019話 いーすとさいど

俺はヨコハマ駅と言うところを少し勘違いしていた。

初めてエリカに会ったときも自分以外誰も居ないと思っていたが、まさかこんなにたくさんの人がいるとは想像もしていなかった。


ケンザキと別れて何十人もの人とすれ違った。

そのうち半分くらいの人には声もかけられた。

そうか。ここには生活している人が既にたくさんいるのか。

俺の場合は来たばっかりだが、もしかするともう長い年月をここで過ごしている人がいるのかもしれない。

そう、思った。


ケンザキたちの『フェアリーテイル』と言うギルドにはこの人の集まる都市としてのヨコハマ駅を守ると言う役割と、人が生きる上でのルールを担うと言う側面があるのかもしれない。

直接話を聞いたわけではなかったが、なんと無くそう思った。


「エリカ、ここにはどれくらいの人がいるんだ?」


「そうッスね、モンスターにやられると自然と転送されてくるのでよく分からないッスけど、多分1000人近くはいると思うッス。」


「1000人!?そんなにいるのか?」


「まぁ、まだ1000人にはなってないと思うッスけどね。

そうだ、新しく増えた人がいないか、聞きに行ってみるッスか?」


「何処にだ?」


「さっきアツシが言っていた、チュートリアルが受けられる場所の出口ッスよ。」


「そんなところに行って何がわかるんだ?」


「入管手続きの窓口があるんですよ。」


エリカの代わりにウララが答えた。


「入管手続きか。だったら俺も登録しとかないとだよな?」


「はい。ですが…

多分、アイザワさんは登録出来ないと思います。」


「そうなのか?どうしてだ?」


「それは……行ってみればわかります。」


言葉を濁すウララの様子が少し気になったが、俺達はその入管手続きの窓口まで行ってみることにした。


―――


俺達はJLの中央通路を抜け、東口の方向を目指した。


「このまま、地下街に進む分にはセーフティエリアなんですけど、ここから右に出て階段を上ると地上に出ちゃうので気を付けてください。」


ウララが注意を促す。


「俺達、線路を抜けてきたんだぞ?

セーフティエリア外なんか今さら気にしなくてもいいんじゃないのか?」


俺がそう言うと、今度はエリカが


「出てくる敵が違うんスよ。

ここから出たら、多分私でも即死しちゃうッスよ。」


そう言った。


「どう言うことだ?」


「エリアボスの部下が住み着いているんです。

すぐ上の郵便局に。」


俺の記憶が確かなら、階段を上って右に何歩か歩くと確かに大きな郵便局があった。


「間違って人が出ていかないように、一応関所は設けてありますけど、ここに住んでいる人でここから出ようとする人なんていないので…。」


そうか。

この駅にに来た人は全員、モンスターに一度は殺されているのだ。

その恐怖が植え付いている限り、そう簡単には出ていけないのだろう。


「向こうから攻めてこられたりはしないのか?」


「セーフティエリアには、例えエリアボスの幹部でも入れないみたいなんですよ。」


「なるほどな。」


セーフティエリアの安全性が実証されていると言うわけか。


「じゃあ、行きましょうか。」


ウララが先を促した。

地下街も全てセーフティエリアになっていた。

いくつかの店はシャッターが開いている。

オブジェクト化した店の一部を使って商売をしている人の姿が見える。

みんな、逞しく生きているものだ。

そんな場所、KQアトロップ―――それこそがこの東口の地下街の名前だった。

入国管理窓口は、そのアトロップから更に先に進んだ百貨店の中のエスカレーターの前ににあるのだそうだ。


「で、結局、どこまでもセーフティエリアが続いてるんだ?」


「百貨店の地下2階までッス。

エスカレーターを登っちゃうと恐らくモンスター湧いてると思うッスから気を付けてくださいッス。

でも、私たちはもう上がれないんスけどね。」


「なんでそんなところにあるんだ?

てか、最後なんて言った?」


「チュートリアルの出口から出てきた人を案内するのも兼ねてるからッスかね?

