011話 ふりーず
飛び回ることに飽きたらしいピンクの発光虫が戻ってきてエリカの頭の上に着地する。
「あれ?どうしたの?一人いないじゃない。」
俺は額に手をあててため息をつく。
「お前が踏みつけてるからだろ。」
「あら、本当だ。」
と、グロウは白々しい。
だいたい、アイツが着地なんかしている姿をほとんど見たことがないので、わかっててやっていることは明白だ。
「ところでさ、この子どうしてこんな風になってるの?」
グロウは下を指差しながら言う。
グロウなりの心配と言うことにしておこう。
「あぁ、この世界に来た奴がEOってアプリをインストールしたやつだって今ごろ気がついたからだってさ。」
「ふーん。あんたがその機械に入れてたやつのこと?」
「まぁ、そうだな。」
グロウは相変わらず、スマホを機械扱いする。
時間が止まってからは、電池消費も気にしなくて良いから便利な機械であることは間違いないが…。
「わ、あわわわわわわ。」
突然エリカが立ち上がったことで、バランスを崩したグロウが変な声話出す。
「エリカ、復活しましたッス!」
こう言うタイプは、立ち直りが早い。
メンタルトレーニングの賜物なのか、もともとそう生き物なのか、あえて言及するのはやめておく。
「よし、じゃあそろそろ行こうか。」
俺も、何事もなかったかのように指示をする。
俺よりも前からこの世界にいると思われるエリカに『後輩』の俺が指示を出すのも変な話なんだけどな。
まぁ、いいか。
「ターミナル駅ってあとどれくらいなのよ。」
グロウが退屈そうな声でエリカに聞く。
「もうすぐだよ。」
エリカは、優しい声を出して返す。
相変わらずグロウには口調が違うときがある。
「それ、お前の【高速移動】基準じゃ無いだろうな。」
俺は横から口を挟む。
「あ…。」
沈黙するエリカ。
しまった…と言う顔をしている。
やっぱりそうだったか…。
自分が出来ることが皆も普通に出来るとは思わないで欲しい。
『当たり前』や『常識』は共有しようと言う意思がなければ共有できないのだ。
その時だった。
向かいから、人影のようなものが近づいてくるのが見えた。
シルエットが見え始めたと言うことは、3~40メートルくらい先だろうか。
杖のようなものを持って、体を引き釣りながら歩いている。
…ように見える。
あと、なんかちょっとえぐえぐ言っている気がする。
服も少しぼろぼろだ。
きっとモンスターに襲われたのだろう。
「あれは、な……んだ?」
近くにいたエリカに聞こうと思って喋りかけたが、エリカの姿はそこに無かった。
また、【高速移動】か…。
俺とグロウがその人影に近づいた時、エリカはちょうど人影だったやつに謝っている最中だった。
「だから、ごめんね?全然、忘れてた訳じゃないんだよ?」
俺は、ピーンと来た。
いや、俺だけじゃないか。
その証拠に、横にいるグロウの顔を見たが、グロウもジト目になっている。
泣き崩れてボロボロになった人影はずっと「エリカちゃんのばかー」と言って泣いている。
よほど辛い思いをしたのだろう。
これは、アイツが悪い。俺とグロウは一歩引いたところで観察を続けることにした。
「ごめんね、本当に、ごめん、ウララちゃん。」
エリカの膝に泣きついているズタボロの少女の背中をさすりながら言うエリカ。
少し落ち着いてきたのか、「エリカちゃんのばかー」は止まっている。
今はしゃっくりのようにヒクヒク言っている。
泣きついている上にトンネルで暗くて良く分からないが、栗色の猫っ毛をしている。長さは肩にかかるくらい…いや、もう少し長いか。
透け感のある七分くらいの袖の白いレースっぽいワンピースを着ている。
面白いことに、さっきまでボロボロだった服が、修復されていっている。
エリカがバグスに瞬殺されたと言っていた事があったが、今も生きている(ように見える)のは、この世界の修復力に依るものなのかもしれない。
さっきまで泣いていたスポーツ少女が、今度は文学少女を慰めている。
笑える光景だ。
さっきのエリカの様子をこの文学少女にも見せてやりたいくらいだ。
