第5話 再会しちゃった!

一歩、二歩とオウカ達が座るテーブルへ近づくナデシコ。

 今にも手が届きそうな距離に近づいた瞬間!


 ”バチッ!”


「きゃっ!」

 目の前の空間で黒い火花がはじけ、驚いたナデシコは二、三歩後退した後、尻餅をついた。

 男性冒険者の眼はオウカからナデシコの開かれた太ももへと移動する。


「ユリ!」

 オウカの口から強めの声が放たれるが、ユリは淡々とした口調で返事をする。

「わたくしの責務は、見知らぬ者をオウカ様に近づけさせないこと。それを遂行したにすぎません」  

「わかった。なら僕の方から近づくのはかまわないよね」

 オウカは席を立つと、かがみながらナデシコに右手をさしのべる。

「お嬢さん、”仲間”が失礼なことをして申し訳ない。立てるかい?」

「あ、はい」

 まるで操られたかのように、ナデシコの右手はオウカの右手の上に置かれた。


”フッ!”


 まるでタンポポの綿毛が舞い上がるようにナデシコの体が起こされると、風船が落ちるようにゆっくりと床に足をついた。

 そしてオウカは片膝をつき、ナデシコの甲に接吻する。

(あっ!)

 まるでオウカの唇から紅い染料が体中に注がれたように、ナデシコの体が朱に染まる。


(”あの時”と、同じ……)


 ナデシコの魂は、思い出となった遠い記憶をさかのぼっていた。


 ― ※ ―


『八真斗撫子の華麗なる学園生活』


 第一話「運命の出会い」


「もう~生徒用通用口ってどこなのよ~。このままじゃ入学式に遅刻しちゃう」

 寝坊した撫子は、桜の花びらが舞う龍皇学園の塀の外側を走っていた。

「……にしても何でこの学園はこんなにも馬鹿でかいのよぉ~。え? あれは?」

 ナデシコの目に映るのは、塀の内側に咲いている、ひときわ大きな桜の木。

 そして、枝の上で眠っている、白い学生服に身を包んだ男子生徒だった。


「すいませ~んそこのひと~。ちょっといいですかぁ~?」

 片目を開けた男子生徒は撫子を一べつする。

「ん? どうしたのお嬢さん。迷子かい?」

「はい、迷子なんです。助けてくれませんか?」

「はっはっはっ! 正直だね。ちょっと気に入ったよ。僕で出来ることであればね」


「あの~生徒用通用口ってどこにあるんですか?」

「ん? 生徒用通用口? ひょっとして君は新入生かい? でも制服は?」

「はい! 奨学生で入学することになりました。ですのでとりあえず制服は中学の時のなんです」

「ああ、そうか」


 龍皇学園高等部の生徒は決められた制服の着用が義務づけられているが、奨学生の服装は自由としている。

 これは音楽や芸術、スポーツ関連の奨学生もいるため、彼らの感性やスポンサー契約を阻害させないためである。


「教えてくれませんか。このままだと入学式に遅刻してしまうのです」

「そいつは大事おおごとだ。でもね、生徒用通用口は全くの正反対なんだよ。君の足だと、歩いて二、三十分はかかるね」

「ええ~! そんなぁ~」

「いさぎよくあきらめるんだね。入学式に遅刻したぐらいで退学になるほど、この学園は堅苦しくないからね」

 男子生徒は再び枝の上で横になり、目をつむる。


「あ~あ。せめて空を飛べたらなぁ~。こんな塀、ひとっ飛びなのに」

 撫子のその言葉に、男子生徒の目が見開く。

「……空を飛ぶか。なるほど、いい考えだ」

 男子生徒は起き上がると、まるで綿毛のように音も立てず、木の上から塀の上に降り立った。

「ええっ!?」 

「さ、つかまって」

 男子生徒は塀の上から撫子に向かって右手を伸ばす。


「え? いいんですか? これって校則違反じゃ?」

 男子生徒の象牙細工のような人差し指は、自身の唇へとあてがわれた。

 撫子はおそるおそる右手を差し出し、重ね合った瞬間!


”フワッ!”