いや、何でもないッスよ。」


エリカも言葉を濁す。

ウララもエリカも言いたくないことでもあるのだろうか?


アトロップを抜けると、巨大な時計のある百貨店が姿を表した。

その百貨店に何枚もあるガラスドアのうち、一組だけが黄緑色に縁取られていた。

その活性化されたドアに俺たちが近づくと、ひとりでに扉が開く。


時間が止まったときはまだ開店前だったのだろうか。

オブジェクト化しているのは全員名札がついている従業員だけだった。


入管窓口があると言うエスカレーターの前まで進むと、そこには、活性化された長机とパイプ椅子に座った二人の女性がいた。

まるで百貨店の従業員かのような、お揃いの真っ黒のカーディガンを着ている。


活性化している長机やパイプ椅子なんかどこで手に入るのだろう。

少し疑問に思ったが、このときは特に気にはならなかった。


「こんにちは。ルミさん、ソラさん、お久しぶりです。」


ウララが窓口の二人に挨拶をする。


「あら、ウララちゃん。久しぶりね、元気だった?」


まず口を開いたのはルミと呼ばれた方だった。


「はい。ルミさんもお仕事お疲れさまです。」


ウララが丁寧に頭を下げる。


続いてソラと呼ばれた方の女性も口を開く。


「あ、それと、ウララちゃん、時々顔を見に来てくれて、ありがとうございます。」


「いえ、お二人にはいつも感謝してますから。」


「えっと、ところで…。」


ソラさんと呼ばれた女性がちらっと俺の方を見る。


「あ、紹介しますね?彼がアイザワ アツシさんです。」


「はじめまして。アイザワです。

この二人に連れられてついさっき、初めてこの駅にたどり着きました。」


驚いた顔をして見合わせるルミとソラ。


「アイザワさん、ご紹介しますね。

ギルド職員のルミさんと、ソラさんです。

お二人は非戦闘員なんですよ。」


丸井マルイ 留美ルミです。よろしくね。」

「どうも、はじめまして。十河ソゴウ そらって言います。」


そう言うと、ルミとソラは立ち上がって丁寧にお辞儀をした。

非戦闘員と言うが、それにしては動きが優雅だ。

何処かの特殊部隊と言われても今の俺なら信じてしまうだろう。


ソラはケンザキと同じくらいの年齢で、ルミは俺の母親くらいの年齢に見えた。

裏方に回る人も必要なので、戦いよりもそちらを選んだと言う事なのだろうか。


「あぁ、そうだ!今この駅に何人くらい人がいるのか聞きに来たんでした。」


ウララは、今、思い出したと言うように、パチンと手を叩いて口を開いた。


「そうね、最近来た人はいないけど……」


そう言うと、ルミは台帳をめくり出す。

最後のページらしきページを見ながら、ルミは言う。

この台帳も活性化しているようだ。

筆記用具もどこかにあるのかもしれない。


「大体一週間くらい前にいらしたサエグサさんって方で947人ね。結構増えたわね。」


一週間くらい前と言うことは、俺がこの世界に初めて来た頃だ。

これも何かの偶然なのだろうか。


「そんなにいるのか…。凄いな…。

それって、俺も登録できますか?」


俺は驚きの声をあげると、軽い気持ちで登録できるか聞いたみた。

すると…ルミはさっきまでの朗らかな表情を一変させて、突然顔を曇らせた。


「その前に一つ確認させて欲しいことがあるんだけど、良いかしら?」


「あ、はい。大丈夫です。」


「アイザワさんは、さっき初めてこの駅に到着したって言ってたわよね?」


「あ、はい。それが何か?」


「今までの人はね、初めてこの駅に到着するとき、ここのエスカレーターから降りてきたの。

つまり、このエスカレーターを使わずに歩いてたどり着くなんて話、私は聞いたことがないのよ。

この意味、分かるかしら?」


「すみません、良くわかりません。」


「じゃあ、こう言い換えてみた方がいいかしら?

