018話 たーみなる

気がつくと、衣装がふざけた体操服から普段着に戻っていた。

木靴よりもスニーカーの方が見た目が普通っぽいので、そこだけは少し残念だった。


「おぉ、そうだった。お前に渡すものがあるんだった。」


女神像が俺にだけ聞こえるように言ってきた。

『も』と言うことは、他の3人には既に渡し終えた後だったのかもしれない。


「道具袋に送っておくので後で確認してみてくれ。

多分、お前にしか扱えないもののはずだ。」


「気持ちわりーな。含み持たせやがって。」


「心配するな。悪いものではない。」


全く見た目の変わらない女神像が、俺には一瞬だけうっすらと微笑んだように見えた。


―――


俺たちを元の場所に送り届けた後、去り際に女神像はこう言ってきた。


「もし、お前たちに仲間がいるのなら、その者たちにも私のことを伝えて欲しい。

それから各地に存在する他の像も、見つけたら触れてみるといい。

きっとお前たちに力を貸してくれるだろうから。」


「そうか、助かるよ。

ところでお前に名前はないのか?

いつまでも女神像って呼ぶのは面倒なんだが。」


「個としての私に名前はない。

だが、全としてならガーディアンと言う名を授かっている。」


「良くわかんねーけど、個にして全、全にして個とか言うやつなのか?」


「あぁ、まさにその通りだ。」


「ふーん。じゃあ、まあ、ガーディアンからとって、

ディアって言うのはどうだ?」


「ディアか。まぁ、いいだろう。好きに呼ぶといい。」


「おう。好きにするぜ。またな、ディア。」


俺は軽く手をあげる。

ウララやエリカ、グロウもそれぞれディアと話をしている。

全員と一対一で喋れるのはちょっと便利だな…と思うのだった。

どうなってるのかは、全く理解できないが。

それぞれが話し終えたのを確認すると、俺達は再びターミナルへの道を歩き始めるのだった。


「あんたは何貰ったの?」


グロウが俺に聞いてきた。


「あ、忘れるところだった。

そうだ。何か貰ったんだった。」


「なーんだ、まだ確認してなかったのか。」


「お前は、なに貰ったんだ?」


「あたしはこの『妖精のクロー』って言うのを貰ったんだー。

羨ましい?これならキラーベアーとも渡り合えるかな?」


グロウがシャドーボクシングをしながらはしゃいでいる。

グロウがのしゃぐ姿をは初めて見た気がする。

それよりも何か物騒なことを言っていたような…。

まぁ、いっか。

俺は、道具袋を確認するためにイノリのスマホを取り出した。

…が、特に何も入っていなかった。

じゃあ、と思い、自分のスマホを取り出した。

道具袋を確認すると、確かに見慣れないものが入っていた。


「なんだ?この『狂喜のタンクトップ』って?」


俺の記憶ではEOだと、アイテムを選択すると一言二言コメントが表示されるのだが、このアプリにはそれっぽい枠があるのに?がひとつ表示されるだけだ。

結局はEOの頃の記憶に頼らなければならない。

だが、俺の記憶も万能ではないし、知らないこともたくさんある。


「あたしに聞かれてもわからないわよ。」


「お前って意外と知らないこと多いよな。」


「なにそれ?あたしを愚弄する気?」


なんか、久しぶりに聞いた気がする。

今回は本人も冗談のつもりだったのだろう。

時々チラチラこちらを見てくる。


「つっこんでやんねーからな。」


「何よ、けちー!」


そう言うとグロウは、いーっと言いながら、目を瞑って歯を見せた。

…子供かよ。

ウララよエリカの方に飛んでいくグロウを見送りながら、俺はそう思うのだった。


「さー、今度こそもうすぐッスよ!」


ディアの分かれ道から本流に戻ってきて、少し進んだところでエリカが言った。


「本当だな?」


怪しむ俺に、エリカは答える。


「本当ッスよ、多分、あと12分くらいッス。」


「え?微妙に刻んでくるわね?」


グロウも割って入る。


「ウエノさん、エリカの…さっき言ったのって、本当?」


俺はウララも巻き込んで確認する。


「えぇ、だいたいそのくらいだと思いますよ。

あ、そうだ。せっかくだから、さっき貰った【時間計測ウォッチ】で計測してみますか?」


「なるほど!その手があったわね!」


俺の代わりにグロウが答える。


「ちょっと…みんな、全然私のこと信じて無いじゃないッスか!」


エリカはそう言いながらも笑顔になっていた。


結局、途中で何度か戦闘になったせいで、20分くらいかかったが、なんとか駅のホームにたどり着いた。


