第2話 神様(未満)に会っちゃった!

 ここは、政界から財界、学問から芸術、スポーツの分野まで多くの成功者を輩出している私立龍皇りゅうおう学園、高等部校長室。


 ……に、よく似せたセットの中。


 それでも、壁には数多くの絵画や賞状が所狭しと掲げられ、床には雲の上かと錯覚する分厚い絨毯が敷きつめられ、その上には高級応接セット、窓際には特大の重役机と本革重役椅子が鎮座していた。


 この部屋を知っている人間が見たら、必ずこう言うだろう。

『”漫画の中の校長室”をよくここまで”立体的に”再現したなぁ』と。


 うぐいす色の着物姿の男が、校長机の前に置かれた古びたオフィスチェアの上にペンや定規、鉛筆や消しゴム、黒インクやスクリーントーンを置いていた。


「……ふぅ、“彼女”にゆかりのあるものはこんなモンかな。早くしないと断裁された紙くずが焼却されてしまう」

 男は両手のひらをイスに向けると、高らかに術を唱えた。


「いくぞ! 『八真斗撫子! 我の元に【受肉転生】せよ!!』」


 イスの上に一つ、また一つと光の玉が現れ、やがて無数の光の玉が一つになり、人の形を作っていく。

「よし! いけるか!?」

 光が消えて現れたのは、セーラー服に身を包んだ、


鳳凰ほうおうらん』作の少女漫画、

八真斗撫子やまとなでしこの華麗なる学園生活』の主人公、

私立龍皇りゅうおう学園高等部一年女子、


『八真斗撫子』!


 ……より若干、いや、か・な・り・女性の部分が強調された、まさに”ボンキュボン!”の体をした女子高校生であった。


「よぉし! 成功だぁ!」

 男の叫び声でも撫子は背もたれに体を預け、静かに寝息を立てていた。


「あれ? 彼女、こんな少女漫画にあるまじき”せくしぃだいなまいつ”な体だったっけ? もしかして受肉時に俺の願望が混じっちゃったかな? ここ最近、”先生”に代わって出版社や弁護士さんとの話し合いや残務整理でまっていたからなぁ~」


 何週間ぶりに間近で見る、生身の女子高校生。

 それが甘い女性の香りを漂わせながら、無防備な寝姿をさらしている。

 しかも”ボンキュボン!”で”せくしぃだいなまいつ”な体。

 さらに萌え漫画のような、胸やおしりに一分の隙間もなくぴっちり張り付いているセーラ服姿。

 この桃色情景は、男のニトログリセリンな欲情に、ナパーム弾を放り込むようなものであった。


「い、一応、ちゃんと受肉転生されたか、か、確認しないとな。体のどこかが欠損していたらすぐさま補填せねば、か、彼女を悲しませることになるし……」

 自己弁護の言葉をつぶやきながら、男の手はスカートをつまむとゆっくりと持ち上げ、閉じられた太ももを確認する。


「脚は、大丈夫そうだな……。あれ? もしかして彼女、”いてない!」

 男は手のひらに拳を”ポン!”と置いた。

「そうだよな。書いているときにキャラがどういう下着を身につけているかなんて、先生しか知らないからな。ってことは、上も……」

 男の眼は盛り上がった胸元へ釘付けになる。


「こ、これも確認だから……。い、いくらなんでも、もし”ぴぃちく”がなかったら、せ、責任をとらないと……ね!」

 もはや欲情1000%な言葉を呪文のようにつぶやきながら、男の十指は二つの小山へと伸びていった。


「ん……あれ? ここは?」

「いっ!?」

 男は慌てて撫子に背を向けた。


「校長室……。あ、校長先生!? あれ? わたし……」

「おはよう。八真斗撫子君。相変わらずお寝坊さんだね」

 男はキザな口調でゆっくりと振り向いた。


「あなたは……あ!? 《チーフアシスタントのヤタガラス》さん!?」

「覚えていてくれたんだね。うれしいよ」

「え!? でもその格好、校長先生のお姿? あ、今流行のコスプレってヤツですか? あれ? でも、”最後に会った”ときよりも、その、ずいぶんお若いですね?」


「この姿は君と初めて出会った、高校生の頃の僕さ。あの頃は漫研で先生と執筆していたからね」

「え!? でも、あれ? あれからもう十年以上は……それに私は……」

「あわてないで、まずは飲み物を飲んで心も体も落ち着かせるといいよ」


 ヤタガラスは机の上の原稿用紙に手を伸ばす。

 そして、作中で撫子が好きな飲物、《ハチミツコーラ》のペットボトルをGペンでさらさらと書くと手のひらを掲げ、【受肉】と唱える。

 するとペットボトルが立体化し、それを撫子に手渡した。


「あ、ありがとうございます。あ、よく冷えてる。いただきます。あ、おいしぃ~」

「よかった、”飲食物”を受肉させるのもこれが初めてだからね」

 ヤタガラスは重役椅子に座ると、撫子の一挙手一投足の度に揺れる胸をガン見しながら、全部飲み干すのを待っていた。


「あの、何でヤタガラスさんはそんな力が使えるんですか?」

「元々、僕みたいなプロになれない者は、神未満の、《ワナビー神》って呼ばれているんだ」

「わなびー、しん?」


「神であるプロは、作品の世界から人物、歴史まで一から十まで創造できるけど、アシスタントや持ち込みをしている人間にはそれが出来ない。できても編集者、そして読者からは認められないんだ」