エリカはそこでようやく俺たちの存在に気がついたようだった。
「あ、アツシ…と、グロウちゃん。
急にダッシュしてごめんなさいッス。
この子はウララちゃんと言って、中華街で合流して途中まで一緒にアツシを探しに来てたんスけど……気づいたら居なくなってて………と言うか、その、忘れてて……。」
その言葉にピクッとなる猫っ毛の少女。
俺とグロウは、「あー、やっぱり」と、目を見合わせる。
「ひどい!忘れてた訳じゃないって、さっき言ったのに!」
猫っ毛少女は頭をバッと持ち上げると、涙で目を真っ赤にしたまま、そう言った。
本気で怒ってるらしく良く見ると少しだけプルプルしている。
「ウララちゃん、ごめんなさい。」
エリカはそのウララと言う少女と頭がぶつかりそうになりながら頭を下げた。
しばらくの沈黙のあと、栗色の髪のウララが口を開いた。
「もう、わかったわよ。
どうせ多分そんなことだろうと思ってたから。
それで、あの人が?」
途中で視線を一瞬俺に向けたあと、エリカに視線を戻しながらそういう。
エリカは頷く。
それを見て、ウララと呼ばれた少女はゆっくりと立ち上がる。後ろ向きのまま服についた埃をはたき着衣を整えると、振り向いて深々と俺とグロウに向けて頭を下げるのだった。
「お恥ずかしいところをお見せしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
私は
エリカちゃんとは時間が止まってから、この先のセーフティエリアで知り合いました。
職業はアコライトをしています。」
エリカの時とはうってかわって丁寧な挨拶をするウララに、俺は少し戸惑ってしまった。
俺も自己紹介を返そうとしたのに言葉がでてこない。
俺とそんなに変わらない年に見えるのに、見た目よりも年上なのかも知れない。
そうこうしているうちに、
「ウララちゃんはッスねー、私と同じで高校一年生なんスよー。」
エリカがウララの後ろから顔をのぞかせて補足説明をした。
………見た目通りの年齢だった。
と、とりあえず、俺とは育ちが違う。
いや、生きてきた世界か?
「ところで、まだ聞いたこと無かったッスけど、アツシいくつなんスか?
自宅警備何年目ッスか?」
エリカは続けて質問…と同時に爆弾をぶっ込む。
「なんだよ、普通に学校行ってるよ。
お前らと一緒で今年から高校生だよ!」
俺は誤解を解こうと、食いぎみに訂正する。
「あぁ、……そうッスか。」
ちょっとガッカリした風なエリカが声のトーンを落として返す。
「そうだよ!!なんでちょっとガッカリしてんだよ。」
俺は語気を強めながら前のめりに突っ込む。
それを楽しそうに眺めるグロウと、おどおどしながら聞いているウララ。
「いやー、もし学校行ってなかったら傷付けちゃうかと思って学年聞けなかったッスよ。」
全力の笑顔でエリカが続ける。
エリカの場合、冗談じゃなくて本気でそう思ってそうだから怖い。
「いや、本当に自宅警備してたら、普通にその方がエグいだろ!」
そういう意味で、エリカの発言はいつも危うい。
「あ、あの…」
申し訳なさそうに、白ワンピースのウララが割って入る。
「ん?ウララちゃん、なんスか?」
恐らく今回もウララの存在を忘れていたであろうエリカが取り繕うように訊ねる。
「あ、あの、私にも紹介してもらっても……良いかな?」
恥ずかしそうに耳を真っ赤にしながら、ウララがエリカに言う。
人見知りで、知らない人とは話さないと言うわけではなさそうだ。
「あ、すまな……」
「あ、そうだったッスね。」
俺が良いかけた時、それに被せるように、エリカが言った。
……とんでもないことを。
そう、さっきとは比べものにならないほどの強力な爆弾が落とされたのだ。
「この人はアイザワ アツシと言って、職業不詳のおっぱい大好き星人ッスよ!」
その時、時が止まったこの世界の時間が更に止まったのだった。
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