第3話 自由になっちゃった!
身の危険を感じ、両腕で胸を隠し、体をひねる撫子。
瞳からは
「い、いや、待ちなさい、お、落ち着いてね」
完全に否定しない言葉が、ヤタガラスの口からたどたどしく発せられる。
なぜなら彼の眼は、撫子の両腕によって形を変えた二つの小山に釘付けになっていたからだ。
「そ、そうに決まってます! だって、アシスタントの《シマエナガ》さんと《らい・ちょう》さんと《uzura》さんはいつも噂していましたよ
『ヤタガラスチーフって、先生よりも撫子ちゃんの方が好きなんじゃない?』
『やっぱりそう思う? グッズやフィギュアが制作されると、先生はサンプル品を私たちにプレゼントしてくださるのに、ヤタガラスさんは受け取らず、いつも市販品を予約までして自腹で買っているよねぇ』
『しかも四体もよ。四体。”鑑賞用“”保存用“”布教用”まではわかるけど、あとの一体はまさか……。いくらチーフさんでも、ちょっと引くわぁ~』って……」
ちなみに鳳凰らんのアシスタントになったら、鳥の名前を名乗るのがルールになっている。
もちろんプロになったり、他の漫画家のアシスタントに移籍したりしたらこの限りではない。
(あの
「そ、それに、私たちの”えっちなどうじんし”が世に出回っているのも知っています。先生が読んでいましたから。私を受肉させたのも
『どうじんしのようなえっちなことをするためだったんですね!』」
「い、いや、あれは先生がファンアートの祭典と思ってね、日本最大の即売会で自分の作品のを手当たり次第物色して、いざ家で読んでみたらあまりの内容に激怒して、『焼却処分!』と怒鳴りながら僕の部屋に紙袋ごとマシンガンのように放り込んだんだよ」
(でも男性向けは焼却処分せず、クローゼットの奥にしまってあるのは黙っておこう)
”ばれてしまっては仕方ねぇ! おとなしく言うことを聞きやがれ!”
と悪代官のように陵辱、いや狼藉を働く考えが頭によぎる。
しかし、ある人物の笑顔がそれを押しとどめた。
「……母親だよ」
「え!? ヤタガラスさんの母親が私? 私のフィギュアに向かって甘えているんですか?
『撫子ちゃん今日も徹夜で疲れたよぉ~』
とか
『撫子ちゃん聞いてよ~。らん先生が今日も僕をいじめるんだよ~』
とか? そりゃ確かに引きますね」
「ちげーよ! い、いや、そうしようと思ったことは一度や二度じゃないけど……」
ジト眼でにらみつける撫子。
「うちの母親は子供の頃から少女漫画が大好きで、その影響で僕も少女漫画を書くようになったんだ。いつだったかの正月で実家に帰ったとき、鳳凰らん先生のチーフアシスタントをしているって話したら狂喜乱舞してね。初めて見たよ。母親があんなに喜んでいる姿は……」
「……」
「登場人物の中では君が一押しでね。それ以来、君を始め生徒会長であり学園の王子様である
『
や、彼の幼なじみであり生徒会副会長、男子生徒から『
『
とかのフィギュアやグッズを宅配便で送っているんだ。まぁ、せめてもの親孝行だね」
「そう、だったんですか。ごめんなさい、私ったらすっかり誤解して……」
「いいよいいよ。スタジオで隠していたのもマザコンだって思われるかもしれないからさ」
撫子にさわやかな笑顔を向けるヤタガラスであったが、内心、何とか理性の方が欲望に勝ったなと胸をなで下ろしていた。
「ところで、私はなにをすればいいんでしょうか?」
「受肉した君は先生や編集部の思惑、読者アンケートから解放されて自由の身になったんだ。これからは君がしたいことをすればいいのさ」
「そ、そんなこと言われましても、なにをどうすれば?」
「
『ディファールド』を創造したんだ」
「ファンタジーって、あの……」
撫子は記憶をたどりながら、息継ぎもせずほぼ棒読みで話す。
「ヤタガラスさんがよく執筆して編集部に持ち込んでいるけど編集者さんから没をもらって膝を抱えて落ち込んでいると見かねた先生が
『仕方ないわね。外伝、パラレルワールドとして、アンタの世界観に龍皇学園のサブキャラを使って書いてあげるわよ。あ、勘違いしないでよね。単行本の穴埋めよ穴埋め!』
