第4話 学園転移しちゃった!

 時はさかのぼり、ナデシコがディファールドへ転移した直後。

 地震のように揺れる校長室の中では、【転移】で力を使い果たしたヤタガラスが、茨のツルに絡め取られながらその身をゆだねていた。


「らん先生。そんな力任せに僕の世界に侵入しなくても……。今校長室のドアを開けますよ」


 ”カチャリ!”と結界が解除される音の後、左右の扉がゆっくりと開く。

 分厚い絨毯に上履きを沈ませながら入ってきたのは

 二人の出身高校の制服を着て、高校時代の体になった鳳凰らんであった。


「おはようございます、らん先生。いや、そのお姿なら本名である《宝桜蘭ほうおうらん》さんってお呼びすべきですね。とりあえず安心しました」

「なに!? 引きこもりが外に出て来て、そして懐かしの高校時代の姿で現れてうれしいってわけ? 《烏森八太からすもりやた》のくせにずいぶんと上から目線ね。か、勘違いしないでよね。高校時代の姿でいるアンタにつ、付き合っただけよ」


「ええ、現在の年齢で高校時代の制服を着てくるだけでもイタイのに、あまつさえ、自分のはもう着れなくなったからと、高校時代に僕が着ていた緑色のジャージ姿で鼻の頭には脂、口の周りにはお菓子のくず、お肌からは粉が吹いて、むだ毛の処理もせず、さらに体中から酸っぱいにおいを漂わせていたら、いくら僕でもフォローできませんでしたよ」


『アンタ! 私の部屋に隠しカメラでも仕掛けてあるの!?』


「何年チーフアシしていると思っているんですか? 数え切れない徹夜をくぐり抜けていれば容易に想像できますよ」

「ふん! まぁいいわ。私が引きこもっている間にいろいろとやってくれたようね?」

「否定はしません。彼女はもう新しい世界へ旅立ちました。思い残すことはありません。どんな罰でも受けますよ」

 先ほどまでの性欲1000%はどこへやら、ヤタガラスの顔は慰めが終わって賢者になったかのようにさわやかであった。


「ふふっ、よく言ったわね。プロになれない神未満ワナビーのくせに悟りをひらいたような口調、生意気だわ」

「引き際を見極めるのもプロを目指す者の責務です。安心してください。別にチーフアシを辞めるつもりありませんから。もっとも、先生のキャラを受肉させて自分の世界に送り出すという、二次創作どころか盗作まがいのことをしでかせば、お役ご免になっても仕方ないですけどね」


いさぎよいわね。安心しなさい。貴方はかごの中の堕鳥だちょう。翼が折れても羽が全部抜け落ちても、死ぬまでこき使ってあげるわ。”お義母様”からのファンレターにも“息子をよろしくお願いします”と書かれていたからね」


 ヤタガラスはらんと母親の言葉の意味を考えるが、下手に口に出すとこじれそうなので口を閉ざし、別の言葉を発する。


「いい加減下ろしてくれませんか? それとも、こういう”プレイ”に目覚めましたのなら、僭越せんえつながらおつきあいしますよ」

「それもいいけど、今も昔も貴方は私の玩具おもちゃ。せっかく貴方が楽しそうなことをしているから、私もご相伴にあずからせてもらおうかしら」

「ご相伴もなにも、彼女はもう僕の世界へ……まさか!!」

 らんは怪しく唇の両端を歪めた後


『【創造】! 龍皇学園大講堂!』


 薄氷が砕ける音と共に校長室のセットが破壊され、床、壁、屋根、照明、装飾品、そしてハイソで広大な私立学園にふさわしい、観客席には三千個以上の一人用ソファーから巨大なパイプオルガンまで、二人を包むように形成されていった。


