016話 しゅうちゅうりょく

俺は、逃れようのない誘惑にかられていた。

視界に入る双丘が俺の集中力を奪っていく。

もうダメかと思ったとき、ある考えが俺を救うのだった…。


――少しだけ時間は遡る。


カウントが残り30になったとき、エリカとウララが同時に腕立て伏せを開始した。

ウララは少し手間取っていたが、エリカはスムーズに参加する。

普段から運動をしている人間のリズム感と言うやつなのかもしれない。

だが、エリカのピークはそこまでだった。

反復横飛びの時とは違い、エリカは十回もしないうちに苦しそうな声をあげ始めたのだ。


「……んっ!…あっ!早っ……くっ………して!

……もう!……限界……ッス。……あぁ!

……ダメ……キツい………ッス。」


うめき声が数十センチしか離れていない位置にあるエリカの口元から漏れる。

至近距離で向かい合っているので、体勢を整えるときどうしても目が合ってしまう。

苦しそうに目を細めて歪める顔が普段と違って艶かしい。


体を持ち上げたとき、視界に入るエリカの顔は真っ赤になっていて、肘から肩にかけた部分がプルプルと小刻みに震えている。

それでも、崩れ落ちそうになるのを必死に食い止めている。

さっき、エリカ自身が自分で言っていたように、本当はもう限界を越えているのかもしれない。

その一方で、チラッと見えたウララにはまだまだ余裕がありそうに見えた。

人は見た目によらないものだ。


あと、20回。

女神像がそうカウントしたときだった。

何気なくエリカの体操服の首元の隙間から、肌色の膨らみがのぞいた気がした。

あれ?これ、もしかして…。


俺は女神像に真実を訊ねることにした。

脳内で女神像に話しかける。


「おい、もしかしてエリカ、ブラ着けてないんじゃないのか?」


「このタイミングでなにかと思えば、そんな事を考えていたのか。いやらしいヤツめ。」


「そんなんじゃねーから。

集中できないから何とかしてくれ。」


「それはできんな。本人からの要望だ。

息苦しいから外してくれと言われたので回収させてもらった。」


「マジか……。」


「せいぜい集中するんだな。」


「言われなくてもそうするよ。」


俺は、強がってそう言った。

そしてそれと同時に、初めに女神像が言った「集中力さえ途切れなければ」と言う言葉の本当の意味にようやく気づいた。

あいつははじめから俺を試すつもりだったのだ。


だが俺は、エリカがノーブラだとわかった瞬間に、それが気になって仕方なくなってしまった。

止めようと思っても、止められないのだ。

それがいたいけな青少年のさがと言うものだ。

だが、俺から集中力を奪うものはそれだけではなかった。

衣擦れの音だ。

エリカの体操服の裾がいつの間にか、ハーフパンツから完全に飛び出していて、それが腕立て伏せの度にヨガマットに擦れる音が聞こえていたのだ。

やめようと思えば思うほど、それらが気になってしまう。


このままでは体勢を崩してしまう。

だが、我慢するには頭を下げるしかない。

しかし、顎でボタンを押すには、顔を上げなければいけない。

顔をあげると…。

堂々巡りだ。

くそ!俺はどうすれば良いんだ!

