第一章
第1話 異世界に来ちゃった!
集中線の針はやがて光の粒子となって消え去ると、後に残ったのは床に飛び散った窓ガラスや皿の破片であった。
しかし、ギルド長である二人の老婆はこの惨状にも、たるんだしわから浮かび上がる笑顔を崩すことがなかった。
「あらあら、ほんにあいつらは神出鬼没だがね」
「ほんじゃいくでなも、【復元】!」
シル婆が魔法を唱えると、まるで時が巻き戻ったかのようにガラスの破片は窓枠に戻り、割れた皿はヒビ一つなくくっつき、飛び散った酒はコップへと戻っていった。
「ご、ごめんなさい。私、またやっちゃっいました……」
「ええよええよ。ゴキブリが出るのはたいてい厨房だで。今夜にでも厨房中に【生体消滅】の魔法をかけておくがや」
「んでついでに【治癒】、おわびに【全強化】! いくでなも!」
シル婆が再び唱えると、ギルドにいた冒険者すべてに治癒と、すべての能力、スキルを一時的に強化する魔法が付与された。
「【全強化】は二、三日は効果があるでよ。簡単な依頼があったら今のうちにやっておくと楽できるでなも」
『いやっほぅ!』
冒険者は雄叫びを上げると、すぐさまカウンターに殺到した。
慌てて依頼の受付をするナデシコ。
「○○さんと××さんは《カワナの町》へ行く行商人さんの護衛。△△さんは《ラハの村》外れの大根畑に出没する『
他のカウンターでも受付嬢たちが、てきぱきと冒険者への依頼を振り分けていた。
「いってらっしゃ~い」
「きをつけてね~」
受付嬢たちは依頼人の元へ向かう冒険者たちを、手を振りながら見送っていた。
「おう! みやげ話、楽しみにしてな!」
特に男性冒険者たちはこれが楽しみで、数ある冒険者ギルドの中でもリオンの双子山亭へ通うと言っても過言ではなかった。
美しき女性に見送られながらの冒険。
彼らの目的は依頼の達成と、彼女たちが待っているギルドへ生きて帰ってくること。
特に後者は依頼以上の大切な、彼らの使命でもあった。
やがて陽は地平線へと近づき、街をオレンジ色に染めていく。。
「君たち、もうあがっていいよ」
「後は私たちがやっておくからね」
ゴルドおばあさんの何人目かの
『はい! お先に失礼しまぁ~す!』
女性更衣室は淑女たちの唇が花開き、満開の花園と化していた。
「今日はどこ行く?」
「《三人のトリオ亭》かな。新しいスィーツが出たんだって」
「ジャジャーン! 見てみて! 新しい下着! これで彼を悩殺よ!」
「彼が悩殺されるのはあなたの体じゃなく、下着の方だけどね」
「言ったな! このぉ~」
「いやぁ~!」
「あの下着ってすごい人気なんだよね。店に並べられたそばから売れていくんだよ。あ~あ、私も欲しいなぁ。いつも売り切れなんだよねぇ~」
「ねぇねぇあの下着って、ナデシコさんがデザインしたんだよね?」
「あの下着も具現化したヤツ?」
話を振られ、ナデシコは笑顔で返事する。
「い、いえ、私の具現化スキルは長い時間保たないのです。ですから私が具現化したものを、ゴルばあさんとシルばあさんが急いで型紙にとって、それを元に仕立屋さんに造らせているみたいです。これぐらいしかお二人のお役に立てないから……」
そしてナデシコは口ではなく、心の中でつぶやいた。
(あの下着をデザインしたのは私ではなく、”先生”なんだけどな……)
「ナデシコさん、今夜空いてる?」
声をかけてきたのはナデシコの教育係のエルフ、《アルフェン》だった。
「は、はい! 大丈夫です」
「それじゃあ一緒にお食事でもどう? もちろんご馳走するわ」
「よろしいんですか? よ、よろしくお願いします」
そこへ、周りの受付嬢が茶々を入れる。
「なぁにアルフェン、“生徒”をお持ち帰りぃ~」
「なに馬鹿なこと言ってるの、これも親睦を深めるって教育係のお役目よ。それじゃあ、お疲れ様~」
「お疲れ様です!」
『お疲れ~』
ギルドを後にした二人は飲食街へと向かう。
「アルフェンさんの黒のナイトドレス、素敵ですね」
「まぁたまには気合いを入れてね、でもナデちゃんの《せぇらぁふく》だっけ? 確かにかわいいけどそればかりじゃつまらないでしょ? なんだったら今から店に寄って、何着か見繕ってあげましょうか?」
ギルド内と違い、アルフェンの口調はちょっと砕けていた。
「い、いえ、私は……これでいいんです。この服が、好きだから……」
アルフェンはそれ以上何も言わなかった。
やがて二人は目的の店に到着する。
そこは主に男性冒険者が集う、酒も料理も味より量を重視した店で、淑女二人が入るような店とは思えなかった。
「ここは……《滝の山脈亭》?」
「そう、一度行ってみたかったんだぁ。今日は”ボディーガード”もいるしね」
アルフェンはナデシコに向かって軽いウィンクを放った。
「へい、いらっしゃい!」
”!!”
