007話 そうぐう
グロウが指した方角には、県内最大のターミナル駅があった。
そこか、その先かは分からないが、とにかくそこへ向かおうと俺は決めた。
グロウは頭を抱えるようにしながらだが、次の目的地を指示するようになっていた。
それ以外は今までと同じに見えるが、何か変わった様に見える。
『空の回廊』の攻略を始めたときあたりから、何かが変だ。
だが、気にしてばかりもいられない。
俺はそのターミナル駅に向かって線路を進むことにした。
しばらく高架の上を進んでいた線路が徐々に地下へ潜っていく。
その切り替わりの位置で、電車がオブジェクト化していた。
中には人がたくさん乗っていた。
勿論、全員オブジェクト化している。
地下へと繋がる入り口のため、当たり前だがこの先はトンネルになっている。
EOにも地下道のようなダンジョンはあるが、ダンジョン内が真っ暗であると言う設定が無いため、アイテムで光を発することができるのは、閃光弾か、照明弾くらいしかない。
作業員用に所々照明が点いてはいるが、モンスターが出現し得る状態のまま、明かり無しで突撃するのは躊躇してしまう。
どうやって進もうか考えている時、俺は大事なものを忘れていたことを思い出した。
―――スマホの存在だ。
俺はイノリのスマホではなく、使い慣れた自分のスマホを取り出して、
当たり前と言われれば当たり前だが、スマホ背面のカメラのフラッシュにも使われるライトが点灯する。
EOのアイテムの事ばかり考えていたせいで、スマホの事はアプリ起動用の機械と思っていたが、スマホ自体が使えなくなったわけではない。
勿論使えない機能もあるのだろうが…。
そう意味での調査も、そのうちやってみる必要があるだろう。
トンネルにはシャドーマンやシャドーバットがやたらと生息しており、他の場所よりもエンカウント率が高い気がしていた。
シャドーバットは普通に戦うと強敵だが、強い光に弱いため閃光弾一発で倒せる。
知っていれば、ボーナスモンスターだ。
シャドーマンも、
勿論、それもちょっとだけはあるが…飽くまでちょっとだけだ。
何しろ俺には『金なら腐るほどある』のだ。
バッドステータスの火傷に出来ることも稀にあったし、シャドーマンが複数で現れたときは、やたらと飛び火するのでそう言う意味でも効率がよかった。
ただ、シャドーマンが現れる度に嬉々として
トンネルを進み初めて一時間程たった頃、突然明かりに照らされた場所が現れた。
駅だ。
もう一駅進めば、目的のターミナル駅につく。
このまま進んでも良かったが、初めての場所だったので、少し探索してみることにした。
降りた時と同じように梯子の近くにあるホームドアが一つだけ黄緑色に輝いている。
近づくとさっきと同じように自動的に扉が開く。
電気も止まっているはずなのに、どんな理屈で動いているのだろうか。
そう考えるとスマホもそうなのだが…。
そう言えば、もう何日も経つのに電池が全く減ってないことに気がついた。
ホームから、地上へと向かう。
しばらく暗い場所にいたので、慣れるまでは少しだけ目が痛かった。
残念ながら、エスカレーターやエレベーターは活性化していなかったので、全て徒歩だ。
エスカレーターを階段のように登りながら、時間が止まっているこの状況を改めて認識する。
相変わらずエンカウントするのは、サーベルタイガーやキラーベアー、バグスばかりで、新しいモンスターは出て来ない。
地図も確認してみたが、新しいダンジョンや宝箱は表示されていなかった。
最寄り駅から辿ってきた線路もダンジョンとはなっていなかった。
この世界では、扉と言う境目が無いところはフィールドと言う扱いなのかもしれない。
特に目新しいものを見つけられないまま、もとの線路に戻ろうと駅の出入口に入ろうとした時だった。
「しっ!待って!何か聞こえる!何か来るわ!」
珍しく、グロウが警戒するように指示してきた。
最近はこちらから話しかけなければ何も答えなくなっていたので、変だなとは思ったが、俺は素直にその声に従った。
