036話 ちゅうおうゆうびんきょく
「あぁ、旦那!
よかったら、これも持ってってくれよ!」
パーツ屋のお兄さんがくれたのは飴ちゃんだった。
わざわざ呼び止めてまで渡すものか?…と、内心思ったが、取り敢えず受け取っておいた。
だが、どうしろと…。
パーツ屋を出ると、すぐそこは中央通路を繋ぐ階段が目の前にあった。
と、言うことは、ここから左側に進めばヨコハマ中央郵便局は目の前だ。
「他に準備必要なものってあったっけ?」
「私は大丈夫ッスよ。」
「私も…まだ不安はありますが、特にありません。」
「グロウは?」
「あたしもバッチリよ!
この指輪の力みせてやるんだから!」
…あ、そう。
俺は冷めた目でグロウを見る。
あの指輪がどれだけのもんか知らんが、買えるものには限界がある。
これはゲームの常識だ。
買えないものにこそ価値がある…この言葉は後々自分にも跳ね返ってくるのだが、それはまたその時にでも話す機会が出てくるだろう。
そうして、まだチュートリアルダンジョンをクリアしたばかりの俺達のパーティーとして初のダンジョン攻略が始まろうとしていた……。
―――
とは言え、まずはダンジョンまで向かわなければならない。
セーフティエリアと郵便局への階段のところに関所が設けてあった。
関所には全身鎧で固めた騎士風のワイルドな守衛さんと、いかにも魔法を使いそうなお爺ちゃんの守衛さんが守っていた。
「ここから先は立ち入り禁止だよ。
知らない人はいないだろうけどね。」
騎士風の守衛さんが言う。
面倒なので守衛Aとしておこう。
「あ、もちろん知ってるッスよ!」
俺の代わりにエリカが答える。
「エリカちゃんか~。
今日は何をしに来たんだい?」
おじいちゃん魔術師のの守衛Bが訊ねる。
エリカみたいなタイプは守衛界隈で人気がありそうだ、と俺は思った。
「ちょっと、そこのボスを捻りにいこうかと思って来たッスよ!」
「わっはっは!
面白い冗談だね!
いくらギルドメンバーだからって、あいつには敵いっこないよ。」
守衛Aが笑いながら言う。
もうすっかり戦うことを諦めてしまった発言だった。
「私は、本気ッスよ!
最強の助っ人を連れてきたッスから!」
そう言って俺の方をチラっとみる。
守衛AとBが俺を吟味するように見る。
「確かに、レベルは高そうだけど、ひょろひょろじゃないか!
もっと筋力をつけないとな!」
守衛Aが言う。
「いや、筋力よりも知力じゃ!
知力を鍛えなさい。」
守衛Bも言う。
が、どっち意見も俺の職業向きではなかった。
普段ゲームをしなさそうななにも考えていない発言に、少しだけ怒りを覚えた。
ステ振りについて説教してあげたいくらいだが、あの脳筋のおっさんとおじいさんに言ってもな…。
と、思ってスルーすることにした。
俺は、ケンザキに貰った許可証を無言で手渡した。
守衛AとBが許可証と俺の顔を交互に見たあと、無言で道を開けた。
何か少し、凹んでいるようにも見える。
え?何か悪いことした?
俺は通過したあと、振り返りながら、エリカに聞いてみた。
「あのおっさん達、なんで急に静かになったわけ?」
「多分、ギルドマスターとケンザキの姐さんの連名の署名を見てびびったんじゃないッスか?」
「え?嘘?
そんなのついてたのか?」
「ついてたッスよ?
気づかなかったッスか?」
「すまん、ちゃんと見てなかったからな…。」
「ちなみに、ケンザキの姐さんと違って、ギルドマスターはなかなか部屋から出てこないッスからね。
超レアッスよ!
