004話 きかん
5月、新緑の季節――
木々は若葉に萌える。
俺は、玄関から出ると、伸びをしながら空を見上げた。
太陽から降り注ぐ光に木々の若葉は淡い
空は一面に晴れ渡っていて、突き抜けるように
大量の白い絵の具に数滴だけ青を落としたような、
隣のアパートの隙間から見える空にかかる雲だけが、わずかにグレーがかって見えた。
いつの間にか隣にいたグロウが、目を閉じて耳に手をあてていた。
俺も目を閉じて耳をすましてみる。
だが、どれだけ耳をすましても、
公園で笑いあう子供達の声も、
電車が線路を走り抜ける音も、
鳥達のさえずりも、
風が木々を揺らす音も、
何も聞こえない。
目を開けるとグロウが俺の顔ををまじまじと見つめていた。
しばらく見たあと、
「どうしたの?急に黙って。なんか拾い食いでもした?」
と、聞いてきた。
心配そうな顔をしている様にも見える。
「ばーか、お前じゃねぇよ。」
と、俺は顔を背ける。
「むー、あたしは拾い食いくらいじゃお腹壊さないわよ!」
そう言いながら、グロウは回り込んであっかんべーをしてくる。
「胃袋が強いやつは羨ましいな。っ言うか、怒るところそこかよ。」
俺は笑ってツッコむ。
「ほら、やっぱり拾い食いしてるじゃない。」
グロウも嬉しそうに答える。
「そうだな。」
そう言って、二人で笑いあった。
その時、俺は庭の端に置いてある収納ボックスのスクロール扉が黄緑色に光っていることに気がついた。
「なぁ、グロウ。あれ、何だ?」
「何か、光ってるわね。」
「…だよな。」
俺達は、恐る恐るその工具用収納ボックスに近づいた。
すると、何もしていないのにスクロール式の扉が自動的に開いた。
間仕切りで、5段に別れている収納ボックスの二段目に見たことがない何かがあるのが見えた。
しゃがみこんで中を覗くと、アクリルっぽい質感の透明な立方体がポツンと転がっている。
手に取ると、ちょうど俺の拳くらいの大きさだった。
立ち上がって、光にかざしてみる。
うっすらと青い光を放っているようにも見えるし、中に青白い炎が閉じ込められている様にも見えた。
「なんだ、これ。」
冷たくもなく、暖かくもない。
今まで家でこんなものを見たことがないので、この世界のモノではないのだろうと、直感的にそう思った。
しばらく触って遊んでいると、俺の肩越しに覗き込んで来たグロウがあっさり答えを口にした。
「あら、珍しいマテリアルじゃない。
実物を見るのは初めてだけど、間違いないわね。」
俺はマテリアルと聞いて声を荒げた。
何故なら、俺がイノリを犠牲にしてまで手に入れたかったアイテムだったからだ。
「マテリアルって、こんな感じだったのか。」
と呟いた。
もしかしたら、本当にイノリをお友だちとして紹介したことで現れたのかもしれない。
「えっ!?あんた、知ってるの?」
「あぁ、知ってるって言うか、名前だけな。
どんなアイテムなのかは知らないけどさ。」
「そうなんだ。ま、私も知らないけど。」
「知らねーのかよ。
何だよ、使えない羽虫だな!。」
「うるさい!あたしを愚弄するな!」
グロウは半分以上本気で怒った。
仕方がないから、その話は終わりにすることにした。
お陰で、マテリアルの効果は分からないままだった。
使い方が分かるまでは大事に取っておくしか無いのだろう。
マテリアルを取り出し終えた収納ボックスは、いつの間にか、すっかりオブジェクト化していた。
「開き終った宝箱みたいなもんか。」
俺は誰に言うでもなく、そう呟くと、家の外に向かった。
ようやく、RPGで言うところの『フィールド』に降り立ったのだった。
―――
フィールドには、危険がいっぱいだった。
だいたい15~30分(体感)に一回、キラーベアーかバグスの群れに遭遇したし、1~2時間(体感)に一回は、さらに強敵のサーベルタイガーに遭遇した。
サーベルタイガーと言えば通常、今から約3400万年前から2300万年前の間に地球上に実在した
サーベルタイガーの撃破可能レベルはだいたい65前後と言われており、キラーベアーよりも当然強かった。
しかも、動きも速いし、脚も速い。
通常、戦士系の上級職のナイトやさらに上位職のパラディン辺りにタンク役を引き受けてもらい、残りの全員で横から攻撃して倒すと言うのがオーソドックスな狩り方だった。
