031話 うそ
私にとって、このチュートリアルダンジョンはとても嫌な記憶の詰まった場所だった。
出来ればあんまり近づきたくないくらいに、辛い思い出しかない。
特に、ラストバトルについては…。
…アツシには私と同じようにはなってほしくないッスけど…私には、何もしてあげられないッス。
ウララちゃんはルミさんやソラさんにたまに会いに来てるみたいだったッスから、ここがそんなに嫌な場所だった訳じゃないのかもしれないッスけど…。
今はアツシとグロウちゃんが
何もしないで待つのは辛い。
つい、独り言がこぼれてしまう。
「まだ、出て来ないッスね?」
その度にウララちゃんはきちんと返事してくれる。
「うん、そうだね。」
と。
ウララちゃんは信じて待っているみたいなのに、私だけが疑っちゃダメッスよね。
私もアツシを信じてるッスよ。
―――
私にはまだエリカちゃんにも言えていない事がある。
グロウさん…じゃなかった、グロウちゃんについてだ。
私がここによく来るのは、ルミさんやソラさんに会うためだけではない。
贖罪の為だ。
ううん、それも少し違う。
ただ、許されたいと言う自分勝手な思いのためだけだ。
地下でエリカちゃんがアツシと現れたとき、グロウちゃんがいることも分かっていた。
…まぁ、光ってるからね。
そして、エリカちゃんがグロウちゃんと仲良く喋っているのを見て、羨ましくなると同時に、私はますます自分が嫌になった。
だからつい、壁を作ってしまった。
私はあの時、彼女を救うことができなかった。
それは純然たる事実だ。
私はずるい。
自分が成し遂げられなかったことを、誰かに押し付けて生きている。
だから、私は祈るのだ。
アツシなら彼女を呪縛から解き放ってくれると。
エリカちゃんがまた何かを呟いた。
私は「うん、そうだね。」と、適当に相づちを打つ。
こんな自分が本当に嫌になる。
エリカちゃんほど私は純粋にはなれない。
私は嫌になるくらいに『嫌な女』なのだ。
―――
1階で、あいつが最後のバトルに向けて準備しているとき、あたしは10階で思い出したことを思い返していた。
あたしの役目はこの場所にプレイヤーを導き続けること。
つまりは、この世界に人を呼び込み続ける事だ。
でも、それになんの意味があるのかは私には分からないかった。
今までは、それでもよかった。
だけど、今は違う。
あたしの記憶にはないジェットと言う存在を産み出してしまうほど、あたしは既に世界の理を書き換え始めているらしい。
あたしが今の指命を捨てて、ただのサーバントになることを選ぶと言ったらあいつは受け入れてくれるだろうか。
それとも、そんなに簡単に捨てることの出来ない定めなのだろうか。
そして、あたしはまた記憶を失わなければならないのだろうか。
このエスカレーターを降りた先に全ての答えが待っている。
―――
俺が地下の線路でエリカに言われた「良いことばかりじゃない」と言うのは多分このラストバトルの事なのだろうと、ずっと思っていた。
それにはきっとグロウが関係するだろうと言うことも。
エリカが初めて見るグロウを知っている風だったのも、多分二人が俺よりも前に会った事がある…いや、それ以上の関係…多分パーティーだったということも、薄々感じていた。
俺はわがままな人間だ。
一度手に入れたものは、相手に拒否されない限り手放したりなんかしない。
そのために、俺は敢えて1階で時間を費やした。
準備は完璧だ。
さぁ、2度目の地下1階は、もう目の前だ。
―――
地下1階。
そこには何もなかった。
ただただ、真っ白な空間が広がっていた。
たった今降りてきたエスカレータも、そこにはなかった。
天井も壁も存在するのかどうかすら見えなかった。
「閉じ込められたって感じ?」
「どうかな?招かれたのかもな。」
その空間に、例のパネルが現れる。
正直、パネルにもそろそろ飽きてきた。
出来れば喋って欲しいところだ。
そう考えた瞬間パネルが消え、ザラッとした砂嵐のような音と、ピガーっと言うスピーカーのような音が鳴ったかと思うと、空間に声が響いた。
ご要望を承りました。
以降、アナウンスでの報告に切り替えます。
おー、やればできるじゃん。
世界の声だ!
