030話 きゅうけい
バリン!
と言う何かが割れるような音がした。
想像した通り、オルトロスが立ち上がる。
立ち上がったオルトロスは毛色が変わっていた。
踞っていたときは、グレーホワイトだった毛並みが、真っ黒に染まっている。
言うなればブラックオルトロスだ。
ジェットとか言う新キャラのせいで、オルトロスが強化されて復活してしまった。
ボス戦だけで何戦目だよ……。
目新しくなさすぎてクラクラしてしまう。
さっきまでは、オルトロスを半殺しにしてオブジェクト化していた
さっさと煙になってくれていればよかったのに…と。
…うるせーよ、俺がわがままで何が悪い。
主人公だぞ?舐めんな。
こほん。取り乱しました。
「ジェットとか言うやつ、ほんと迷惑よね。」
「奇遇だな、同感だ。」
9階で戦ったときとはまるで違う俊敏な動きで、多分当たると即死レベルの強烈な一撃が休むまもなく飛んでくる。
スマホを出す暇もないので、レベルがいくつなのかを確認することも出来ないが、まぁ、多分90位は必要だろうな。
これが初めのチュートリアルって言うのだから、以下省略。
10階でステータスを確認するまで知らなかったが、俺の回避力も中々のものだったらしく、お陰で致命的な攻撃は受けずにすんでいる。
だが、あんなのは本当かどうか分からない。
今のところ俺が信用しているのはスキルとアイテムだけだ。
確信が持てるまでは今まで通りに戦うしかない。
ブラックオルトロスの攻撃が、グロウに移る。
その瞬間を狙って、俺はついさっきジェットに試したばかりの『簡易合体魔法ライトニングエクスプロージョン』をフル強化で撃ち込んでみた。
……最初からクライマックスだ!
「ギャオォォォーウ」
良い感じで直撃したらしく、ブラックオルトロスがまるで怪獣映画の怪獣のように悲鳴を上げた。
お、何かちょっと効いてるっぽい。
心なしか、オルトロスの毛色が少し薄くなった気がする。
ダメージを与えると、例の黒ドライアイスが蒸発する仕組みでもあるのかもしれない。
多分、毛色が元に戻るまで攻撃して、とどめをさせばこのオルトロス戦は終わりそうな気がする。
…だけどさ、こんな正攻法で戦ってたら、いつ終わるか分かったもんじゃない。
『簡易合体魔法』が正攻法の部類に入るのかは検討の余地がありそうだが、相手は平気でオブジェクトのバリアとか張っちゃう様な『とんでも存在』の『中身』だぞ?
普通の戦いかたじゃダメだよな…。
よし、相手がオブジェクトなら、こっちもオブジェクトだ。
目には目を、歯には歯を、オブジェクトにはオブジェクトを!だ。
「グロウ!」
「嫌よ!」
「まだ、何も言ってないだろうが!」
「あたしの経験上、こう言うタイミングで名前を呼ばれると、ろくでもない目にあわされるのが分かってるんだから。」
「今回のは、多分大丈夫だ。」
「大丈夫じゃなかったらぶっ飛ばすからね!」
グロウが一応話を聞いてくれる気になったらしいので、俺は作戦を伝えるのだった。
―――
「ギャオォォォーウ、ギャギャオォォォーウ」
俺とグロウの合体攻撃により、ブラックオルトロスに
そこから勢いよく煙が吹き出す。
俺とグロウの作戦は無事に成功した。
「どこが無事よ!」
「俺もお前も無傷なんだから、無事で良いだろう?」
「確かに、あたしとあんたは無傷だけど、その裏には他のあたしの尊い犠牲があったじゃない!
あんな目にあわされて……。」
俺はグロウを冷めた目で見つめる。
「俺の記憶が正しければ、全く同じことを俺もやったことがあるんだけど?」
それに、犠牲と言ったが別にダメージを受けたわけでもなければ、怪我をしたわけでもない。
その証拠に、ほら、グロウはピンピンしている。
順番が前後したが、作戦を説明すると……。
俺は、まずグロウに分身を二人作成してもらい、その二人に対して投擲できるオブジェクト化を施してもらった。
その後で、30秒以内にブラックオルトロスに投擲した…と言うわけだ。
ほら、何も問題ない。
なのに、グロウときたらぐちぐちと…。
「あれは、あんただったから良いのよ。
あたしの【疑似オブジェクト化】は完璧だもの。」
だったら益々オマエがついさっき言った犠牲って言葉が霞むんだが…???
まぁ、いい。
俺は流すことにした。
「そんなことよりも、何かそれ名前がダサいな。
そうだ、俺が名前つけてやるよ。【オブジェクトコーティング】とかどうだ?」
疑似オブジェクト化とか、オブジェクト化してるのかしていないのか分からない。
投げられるんだから、オブジェクト化していないのはわかってるが、ものには言いようって言うものがある。
「あんたの【塩梅】も大概でしょうが。」
「それは俺じゃなくてノームに言えよ。」
「じゃあ、あたしはルビふってあげる。【
二人でそんなことを言い合っている間に、ブラックオルトロスはすっかり煙になって消えていた。
別の事に気をとられていたせいで、最後の確認をするのを忘れてたよ。
まぁ、どうでも良いんだけどな。
あぁ、そうだった。
実はこの話には続きがある。
俺達が遊びのつもりで名付けあったお互いのスキル名が勝手に採用されてしまったのだ。
突然、ダンジョンの10階で現れたのと似たようなパネルが出現して……。
スキル名称変更
グロウ:
疑似オブジェクト化
⇒ オブジェクトコーティング
アイザワ アツシ:
塩梅
⇒
を受け付けました。
…え???