「だから、神未満、プロ未満なんですね」


「そうさ、それでも長年やっていると、君に見せたような”力”が使えるようになる。それで君を受肉させたんだ」

「そうなんですか、ありがとうございます」

 撫子はヤタガラスに向かって、他人事のようなお礼をする。


「脳が二次元から三次元になったし、あらゆる感覚も同じように三次元になったから、最初は混乱すると思う。自分の体を確かめながらゆっくりしてくれ。もし体のどこかが足りなかったり形が変だったら


“せえらあ服を脱いで遠慮なく申し出てくれ!”」


「ん~大丈夫みたいです。子供の頃に転んで出来た、膝小僧の傷跡までありますから。出来れば消して欲しかったな、なんてね!」

「そ、そうか、それはよかった」

 言葉と真逆な表情が、ヤタガラスの顔に浮かび上がる。


 コーラを飲み終わると、ヤタガラスは噛んで含めるように説明を始める。

「大変申し上げにくいんだが、出版社の倒産によって『少女ジュテーム』は廃刊になったんだ」

「はい、なんとなくわかっていました。最後のネームの打ち合わせの時に、編集者さんが先生にそんなようなことをおっしゃってて、車の中で先生は、ネームの、私の上に……涙を落とされました」


「そうだったのか……」

(《創造主の涙》! 彼女はそれを浴びたから、僕のようなアシスタントの力でも受肉出来たんだ……)


「鳳凰らん先生は、どうなさっているんですか?」

「他の連載陣は別の出版社の雑誌やWEB雑誌へ移籍して、らん先生にもそういう話があったんだ。でも先生はショックを受けてね……筆を置いたんだ」


「……”折って”は、いないんですね?」


「ああ、しばらく休養すると、雑務は僕に任せて自宅に引きこもっているんだ。雑務に関しては元々僕がマネージャーも兼ねていたから苦にならないけど、やっぱり先生が心配でね。SNSで進捗しんちょく状況を送ると既読がついて返事も返ってくるから、最悪の状態にはなっていないとは思う……」


「なんで、ヤタガラスさんは私を受肉させたんですか?」

「先生があの状態だからね。主人公である君の個性キャラが風化してしまわないように受肉させたんだ。『少女ジュテーム』が廃刊になって読者の記憶から消えるのは仕方ないけど、生みの親である先生の記憶から消えてしまうのはあまりに不憫だからね」

「そうだったんですか……」

 撫子は何か言いたそうだったが、口から出た言葉はそれではなかった。


「他のアシスタントさんたちはどうなったんですか?」

「僕以外は別の先生のアシスタントになることが決まったよ。みんながみんな、大御所である鳳凰らん先生の元で鍛えられた猛者ばかりだからね。あちらの先生方も諸手を挙げて歓迎してくれたよ」


「ヤタガラスさんは、どうなさるのですか?」

「……先生とは高校からの長いつきあいだからね。こうなったら地獄の底までつきあうよ。周りが噂しているように、内縁の夫みたいなものだからね」


 しばらく沈黙の時が流れる。

 意を決して口を開いたのは撫子の方だった。


「あの……私以外の……登場人物はどうなったんですか?」


 ”いよいよその質問が来てしまったか”と、ヤタガラスは重い口を開いた。

「……すまない。僕の力では、君を受肉させるのが精一杯だったんだ。ファンの間では続きを同人誌で書こうって話が持ち上がっているが、やはり先生が書いたものでないと、他の登場人物の”時”は、止まったままなんだ」


「……そう、なん、ですか」

 顔を落とす撫子。

 やがて黒髪が、肩が、胸が、体が震え、そして


「ぁーーーーー!!」


 部屋の空気すべてが震える。


 ヤタガラスは椅子を回転させ、撫子に背を向けた。

 今の自分には、これしかできないとばかりに。

 しゃっくりのような嗚咽、鼻をすする音が徐々に小さくなると、撫子の唇はゆっくりと開いた。


「あの、私はこれからどうすればいいんでしょうか?」

 ヤタガラスは椅子を回転させ、撫子と向き合う。

「そのことなんだがね、実は……」


「も、もしや私をこの部屋に閉じ込めて、”あ~んなこと”や”こ~んなこと”をしようって!」


「はああぁぁ!?」


― ※ ―


ナデシコ「次回! 『自由になっちゃった!』 お楽しみに!」

アルフェン「ちょっとぉ~ナデちゃん大丈夫? 路線変更で官能小説のようにならないでしょうね?」


ナデシコ「さぁ、それはどうでしょうね(ニヤリ)」

アルフェン「あんた策士だね」

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