エピローグ

032話 たねあかし

現れたエスカレーターを降りながら、あたしは、泣いていた。

声をあげて。


記憶を取り戻した時、自分が泣いている姿がどこか嘘臭く感じていたのに、『こんなに泣くんだ』と自分でも思ってしまうくらいに声をあげて泣いていた。


泣きながら、何度もあいつの…ううん、アツシの名前を呼んだ。


初めてアツシの名前を声に出して呼んでしまうと、今までの色々な感情が溢れだしてしまった。


そこからは、自分ではもう止められなかった。


何が『あんたが死んだって、泣いてあげないんだからね!』なのか…。

言った自分が恥ずかしくなるくらい、あたしはくだらない嘘をついていた。


そして、あたしは思った。

今まで自分が楽になるために、こんな辛い思いを皆に押し付けていたのか…と。

あたしが記憶を無くしても、皆はこの記憶を抱えて生きていたのかと思うと、ますます胸が苦しくなって涙が止まらなくなってしまった。


あたしはたった30段程度のエスカレーターをすごい時間をかけて、漸く降りきった。


そこには心配そうに見上げる5人の顔があった。


……あれ?

……5人?

ちょっと待って、一人多い。


「何でここにいるのよ。」


涙声で上手く喋れていないあたしの声にあいつは……アツシは優しく答えた。


「だから、言っただろ?

俺は死なないって。」


「うん。」


あたしは、アツシの傍まで飛んでいく。

そして、耳元で囁いた。


「ねぇ、教えて?あれから何があったのか。」


「仕方ねーな。」


アツシは、照れ臭そうにそう言うと、頭をボリボリ掻きながら話始めた。


あたしは他の誰よりも近くで、その話を聞くのだ。


あたしにとって、本当に初めての冒険となった物語のエピローグを…。


―――


目が覚めると、俺は1階にいた。

辺りを見渡し、グロウがいない事を確認した。

周りにグロウがいないと言うことは、時間が戻った・・・・・・のは俺だけだと言うことだ。

それから、自分のステータスを確認する。

よし、【不死ボーナス】もちゃんと発動している。


つまり、作戦成功だ。

え?どういう事かって?

まぁ、それは後で説明するさ。

とにかく、急いで戻ってグロウを驚かせてやらないとな!


俺は、消費型のポータルを取り出すと、カーテンを開いて脱出した。

目的地は、最後に立ち寄ったポータルとなった地下のディア前だ。


俺たちがケンザキにディアの事を報告してからだいたい2日ほど経ったはずなので、もしかすると賑わい始めた頃かもしれない。


……と、思ってはいたが、ディアの前は俺の想像を上回る大盛況だった。

エメラルド地下街やアトロップからも商人が集まり、出店もたくさん並んでいた。

セーフティエリアじゃないのに、商魂逞しい事だ。


「よぉ、元気か?」


俺はディアに話しかけた。


「お前達のお陰で賑わっている。

最近は、私の試練が賭け事の対象にもなっているらしく、それを目当てにも人が集まっているようだ。

悪い輩も稀にはいるが、概ね平和だ。

ギルドの職員もついた様だしな。

もし、皆がスキルを取得し終えたら、カジノ用のアトラクションでも開こうかと思っているところだ。」


「お前、石像の癖にまぁまぁ図太い神経してんだな。」


「誉め言葉だと受け取っておく。

が、お前ほどじゃない。」


ディアは嬉しそうにそう言った。

まぁ、表情とか声とかなんも変わんないんだけどな。

俺は、少なくともそんな感じがした。


俺はディアと別れると、ディア前のポータルからヨコハマ駅中央通路のポータルへ移動した。


相変わらず、ケンザキはそこに立っていた。


「おや、アイザワ君か。珍しいな。

どうしたんだ?今日は一人か?」


俺が話かけるよりも前に、ケンザキが話しかけてきた。

やっぱり存在感はあるが、意外と気さくで面倒見の良いお姉さんなのかもしれない。


「あぁ、何とかチュートリアルを終わらせることができたからな。

まぁ、最後のやつはぶっ飛ばして来たけど、それは別に良いか……。」


「え?何だって?

後半が良く聞き取れなかったのだが…。」


ケンザキが髪を掻き分けて、耳を寄せてくる。

その仕草が女性っぽくて、ヤバい、ちょっと興奮する。


「あ、大丈夫だ。何でもない。

一応、グロウも無事なハズだ。」


「何故、それを私に?

だが、ありがとう。

君ならあの子を救ってくれると信じていたよ。」


…やっぱりそうか。

全員ではないのかもしれないが、ここに住むほとんど全ての人がグロウと旅をして来たのだろう。

今までは、後ろめたそうにしていた街のみんなのグロウを見る目が、これからはもっと普通になると良いな…。


「それはそうと、ディアのところ凄いな。

めっちゃ賑わってたぞ!」


「あぁ、丁度そのお礼もしなければと思っていたところだったのだ。

私も無事にスキル習得させてもらったよ。」


「そうか!それは良かった!」


俺が、そう言ってその場を立ち去ろうとした時、【思念伝達コミュニケーション】で、ケンザキがこんなことを伝えてきた。


(あ、あの、それで、良かったらなんだが…。

今度二人っきりでお礼をさせてもらうことは出来ないだろうか…。)


…は?