が、当たり前だが、ここにパラディンはいない。
初めて遭遇したときは、全く勝てる気がせずに、逃げ回るだけだったが、何度も遭遇するうちに、何とか倒せるようになった。
と言っても、設置型地雷の海に誘い込んでからの爆弾連続投下と言う見も蓋もない方法だったが…。
そんな事を繰り返しているうちに、7~8時間(体感)くらいたった頃にはキラーベアーでは動じなくなったし、さらに20時間(体感)くらいたった頃には、サーベルタイガーにも動じなくなっていた。
慣れって怖い。
時間が止まって…と言うよりは、俺の目が覚めてからと言った方が正確だろうか…とにかく、俺がグロウに裏拳をかましてからだいたい24時間くらいが経った。
某海外ドラマなら1シーズン分終わり、無事に大団円を迎えた頃だ。
「ふう。」
グロウの足元にはもう10体目となる倒し終えたサーベルタイガーが転がっている。
その胴体からは既に煙がのぼっていた。
グロウは少し疲れて見えた。
前回も言ったが、肉体的な疲労は約10秒休めばスッキリと無くなる。
それどころか、眠気や空腹も時間が止まってからは一度も感じたことがない。
だが、焦りや不安は別だ。
時間が経てば経つほどそれはどんどんと膨らみ続け、今や俺を押し潰そうとしている。
きっと、グロウにもそういう何かがあるのかもしれない。
「そう言えば昨日道具屋で白地図って言うの買ったんけどさ、どう使うかわかるか?」
俺はそう言いながら、イノリのスマホを起動し、白地図のあった場所をタップする。
あれ?なにかが書き込まれている。
どういう理屈で動いているかわからないが、『オートマッピング』機能が実装されていた。
俺は偶然、地図と言う強い味方を手に入れ、
行けそうな場所を埋めてみる事になった。
それと、黄緑色のピンが立っている場所をタップすると、既に行ったことのあるダンジョンが表示されるらしかった。
既に立っているピンには『相沢家』と表示されていた。
もう一度タップすると、俺の家の間取りが表示された。ダンジョンのマップと言うことだろう。
俺の部屋だけ背景色が黄緑になっているところを見ると、セーフティエリアは背景色が黄緑になる仕様らしい。
地図、ヤベェ!地図、すげぇ!!
しばらく地図で遊んでいると、『相沢家』には、まだ行ったことのない場所が2ヶ所もあるらしいことに気がついた。
1ヶ所目は、親父の部屋の中にあるらしい謎の扉。もう1ヶ所は、俺の部屋の窓だ。
扉だけが扉ではないと言うのは盲点だった。
さっそく確認するために、一旦戻ることにした。
歩いて帰ろうとしていると、グロウが呼び止めた。
なにかと思って聞いてみると、ポータルを使うと俺の部屋に帰ることが出来るらしい。
厳密には、最後に立ち寄った設置型ポータルに戻るらしいのだが、それがない場合、最後に立ち寄ったセーフティエリアに行けるのだそうだ。
マジか!超便利じゃん!
早速俺は、消費型のポータルを取り出すと、現れた試着室みたいなカーテンを開けグロウと一緒に中に入った。
入った側のカーテンを閉じると、カーテンがスーっと消え、無機質な白い壁になった。
振り向くとそこは数十メートルくらいの真っ白な洞窟状の通路になっていた。
奥には、入ってきたのと同じようなカーテンがかかっている。
カーテンに向かって進む毎に後ろの壁もついてきて、トンネルはどんどんと短くなっていく。
目の前にカーテンが見えるところまで進んだときには、試着室くらいのサイズに戻っていた。
カーテンを開けるとそこは俺の部屋だった。
せっかくなので、ここに設置型のポータルを設置しておくことにした。
邪魔にならず、導線を塞がない位置に、俺達の初めてのポータルを設置した。
設置したポータルは、グロウが活性化することで初めて使えるようになるらしく、オブジェクト化した状態で出現した。
グロウが例のぐるぐるダンスをし終わると、ポータルは鮮やかな赤いカーテンに変わった。
「これって幾つまで作れるんだ?」
「さぁ、わからないけど、結構作れたはずよ。」
とりあえず、これでいつでも部屋に帰って来放題になったのだった。
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