014話 しれん

気持ちのよい微睡みのなか、誰かが俺を呼んでいる。

時おり、ゆさゆさと揺り動かされる。

それが揺りかごみたいでなんとも心地よい。

柔らかくて小さな手が、ふわっと俺に触れてくる。

何だか良い匂いもする。

小さく可愛らしい声。

少しゆったりとした口調の、この人物を俺は知っている気がする。

半分眠ったまま、脳内のデータベースから検索して…。


「ア………さん」


…なんか聞き覚えのある声だ。


「ア……ワさん、大丈夫ですか?

起きられますか?」


俺はハッとして慌てて飛び起きるのだった。


目を開けると、驚いたような顔をしたウララが尻餅をついていた。


「び、びっくりしました。

気持ち良さそうに寝てらっしゃったので、起こすのは少し申し訳なかったのですが…。

グロウさんが起こせとおっしゃられたので…。ごめんなさい。」


ウララはそう言って小さく謝ると、ペロッと舌を出した。

女性に慣れていない俺は、その顔に心臓を射ぬかれた様なショックを覚えた。


どれだけの時間がたったのかわからないが、気がついたとき俺は正座のまま手をついた状態で固まっていた。


「おーい、寝坊したくせにいつまでも呆けてんのよ。」


グロウが耳元で叫んで、ようやく我に返った。

俺はハッとして、まるでロボットの様にギクシャクした動きで立ち上がった。


「まぁ、この子もあたしの次くらいにはかわいいの認めるけどさ。」


グロウが歯を見せて笑っている。


「あ、あぁ、すまない。」


「あの、どうかしたんですか?」


ウララが心配そうに上目づかいで見上げてくる。

まさか、見とれていたなんて恥ずかしくて言えるわけがない。


「すまない、寝ぼけていた。」


これが俺にはれる精一杯の見栄だった。


エリカが何処かからか戻ってきて、


「あ、アツシも目が覚めたんスね?」


と言ってきた。


「あぁ、わりぃ、寝坊した。」


「目が覚めて良かったッス。

とりあえず周りには何もないのを確認してきたッスよ。」


そこで俺はようやく周囲を見渡すのだった。

あれ?なんか明るいな。

ついさっきまで、地下の線路の上だったのに、ここは地上のようだった。

足元には芝生があり、少し小高くなったところにさっき触れたのと良く似た女神像のようなものが建っている。

それ以外は、ただただ芝生で、他には何もない。

緑の地平線がどこまでも続いているだけだった。

日本に地平線が見えるところなんかほとんど無いので、この空間が日本ではないと言うことはおそらく間違いではないだろう。

と言うよりは、現実に存在する場所ですらないのかもしれない。

作られた空間の一種なのだろうか。

エリカは多分それを確認するために近くを探っていたのかもしれない。


俺たちはとりあえず全員でその丘の上にある女神像のところへ向うことにした。

女神像を良く見る。

暗いところでは少し恐ろしげに見えていた顔も、明るいところでは穏やかで慈愛に満ちた表情をしているように見える。

とりあえず、他に何もないことを確認するために、裏にも回ってみる。

ボタンや仕掛けなどは見当たらなかった。

ぐるっと一周回った時、突然頭の中に声が響いた。


「そろそろ話しかけてもいいか?」


その声が女神像の声だと分かるまでに、数秒の時間が必要だった。

まず、俺以外の三人を見て、それから像を見たからだ。

像の見た目は特に変わっていなかった。

良く深夜アニメでは目が半分開いたり、赤く輝いたり、唇がニタァっと歪んだりするのだが、全く、何にも、全然変化が無かった。

心の中で舌打ちをした時、俺にだけ「聞こえてるぞ」と言われた気がした。


「さて、お前たち四人が私の力を欲すると言うことだな。

一人、いや、二人おかしなのが混じっているようだが、今回は多目に見てやることとしよう。」


その時、エリカがボソッと「アツシとグロウちゃんッスね。」と言うのを俺は聞き逃さなかった。

なんで俺が先なんだよ。


「お前たちには、試練を受けてもらう。

無事に達成できれば力を授けてやろう。

ただし、失敗したときは何もやらん。

実に単純明快だろう?」


女神像は見た目と違ってやたらと勇ましい喋り方をするなぁ…と、俺は思うのだった。


「試練と言うのは、全員で一つなのか?

それともそれぞれで一つずつ試練を受けるのか?どっちだ?」


「まぁ、一つとも言えるし、バラバラにとも言うな。

なに、難易度はそれほど高くはない。

集中力さえ途切れなければな。」


女神像が最後に少し気になることを言った気がしたが、俺には良く聞き取れなかった。


「では、試練を発表する。

お前たち四人に受けてもらう試練は………」


―――


「はぁーーーーーーーーー。」


俺は大きくため息をついていた。

誰がこんなことを予想しただろうか。


女神像が試練の発表をした直後、俺たち全員を煙が覆った。

その煙が消えた時、いつの間にか俺たちはそれぞれ着替えをさせられていた。

俺は、白色の厚手のシャツに、紺色の短パン

残りの三人は、同じシャツに赤色のハーフパンツだ。


「これ、動きやすくて良いッスね。

うちの学校もこれにしてほしいくらいッス。」


まぁ、君くらいだろうね、喜んでんのは。

そう、俺たちが着ているのは、所謂体操服だったからだ。

芸が細かいことに、靴も全員お揃いの白いスニーカーに変わっていた。


そう。俺たちが受ける試練は『スポーツテスト』だった。

そんな馬鹿な…と、思ったが、そう言われたのならやるしかない。

俺は、何とか覚悟を決めた。


「そろそろ準備は良いか?

