005話 どうけ
再び俺の部屋に着いて、まずどっちを攻略するかそれを決める必要が出てきた。
親父の書斎は一階…と言うか半地下なので、二階にあるこの部屋からは一番遠い。
一旦あの部屋まで行って戻ってくるのは面倒なので、先ずは俺の部屋の窓から攻略することにした。
だが、まさか『窓』がダンジョンの入り口になっているとは想像もしていなかった。
こういう罠はこれからもきっと至るところに仕掛けてくるのだろう。
…気を付けなければ。
早速、新たなダンジョン攻略を開始する。
窓を開けると、ちょうど鳩が群れで飛んでいるところでオブジェクト化していた。
「これに乗れってことか?」
「そうなんじゃない?」
独り言のつもりで呟いた言葉にグロウが答えたので、少し驚いててしまった。
『何で驚いてるの?』みたいなジト目のグロウが冷ややかに続ける。
「この窓が『扉』ってことは、行ける道があるってことのはずだから。要は、行けってことよ。」
「でも、お前は飛んでるから関係ないけどさ、やっぱ、動物とか人間とかの上に登ったり乗ったりするのって気が引けるんだよな。」
今だけは空が飛べるグロウが羨ましい。
あ、今だけじゃないか。
空が飛べるのは普通に羨ましい。
「大丈夫!オブジェクトは世界の一部だから乗っても絶対に壊れたりしないわよ。
良くできた彫刻くらいに思ってなさい。」
そうなのかもしれない。
だが、もともと壊れるんじゃないかとか、落ちるんじゃないかとか言う心配はしたことがなかった。
まだ、それほど長い時間では無いが、家の近所や家の中を歩き回って、『オブジェクト化』と言うものを感覚的に理解していたからだろう。
もし、歩き回る前にこの扉から出ていたら、鳩の上に乗れただろうか。
「でも、都合よくこんな町中を大量の鳩が飛んでるものかね?」
俺は違う疑問を口にした。
「うーん、知らない。」
考える振りだけする言葉を並べてグロウは即答した。
絶対にあいつは考えてなかった。
「ま、良いか。」
俺は、鳩の群れで出来た坂道を登った。
都合よく…と言う言葉がぴったり当てはまるくらい都合よく、電線のところまで鳩の回廊が続いていた。
今度は電線を伝って進めと言うことなのだろう。
電線は細いがオブジェクト化していることもあり、強度が増していた。
しかも、二本とか三本走っているところは何故かその間の空間もオブジェクト化していて、歩ける様になっている。
透明な通路だ。
「良かった。俺、高所恐怖症じゃなくて。」
ガラス張りだと思えば、歩けないことはない。
俺には綱渡りのスキルはないので、今、進めるのは横に三本並んで電線が走っている北西に伸びる通路だけだ。
どこかの曲芸師に弟子入りして、綱渡りがマスター出来たら、東とか南の方にも進めるようになるのかも知れないが、そんな時は一生来ない気がする。
偶然なのか、誰かの意思なのか、行き止まりになりそうになる度に必ず1ヶ所以上は進める道が用意されていて、導かれる様にどんどんと家からかなり遠いところまで来てしまった。
「結構来たわね。あんたの家があんなに小さく見えるわよ。
まさか、このまま月まで行っちゃうんじゃない?」
グロウがふざけて笑っている。
「いや、さすがにそれは無理だろ。
でも、オブジェクト化してたら雲の上にも行けたりするかな?」
「水の上も歩けるから、水蒸気の固まりも歩けると思うわよ。」
マジか。
と言うか、たまに思うがなんでグロウはそんな事知ってるんだろう。
このまま、グロウを信じ続けても良いのだろうか。
変なところで疑心暗鬼になってしまいそうになる。
だが、行く手段さえあれば、雲の上を歩けるらしいと聞いてロマンを感じずにはいられない。
雲の上を歩くのは、子供の頃からの夢だったからな。
「この先には何があるんだろうな。」
俺はワクワクした気持ちでグロウに訊ねる。
「さぁ?ラスボスじゃない?」
グロウはまた即答する。
こいつ!
