したように微笑んでいる。
案内された部屋は、ティールームのようだった。
やや大きめの丸いテーブルに、椅子が8脚並んでいた。
そこには、俺達のよく知っている顔もあった。
「さぁ、どうぞ。
お好きな席にお座りになってくださいまし。
椅子は…まぁ、足りますわね。
あぁ、その前に、紹介しておきますわね。」
優雅な足取りに優雅な口調のキシダが立ったままのケンザキと、なんちゃって執事を紹介した。
「サブマスターのケンザキは、もうご存知でしたわね。
彼女にはギルドメンバーの統括を任せていますわ。
それと、先ほど案内に遣わしたギルド職員統括の
さっきのなんちゃって執事がしたっぱではなく、実はまぁまぁな実力者であったことには驚いた。
「まぁ、その、何だ。
普段通り、気楽にしてくれ。」
普段通りとは程遠いケンザキが俺から視線を外したままそう言うと、
「ご足労頂きありがとうございました。
ギルド職員統括兼執事長のセトでございます。
改めてお見知りおきを。」
相変わらず仰々しく頭を下げるなんちゃって執事のセトがそう言った。
何処か胡散臭いんだよな。
俺がそう思っていると、キシダが嬉しそうに微笑むのだった。
まさかとは思うが、彼女も読める部類の人間なのだろうか。
だとすると、手強いだろうな。
「さぁ、ではお掛けになってくださいまし。
セトさん、いつものお茶をお出しして。」
キシダは俺達を座らせると同時にセトにお茶の準備をさせる。
俺達が突然出向いたと言うのに、実に余裕たっぷりの堂々とした態度だ。
テーブルには、ドアから一番近いところにセトの席が用意された。
反時計回りのその隣にキシダが座り、その隣にケンザキ、ウララ、エリカ、俺、一つ空いて、グロウがそれぞれ座った。
その時、キシダがドアの方をじっと見て言った。
「あら、貴女はお座りにならないの?」
まさかとは思ったが、キシダにはアリスの姿も見えていると言うのだろうか?
俺も、キシダが見ていた方を見ると、確かにそこに金髪の青いドレスを着た美少女が現れた。
それには俺とキシダとお茶を用意していてその場にいなかったセト以外の全員が驚いていた。
「マジか、ヤベーな。
あたしが見えてたのか。」
アリスが見た目にそぐわない口調でそう言っても、キシダは顔色一つ変えることなく、優雅に席に座ることを促した。
アリスはしぶしぶと言った様子で、俺の隣の席に座った。
アリスが席に着くのを待って、キシダは開会を宣言した。
「それでは、楽しいお茶会を始めましょう。」
その合図と共に、セトとその部下と思われるメイドが各席にお茶とお茶菓子を運んできた。
驚いたのは、突然現れたアリスの分もあると言うだけでなく、グロウ用の小さなティーカップも用意されていたことだった。
なんちゃってだと思っていたが、案外セトと言う男は侮れないかもしれない。
テーブルのセットが終わると、セトは執事長としてではなく、ギルド職員統括としてテーブルに着く。
それを待って、初めに口を開いたのもやはりキシダだった。
「では、先ずは
アイザワさん、この度は便宜を図っていただきありがとうございました。
【
それから、ポータルも。
それと、グロウちゃんの件もでしたわね。
あぁ、忘れるところだった。」
そう言って、チラッとアリスを見た後、続ける。
「郵便局の件もでしたわね。」
その発言に、キシダ以外の全員がざわつく。
グロウが【
チラッとアリスを見ると、何故か悔しそうな顔をしている。
もしかすると、アリスでさえもキシダの心が【盗聴】出来ないのかもしれない。
これはあくまでも俺の予想だが、同じスキルで、同じスキルレベルであったとしても使用する人間によって効果が変わるのではないかと俺は最近思うようになった。
それが顕著なのが、エリカの【高速移動】だろう。
職業とレベル以外に、スキル適正のようなものが隠しパラメータとして存在するのではないかと俺は思っている。
何が言いたいのかと言うと、【盗聴】において、アリスよりもキシダの方がそのパラメータが高いのだろう…と言うことだ。
もちろん心的優位性なども影響を及ぼしうるが、それだけでは説明がつかないからだ。
アリスが隠れている場所も、見えたのではなく、心の声が聞こえたのではないだろうか。
あくまでもただの推測でしかないが…。
俺がそう考えている間も、キシダは俺をじっと見ていた。
そして、俺と視線が合うとにっこり微笑む。
キシダにとってこの会談の場は戦場の様なものなのだろう。
だから、常に優雅にそして余裕があるように振る舞い、心的優位に立つ。
なおもスキルの補正で俺達の心を読んで翻弄してくるのだ。
それを破るには、【盗聴】スキルをブロックするしかないが、その方法が見つからない。
結果として、アリスのように悔しい表情を浮かべることになる。
そう思ったが、一つだけブロック出来る可能性があることを思い出した。
クリティカルブロックだ。
簡単に言うと、相手の攻撃を防御するとき、防御側でクリティカルが発生すれば、ダメージやバッドステータス等のあらゆる効果をキャンセル出来ると言うものだ。
それを狙うには会談中、ずっと防御し続けていればよいのだ。
なんせ俺のCTRは3577もあるからな。
俺には端末が二つもあるので、二つまでなら同時にコマンド実行なんてことも、やろうと思えば出来なくはない。
ただし、防御も万能と言うわけではない。
もちろん弱点もある。
だが、それを試す価値はあるかもしれない。
座った状態で違和感のない程度に、俺は防御状態に入るのだった。
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