012話 すてーたす

辺りが凍りついたように、一瞬にして全員の表情が固まった。

かなりの長い時間が経ったようでもあったし、全く時間が経っていないようでもあった。

まぁ、時間自体が止まっているこの世界においては、体感以外の時間計測は不可能なのだが……。

とにかく、俺にはその十数秒間がとても長く感じた。

表情が凍ったまま、初めに口を開いたのはウララだった。


「あ…の…、エリカちゃん?私の聞き間違いだったら申し訳ないんだけど、今、なに星人って言ったの?」


表情がこわばっていてうまく笑顔になっていないウララ。

目が笑っていない。

あれは人にやられると辛いやつだ。

俺とグロウもつられるようにエリカの方を向く。


三人の視線がエリカに集まった。

それを待っていたかの様に、エリカが話し始める。


「え?聞こえなかったッスか?

だから、アツシは『おっぱい大好き星人』って言ったッスよ。」


全く動じることなく。

いや、むしろちょっと強調しながら。

まぁ、あれほど強調していたら見るなと言う方が無理だ。

今も目が離せなく……違う違う。

つまり、あのときも今回も不可抗力だったのだ。

…などと考えている場合ではなかったことを思い出した。

俺は慌てて、話しに割り込むのだった。


「ちょっ、ちょっ、ちょっっっっっっつと待って貰えるかな?」


半分よろけながら、エリカとウララの間に躍り出た。


「どうしたッスか?」

「なんでしょう?」


ウララの視線が突き刺さる。

ストレス耐性とかが欲しい。

EOにはそんなスキル無いけど。


「いや、誤解を解いておこうと思ってさ。

要は自己弁護な訳なんだけどさ…。」


この際、カッコがつかないのは仕方ない。

俺は続ける。


「まぁ、確かにエリカの胸を見たことは認めるよ。」

「そうッス。アツシは私のおっぱいに興味津々だったッス。」


「でも、あくまであれは不可抗力だったんだ。

そのちょっと前に、胸を押し付けられたことがあって…。

抗えなかったんだ。」

「つまり、押し付けられたら誰の胸でもガン見しちゃうってことなんスね!」


「だから、わざとじゃないんだ。」

「だから、ガン見してたんスね!」


何故だろう?話せば話すほど、ウララの視線が険しくなっていく。

あと、なんか途中の合いの手がおかしかった気もする。

だが、俺は間違ったことは言っていない。多分。

そしてまた、辺りを静けさが覆う。


グロウは退屈しのぎに側を飛んでいたシャドーバットに攻撃をし始めている。

完全にシャドーバットをおちょくった戦い方をしている。

初めの頃、キラーベアーにキャーキャー言っていたやつとは思えないような凄まじい戦い方だ。

あいつ、いつの間にあんなに強くなったんだ?。

だが、今はそれどころじゃない。

俺は、今、完全に追い込まれている。

緊張のあまりに飲み込んだ唾の音が耳の奥で響く。

ウララは険しい目をしたまま、話し始めた。


「アイザワさんが不可抗力だとおっしゃる理由はわかりました。

アイザワさんが理由なく胸を凝視するようには見えないので、何か理由があったのでしょう。

それにエリカちゃんの事だから…アレを自慢したかったんだと思います。」


そう言って、ウララはエリカの方を向く。

あれ?…あぁ、あれね。

うん、あ、あれ???