…えっ?

な、何で二人っきり?


(…ダメだろうか。)


結構粘るな。

俺は…。


(すまん。グロウも連れてっても良いかな?)


ヘタレた。

童貞には、大人の女性と二人っきりなんてハードルが高すぎる。


ケンザキは、少しガッカリしたような表情になった後、すぐに元の様子に戻って、自分の口で伝えてきた。


「別に構わないさ。

大したもてなしは出来ないかもしれないが、君達をギルド本部に賓客として招待させてもらおう。」


「わざわざすまない。

ぜひお招きに与らせて貰うよ。」


俺は、そう言って百貨店地下2階の入管手続きの窓口へ向かった。


―――


おそらく、俺とグロウが出発して2日間以上、ずっとそうしていたのであろうと言うのが手に取るようにわかるくらいに、その場にいた4人が、ある一点を見つめていた。

もちろん、見つめていたのは、エスカレーターだ。


俺は驚かそうとそっと近づくと、ウララの隣に立った。

そして…。


「誰か出てきたか?」


「まだ、誰も……。えっ!?」


ビックリしたように振り返るウララ。

そして、ウララの声で気付く残りの3人。


急いで戻って来たので、グロウよりも先に到着できたらしい。


「何でここにいるんスか?」


エリカが駆け寄ってくる。

俺は、地下1階で起きたことを、4人に説明した。

4人は口々に安堵の声を出した。


「じゃあ、グロウちゃんも無事なんスね?」


と、エリカ。


「あぁ、もちろんだ。」


「もう、グロウちゃんが違うグロウちゃんになったり、私達を忘れたりしないってことなのね?」


と、ルミ。


「あぁ、あいつはもう記憶を失ったりしない。」


「あの、その…ありがとうございます。

私がこの仕事を選んだのも、元々はその事が心残りだったからだったので…。

あの…本当に、良かったです。」


と、ソラ。


「俺は、俺の為にしただけだし、他の人の為にやった訳じゃないから感謝されても困るんだけどな。」


最後は、ウララ。


「私……ずっと……。

アツシ…ありがとう…ございます。」


説明の最中から既に泣き始めていたウララは、言葉にすら出来なかった。


あとは、俺達5人であいつを迎えてやるだけだ。


それから、数十分後、グロウが泣きながらエスカレーターを降りて来た。

そして、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔のまま、いつものような口調でこう言った。


「何でここにいるのよ。」


と。

俺は、ちょっとだけ気取って…。


「だから、言っただろ?

俺は死なないって。」


と、言ってみた。

するとグロウがみるみる笑顔になって、


「うん。」


と、頷いたかと思ったら、俺の耳元まで飛んできて、


「ねぇ、教えて?あれから何があったのか。」


と、囁いた。


―――


俺が話し終わった後、グロウなら「あたしはそんな顔しない!」とかって怒ると思ってたんだが、意外なことに全く怒らなかった。


何ならちょっと嬉しそうだった。

やっぱり、良くわかんねーや。

妖精の考えてることなんか。


と、言うか残りの4人には、既に同じ話を聞かせていたので、実質2回目のハズなのに静かに聞いていて、何ならちょっと全員の目が潤んでいた。


あれ?

めっちゃ気まずいんだけど……。


あ、そうだ。

俺の死に戻りの方法について説明するの忘れてたな。

種明かししてしまうと、スキルって事になってしまうんだが、数少ない道化のオリジナルのスキルに【ゲームは1日1時間】ってアクションスキルがあるんだが、要はこれを使った訳だ。


このスキルは、プレイヤーが死亡した際に、選択で使用できるもので、死んだその日・・・・・・にログインしていた場所にその状態で復活出来ると言う効果を持つものだった。


ただし、使用するには条件が二つある。

一度使用すると、72時間は使用できないと言うこと。

それから、死亡するその日に最低一時間はプレイしておく必要があると言うことだ。

まぁ、俺が1階で時間を無駄に費やしたのはそう言うことだったのだ。

と言うか、『ゲームは1日1時間以内』じゃなくて『ゲームは1日1時間以上』って事なんだよな。


まぁ、でも、時間が分からなくなっていた俺達に、ディアが【時間計測ウォッチ】を与えてくれたお陰でこのスキルがまともに使えるようになった訳だから、ディアには感謝しないとな。


つまり、グロウを助ける事が出来たのは俺だけの力じゃないってことだな。

みんなのアドバイスがあったお陰でもあるんだから…。


あ、そうだった。

そう言えば、俺はあの時グロウに一つだけ嘘をついたんだ。


「俺は必ず後から行くから。」


本当は先に着いちゃうこと知ってたんだ…。

もちろん、そのつもりで行動したからなんだけど、少しでも早くグロウを安心させたかったんだよな。

そして、笑って貰いたかったんだ。


だってほら、俺って『ピエロ』だからさ。

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