何これ?
スキルって名前とか勝手に変えて良いものなの?
そんな事を思っていると、もう一枚パネルが出現する。
スキル登録
アイザワ アツシ:
(合体スキル)
オブジェクトコーティングしたグロウを2体連続投擲するスキル
対象:グロウ
グロウ:
(合体スキル)
オブジェクトコーティングしたグロウを2体連続投擲するスキル
対象:アイザワ アツシ
を完了しました。
……なげーよ。
確かにその通りだけど。
さすがにあんまりなので、俺とグロウはそのスキルの名前を【ダブルオブジェクトショット】と名付けた。
ついでに、1体だけの時は【オブジェクトショット】、俺が飛んでいく方は【オブジェクトタックル】と言うことにした。
もちろん、追加で何枚かパネルが出現したのは言うまでもない。
―――
そんなこんなで、アホみたいに長いチュートリアルダンジョンの終わりがようやく見えてきた。
思い返してみたが、6階と3階以外ずっとボス戦しかしていない。
なんなら2階と1階については2連戦だった。
次は最終フロアだが、ラストバトルかどうかは、まだ分からない。
俺とグロウはしっかりとバトル準備をするために、少し休憩していくことにした。
勘違いするなよ、そう言う休憩じゃねーからな!
この世界には、EOの範囲外の力を持ったやつが存在する事が確実になった。
ジェット…と、それからグロウもか。
それに加えて、この世界を作った存在…と言うか、世界をオブジェクト化した存在がきっといる。
少なくとも俺は今、そう思っていた。
そして、多分、そいつが黒幕だろう。
だが、オレにはそれがジェットだとは思えなかった。
だって、あいつ小物臭がするんだもん。
捨て台詞吐いてたし。
とは言っても、普通に今の俺たちよりも強いんだけどな。
今回勝てたのだって、あいつが油断していたからだ。
あ、そう言えば…。
「なぁ、グロウ。
さっき、ジェットと戦ってたとき、何かが割れるみたいな音してただろ?
あれは何をしてたんだ?」
「あぁ、あれ?
あいつが産み出した小さなオブジェクトがあたしの気道を塞いでたから、活性化したのよ。
多分、その音ね。」
「なるほど。
気道を塞ぐとかあいつ、めっちゃ危ないやつだな。
空気をオブジェクト化出来るってことか。」
「なるほど!あたし、てっきりガラス玉かなんかだと思ってたわよ。
あいつとあたしでオブジェクト化出来るものの種類が違うのかな?」
「種類が違うかどうかはわからんが、オルトロスを固めるときも周りの空気をオブジェクト化してたのかもな。」
「あのオルトロス、そう言えばブラック化した時にそのオブジェクトを解除してたわよね。
本体自体がオブジェクト化してたらそんなこと出来ないはずだもんね。」
「確かにそうだな。
でも、そう考えると、お前のオブジェクト化はこの世界のオブジェクト化と同じだよな。
色々制限はあるけど…。」
「ふふん。
そうよ、何てったって、あたしは世界のグロウちゃんなんだから!」
「……そうだな。すごいな。」
「間があったわね。
…ちゃんと誉めなさいよ。」
「そう言えば、あいつは自分の事を『世界』の『闇』とか言ってたよな。
中二病か?」
「しかも、流されたぁー。
中二病かなんか知らないけど、なんかあいつ嫌な感じするのよね。」
「そう言えば、あいつが出てくる前に具合悪そうにしてたもんな。」
「そうなのよ。
飲み込まれる感じと言うか、奪われる感じと言うか。」
「何だ、それ。よくわかんないな。」
「分かりなさいよ、そんなんじゃモテないわよ!」
「別にお前にモテなくても良いよ。
それよりも、あいつが言っていた俺には禁呪が効かないってのはどういう意味だったんだろうな?」
「あんたの体があたし達より大きくて気道が塞げなかったんじゃない?」
「そんなに単純な事か?
そこまでバカそうなやつには見えなかったぞ。」
「そう?案外分かんないわよ。
もしくは、あいつの力を打ち消すアイテムとか持ってたのかもね。」
「はぁ?そんなの持ってねーぞ?」
「じゃあ、スキルとか紋章とかじゃないの?
知らないわよ!あたしだって!」
「確かに、ここで議論しててもしょうがねーよな。」
俺達は、ここで一旦話を打ち切って、各自で最後のフロア攻略のための準備をするのだった。
そして、それから、数時間後…。
「じゃあ、そろそろ行くか!」
「待ちくたびれたわよ。」
チュートリアルダンジョンの最後のフロアへと続くエスカレーターを俺とグロウは歩いて降りていった。
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