グロウ編
002話 ひかり
「そこでようやく、あたしが登場するのね。」
「ようやくって言うほど待ってねーだろうが。
ちゃんと避けねーと、切り裂かれるぞ。」
「わかってますよーだ!
あんたと一緒にしないでよね!」
グロウがあっかんべーをしながら、キラーベアーと戯れている。
さて、続きを話そうか。
―――。
意識を失ってから目が覚めた時、妙な違和感があった。
スマホの時間が点滅しないことや、壁掛け時計の針が動いていないことに気がつくまでに、多分1分近くかかったと思う。
スマホの電源ボタンを押したらスリープは解除はされたし、壊れてるわけでは無いはずなんだけど…と、思ってほっぺたを叩くと痛かった。
と、言うことはどうやらこれは夢ではないらしいと、理解した俺は、一緒にいるはずのイノリを探した。
…が、探すまでもなく、隣で倒れているのが目に入った。
揺さぶって起こそうとしたが、どれだけ揺さぶっても起きる気配がなかった。
と、言うよりも揺さぶっているはずなのに、地面に張り付いたように全く動かない。
触れられるのに動かないってどういうことだ?
そう思いながら周りを見渡してみると、違和感の正体が少しずつ見えてきた。
よく見ると、世界と言うか空間がなんとなく黄緑がかっていた。
心霊写真とかでよく見るオーブのようなものも飛んでいる。
それと、さっきから目の前や頭上を淡くピンク色に発光する羽虫がアピールするように点滅しながら飛んでいた。邪魔だ。
さらに言うと、俺以外のあらゆる物体が何となく白っぽく見えた。
と言うか、色味がほとんどない。
もちろん、イノリもだ。
もともと色白なイノリの肌は、雪みたいに真っ白だ。
だが、冷たいわけではない。
観察を続けている間も、視界の端をさっきのピンク色の羽虫がチラチラと飛び回っている。
そこはかとなくイライラしてきた。
俺は発光する羽虫が目の前を通りすぎようとした瞬間を見逃さず、ノーモーションからの渾身の裏拳フルスイングで弾き飛ばした。
「ぎゃん!」
弾いた瞬間、そんな声のような音が聞こえた気がした。
その後、その発光体はピンボールのように天井や床、壁に跳ね返りながら部屋中を跳ね回ると、最後は窓ガラスに衝突して、呻き声か、獣のうなり声か、あるいは悲鳴か分からないような声をあげていた。
「変わった鳴き声の羽虫だな。」
俺は立ち上がってその羽虫の近くに行くと上から見下ろし、おもむろに右足を持ち上げた。
踏み潰そうとしたその瞬間、発光体が大きな声で叫んだ。
「ウェイ、ウェイ、ウェイ、ウェイ!
ちょっと!
ねぇ、ちょっと待ってぇぇぇぇぇぇぇええええーーーー!」
案の定と言うか、想像通りと言うか、羽虫は喋った。
俺は平然と踏み潰そうとした足を持ち上げ直すと、
「あ、羽虫じゃ無かったのか。」
と、呟やいた。
「わかっててやってるくせに、なんて白々しい…。」
と、恨めしそうに言う。
俺は、羽虫の羽をつまむと、俺の顔の前まで持ち上げて思いっり睨み付けた。
「じゃあ、そろそろ説明してもらおうか。」
俺が
―――
「と、言う感じなのよ。」
羽虫の長い長い説明が終わった。
だが、纏めると…。
「お前の名前がグロウってことと、俺に迷惑をかけに来たってことしか分かんなかったんだけど、他に何か訂正はあるか?」
「ぐっ、無いわよ、その通りだけど、なに?
なんか文句あるの?」
と、開き直った。
文句が無いかと言われると、いっぱいあったが、異世界転生に憧れがあった俺はちょっとワクワクしながら、俺が目覚めるであろうチートな能力に思いを馳せていた。
「あるけど、ねーよ。」
「何よ、それ。」
「で、まず俺は何をすればいいんだ?」
「え?」
「何か、俺にスゲー力が目覚めるんだろ?」
グロウが冷ややかな目をして、こちらを見る。
あれ?何か、俺が変なこと言ったみたいになってねーか?
