008話 こうそくいどう

「ところで、アイザワさん達の目的地もこの先のターミナル駅なんスよね?

私もご一緒しても良いッスか?」


「良いけど、エリカ……さんは、何処かに向かうところだったんじゃ無いのか?」


「向かうところだったッスよ。

でも、ターゲットがあっさり見つかったんで帰ることにしたッスよ。」


それを俺たちに言っても良いのか…と思ったが、隠しているわけでもないらしい。


「それって、俺達の事だよな?」


「そうッス。私のおっぱいで瞬殺だったッス。」


冗談なのか本気なのか、自慢げにエリカは胸を張っている。

見て欲しいようなので、遠慮なく凝視……あ、違う。

本能に持っていかれそうになったが、そうじゃない。

そもそも今回もそうだし、さっきのだって先に押し当てて来たのがエリカだと言うことを当の本人が忘れているらしい。

とりあえず、このままだとずっと胸張って、目のやり場に困りそうだったので話題を変える。


「ま、まぁ、それは置いといてさ、さっき『シャバの空気は』とかなんとか言ってたけど、何があったんだ?」


この手のタイプは勢いだけで生きている。

だから、話はこちらが誘導しなければ脱線し続ける。


「いや、ちょっと中華街の方に行く用があっただけッス。

真っ暗な中じゃ走れなくて移動に時間かかるし、太陽が恋しかったんでノリだったッスよ。

あれ?もしかして、アイザワさん、ノリ悪い人種ッスか?」


エリカは自分の言った言葉で俺に対し怪訝な顔をする。

どうやらエリカはノリの良さが友情のバロメーターらしい。

それに、そもそも俺は一言もノリが悪いとは言ってない。

つまり、言いがかりだ。

疑われたままなのも気分が悪いので、話を合わせることにした。


「いや、そんなこと無いぞ?俺もノリノリの人種だぞ?