 まるで翼が生えたかのように撫子の体は舞い上がると、塀の上に着地し、男子生徒と向かい合う形になった。

「え……え? えええぇぇぇぇ~~!」

 歩道と塀の上を何度も見比べながら驚く撫子。

 いつのまにか男子生徒は左手で撫子の右手を握っていた。


「いいかい? ”飛ぶよ”」

「とぶ? えっ!」

 男子生徒が飛び上がると、撫子の体も一心同体のように宙を舞う。


(とん……でいる)


 まるでスローモーションのように舞い降りる二人。

 撫子の眼には舞い散る桜の花びらが、まるで空中に止まっているかのように見えていた。

 足の指からかかとまで、地面の感触がゆっくりと伝わってくる。

「あ、あの……」

 右へ振り向くと、男子生徒は片膝をつき撫子を見上げていた。


『ようこそ龍皇学園高等部へ。”八真斗撫子”さん』


 そして撫子の右手甲に接吻をする。

「!!」

 もはや言葉が出ない撫子。


僭越せんえつながら、入学式が行われる大講堂までご案内いたしますよ」

 男子生徒は手を胸に当て軽く一礼すると、一人歩き出した。

 眼をぱちぱちさせている撫子は、あわてて後をついていく。


「あの~なんで私の名前を?」

 男子生徒は自身の左胸を指さす

「あ、名札。でもなんで奨学生の私にここまでしてくださるんですか?」

「困っている下級生を助けるのは、上級生の責務だからね」

「でもその制服って男子のとは……。あ、先輩も奨学生なんですね! だから白い学生服を着ていらっしゃるんですね」

「まぁ、そんなところだね」


 案内されている身、それに相手が先輩ゆえなかなか言い出せなかったが、思い切って聞いてみる。

「いいんですか。こんなにゆっくりで?」

「大丈夫だよ。僕がいないと入学式は始まらないからね」

「えっ!? ひょっとして校長先生!? 失礼しました! でもぉ、ずいぶんお若いですね」

「ふっ! ハッハッハッハ! 君は本当におもしろいね。気に入ったよ」


 大講堂に入ると、二人はエレベータに乗る。

 執事服を着た男性がボタンを押す。

「あの~いいんですか? 生徒なのにエレベーターに乗って」

「君が言ったじゃないか。僕は校長先生って」

”チンッ!”

「いってらっしゃいませ」

 執事に見送られエレベータを降りると、二人の執事が観客席のドアを開ける。

「さぁ、ここが入学式の会場さ。君は奨学生だから、一番後ろの席だね」

「あ、ありがとうございます! 失礼します」


 撫子は慌てて席を探し、腰を下ろした。

 それを見届けると男子生徒はゆっくりと観客席の階段を下り、舞台の横のドアに入ると、袖から現れて、演台に一番近い空いている椅子に腰掛ける。

 男子生徒の横に座る女生徒が声をかける。


「”生徒総代”のあかしである純白の学生服を着て、そして”生徒会会長”である鳳桜花おとりおうかともあろう者が、奨学生をエスコートするなんて、どういう風の吹き回しかしら?」

「”あろう者”か。幼なじみとはいえ、相変わらず厳しいね。副会長の白鷺由里しろさぎゆりさん」

「立場をわきまえて欲しいですわ。今年の新入生には貴方がエスコートするほどの“いえ”は見受けられませんでしたけど」


「『八真斗撫子』。彼女の名前さ」


「やまと……八真斗って、あの?」

「ああ、時代が時代なら、僕らのような“右京貴族”ですらお目通りできない”左京”に居を構える唯一の貴族。『ミカドの懐刀』『ミカドの影』『ミカドが背中を預ける唯一の“家”』。それが八真斗さ」


 古代。ミカドが住む都を半分に割り、左側をミカドの親族が住む左京。右側を貴族が住む右京と分かれていた。

 八真斗家はミカドの親族でないにもかかわらず、左京に居を構えることができた、唯一の家である。   


 しかし由里は桜花の言葉を一笑する。

「馬鹿馬鹿しい。いつの時代のお話ですの? それに八真斗家は百年以上前の大戦の責をとり爵位を剥奪、市井しせいの一庶民になり下がりましたわ」


「そう、それほどまでに諸外国は八真斗の家、そして“血”を恐れていた」


「……本気でそうおっしゃいますの?」

「さあてね。でも彼女は自身の力でこの学園に入学した。奨学生としてね。それが彼女の意志なのか? あるいは八真斗の血が彼女を、”世界”を動かしたのか……」


 由里の白い肌を冷たい汗が一筋伝い落ちる。

 他の者が語れば世迷い言以下の話でも、桜花が語ればそれは真実に近い。

 それを由里は誰よりもわかっていた。


「高等部を卒業すれば僕は英国へ留学する。あと一年、無為な時間を過ごさなくてはいけないとうんざりしていたけど」


 桜花の顔を見た由里の体は固まった。


「……どうやら退屈せずにすみそうだ」


 その顔は由里が初めて見る桜花の姿。

 それはなまめかしく美しい。

 

 妖艶ようえんなる悪魔の顔であった。


 ― ※ ―


 ナデシコ「次回! 『タイトル未定』! どうぞお楽しみに」

 アルフェン「それじゃあ『オウカ様とアルフェンとの一夜のアバンチュール』ってのはどう?」

 ナデシコ「却下します」

 アルフェン「まさか打ち切りじゃないでしょうね?」

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