「いや、さすがにそれは無いだろう。
でも、待てよ、大抵のゲームでは序盤にメチャメチャ強い敵と戦って負けるって言うのがお約束になってるしな…。
もしかしたら、あるのか?」
少し不安になった。
俺は念のためにアプリを起動し、ダンジョンマップを確認してみた。
すると、俺の部屋の窓に新しく例の黄緑色のピンが刺さっていた。
名前を確認すると、『空の回廊』と表示されていた。
ヤバい、なんかちょっとそれっぽい。
俺は少しビビり始めた。
「やっぱ、親父の部屋から攻めるべきだったかな?」
後悔が高まっていた。
それからさらに進んで、煙で出来た階段や偶然とは思えないような水蒸気で出来た彫刻のような坂道を登り始めた頃には、本格的に、
「あ、これマジのヤツだな」
と、覚悟が出来てしまった。
むしろこれで違ったら、逆に
あんなに高く見えた雲が今にも手が届きそうな距離に近付いてきた。
俺の家は小さくなりすぎて、もうよく見ることが出来ない。
いかにもと言う感じの雲が数十メートル先に見えてきた。
おそらく、あの雲の上に目的のラスボスがいるのだろう。
俺のゲーマーとしての勘がそう言っている。
だが、あそこに渡るための道が見当たらなかった。
行き止まりと言うやつだった。
結局、まだその時では無かったと言うことだったのだろう。
ガッカリすると同時に、少しほっとしていた。
―――
『空の回廊』から俺の部屋に戻って一息ついた後、次は親父の書斎の攻略に出発した。
部屋のドアを出て、階段を下りている時だった。
タタタタタタタタタ…
前回攻略したときには見たことのない影のような人形のモンスターが廊下を走り抜けるのが見えた。
EOでも見たことがある。
シャドーマンだ。
推奨レベルは25くらいでそんなに強くないが、物理攻撃の場合、一撃で倒せなかったとき、数が増えると言う迷惑なヤツだ。
魔法攻撃なら一撃で倒せなくても数は増えないが、
ま、俺、魔法使えないから関係ないんだけど。
あ、でも
選択肢は、2つ。
所持投擲アイテムの最大攻撃力を誇る『風魔手裏剣』を使うか、または
いや、もう1つあった。
どうせ戦っても俺が強くなることはないので、無視するでも良い。
ただ、アイツに先制を取られると、高確率でアイテム盗んでくるのだ。
もちろん倒せば取り返せるが、倒せないと返ってこない。
無視して進んで、後ろをとられるリスクを残すか、こちらから仕掛けて憂いを断つか…。
ま、いいや。
アイテムは腐るほど持ってるし、キーアイテムは盗まれないから、特に問題ないだろう。
俺は無視して進むことにした。
親父の書斎には前回も入ったが、その時は特に何も見つけることができなかった。
今回もアプリの地図機能に気付かなければ、見つけられなかったかもしれない。
優秀な機能だ。
EOにも、是非欲しい。
扉は親父の机の足元にあった扉を開けると、地下に伸びる梯子がついていた。
親父の書斎には何度も入ったことがあるが、こんな梯子は多分家には無かった気がするので、この入り口を作った誰かに足されたのだろう。
『空の回廊』の次は『大地の回廊』か?…と思ったが、今回はあっさり行き止まりになった。
行き止まりには本棚があり、一冊だけやたらと分厚い本が置かれていた。
これ見よがしに黄緑色に光っている。
他は全て空っぽだ。
探していた二つ目の宝箱がまさかの我が家の地下にあるとは…。
近づくと、例の通り自動的に本が開いた。
中には俺にとっては良く見覚えのあるモノがは嵌め込まれていた。
それは木彫りの白い画面だった。
目と口はニッコリと笑っていて、覗き穴が空いている。
左目の回りには大きな黄色い星のマークが、右目の下には涙のマークがそれぞれ描かれている。
鼻の位置には、スポンジのような柔らかい素材で出来た赤くて丸い球体が付いている。
唇は厚く、真っ赤に塗られている。
そう、まさしくピエロの仮面だった。
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