そうだろ?エリカ!」


そして、ハイタッチ。


「アイザワさん、超ノリ良いッスね!エリカ、見直したッス。」


エリカが、歯を見せて笑う。

コマーシャルに出てきそうな爽やかさだ。

淀みまくった俺とは間違いなく違う人種だが、今は話を合わせておいて正解だったらしい。

取り敢えず、関門は突破出来たようだ。

それと、これはすごくどうでも良い事なのだが、エリカはどうやら興奮すると一人称が自分の名前になるらしい。

普段は気を付けて矯正しているのかもしれない。


「エリカ、アイザワさんとかノリ悪いな、お前もアツシって呼べよ。」


「分かったッス。エリカ、超ノリ良いんで、アツシって呼ぶッス。」


そう言って、エリカは敬礼する。

なぜ敬礼なのか分からなかったが、俺も合わせて敬礼する。

何?これ。自分でやってて全く意味がわからない…。

俺はこの後、この勢いだけの名前応酬や奇声だけの会話と呼べるかどうかも怪しい会話を延々と続け、何とかエリカと仲良くなることに成功した。

その後も、感情の高まったエリカが突然ダッシュで何処かに走り去るまで、エリカの相手をし続けた。

走り去った瞬間、俺がその場に膝と手をついて倒れ込んだのは言うまでもない。


―――


「あんた、何やってんの?」


俺が数十秒も、その体勢のまま全く動かなかったのに痺れを切らしたのか、冷めた目のグロウが話しかけてきた。


「いや、体力回復を…と、思って。」


俺はその体勢のまま答える。


「もう、何十秒も経ってるけど?」


追い討ちをかけてくるグロウ。

優しさが足りない。

もっと優しくしてほしい。

俺は生まれたての仔鹿の様に…と言うよりはゾンビか貞子の様にゆらーっと立ち上がった。

そのリアクションを完全に無視して、何もなかったようにグロウは話始めた。


「さっきさ、あの子に名前呼ばれたけど、あんたあたしの名前言ってたっけ?」


少しは相手にして欲しい…と、思ったが怒られそうなので止めた。

だが、それについては俺も少し気になっていた。

話したような気もするし、話していない様な気もする。

俺はそんな感じっぽい事をグロウに答える。


「そう。でも、さっき話しかけられたときは全く知らない気がしてたんだけど、今考えると本当はちょっと知ってるような気がするのよね。

あり得ないことなんだけどさ。」


グロウは考え込んでいる。


「もしかしたらさ、お前のいた世界で会ったことがあるのかもしれないよな。

本人じゃなくても、そっくりなヤツとかさ。」


俺は励ますようにそう言った。


「そっか。そうなのかもね。

こっちに来るときに無くした記憶とかありそうだもんね。」


グロウは何故か少し嬉しそうな顔をする。

いや、普通記憶がないとか言ったら不安になると思うのだが…と言う言葉を飲み込んで、


「いつか取り戻せるかもしれないしな。」


と言っておいた。

何故か嬉しそうに笑いながら


「うん。」


と、初めて聞くような声でそう言った。

その声が何故か耳に残った。


―――


どこまで走って来たのか分からないが、暫くするとエリカが帰って来た。


「落ち着いたか?」


俺が訊ねると、「そうッスね」と息を切らしながらエリカが答えた。

あれ?何か変だ。


「何でまだ息切らしてんだ?」


10秒以上経つのに、全然呼吸がととのわない。


「調子にのって走りすぎたッス。20キロ位往復してきたんで。」


え?はっ?20キロ?2キロじゃなく?20キロと言ったらほぼハーフマラソンだ。

それが往復だったら、ほぼフルマラソンだ。

聞き間違いじゃなければ、そんなに早くは帰って来られない。

仮に2キロだったとしても、普通の女子が走って往復するのに十数分かかるハズだ。

この時間が止まった世界にはストップウォッチが存在しないので体感になるが、戻ってくるまで5分くらいしかかかっていなかったと思われる。

いくら疲れないからと言っても無茶苦茶だ。


「一応確認しとくけど、2キロの間違いじゃ無いんだよな?」


「勿論ッス。往復だから約40キロッスよ!」


エリカが胸を張る。どうやら本当のようだ。


「どうやったらそんなに早く移動出来るんだ?」


ポータルなどは使っていないように見えたので、本当に走ったのだろう。


「んーと、高速移動ってスキルッスね!

盗賊系なら誰でも覚えられるッスよ。

あー、でも、アツシには無理ッスね。盗賊じゃないみたいッスから。」


んー、ちょっと何を言ってるか分からない。

確かにEOの盗賊職には、高速移動と言うスキルはある。

だが精々フィールドの移動速度が少し上がる程度だ。

しかも、スキルのランクが上がるようなものではないため、一律速度アップしかしない。

96km/hで走れるようになるようなスキルでは決してなかった筈だ。

それと、もう一つ。

エリカは俺を見ただけで、盗賊職ではないと言い切った。

俺にはエリカが盗賊職だと言うこともわからないし、そもそも自分が何なのかも分からない。

あれ?もしかして、職業もスキルもあるの?

もしかして、レベルアップとかステータスもあるの?

それってどうやったらできるの?

普通は見えるものなの?

あ、俺って非戦闘職なの?

それとも意思をもったNPCなの?

聞きたいことは一杯あるが、混乱してしまって全く言葉が出てこない。

そんな俺を見てエリカは続ける。


「アツシ、アツシが今何を考えているのか完全に言い当てることは出来ないッスけど、取り敢えず安心して良いッス。

初めは皆そうだったッス。

普通はあっさりと初めのモンスターにやられて、チュートリアルが始まるんスけど、死ななかったせいで、それがぶっ飛ばされちゃったんスね。

一度も死なずにここまでたどり着いた人、初めて見たッスよ。まったく、どんな凄腕プレイヤーなんスか。」


どうやら誉められていたらしい。


「だけど、一つだけ忠告ッス。」


エリカがまっすぐ俺の方を向く。


「これから起こることは、きっと良いことばかりじゃないッス。

それだけは今のうちから覚悟しておいた方が良いッス。」


俺は、何となく胸の奥がザワついた。

一つ、思い浮かんだ事があったからだ。

だが、言葉にするのが怖いとも思った。

出来れば、この勘が当たらなければ良いのに…そう思うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る