それとも準備運動でもしておくか?

お前たちの世界にはラジオ体操と言う躍りがあるのだろう?

それでもやってみるか?」


何故女神像がそんなことを知っているのか分からないが、突然そんな事を言われても笑えない。


「そんなのは良いから、さっさとはじめてくれ。」


俺が突っかかると、女神像が諭すように言う。

…言葉遣いは相変わらずだが。


「まぁ、そう急かすな。

念のために、もう一度説明させてもらうぞ。最終確認だ。

お前たちにはまず、反復横飛びを一分間実施してもらう。

その後、目標数を達成できたものだけ、腕立て伏せに挑戦してもらう。

そこでも目標を達成できた場合、遠投だ。

三種に誰か一人でもクリア出来れば、試練達成だ。

実に簡単だろう?」


簡単かどうかは分からないが、わかりやすい話ではある。

女神像は続ける。


「とある筋から仕入れた情報によると、お前たちの世界の16歳男性の反復横飛びの20秒間の平均が27回なのだそうだ。

今回は一分間なので、3倍の81回……と言いたいところだが、サービスで75回にしてやろう。

良かったな。優しい女神で。」


俺には、優しいの定義が理解できなかったが、まぁ良い。


「あの、ちなみに、今のはアイザワさんの目標値ですよね?

私たちは違いますよね?」


ウララは何故か必死だ。

もしかしたら、運動はあまり得意ではないのかもしれない。

それもそうだよな、職業もアコライトだし。


「そうだな。16歳女性の平均は20秒で24回らしいな。

では、1分間で66回と言うことにしておいてやろう。

これもサービスだ。」


とりあえず、目標値を聞いてやれない数ではない気がしてきた。

ただし、1分も速度が維持できるのかが大きな問題だ。


一人ずつ挑戦することになり、まず俺からと言うことになった。

足元に煙が発生し、三本のラインがいつの間にか引かれていた。

時間計測は、時間が止まる前と同じ間隔で女神が計測することとなった。

さらに、十秒ごとに女神が合図をする。

回数についても、両サイドの線を越えたときのみをカウントし、越えられ無かった場合はカウントしないこととなった。

これも不正を防ぐため女神が行うらしい。

途中経過として、十秒毎にアナウンスされる。

なに?その無駄に高スペック発揮させてる女神像。

もっとちゃんとしたことにその技能を使って欲しい。

恐らくエリカ以外の全員がそう思っていただろうが、あえて異論を唱えるものはもうこの場にはいなかった。


「よし、それでは始めるぞ。」


女神像の言葉が響く。

こうして俺たちの初めての試練の幕は開かれた。


俺の出だしは最高だった。

俺の感覚では、一秒間に一回半を越えるくらいのペースで線を跨いで行っていた。

女神が十秒の合図をしたとき、俺の中では16回だった。

だが、女神像のアナウンスでは14回だった。

つまり、2回線を越えることに失敗したたと言うことだ。

だが、仮にこのペースで行ったとしても、75回は楽にクリアできる。

焦ってペースを崩さないようにすることだけ気を配れば大丈夫なハズだ。


20秒目のアナウンスの時点で、は15回増えて29回になっていた。

普通ならば、この辺りから疲労で足が絡み始めることが多くなる所だった。

だが、俺たちには時間の止まった世界に来てからの特殊スキルである、疲労の自動修復がついている。

そんなことを考えていたタイミングだった。

俺はよろめいて顔から地面にダイブしてしまっていた。

激しく転んだせいで、起き上がるのに時間がかかってしまい、30秒時点のラップでは4回しか増やすことができなかった。


あと、30秒で42回。

10秒につき14回をクリア出来ればまだまだクリアは可能な数字だ。

焦らず、落ち着いてやればまだまだ取り戻せる。

40秒時点でさらに15回増やした俺は47回に数を伸ばした。

リズムが狂うとさっきのようにまた転んでしまう。

もう転ぶことは出来ない。

だが、落ち着いて普通にやればクリア自体は難しくはない。

そう自分に言い聞かせながら、50秒のラップを聞いた。


「50秒、60回。」


えっ!?

慎重になりすぎたあまり、回数が不足してしまっていた。

クリアするには16回。

ラストスパートが必要だった。

確実に線を越えることと、転ばないことに注意しながら、無心に繰り返した。

結果は…。


「アイザワ アツシ。60秒、76回。

残念ながら目標達成だ。」


俺は、試練のはじめの一つを何とかクリアした。

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