二人の細い体に親父の野太いかけ声と、男性冒険者たちのざわめきがぶつかってくる。
(なんで”こんなところに”リオンの双子山亭のきれいどころが?)
(おい! おまえちょっと声かけてこい!)
(馬鹿言うな! ”今日も”ツルの都から来たヤツがボコボコにされたって聞いたぞ)
そんな思惑をよそに、一番奥の席に座る二人。
「らっしゃいませぇ~ご注文はぁ~?」
美しき二人の淑女を見ても、半眼のままの若い男性店員が注文を取りに来た。
「赤玉キノコのパスタを二つ。私は赤リンゴ酒の特大ジョッキ、彼女には赤リンゴジュースね」
「へい、まいどあり~」
ジョッキがテーブルに置かれると二人は乾杯をし、アルフェンは一気に半分近く飲み干した。
「ぷはぁ~! いやぁ~普段カウンターで猫かぶっているからさぁ~、こういうざっくばらんなところに来てみたかったんだぁ~。ここなら多少馬鹿やっても目立たないしぃ~」
砕けたどころか豹変したアルフェンの口調に、ナデシコはちょっと戸惑っていた。
「い、いえ、私もこういう雰囲気は好きです」
すでに十分目立っているって言葉を、ナデシコはジュースと共に飲み込んだ。
「そう、よかったぁ~。正直引かれると思ってたんだぁ~」
そう言いながらもアルフェンの眼は店の中をなにやら物色していた。
「アルフェンさん、どなたかお探しですか?」
「え? い、いやぁ~実は最近、ヤゴの街でイケメンの冒険者がうろついているって情報をつかんでさぁ~。ここ二、三日、仕事が終わってからいろいろ探してみたのね。そんで今日はここに網を張ってみたのよ。でも、残念ながら今日は来てないみたいね。はぁ~……」
本気で落ち込むアルフェン。
ヤゴの街は名こそ街だが、帝国東方部の要であり、その規模は並の都を凌駕していた。
当然街に住む人口も多く、さらに軍人や冒険者も数多く駐留していた。
アルフェンがイケメン冒険者になかなか出会えないのも、ごく普通のことである。
「もしかして、その黒のナイトドレスは?」
「うん、一晩のアバンチュールってやつ。何せ受付ってストレスがたまるからさぁ~。“大人の時間”を過ごさないとね。あ、ごめんね~。親睦を深めるとか言ってダシにしたみたいでさぁ~」
アバンチュールって言葉を聞いたナデシコの胸中には、忘れかけていた甘酸っぱい想いがわき起こってくる。
パスタを平らげると、アルフェンはドリンクのお代わりを注文し、
「ナデちゃんさぁ~、《しょうじょまんが》って名前の異世界から来たんだよねぇ~? そこってどんなところ? 帰りたいとは思わないの?」
いつかはその問いが来るだろうと、ナデシコは動揺せず淡々と答える。
「私がいた少女漫画って世界、正確には《少女ジュテーム》って名前の世界なんですが、その世界はもう存在しないのです。ですから私には……帰るところがないんですよ」
― ※ ―
ナデシコ「次回! 『神様に会っちゃった!』 どうぞお楽しみに」
アルフェン「ねぇナデちゃん、ひょっとして私、重いこと聞いちゃった?」
ナデシコ「どうでしょうかねぇ~? 次回のお話でそれがわかりますよ~」
アルフェン「なんだかんだ貴女、ちゃっかりしているわねぇ~」
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