003話 おぶじぇくと
と、言うことがあって、俺はこの凶悪な熊から逃げ回っているわけだ。
「何か、あんた余裕ありそうじゃない?」
「いやいや、あるわけねーから!」
俺達は、狭いようで、広……まぁまぁ狭い家を逃げ回っていた。
「あーもう!いい加減倒しなさいよ!
あたし、2話もアイツの相手してるのよ!」
…おいおい、2話ってなんだよ。
まぁ、でもさすがにこのままって訳にも行かねーよな。
俺は、金にものを言わせて買い揃えた大量のアイテムの中から、投擲用の投げクナイよりもさらに高級な手裏剣を選択した。
言いたくはないが、1つ100
キラーベアーがリビングに入ってきた瞬間を狙い、ターゲット指定する。
黒い手裏剣が空中に現れ、キラーベアーの方に飛んでいく。
手裏剣がキラーベアーの脇腹や太腿に突き刺さる。
叫び声をあげるキラーベアー。
よし、成功だ!
手裏剣をはじめとする投擲アイテムが命中するかどうかは
当たるかどうかは時の運だが、当たれば確定ダメージが通る。
だから、生身の俺でもあと数回攻撃を当てられればキラーベアーだって倒せる可能性があるってことだ!
だいたい、バグスだってレベルは15位あるはずなんだ。
キラーベアーに関しては50オーバーときている。
それでも、俺は倒さなければならない。
「まぁ、普通は倒せないようになってるんだけどな!!」
二度目の手裏剣もキラーベアーに突き刺さる。
その瞬間、キラーベアーと目があった。
ターゲットが俺に移ったのが分かった。
ヤバい!!
キラーベアーが俺が隠れているソファー目掛けて突進してきた。
ソファーがぶっ飛ぶ!
…そう思ったが、まったく、何の変化もなかった。
そう言えば、グロウの長い説明のなかで、『時間の止まった状態になったモノや人はオブジェクト化と言う』って言っていたが、そうか、つまりこれが『オブジェクト化』ってヤツか。
さっきのグロウの話では『モンスターはオブジェクト化したモノや人に干渉できない』と言っていたが、とりあえず今のでモンスターがオブジェクト化した存在を、通過したり攻撃したり出来ないことは分かった。
分かりはしたが、やっぱり怖いものは怖い。
だが、俺は動いた。
キラーベアーがソファーに衝突した反動をモロに受けてひっくり返っているうちに、俺は、身を潜めていたソファーから転がりでて、グロウに視線を送った。
それから、キラーベアーと距離を取りつつダイニングテーブルに登る。
母親に見られたら、マナーが悪いと怒られそうだが、命の危機の前にはマナーは小事だ。
起き上がったキラーベアーもバカじゃない。
今度は突進ではなく、ゆっくりと歩いて近づいてくる。
遂には、ダイニングテーブルにもよじ登ってきた。
そして、両方の前足を高く振り上げると両前足の爪と牙で……。
―――
一般的なゲームでは攻撃をする度にヘイト値と言う値が上がっていく。
昔のゲームだとターゲットが固定だったり、完全にランダムだったりするものが多かったものだが、最近のゲームではモンスターが嫌がることをするキャラクターが優先的に狙われるようになっていた。
もちろん、EOもそうだ。
今回の場合、俺がモンスターの嫌がる行動である「攻撃」を繰り返したため、キラーベアーがグロウから俺にターゲットを移したと言うわけだ。
本当はモンスターが一番嫌がる行動は攻撃では無いのだが、この話はまた今度にしよう。
―――
……攻撃するモーションを見きっていた。
俺は、その攻撃モーションの隙をついて、ダイニングテーブルから飛び降りて、再び急いでリビングのソファーの裏に隠れた。
熊が登りはともかく、降りるのが苦手と言うのはどうやら本当だったらしい。
攻撃を空振った後俺を追いかけて、ヤツとしては急いで降りたのだろうが、そのときにはもう、俺の姿はどこにも見当たらなかったようだ。
テーブルから降りたキラーベアーはキョロキョロしていた。
それもそのはずだ。
熊は段差を飛び降りることが出来ない。
そのタイミングを見計らい、再び現れたグロウがヤツの鼻先で飛び回る。
作戦が功を奏し、ターゲットがグロウに戻った。
よし、うまくいった!
グロウの立案した囮作戦は、俺が狙われていると成立しない。
俺が自由に行動出来ることが必須条件なのだ。
相手の攻撃を回避しながら攻撃するのは至難の技だからだ。
視線が外れると、ターゲッティング出来ないと言うのが最大の理由だ。
だから、グロウには囮を引き受け続けてもらわなければならなかった。
EOにも戦士系のタンク職や盗賊系の一部には囮スキルが習得出来る職業があったが、俺やグロウにはそんな芸当は出来ない。
スキルが使えないのであれば、頭を使うしか無い。
恐らく、手裏剣をあと4~5回も当てれば倒せるはずだ。
だが、1個で1
『金なら腐るほどある』そう自分に言い聞かせて、俺は風魔手裏剣を取り出し、キラーベアーをターゲッティングする。
空中に現れた
見事に突き刺さった手裏剣は、キラーベアーの命を奪いさった。
断末魔をあげたあと、キラーベアーは前のめりに倒れ煙となって消えていった。
なんとか勝った……。
生きている事を確認しあうように俺とグロウは視線を合わせた後、へなへなと、その場に座り込んだ。
「グロウ、サンキューな。」
「ホント、死ぬかと思ったわよ!」
俺達は意外といいコンビになれるかもしれない。
そう言えば、この世界に来て良いこともあった。
おそらく時間が止まっていることの副産物で、10秒程度休むだけで疲労がきれいに無くなると言うことに、バグス戦後に気がついたのだ。
時間が止まってるのって、便利だなと思うと同時に時間が動き出したとき、一気に全ての筋肉痛が来たら死ぬんじゃないか、と恐怖した。
疲れをとって、いざ外に出ようとしたとき、俺はとんでもないことに気付いてしまった。
全部オブジェクト化していて、外にはいていける靴がなかったのだ。
「参ったな、外行くのに靴もねーのか。」
俺が、ほぼ無意識に、そう呟くと今まで何もなかったところに、突然煙が立ち始めた。
煙が収まると、俺の家では見たこともないような木彫りの靴が
「えっ!?」
俺は驚きのあまり、グロウを見た。グロウも俺を見ていた。
「グロウ、何もして……ない……よな?」
「うん。あたしじゃない……わよ?」
俺は恐る恐る、その靴に足を通した。
不思議なことに、ぴったりだった。
「木彫りの紫色の靴か……なんか、どっかで見たことあるような気がするんだけど……全然思い出せねー。」
俺はモヤモヤしたが、背に腹は代えられぬと、そのまま玄関から外に飛び出すのだった。
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