俺は、今までたくさんのラノベで見た様なアナウンスが流れたことに少し感動を覚えた。
と、同時に最近やたらと要望が叶っていることに疑問を感じた。
スキル名も変わったし、パネルから音声ガイダンスに変わったし…何で?
その質問にはお答えできません。
おー、返事が返ってきた。
なんかスゲー。
俺が世界の声のアナウンスで興奮していると、アナウンスがとんでもないことを言い始めた。
先ほどパネルにて案内した内容を音読します。
『二人のうち、相手にとどめをさした方のみ脱出を許可する。』
以上です。
なるほど…と、俺は思った。
止めを刺された方がどうなるのかは、何も言わないんだな。
そりゃ、エリカも言えない訳だ。
このチュートリアルやチュートリアルダンジョンを作ったやつは相当イカれている。
こんなことをさせられたら、大抵の人間は戦うことが嫌になるだろう。
そうすることが目的なのかもしれないが。
だが、俺なら大丈夫だ。
俺にだけ許された裏ワザが使えるチャンスだからな。
「グロウ、安心しろ。
俺は死なない。
だから、お前が俺にとどめをさすんだ!
これは、命令だ。」
「そんな、あたし!
あたしがあんたにとどめをさしてもらうよ!
今までだってそうしてきたんだし!」
やはりそうか。
思い出していたんだな、そう思った。
だが、これは譲るわけにはいかない。
「グロウ、お前、前に言ったよな?
俺はお前が実行出来ることしか命令しないって!
俺を信じて、お前のオブジェクトをぶん投げて来い!」
グロウがハッとした顔をする。
自分で言った言葉を思い出したのだろうか。
「あんたが死んだって、泣いてあげないんだからね!」
「あぁ、分かってる。」
「あんたとは、もっとずっと一緒に旅したいんだからね!」
「あぁ、俺もそのつもりだ。」
「絶対、絶対に、死んだりしないのよね?」
「あぁ、俺は死なない。」
グロウは覚悟を決めたのか、自分の分身にオブジェクトコーティングを始めた。
そして、5秒後…。
「投げるわよ。
あんたの投擲ほどじゃないけど、多分当たったら死ぬわよ。
スゴく痛いんだからね!」
「グロウ!
出口が現れたら、急いで脱出するんだぞ。
俺が意識を失う前に!
俺は必ず後から行くから。
分かったか?」
コクンとグロウがうなずき、スローのモーションに入る。
そして、オブジェクトコーティングされた分身のグロウが俺に向かって投げられる。
グロウ、お前は今まで優しすぎたんだよ。
もっと、わがままに生きて良いんだぜ。
俺の土手っ腹に直径9センチの風穴が空いた。
そこから、鮮血の代わりに白い煙が吹き出した。
「グロウ!出口に急げ!」
俺はグロウに叫んだ。
目が霞んでいく。
穴からはどんどんと煙が吹き出していく。
穴の空いた場所があつい。
そして、それ以外の場所が冷たい。
グロウが言ったように、凄く痛い。
だが、それも次第に分からなくなっていく。
グロウはちゃんと脱出しただろうか。
グロウが脱出するまで、死ぬわけにはいかない。
俺は最後の力を振り絞って、グロウを探した。
良かった。
俺が確認したとき、グロウは出現したのはエスカレーターを降りていく最中だった。
グロウは降りながら、俺に叫んでいる気がした。
何度も、何度も。
「アツシ、待ってる。」
と。
それを聞いた俺は、ゆっくりと踞るように倒れると、目を瞑るのだった。
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