って言われて気を取り直してルンルン気分で背景やモンスターを書いていざ単行本が発売されたら
『鳳凰らん先生の黒歴史』
『編集部はらん先生の暴走を止めなかったのか!』
『チーフアシスタントはなにをやっていたんだ!』
とフルボッコされてさらに落ち込んで先生からお暇をもらった
”あのファンタジー”ですよね?」
「数年かけてようやく埋めた僕の古傷をたった一息で全部えぐってくれてどうもありがとう……」
「ファンタジーですか。興味はありますよ」
「そうか! なら今すぐ!」
「でもそこには……みんなはいないんですよね」
「そう……なんだ」
慰めも気休めも、ヤタガラスの口からは出てこなかった。
「わかりました。行きます! ヤタガラスさんが創った世界へ!」
「えっ!?」
「いつかは学園を卒業しますし、そうなったらみんなと離ればなれになりますが、新しい世界に行けば新しい出会いがあります。龍皇学園の生活は思い出として胸にしまっておきます」
「ありがとう 撫子ちゃん」
(この何事にもくじけない、挫折しても立ち直る、明るくポジティブな性格が読者にうけて、長期連載になったんだ。受肉してもそれは変わらないか……)
十年以上かけて育てた娘のように眼を細めるヤタガラス。
彼は思い出す。
高校の漫研時代、同級生の女子部員と少女漫画について熱く語りあった、あの懐かしい日々を……。
「じゃあまずこれを君にあげるよ」
ヤタガラスは
「これは?」
「あちらの世界で役に立つ物が入っている魔法の袋さ。小さくて軽いけどこの部屋一杯分のアイテムが入っているから遠慮なく使うといいよ」
「あ、ありがとうございます」
撫子が手を伸ばして、それを受け取ろうとした瞬間!
”バシーーーン!”
黒い
「なに!」
そして幾本もの茨のツルがヤタガラスの腕や胸、腰や脚に絡みつき、
”ゴゴゴゴゴゴゴ”
同時に部屋全体が地震のように揺れ始めた。
「ヤタガラスさん!」
「何者かが僕の世界に侵入しようとしている! 時間がない! ここでお別れだ。あちらの世界で幸多きことを祈っているよ」
「は、はい!」
『【転移】! 八真斗撫子をディファールドへ!』
撫子の体が光に包まれる。
「ヤタガラ……」
光が消えると同時に、撫子の姿も声も部屋から消え失せた。
― ※ ―
「……そして気がついたら、ヤゴの街の北にある、《ホンの山》にいて、山菜採りに来ていたゴルドおばあさんとシルおばあさんに拾われて、冒険者ギルドで働くことになったんです」
「……そうか。ホンの山ね。あそこは太古の図書館の遺跡があるし、本の主人公であるナデちゃんがそこに飛ばされたのも何か縁があったかもね」
アルフェンは経緯についてはなにも語らず、ナデシコがこの世界に来たことだけを口に出した。
夜が更け、いつの間にか店の客は数えるほどになっていた。
「んじゃ帰ろうか。ごめんね付き合わせちゃって」
「いえ、私も話してすっきりしました」
「そうか、それはよか……」
不意に入り口のあたりで幾人かの男女の話し声が聞こえる。
『本当にこんな店に入りますの? 私たちにふさわしいとは思えませんが?』
『あたしは別にいいぜ』
そして、ナデシコにとって忘れることの出来ない”話し方”をする男の声が聞こえる。
『冒険者と交流を深めるのも僕にとって必要なんだ。ごめんね。”ユリ”』
『い、いえ、”オウカ様”がそうおっしゃるのなら……』
「お…う…か」
慌てて声の方へ振り向くナデシコ。
彼女の目に映るは
漆黒の鎧とマント、そしてオーラを身に纏い、同じく漆黒の剣二本を腰に付けた
龍皇学園生徒会長、鳳桜花であった。
― ※ ―
ナデシコ「次回! 『学園転移しちゃった!』 どうぞお楽しみに!」
アルフェン「ねぇねぇナデちゃん。『少女ジュテーム』って世界には、あんなイケメンが大勢いらっしゃるの? わくわく!」
ナデシコ「う~ん、でも『少女ジュテーム』の世界はもうありませんから、何ともいえません」
アルフェン「能なし社長の大馬鹿ヤロー!」
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