俺は心の中で、葛藤の叫び声をあげていた。


―――


あと、5回と言うときだった。


「ごめんなさい、……もう無理ッス!」


そう言って、既に限界を越えていたエリカが健闘むなしく崩れ落ちた。

そのままうつ伏せで倒れてくれればまだ良かったのだが、何故か仰向けになって大の字で寝転がってしまった。

そのせいで俺の視界に、エリカのたわわに実ったEカップが映り込む。

しかも、汗だくで体操服が張り付いている。

その気は無くても、二つの山のシルエットがはっきりわかってしまう。

俺は逃れようの無い誘惑にかられ、視界に映る双子の山に魅了されていた。

俺は、最後の自制心で顔を下に向けて視線をそらすことしかできなかった。


「おい、どうした?そんなに顔を下げて。

顔をあげないとボタンが押せなくなってしまうぞ?」


女神像が、そうやって俺を煽る。

確かにこのままでは、ボタンが押せずに失敗してしまう。

もうダメかと思ったとき、ある考えにたどり着いた。

その考えのおかげで俺は、顔を上げたまま腕立て伏せの続きをすることができた。

そう、驚くほど簡単に。

俺は、目標達成することができたのだった。


俺を救ったその考えとは、『目を瞑る』ことだった。

視界に入るのなら、目を閉じればいい。

単純にして明快。

だが、結果としてこの考えこそが俺を最終試験に導く決め手となったのだった。


―――


「なんとか次まで進められたじゃない。

良かったわね。」


グロウが珍しく誉めてきた。

何か裏があるのだろうか?と、思ったが言葉通りだった。


「アツシ、申し訳ないッス。

もし、アツシが次もクリア出来たなら、

好きなだけおっぱい揉ませてあげるから許して欲しいッス。」


エリカが申し訳なさそうにそう言ってきた。

ウララに聞かれたら怒られそうだと思ったので、それとなく注意して断った。

もちろん、この後ものすごく後悔したことは言うまでもない。


しばらく経つとまた女神像が声をかけてきた。


「ふむ。最終試験に二人も残ったか。

最後は遠投だ。チャンスは3回。

その3回で目標を達成できれば合格だ。」


と、挑発的な女神像。


「どうせ、何か条件があるんだろう?」


俺が訊ねると、少しだけ嬉しそうにして


「ほう。察しが良いな。お前にはこの的に当ててもらう。」


と、女神像が言う。

すると、空中に煙が発生し、シャドーバットが姿を表した。

その後、俺の足元に煙が発生し、円が姿を表した。


「なんだよ、これ。」


「説明してやる。まず、その円の中に入れ。」


「まぁ、だいたい察しは着くけどな。」


「サービスだ。

本来ならば指定したこのボールを使うのだが、今回はお前が持っているものならなんでもいい。

あいつに当ててみろ。」


遠投かつ的当てと言うことか。

なかなかハードそうだ。

しかも、あのシャドーバットはさっきからずっと高いところから降りてこない。


「なるほど。」


「ちなみに、的に当てる前に消滅させてしまった場合は、失格だ。」


しかもきっちり閃光弾対策までしてきたか。


まぁ、良いだろう。

俺の運の良さを試してやる。


「あの?私は?」


ウララが心配そうに声をかける。


「そうだな。お前にはあれに当てて貰おうか。」


ウララから10メートル位の位置に煙が発生し、眠っているサーベルタイガーが現れる。

おい、おい、おい。

巨大な的だし、当てるのは難しくないだろうが、あんなのに当てたら起きて襲ってくるだろうが!


「わ、わかりました。」


ところがウララは、それがわかっているのかいないのか、意を決するように握りこぶしを作った。


「一つ、確認してもいいか?」


「なんだ?」


「二人とも的に当てたら、円から出ても良いんだよな?」


「あぁ、もちろんだ。

当てるまでが競技なのでな。

当てた後は自由にしろ。」


「おい、グロウ!エリカ!聞いたか?」


「聞こえてたわよ!任せなさい!」

「もちろんッス!

アツシはコウモリに集中してていいッスからね。」


面白くなってきたじゃねーか。

俺はウララ、エリカ、グロウと頷きあった。


俺とウララは位置につく。


「二人とも、私が合図してから30秒以内に投げるのだぞ。」


準備は整った。

女神像の合図とともに、最後の競技が始まった。


はじめの2投、おそらくウララは外してくるはずだ。

俺はできる限りその間に当てておきたい。

普通の投擲アイテムだと、動いている相手に確実に命中できるのは多分10メートル位だろう。

だが、おそらくあのシャドーバットは30メートル以上離れている。

10メートル以降、1メートル離れる毎に命中率は5%程度さがっていく。

確率だけで言うと0%だ。

だが、俺は…。


「この世界に来て、投擲で外したことはないんだよ!」


道具袋から選択した手裏剣が俺の右の肩の上に現れた。

俺はコウモリに向けてターゲッティングすると、シャドーバットの方に腕を伸ばした。

すると、空気を切り裂くように、手裏剣がその場で回転を始める。


そして…。


「行け!!」


俺の合図と共に、手裏剣はコウモリめがけて飛んでいくのだった。

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