「なっ!」

 そして二人がいる場所は、演台が置かれ、ワックスが完璧に塗られた木目の舞台へと変貌していった。

「そ、そんな……。校長室のセットでも創るのに三日は要したのに、あの大講堂を一瞬で形成するなんて……」

「あら、驚かせちゃった? ごめんあそばせ。でもこれくらい、プロなら当たり前よ。それじゃあ刮目かつもくしなさい、ここからが本番よ」

「えっ!?」


『「八真斗撫子の華麗なる学園生活」の登場人物よ! 【受肉転生】しなさい!』

「!!」


 観客席のソファーの上に蛍のような光の玉が数十、数百個現れるとやがて収束し、一人、また一人と、登場人物が椅子に座ったままの姿で受肉転生していく。

 それは八真斗撫子の時のような、ヤタガラスの劣情と願望が混じった姿ではなく、純粋に原稿用紙から飛び出した姿であった。

 その数、ゆうに千を越える。

 これは龍皇学園高等部の生徒数であった。

「こ、これが、神の、力……」

 当然のことながら、八真斗撫子が座るべき席に、彼女はいなかった。


 そして演台の斜め後ろの席には、鳳桜花を始め生徒会の役員達が綺羅星きらぼしのように座っていた。


『在校生挨拶! 生徒総代! 鳳桜花!』


 生徒会役員席に向かって校長のように叫ぶらん。

 それは第一話、入学式のシーンの再現でもあった。


『はい!』


 マイクもないのに大講堂の隅々までとどろく返事。

 音も立てず、鳥が羽ばたくように桜花は席を立つと、壇上のらんの元へ歩む。

 らんは左手を差し出すと、桜花は片膝をつき、甲に接吻をする。


「や、やめろぉ!」

「あらぁ? 焼きもち焼いちゃったぁ? でも私は貴方と違って、登場人物を”ダッチなんとか”とかにはしないから」

「そうじゃない! 生徒たちの、撫子の桜花に対する想いを君は……”!”」

 慌てて口を閉ざすヤタガラス。

「安心して。鳳桜花をはじめ生徒たちに龍皇学園の記憶や経験はないわ。貴方の”クソファンタジー”を書いた時みたいに、中は空っぽよ」

 安堵の息を漏らすヤタガラス。


「……彼らを、どうするつもりだ」

「そう怖い顔をしないで。せっかくだから貴方の“お遊び”に付き合ってあげるのよ」

 らんは華麗に右手を振ると、生徒たちの身に鋼鉄鎧から皮鎧、ローブから神官服が着せられ、手には長剣から短剣、盾や魔法の杖が握られていた。


 そして桜花の体にはまがまがしい漆黒のオーラを放つ鋼鉄の鎧とマント、両腰には漆黒の剣がぶら下がっていた。


「!!」

「ファンタジーの主人公には強大な敵がつきもの。貴方が創った、《ディファールド》とやらを侵略させてもらうわ。そうなったら撫子は……どうなるのでしょうねぇ?」

 妖艶なる舌が、らんの唇を妖しくなめていた。


「やめろ! 彼女は第二の人生を歩みはじめたんだ! そっとしておいてやってくれ!」

「あらあらこれは異な事を。平凡な少年少女が世界を救うのは、むしろファンタジーの王道ではなくってぇ?」

「だからといって、姿形は彼女の知る龍皇学園の生徒たちだ。世界を救うためだからといっても彼らにやいばを向けられるか! 下手したらキャラが崩壊してしまうぞ!」


『やかましい! 女の貴重な二十代を執筆に費やして、あまつさえ自分が書いた作品の乳臭い女主人公に、男を寝取られた気持ちがアンタにわかるかぁ!』


(あ、結局はそこに行き着くんだ……。なんだかんだで一月以上、かまってやれなかったからなぁ)

「ようやくわかったようね」

(わかりたくもなかったけど)


「もちろん、貴方の創った世界だからいくらでも介入してもいいわ。さっきみたいに魔法のアイテムを渡したりしてね。でも、しがないワナビーの貴方が創ったアイテムが、《少女ジュテーム》全体の人気投票でぶっちぎりの一位。少女漫画論評誌、『この少女漫画に薔薇は咲く 20xx年度版』のキャラ投票でもベスト5に入る鳳桜花にどこまで効果があるかしらね。オ~ホッホッホッホ!」


(この騒動が落ち着いたら、らん先生には悪役令嬢物を書いてもらおうかな……)

