037話 おともだち

ウララが立ち上がって、また30分かけて10m進む。

そして、俺とグロウがウララの回復待ちの間に前後を守る。

それを三、四回繰り返すと、奥まった所にボスっぽいヤツが見えてきた。


全身真っ黒な格好をした、乱れた長い黒髪の女の霊だった。

その女が放つオーラのようなものが建物全体を覆い、暗く見せていたらしい。


まだ少し距離があるのと、角度が悪く全体が見渡せないため、何をしているのかまではハッキリと分からなかったが、どうやら手元にあるテーブルゲームの駒のようなもので何かをしている…様な気がする。


しかも時々、ケヒケヒと気持ちの悪い笑い声まであげている。


「あたしの勘が言ってるわ!

あいつがボスよ!」


派手にポーズをつけながらグロウが言う。


「それくらい、みんな分かってるけどな。」


俺がそう言うと、ウララとエリカも頷く。


「おまえ、あいつが何してるかこっそり覗いてきてくれよ。」


「えー、なんで?

あんたが行きなさいよ。」


「俺もそうしたいんだが、空が飛べるのお前しかいないんだよ。」


「そうだったわね。

空を飛べないなんて、人間って可愛そうね。

あ、分かった!

行ってあげるから、戻ってこなくても良い?

面倒だし。」


「それじゃ偵察になら無いだろうが。」


「なるわよ。

思念伝達コミュニケーション】すれば良いだけじゃない。」


「なるほど、そうだな。

じゃあ、戻ってこなくても良いから、俺達がたどり着くまでにあいつを倒しておいてくれ。

多分、俺達がたどり着くことは無いと思うが…。」


「えっ、それってどういう意味ですか?

私にはグロウちゃんに、一人でボスを倒せと言っている様にしか聞こえないんですけど…。」


「さすがだな、ウララ。

その通りだ。」


「あんな気持ち悪いボスと戦わなくて良いなら、私もそれが良いッス!」


「あんた達ねぇ、あたしにそんなの出来るわけ無いじゃない!」


「じゃあ、素直に戻ってこいよ。」


「…う、分かったわよ。

そうするわ。」


グロウはいやいやそう言わされると、偵察に飛んでいく。

それを見送り、ふと外を見ると、何やら黄緑色に光っている扉が見えた。


「あれ、こっちにも出入り口があったのか。」


「本当ッスね。

知ってたらこっちから来たんスけどね。

でも、確か、こっちの扉は活性化して無かった気がするッスよ。」


「外から見たときは確かに活性化してなかったような気がします。

もしかしたら、一方通行とかなのかもしれないですね。」


そんな会話をしながら、飛んでいったグロウに少しでも近づこうと、俺たち地上部隊も行動を再開するのだった。


―――


空が飛べると言うのは確かにアイデンティティーだと言ったことはあるが、そう言えばそれを活用した機会はそれほど多くないかもしれない。


今、パッと思い出せるのは、チュートリアルダンジョンでオオアリジゴクを倒したときと、ウンディーネの近くにアツシと一緒に飛んだときくらいだった。


そう言うわけで、今回3回目?の活躍の機会を手に入れたあたしは、ボスの方に向かって真っ直ぐ飛んでいくのだった。


ボスらしい女の霊の手元が見えるとこのに着くと、どうやらチェスのようなボードゲームをやっている様だった。

気になるのは、対戦相手の駒。

勝手に動いている様に見える。


「あ~ぁ、ぞぅ。

ケヒケヒ。あだじなら、ごぅずるげどね~。

ケヒケヒ。」


誰と喋っているのか分からないが、確実に誰かとしゃべっているらしい。

あたしは近くで【盗聴】してみたが、相手の声は聞くことが出来なかった。

と、言うことは、考えられるのは…。


「多分独り言ね。」


そう結論付けて、報告をしに戻ろうとした。

その時に、運悪く、窓ガラスに反射したボスと目があってしまった。


「しまっ……!!」


「あら、あなだ、だぁれ?

わだぢのおぅぢでなにじでぃるの?

あなだも、あだぢどあぞびだぃの?」


そう言いながら、女の霊は立ち上がると、文字通り手をあたしの方に伸ばしてくるのだった。

あたしは、アツシ達の方に向かって全速力で飛びながら、オブジェクト化した人の影に隠れたり、【分身】したりしながら、アツシ達のところまであと少しのところまでたどり着いた。


今考えると、この時に【思念伝達コミュニケーション】を使わなかったのが失敗の原因だったのかもしれない。


結局、あたしはその女の幽霊の手に捕まってしまい、しゅるしゅると女のところまで引き寄せられてしまったのだった。


「おがぇりなざぃ。

あら、あなだ、よぐみるどがわぃいわね。

あだしのごれぐじょんにいれであげるわ。

ぞぅずれば、ずぅ~っどあだじのぞばにいられるのよ。

うれじぃでじょ?」


女の幽霊の嬉しくない提案にあたしは青ざめる。

しかも、女に捕まれているところから体力が奪われているのか、体に力が全く入らない。

体温も下がってきて、寒気がする。

あ、これ、本当にヤバイわ。


「だとしたら、まずはあなたのお名前を教えてもらえないかしら?

