第205話 終幕
領主の館から混乱が広がり、街は騒然となる。
惨劇が広がって行くと対象の人間が特定されているのが分かる様になって来て、 それも評判の悪い領主側の人間が主だと分かると、身に覚えの有る者たちは逃げ惑い、後ろ暗い事の無い善良な筈の者たちまで巻き込まれて行く。あんな領主の下で働いていて、お零れに預からない筈は無いという先入観だけで……
逃げる役人や領兵たちは領民に捕まりゾンビの餌食になってゆくのだが、襲われない者たちは潔白を証明できたと、逆に捉えに来てた領民をゾンビたちに放り込む。
この騒動は、領主の息子から始まり、使用人に伝染し、領兵に伝染した。
伝染した男たちは、家族や友人を襲い、喰らい、力尽きた。
力尽きた理由は…襲う相手が居なくなったから。
血縁と仲間は襲うが、関係無い者には向かわない。そして力尽きる。
何処までの人間が非道な行いをしたのかは分からない。
誰が領主に加担してたかなんて解るハズも無い。
文字通り、一族郎党破滅したが……悲惨な結果を招いた。
血縁だからって善良な人間が居ない訳では無い筈だろうし、已むに已まれぬ事情もあったかも知れない。そんな事もお構いなしに襲われ喰われ殺される。
残った人間は領主や領兵に虐げられていた者たちで、主に貧困層が多くを占める。彼らは虐げられた現状から解放されて助かったと感じる者が多かった。少しでも恩恵に預かる様な者たちは惨劇に飲み込まれて行った。本当に恩恵に預っていたかは別ににして。
しばらくすると混乱も落ち着いて来て避難できたが、自分達を誘導してくれる者たちが誰かも考える事無く、罪のない領民たちは避難誘導してくれる者たちに付いて、惨劇から目を背けて逃げて行く。
逃げた者たちは一カ所に集まり、変貌して狂う者が出ない様に祈る。
自分の身内は大丈夫だと信じたい。疑心暗鬼に陥りながら、不安を抱えながらも新たな犠牲者が出なくなって夜が明けた。
領都は一夜にして、実質は半日余りで滅んだ。
3分の1程の人間が犠牲となり、生き残った者たちも心に深い傷を残す事なる。
しかし、同じ領民でも村落に住む様な者たちはほぼ無傷で無事だった上に圧政から解放されて人としての暮らしが取り戻せると喜んだ。
数日して領都や村落に王国より進駐軍が侵攻して来たが、領都では既に領軍は瓦解しているので抵抗する者は居ない。
進駐軍は死体等の処理や、病気が出ない様に後始末に追われた。
残って居る者で行政に関わる者はほんの少人数。街の機能を取り戻すのは難しい。
惨劇の後始末と治安の維持とで多くの人員が割かれる中、長として赴いたロレーナ公爵の采配により徐々に街は平穏を取り戻す。
そんな中、真悟人達は海へ向かっていた。
「公爵様に任せちゃって良かったの?」
「ああ。スペンサーなら大丈夫だ。俺にはちょっとな……」
「…うん。酷かったもんね。」
海への道中、トゥミ達と惨劇に付いて語るが口は重い。
スティングとエリザベスには見せられる訳は無いが、大まかな話はしている。
あんな蟲は使うべきじゃ無かった事も。
「祖母ちゃんの方が如何に周囲に被害を出さないかが良く分かったよ。」
「どんな方法?」
「まだ早いかな。」
祖母ちゃんの
自分の全てを振り返り、否定させる。
悪人であればあるほど素の心を壊していく。
己が人にどんな危害を与えたのかを否応なしに突き付けられ、自分に返ってくる。そして心は耐えきれずに壊れる。
耐えられるとしたら、余程、徳を積んだ人だけだろう。
そんな人は自分の行いを突き付けられても揺るがない。
揺るぎようがない。
徳を積む……そんな事出来る者は居ない。
祖母ちゃん、どんな人生歩んで来たんだよ?
耐えられた者だけが使える
俺には無理だわ。
「スティングもエリザベスもこれからの人生、良い人で居れば使える…かも知れない。祖母ちゃんの
「はい。お義父様。その通りですね。しかし……」
「うん。でもお父さんがやってた事で僕が絡まれてた時もそうだし、馬車の御者の時もそうだし、結構色々と人を助けてない?コレってそういう事じゃないの?今回だって隣国の民の為に色々やってる訳でしょ?だから祖母ちゃんの
「スティ!そうですわ!お義父様は色々やってらっしゃるので使える様になりますよね。」
「あ、いや…」
トゥミ達は生温かい目で見ていた。
そんなやり取りをしてる間に海が見えて来た。
ずっと川沿いの道を進んできたが、川自体は本来の済んだ水色を取り戻しているが、川岸周辺は雑草も生えておらず、立ち枯れの低木が目立つ。
途中に村落もいくつかあったが人は殆ど居らず、村を捨てるのを拒んだ老人が残っていて話を聞かせて貰った。
数年前に領主が変わったと言って税が極端に上がった。
領兵がやってきて悪逆非道の行いをして税を取り立てた。
そして若い者たちは連れて行かれ、田畑は荒れて行き、川は死んだ。
川が真っ黒になって周囲の者は死に絶えてしまったと、老人は涙ながらに語った。「……川が死んで、みんな、婆さんも死んでもうた。息子夫婦は…息子は強制労働に反対したんじゃ。その報いにと、嫁が息子とワシたちの前で兵士たちに乱暴されて…心折れた息子は連れて行かれ…嫁は、死んだ川に身を投げてもうた。…心労で婆さんが倒れて、そのまま逝ってもうた。……もうワシに残されたもんは無いんじゃ。」
残された老人たちも村を捨てる覚悟をして街に向かったのだが、自分は身寄りも無いし、ここで死を待つつもりなんだと。
「だから、あんたらも早く此処を立ち去った方がええ。悪い事は言わんから早い方がええ。」
老人はそう言って家に戻ろうとするが、トゥミが引き留めた。
「お爺様。今しばらくお話させて下さい。」
「もう話す事も無いじゃろ。ここはもう廃村じゃ。居ても得なんかありゃせんぞ。」
「お爺様。川を。もう一度川を見て下さい。」
「川?もう死んだ川じゃ。今更見ても…」
渋る老人をトゥミとエリザベスとスティングで引っ張ってゆく。
「ん?臭いがせん。あの毒の様な臭いが?」
臭いが変わってる事に気付いた老人は、早足で川に向かった。
「おおおおぉぉ!!川が!川の水が戻っておる!!」
「お爺様、悪夢は終わりました。」
「なんと!?」
「悪い事は、悲劇は終幕です。もう、繰り返す事はありません。」
「なんと!?なんと!なんと!?うおおおおぉぉー-」
老人は膝から崩れ落ち、絶叫して泣いた。
思いっきり泣いた。
少し落ち着きを取り戻した老人に、領都での出来事を話した。
領主を始め、悪行を行っていた者たちは報いを受けて居なくなった事。
そして、新しく善政が敷かれる筈だと聞かせた。
「取り乱してすまんかったの。…………もうワシに残されたもんは無いのは一緒じゃよ。最後に明るい兆しが聴けたのは良かったわい。……婆さんに報告せにゃぁの。」
そう言って老人は出て行った。
トゥミ達は付いて行こうとしたが、婆さんと二人で話すから一人にしてくれと言って林の方に歩いて行った。
しばらくして、日が陰って来たのに老人が戻ってこないので、皆で探した。
林の横にひっそりと建つ墓標の前で、老人はもう語る事は無かった。
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