売るだけでも結構な稼ぎになると思うッスけど、アツシにはお金なんて必要ないッスね。」
エリカは肩をすくめてそう言った。
そんな話をしながら20段位の階段を登ると、右手にそびえ立つ中央郵便局が見えた。
「ビックリするくらい、本当に目の前ね。」
「この道が塞がれてしまったせいで今まで本当に苦労してたんスよ。」
まだ戦ってもいないのに、エリカは既に勝った気でいる。
気を緩めすぎだと思う。
かと思うと、もう一人のパーティーメンバーのウララは、ずっと会話に参加せずに独り言を唱えていた。
てっきりサポート魔法でも唱えているのかと思ったら、「私は大丈夫、私ならやれる」と、言っているだけだった。
エリカは気を抜きすぎたが、ウララは緊張しすぎだ。
俺とグロウは……。
エリカと同じタイプだった。
人のこと、言えないな。
―――
「お邪魔しまーす。」
そう言って、手押し式の扉を開く。
自動じゃない扉が久しぶりすぎて、押すと気づくまでに暫く扉の前で待ってしまった。
誰かなんか言ってよ。
百貨店の開店前の時間だったので、10時少し前くらいのはすだったが、郵便局の中はかなり薄暗かった。
しかも、オブジェクト化した人が邪魔になって、かなり視界も悪く死角も多かった。
とは言っても普通のゆうちょ銀行と郵便局の窓口しかないフロアで、移動できるのも利用客が入れる場所だけだったので、ダンジョンとしてはかなり狭い部類だった。
だが、狭すぎて逃げ場がなかったために、出現したモンスターは全部倒すしかなかった。
ヘビーなのかイージーなのかよく分からないダンジョンだったが、少なくとも一つだけわかっているのは、一番奥にはボスがいると言うことだった。
「ちなみにボスってどんなやつなんだ?」
「レヴァナントと言う死霊の一種です。」
ウララが真剣な顔をして答える。
なるほど、アンデッド系だったから、あんなに気負ってたのか。
「まぁ、多分なんとかなんだろう。」
「そうだと良いんですけど…。」
ウララは心配そうな顔をしている。
そう言えば、霊体に普通物理攻撃は効かないが、オブジェクトの場合はどうなのだろうか。
「なぁグロウ、霊体にオブジェクトって当たるかな?」
「霊体とか精神体には多分当たんないと思うけど、霊体がオブジェクトすり抜けてるのも見たこと無いのよねー。
試してみれば?」
「まぁ、そうだな。」
不安そうなウララを尻目に、相変わらずの俺とグロウがのんびりと会話をしていると、骨の騎士が現れた。
スケルトンだ。
「霊体じゃないッスから物理も効くッスよね!」
俺達の指示よりも早く、エリカが攻撃を開始する。
一撃一撃はそれほどでもないようだが、エリカの攻撃はとにかく早い。
スケルトンは少しずつ押し返されじりじりと後退していく。
「偉大なる神の御名のもとに光の加護の在らんことを!ホーリーライト!」
そこをウララの唱えたホーリーライトが見事にとらえた。
スケルトンは頭上から降り注ぐ光の柱の様なものに全身を覆われると、その光の粒子に浄化されるのだった。
光が消えた後には鎧も残さずすっかり煙になって消えていた。
「ウララ、あなた、凄いじゃない!」
「さすがはアコライトだよな!」
「あ、ありがとうございます。
初めて使いました。
当たってよかった…。」
「せっかくだから、後でさっきの魔法
俺もそれ、やってみたいし……。」
「もちろんです!
私なんかの魔法でもよければいくらでも!」
「あの…。
何か、私のこと忘れてないッスか?」
すまん、エリカ。
ウララの大技のせいで、ちょっと忘れてた。
「わ、忘れてるわけ無いだろ!?
エリカがああやって、追い詰めてくれたお陰なんだからさ!」
「本当よね!
エリカって凄いわね!
あたし、見直しちゃったわ!」
「ほんとッスか?
じゃあ、これからも頑張るッス!」
よかった…。
エリカがチョロくて助かった…。
俺とグロウは目を合わせると頷き合うのだった。
―――
1階だけしか無い上に、利用客しか行けないエリアしか立ち入れないにも関わらず、なかなかボスまでたどり着けなかったのは、間違いなくオブジェクト化した人間が多すぎるせいだった。
そう言えば、昔、グロウは言っていた。
オブジェクトは世界の一部。
良くできた彫刻だと。
登るか?
え?何にって、彫刻だよ。
あと、俺、思ったんだけど、結界魔法かなんかでアンデッド沸かないようにすれば良くね?
だって、30分くらい経ったのにまだ入り口から10mも進めてないんだぞ?
確かに俺にもスケルトンを倒して喜んでいる時代がありましたよ。
そのスケルトンも、もう何体目だよ。
まぁ、俺とグロウは見学だけでまだなにもしてないんだけどさ。
あと、エリカはともかく、ウララはそろそろ限界だろう。
SP回復する暇がないからな。
と、言うわけでウララの休憩のために、休憩することにした。
仕方がないので、さっきまでサボっていた俺とグロウで前後を見張る。
そして、そう言うときにかぎって、スケルトンよりも強いワイトやらレイスやらキョンシーやらゴーストやらが……。
おい、何でだよ。
さっきまでスケルトンしか出てこなかっただろうが!
そんな俺とグロウの戦いぶりを見ながらエリカが一言
「普段の行いッスね…。」
と、呟いたのを俺は忘れないだろう。
いつか、必ず仕返ししてやる。
俺とグロウの不毛な戦いは、ウララのSPが回復するまで地味に続くのだった…。
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