駅の出入口となる建造物のちょうど真横に俺たちは身を潜めた。
暫くすると、グロウの言うように階段を登ってくるような足音が響いて来た。
シャドーマンのような軽い足音ではない。
もっと大きな何かが登ってくるような足音だ。
緊張のあまり、溢れてくる唾を飲み込む。
その音が耳の奥に響く。
俺は、自分が手に汗をかいていることにこの時初めて気がついた。
足音がゆっくり近づいてくる。
そして……。
「んー、やっぱ久しぶりのシャバの空気はうまいッスねー。」
伸びをするような声の後、気が抜けるほど明るい若い女の声が響いた。
―――
俺は………混乱していた。
バットステータスと言う意味ではない。
まさか、俺とグロウ以外に動ける人間がいるとは思っていなかったからだ。
動けるのは、俺たち以外にはモンスターしか居ないと思い込んでいた。
しかし、そうではなかった。
飛び出してとり押さえるか、このまま様子を伺うか、それとも離脱するべきか。
俺は迷ったあげく、俺は様子を伺うことにした。
チャンスがあれば接触して話が聞いてみたいと思ったからだ。
女は準備運動の様なことを少ししたあと、
「よし。」
と呟いた。
そして、一瞬にして溶けるように姿を消した。
俺は慌てて女がいた場所に駆け寄ろうとした。
だが、次の瞬間、その必要が無いことに気づく。
俺の真後ろからさっきの女の声がしたからだ。
「一応、言っておくッスよ。
無駄な抵抗はしない方が良いと思うッス。」
女はそう言うと、俺の背中に何かを押し付けてきた。
鋭く尖った………。
ん?
あれ?何だ?
押し付けられたのは俺の想像したものとは何か違っていた。
尖っていないどころか、むしろ柔らかくて……。
あ、えっと、あれだ。
と、とにかく、俺の持っていない大きなあれを押し付けられていた。
だが、それに気を取られている隙に、首元にキラリと光るものがあてがわれていた。
なるほど、こっちが本命だったか。
美味しい思いだけをさせてくれる気は無いらしい。
俺は両手を挙げた。
女はその状態のまま、俺の耳元で囁く。
「そのままゆっくりとこっちを向くッス。」
どうせならもっと違う言葉を囁いて欲しいな…と思いながら、俺は女に促されるまま、指示に従った。
―――
俺はグロウと出会ってからのことを洗いざらい喋っていた。
女は「うんうん」と頷きながら俺の話を聞いている。
時折「分かるッス」とか、「そうッスよね」とか、独特な口調で相づちを打ってはいるものの、至って真剣に話を聞いてくれているようだった。
だからだろう。
ちゃんと話してみようと、思っていた。
話終えると、女は
「なるほどッスね。よく分かったッス。
そう言った。
私たちもと言うことは、この女以外の人間もいると言うことだ。
それから、グロウの方を向いて
「ね、グロウちゃん?」
と、ニコッと微笑んだ。
女はグロウを知っている風に微笑んだのだが、当のグロウはキョトンとしたままだった。
女は少しだけ寂しそうな顔をしたあと、俺の方に向き直って、
「私の名前は
よろしくお願いするッス。」
と、手を差し出してきた。
少し明るめの髪色のショートカット、タンクトップのようなインナーの上から薄手のパーカーを羽織り、ショートパンツからのぞく足は少し日焼けしていて、いかにも運動部です…と言った風貌だった。
俺の視線が一瞬だけ差し出された手じゃないところに向いたのは、あんなものを押し付けられた直後だからだ。
いたいけな青少年の心は惑わされやすいのだ。仕方がない。
俺は差し出された手を握ると、
「俺の名前は
こちらこそ、よろしく頼む。」
と返した。
その後、エリカと名乗った女は、視線を合わせてこう続けた。
「アイザワさんッスね、よろしくッス。
私の事はエリカで良いッス。
あ、あと、さっきからアイザワさんがチラチラ見ているおっぱいはEカップッス。
まだまだ成長中ッス。」
…と。
俺は、色々な意味で眩暈がした。
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