あなた、何者?本当に人間なの?」


ルミの目が険しくなる。

空気がピリッとして緊張感が走った。

俺は、驚きで、パニックになっていた。

どう答えてもいいか分からなくなって固まっていたとき、突然、横にいたエリカが俺の代わりに叫んだ。


「アツシは人間ッス!

ただの凄いやつッス!

サーベルタイガーも、シャドーバットも全部一人で倒しちゃうような凄いやつなんス!

悪いやつじゃ全然ないッス!

ここまで一緒に案内してきた私が保証するッス!

それじゃ…それだけじゃ……だめッスか?」


真剣な表情のエリカ。

目には少し涙も浮かんでいる。

エリカは悔しさからかルミを睨みつけている。

しばらく沈黙が流れた後、ルミが口を開いた。


「エリカちゃんの言う通りね。

私がどうかしていたわ。

アイザワさん、変なこと言ってごめんなさい。」


そう言って俺に深々と頭を下げた。


「いや、俺は全然……。」


俺はそれしか言えなかった。

それよりも、誤解が解けてホッとするだけだった。


続いてルミはエリカにも頭を下げた。


「エリカちゃんも、これで許して貰えないかしら?」


「……わかったッス。」


言葉とは裏腹に、まだ納得できていなさそうなエリカの顔を見て、俺は複雑な気持ちになった。

自分が、自己弁護出来なかったばかりに、エリカにこんな顔をさせてしまったことか歯がゆかった。

そして、それと同時に、まだ会ってそれほどの時間が経っていない俺の事を信じてくれたことが、庇ってくれたことが、嬉しかった。


何とか誤解は解けたが、今度は次なる問題が沸き上がるのだった。


「でも、そうなると困ったわね。」


ルミが、困ったように頬に手を当てる。


「何か問題でもあるんですか?」


俺が訊ねると、ルミはこう説明してきた。


「私もね、入管の手続きをしてあげたいんだけど、私たちが登録できるのはこのエスカレーターから降りて来た人たちだけなのよ。」


それに、ソラも続く。


「えっと、細かく言うと、この百貨店の最上階で最初に手に入る【紋章】が必要なんです。」


「えっ?最初?最上階?【紋章】?」


俺は、また、驚きと混乱に陥った。

そんな俺を見かねた二人が俺にはじめから説明をしてくれるのだった。


―――


二人から聞いた話をまとめると…。

まず、モンスターにやられた人物はこの百貨店の10階にあるレストランエリアに転送される。

その後、チュートリアルが開始され、それぞれのプレイヤーに【紋章】と呼ばれるバーコードのようなものが刻まれる。

その【紋章】はそれぞれ違うものになっており、それをこの台帳に記入することで入管となる。

それは、エリカが付け加えたプラスアルファの情報だが、この出口から上にはどう言うわけか紋章がある人は立ち入ることができないらしい。

だが、【紋章】がなければ上ることも可能かもしれない……らしい。

ただし、通常、チュートリアルの最後でボス戦のようなものが発生するのだが、上ると言うことは、いきなりそのボス戦から開始になるかもしれないのだそうだ。


「話を聞く限り、大変そうね。」


グロウは、その言葉ほど心配していなさそうな声だった。

自信があるのかもしれない。


「そうだな。でも、やるしかないよな。」


俺もその声で自信を貰った。

俺とグロウは頷きあった。

だが、そんな俺達の様子を見ていたルミがこう言う。


「ごめんなさい。乗り込もうとしているところ、水を指すようで悪いんだけど、せっかくだから西口の方にも行って、また戻ってら来たらどうかしら?」


ルミがそう言うと、ソラも続けて言う、


「あ、えっと、確かにその方がいいかもしれないです。

あっちには色々便利なものも売ってるし…。

万全を期して向かわないと、多分危険です。

特に、巻物スクロールは大量にあった方がいいと思います…。」


それを聞いて俺は、確かに…と、そう思った。

俺達はルミとソラの指示通り、一度ここから西口の方へと行ってみることにした。

ついでにアトロップもきちんと見て置くべきだろう。


俺達はルミとソラにお礼を言うと、一旦その場を離れるのだった。

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