「そんなの、あるわけ無いじゃない。」
俺の淡い憧れを、グロウは事も無げに一蹴するのだった。
―――
「ねぇ、あなたにあたしと一緒に世界を救って貰いたいんだけど?」
グロウが優しく声をかけてきた。
だが、俺の心は固く閉ざされていた。
「いやだ。行きたくない。
俺が出ていったところで、勝てるわけがない。
どうせこの外には、モンスターとかいっぱいいるんだろう?」
「……う。」
グロウが黙る。
やはり、そうだったか。
こんな、右も左もわからない状態で、なし崩し的に旅立たせようとする悪鬼羅刹のようなグロウ。
俺は三角座りをしたまま、ますます小さくなった。
すると、グロウが何かを思い出したように手を叩く。
「あ、そうだ!」
そして、イノリのスマホの方へ飛んでいく。
俺はその体勢のまま、横目で覗き……覗こうとしたが丁度死角で見えなかったので、立ち上がって、上から覗き込んでみた。
グロウは、イノリのスマホの上でくるくる回っていた。
「お前、何やってんの?」
「……え?……活性化?」
「何それ?」
「あんたがぎゃーぎゃーうるさいから、力を貸してあげてるの!
いいからそこで大人しく待ってなさい。」
そう言うと、グロウは一人でワルツでも踊るかのようにくるくると回り続けるのだった。
「出来たわよー。」
まるで晩御飯の準備が終わった時の母親のように、グロウが言う。
見た目は何も変わっていない。
イノリのスマホの上でふんぞり返って仁王立ちしているグロウを払い除けると、俺はイノリのスマホの電源ボタンを押した。
あっさりとトップ画面が表示される。
「あれ?ロック画面は?」
「邪魔だったから、色々表示しないようにしといたわ。」
ちょっと、何をいっているのかわからない。
だが、そのトップ画面には、アプリが一つだけ表示されていた。
「あれ?さっきEOをインストールをした時はもっとたくさんアイコンが並んでた気がしたんだけど…。」
「ど、どうせ起動できないんだし、別にいいじゃない。」
こいつの『色々』には、アプリも含まれていたらしい。
俺は、唯一表示されていたアプリを起動する。
EOではないが、かなりEOのデザインに似た画面が開いた。
俺はしばらくアプリを使ってみたが、結局何もできなかった。
と言うもの、ずっと現在地が店から動かなかったのだ。
考えられるのは、現在地と連動していていると言うこと。
つまり、旅立たなければ何も出来ないと言うことだ。
しかも、アイテムを買おうにも全く金がないときている。
ちっ、使えない羽虫だ。
「あれ?待てよ」
俺は、その時、あることを思い出した。
そしてポケットから自分のスマホを取り出し、起動する。
それを見て、グロウが驚いた様な声を出す。
「え!?」
その声に俺が驚く。
「ど、どうした?急に大きな声だして。」
「なんで、動いてるの?」
「ダメなのか?」
よく分からないが、俺のスマホが動いていることに驚いていたようだ。
当たり前だが、スマホは普通に起動した。
しかも、たった今イノリのスマホで見たのと同じアプリも表示されている。
アプリを起動すると、俺のアカウントには791
つまり、791兆eteの事である。
ちなみにeteと言うのはEO世界の通貨単位で、正式な読み方は分からない。
俺は勝手にイートと読んでいた。
多分、eternalからつけたのだろう。
俺は、腐るほどある自分のアカウントの金を使って買えるものを片っ端から買いまくり、イノリと俺の倉庫と道具袋に詰め込みまくった。
あっという間に二つの道具袋と倉庫がアイテムでいっぱいになった。
アイテムを購入し、急に気分が大きくなった俺は、ついさっきまでうずくまっていたことも忘れて、グロウに向き直った。
「じゃあ、そろそろ行こうか。」
あっけにとられた表情のグロウを置き去りにして、俺は扉を開いた。
そして………今に至る。
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