名前も分からなければ、お友だちにもなれないでしょ?」


あたしは、意識を飛ばしそうになりながら、必死にそう言う。

女の幽霊は多分本人的にはニコッとしたつもりなのだろうが、私にはとても恐ろしい顔をしてこう言うのだった。


「あだじのなまぇば、えりざべずよ。

『りず』っで、よんでぢょうだぃ。

あなだのおなまぇば?なぁに?」


「あ、あたしは……。」


リズに名前を聞かれて、あたしが答えようとすると、突然どこかからか名前を呼ばれた。


「グロウ!」


「そうそう、あたしはグロウ。

…って、あれ?」


振り替えると、そこにはまだ遠くにいたはずのアツシ達の姿があった。


全員がなんだか少し息をきらしている。

もしかして、あたしを追いかけてきてくれたのだろうか。

でも、どうやって?


「あなだだぢ、だぁれ?

あだしのおどもだぢをどりがぇじにぎだの?

だめよ、このこばもぅ、あだぢのものなのよぉ~」


リズがあたしを握る力が強くなる。

今までにもまして、体から奪われる体力が増える。

…あ、これ、不味いやつだわ…。


アツシがリズに何かを言った。


でも、あたしは意識が遠のいて行き、内容はほとんど聞き取れなかった。


―――


「アツシ、やっぱりさっき連れてかれたの、グロウちゃんッスよ。」


やっぱりそうか。

何となくそんな気がしたんだよな。


「仕方ない。

オブジェクトになっている人達には申し訳ないけど、上から行こう。」


「そうッスね。」


「ウララも大丈夫か?」


「はい!ついていくので気にしないでください。

でも、その前に…。

偉大なる神の…以下省略!ホーリーライト!」


詠唱を省略したのに、ウララのホーリーライトは通常通りに発動した。

俺達の周りにいたアンデッドが次々と浄化されていく。


あれ?詠唱って短縮出来るんだっけ?

まぁ、いい。

今はそんなことを言っている時間はない。


先ずはエリカがオブジェクト化した人達の肩に登る。

続いて俺が。最後にウララを引き上げる。

流石に頭を踏みつけるのは気が引けて、肩から肩の移動にしたが、今までのが何だったんだと言うくらいあっという間にボスの近くにまでたどり着くことが出来た。


「ヤバいッス。完全に捕まってるッスね。」


エリカがグロウとボスの状況を見てそう言ったのにかぶせるように俺は叫んでいた。

ほぼ無意識と言っても良いも知れない。


「グロウ!」


俺の言葉に反応したグロウが振り返る。

ほぼそれと同タイミングでボスの女幽霊が怒鳴る。


「あなだだぢ、だぁれ?

あだしのおどもだぢをどりがぇじにぎだの?

だめよ、このこばもぅ、あだぢのものなのよぉ~」


うわ、想像以上に気持ち悪い。

だが、そんなことは言っていられない。


「おい、大丈夫か!?グロウ!」


ダメだ、もうグロウは意識を失っている。

急がなければ…。

そう思った俺は、女の幽霊の方に声をかけることにした。


「おい!お前!そこのグロウがお前の友達って言うならな、友達を殺そうとはしないもんだぜ!

友達を傷つけるようなやつを普通は友達って言わないんだよ!」


「あなだ、じづれぃよ。

あだじがいづ、おどもだぢをぎずづげだどいぅのよ!」


おいおいおい。

あいつ、自分がグロウを握りつぶそうとしていることにまるで気がついていないぞ。


「今握りしめてるだろ?

そのまま握りしめると、お前の『お友達』死んじまうんじゃねーのか?」


女の幽霊の意識がその時始めて自分の手の方へ向いた。

幽霊と言うやつは握力とか力加減とか全くそう言うのに意識が向かなくなるのだろうか。

危ないヤツだ。


「あら、ぼんどぅだわ。

でも、もぅ、よわっでじにぞぅね。

ぞんなよわぃのば、いらないわ。」


と言って女の幽霊がグロウを投げ捨てる。

凄いスピードで俺達の方にグロウが飛んでくる。


何とか、キャッチボールの要領でグロウをキャッチすることは出来たが、何本か骨までやられてるようだ。

苦しそうに呻き声をあげている。


この世界の影響で、しばらく待っていれば自然治癒も出来るだろうが、変にくっついても困るので、ウララに回復を頼んでみることにしてみた。


「ウララ、何でも良い。

少しでもグロウが早く回復できるように魔法でサポートしてやってくれ。

頼む!」


俺はウララにグロウを手渡す。

ウララは、グロウを優しく抱き抱えると、俺とエリカの背後にまわりながら言う。


「私だってグロウちゃんのこと、お友達だって思ってるんですから!

アツシに頼まれなくたって、私が絶対に元に戻します!」


少し怒ったような口調でウララがそう言った。

ウララならきっとグロウを直してくれるだろう。


俺は、女の幽霊の方に向き直ると言った。


「お前が俺達の仲間にしやがったこと、きっちり返してやるから、覚悟しろよ!」


自然と右手が握りこぶしになっていた。

掌に爪が食い込んだが、あまり気にならなかった。

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