 もはや頭の中が仕事モードに入ったヤタガラスであった。


『さぁいきなさい。私のかわいい下僕たちよ。【転移】! ディファールド!』


 大講堂全体がまばゆい光に包まれる。

 思わずヤタガラスは目をつむる。


 目を開けるとそこは帰還場所に設定した、自室のベッドの上であった。

 しばしほうけていたが

「こうしちゃいられない! すぐ彼女に知らせないと!」

 起き上がろうとするが力が入らず、再びベッドに横たわる。

「精神力どころか体力まで総動員して彼女を受肉、そして転移させたからなぁ。すっからかんだ……」

 しかしスマホの着信音が鳴り、バイブが激しく振動する。画面をのぞくと


『今すくあたしの部屋に来なさい! 以上!』


「こりゃ”精力”も空っぽになりそうだ」

 幸か不幸か、出版社の倒産からのゴタゴタで精力だけは溢れんばかりに溜まっていた。

(だから、撫子を受肉転生できたのかもな)

 股間に手を置くと、精力を体力と精神力に変換する。

 なんとか起き上がると、身支度を整え始めた。

 

 ― ※ ―

   

 突如現れた漆黒の騎士の一団に見とれるナデシコ。

「あいつ、オウカと呼ばれていたぞ。それにあの漆黒の鎧と剣とマント、それにオーラ。もしや噂の……」

「ああ、《不死鳥フェニックスの団のオウカ》、《不死身のオウカ》だ」

「《瘴気しょうきの山》へ千の軍勢を率いて攻め込んで、最後には悪名高きカオスドラゴンを一刀両断したって……。ヤツの体や鎧からオーラが漂っているのは、カオスドラゴンの返り血を浴びて、不死身になったせいとか……」

 男性冒険者たちはガマのように、体中から冷たい汗とオウカの噂を絞り出していた。


 オウカの右には、生徒会副会長で桜花の幼なじみ、白鷺由里。

 ……によく似た女性が、漆黒の中折れ帽子とローブをまとい、どす黒い魔力を帯びた杖を持っていた。

「あの魔力! 彼女の魔力の強さは魔導師、いや、それ以上かも……」

 店内の魔法遣いがユリをみて息を飲む。


  ――このディファールドではいわゆる”魔法使い”の階級として下から

 ・魔術遣つかい。

 ・魔術師。

 ・魔法遣い

 ・魔法師。

 ・魔導遣い

 そして最上級の魔導師となっている――。


 左側には生徒会庶務であり、インターハイ陸上競技、百メートル走から三段跳びまで、前人未踏の十冠を成し遂げた龍皇学園高等部三年女子、《鴨志田翔子かもしだしょうこ》。

 ……によく似た女性が、忍者みたいな黒装束を纏いながらも、浅黒い顔と白い歯をあらわにしていた。

 その隙のない立ち振る舞いは、店内にいるベテラン盗賊すら一歩も動けずにいた。


 ……しかし、冒険者ギルドのある受付嬢は。


「おいでになりましたわぁ~。お給金全部つぎ込んで、ナイトドレスを新調した甲斐がありましたわぁ~」

 酔いも疲れも吹っ飛んだアルフェンは、ナデシコのように感情具現化スキルを持っていなくても、その瞳を桃色のハートマークに変えていた。


 オウカは女性のために椅子を引き、自分は最後に座る。

「あぁん。最強の強さと最高の礼儀を兼ね備えた、まさにあたしの理想の殿方ですわぁ」

 アルフェンは両手を頬に当て、体をくねくねさせながら桃色のオーラを放っていた。


 がたっと椅子を引く音。そして 


『桜花先輩!』


 ナデシコは両手を胸の前で軽く組むと、潤ませた瞳で見つめながら、あこがれの先輩の名前を叫んだ。


 ― ※ ―


 ナデシコ「次回! 『再会しちゃった!』 どうぞお楽しみに!」

 鳳凰らん「ふん、ぬけぬけとこの泥棒猫!」

 ナデシコ「ええっ! らん先生! 私はなにも……。あれ? 引きこもっているって聞きましたけど、ずいぶんとお肌がきれいですね」

 鳳凰らん「ええ、ちょっと“乳液”を全身にね」

 ナデシコ「そ、そうですかぁ~それはよかったですねぇ~(深く追求するのはやめておこう)」

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