何かが、予想から外れた展開になっている。

しかも、アレと言う明らかに刺のある言葉を使って。

てっきり、「不潔です」とか言われながらひっぱたかれると思っていたのに、なんか思ってたのと違う。

不安になりながら、俺もウララにつられてエリカの方に視線を向けた。


「え?なんッスか?どうして私を見てるんスか?」


その視線の先には二人から見られてたじろいでいるエリカの姿があった。

俺は…内心ホッとしていた。


―――


「で?結局どうなったわけ?」


一人でシャドーバットを倒して悠々と帰ってきたグロウが、俺に訊ねてきた。


「あぁ、見ての通り絞られているところだよ。」


俺とグロウの視線の先には正座させられているエリカと、エリカに説教をしているウララの姿が映っている。


「ふーん。じゃあ、それが終わったら呼んで。」


そう言ってまたグロウは飛んでいく。

相変わらず、自由なやつだ。

それと、空気も読まない。

でも、気のせいかもしれないがなんかあいつだけ強くなっていっている気がする。

俺は少しも変わらないのに…。

そんなことを考えながら、俺は遠巻きに二人とグロウの様子を眺めていた。


―――


時計がないからなんとも言えないが、まぁまぁの時間が経った。

相変わらず、ウララの説教は続いている。

漏れ聞こえていた話だと、どうやらエリカは以前にも同じようなことをやったことがあったらしい。

まぁ、だけど、悪意がないんだよな。エリカって。

悪意がない分、余計に怖いんだが…。

恐らくウララはそれを分かっていて諭そうとしているのだろうが、気分の高まりで一切の記憶を消せるプレイヤースキルを有するエリカにはウララの有難い話も右から左になっているらしい。

その証拠に、エリカの瞼はほとんど閉じかかっている。


そろそろ助け船でも出すか。

よくよく考えると俺自身は全く悪い思いしていないしな。

むしろもっと………こほん。

えーっと…何でもない。


「ウエノさん、ちょっと良いかな?」


俺は、ウララに声をかけた。


「あ、はい。何ですか?」


振り向いたウララは、初めに見たときと同じゆるふわガーリーガールに戻っていた。

多分、説教をしている間においてけぼりにされたストレスも一緒に発散されたのだろう。


「お取り込み中申し訳ないんだけどさ、そろそろ出発してもいいかな?」


今なら言えるかもと思った俺は、出発の提案をしてみた。


「あ、ごめんなさい。そうですよね。」


ウララは意外にもあっさりと了承した。

その視界の端で正座を崩しながら、「助かった」とでも言いたげな表情をするエリカを俺は見逃さなかった。


「そう言えば、グロウがいないな…」


二人の話が終わったら声をかけるように言われていた俺は、近くにいるはずのグロウを探した。


「あ、あそこにいるみたいですね。」


ウララが、暗闇の先の方を指差した。

俺の目には全く見えない。

…と言うことは、やっぱりウララもスマホの要らないタイプと言うことなのだろう。

もしかしてと思い、俺は試しにアプリでその方向にカメラを向けてみた。

すると…。


「見えた…。」


確かに、ちょっと前にエリカが言っていたような感じに、アプリでもグロウの名前が表示されるのを確認することができた。

それと同時に、これがスマホなしで見えるって凄い便利だな…と思うのだった。


かなり離れた位置からグロウを見たときには、名前しか表示されていなかったのだが近づくにつれて、色々と表示が増えていった。

まず確認できたのは職業アイコンらしいもの。

『?』となっている。

まぁ、あいつの場合それ以前の問題だ。

EOにあんな種族いないしな。

後でエリカやウララに確認すると、どうやら俺も同じ様に『?』のアイコンが表示されているらしい。

まぁ、チュートリアル受けてないしな。

次にレベル。

グロウの隣には58と表示されていた。

なんか、グロウって意外と高いんだな。

俺は漠然とそう思った。

ちなみに、エリカが以前言っていたステータスについてはチュートリアルを受けていないせいか、どうやらまだキャップされたままらしく、表示自体が出来なかった。


「おい、探したぞ。

お前、こんなところで何してんだよ。」


俺はグロウに言う。


「なんか聞こえた気がしたのよ。

この辺りから。

でも、わかんなくなっちゃって…。」


しばらくやらなくなっていたあれがまた聞こえたとでも言うのだろうか?


「で、見つからなかったってことなのか?」


「うん。そう。」


グロウが落ち込んだような態度をとる。

すると、後ろから見ていたウララがおずおずと…


「あの、違ってたら申し訳ないんですけど、この先に道が二股に別れてるところがあって、その突き当たりに明らかにこの世界のものじゃない女神像があるんですけど、もしかしたら…」


と、言い出した。

俺とグロウは顔を合わせてうなずきあうと、


「行ってみようぜ!」

「多分、そこだわ!」


と、言うのだった。

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