「何よ、全然12分じゃ無いじゃない。」


グロウがふざけながら言っている。


「前回地上に出てから、ここまで、長かったな。」


「途中に色々あったッスからね。」


「エリカちゃんのせいでしょ?」


ウララが少し怒ってそう言う。


「え?何かあったッスかね?」


「なになに、あんた、あれを忘れるって大概ね。」


グロウは呆れてそう言った。


「ウエノさん、大丈夫か?」


「アイザワさん、私、自信無くしそうです。」


「ちょっと、なんの話ッスかー!?」


結局、エリカはウララを忘れていたことを二度と思い出すことはなかった。

見かねたグロウが、ウララの頭を撫でながら


「あなた、本当にかわいそうね。」


と言うと、


「私も、ちょうど今、そう思っていたところです。」


ウララがそう言って冗談っぽく笑うのを、俺はただおろおろしながら見ていることしかできなかった。


俺達は、黄緑色に輝くホームドアを使ってホームに上がった。

エリカはともかく、ウララも妙に慣れた様子だったので、普段からこの駅を使っていると言うことは本当のようだった。

ホームからオブジェクト化しているエスカレーターを登り、改札を抜けJLの中央改札がある通路へ進む。

途中にある階段をひとつ登った辺りから、辺りを包む空気の色がうっすらと黄緑色になった。

セーフティエリアの色だった。

もうひとつ、階段を登り、左に曲がる。

たくさんの人がオブジェクト化しているが、俺の部屋とは比べ物にならないくらいに広大なセーフティエリアが広がっていた。

コーヒーショップの前を通り過ぎると前方左手にJLの中央北改札が見えてきた。

俺達は、少しキョロキョロしながら先頭を歩くエリカの後を追う。


「いつもだいたいこの辺にいるんスけどねー。

それとも部屋ッスかね?」


柱の裏も確認していく。


「目立ちそうなのに、隠れるのがうまいんスよねー。」


誰に言うでもなく、そうエリカは呟いた。

ウララはなんのことか分かっているらしく、ウンウンと頷いている。

すると、誰かを見つけたらしいエリカが小走りでその人物に駆け寄る。


「アツシー、こっちッス!グロウちゃんもー!」


そして、振り返えるとぴょんぴょん跳ねながら両手を大きく使って手招きをした。

俺、グロウ、ウララの三人は、呼ばれた方へ向かう。


エリカのところに着くと、エリカは


「やっと案内できたッス!

アツシ、それからグロウちゃん!

ようこそ!カナガワ県最大のターミナル駅、ヨコハマへ!

ここが私たちのセーフティエリア兼ギルド『フェアリーテイル』の本拠地ッスよ!」


と、嬉々として、ターミナルとのギルドの紹介をした。

だが、俺はそれよりもエリカの後ろに立っているやたらと存在感のあるお姉さんが気になっていた。

腕組みをしてはいるがニコニコしているので、怒ってはいない様に見える。

とりあえず、目があってしまったので会釈だけしておく。


「それから、こちらがサブギルドマスターのケンザキ姐さんッス。」


振り返ったエリカがそのお姉さんを紹介する。

耳で聞いただけなのに、「ねぇ」の部分が「姉」じゃない感じががひしひしと伝わってくる。


「サブマスの剣崎ケンザキ 恵都ケイトだ。

よろしく頼む。」


エリカに紹介されたお姉さんが自己紹介をする。

俺も、恐る恐る自己紹介をする。


「はじめまして、アイザワ アツシです。

職業とかレベルとかまだ色々わかっていません。

チュートリアルを受けられる場所を探して来ました。」


「ようこそ、アイザワ君。

チュートリアルを受けられる場所に思い当たる場所はあるが、まずは旅の疲れを癒してくれ。

このセーフティエリアを我々『フェアリーテイル』は本拠地としているが、占領しているわけではない。

施設も好きに使ってくれていい。

案内も必要だろうから、このままエリカとウララを案内役につけさせよう。」


さすがはサブマスを任されるだけあってしっかりした人だ。

俺を気遣う余裕もあるらしい。


「ありがとうございます、ケンザキさん。助かります。」


「この世界に同士、協力して行こうじゃないか。

それじゃあ、エリカ、ウララ、後は頼んだよ。」


そう言うと、ケンザキは何処かに行ってしまった。

その背中に向けて、エリカとウララは口々に声をかける。


「了解ッス!姐さん!」

「畏まりました。ケンザキさん。」


こうして俺とグロウは当面の目的地であるターミナルにようやくたどり着いたのだった。

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