第198話 越境の関所

 隣国国境警備隊の連中は夜の内に戻った。


 朝になって、対岸からの合図を待って越境の橋を渡り、隣国の関所に入る。

 そこには巨漢で意地の悪そうな顔をして、何の勲章だか分からないものを沢山ぶら下げた豚顔が仁王立ちしていた。


「ヨシ!お前たち、全員降りるんだ!」


 御者を務めるアルファが答える。

「ルバン王国 ロレーナ公爵閣下と神田辺境伯閣下の一行だ。王の書状を持ち王都へ向かう。速やかに通されよ。」


「王の書状ですと?そんな連絡は来てませんなぁ」


「国家間の約訂に基づき、通さねば問題となるぞ」


「最近貴族を語る山賊が横行してましてな。改めさせて貰いますよ!」


 まるで聞く耳を持たず豚顔は吼える。

 腰巾着の狐面の様な奴とカラスの様な奴が一緒に吼える。


 馬車の扉を勝手に開けて来て中を改める。

 エリザベスと公爵夫人、トゥミたち5人を見て降りろと騒ぐ。


 彼女たちは大人しく降りて固まって立っている。

 側から見ると怯えている様にも見える。


「君たちは捜索願いが出されている。よって此処で保護してあげよう。」


「「ぶっ!!」」

 ヤバい。俺と公爵は吹き出しそうになった。

 怒るべきところで吹き出したりしたら、後で絶対怒られる。

 2人して真っ赤な顔をしながら怒りの表情を向ける。


「さぁ、コチラへ来て下さい。」

 狐面がトゥミの腕を掴もうとするがサッと避ける。

 アレ?って顔した狐は何度も腕を掴もうとするが全て避ける。


 段々興奮して来た狐面が向きになって掴みかかった。

 が、避けられて更に転がされる。

 真っ赤になった狐面が立ち上がって剣を抜こうとしたところに豚顔がやって来た。

「何をしておるかぁ!?」


「こ、こいつらが言う事を聞かないのであります。」


「だからと言って女相手に剣を抜く奴があるかぁ!?」


「ははっ!」


 豚顔に叱責されて狐面は悔しそうな視線を向ける。


「さあ、こちらへ集まって下さい。私共は保護して差し上げるのですから。当然危害なんて加えたりしませんからなぁ。」

 気持ち悪い笑顔で豚顔はネコナデ声を出している。


 そこへ隣国国境警備隊の隊長がやって来た。

「お待たせいたしました。こちらへどうぞ。」

 部下数人がトゥミ達を案内して詰所に入っていった。


「何をやっておったかぁ!バカモン!サッサとご案内して差し上げろ!」

 残された隣国国境警備隊隊長を豚顔が叱責している。


 少しすると、別の警備隊員が豚顔たちを呼びに来た。

「ご案内、完了しました。」


「そうか。ご苦労。それとお前、軽食とワインを準備して置け。」


「はっ」


 豚顔は詰所に入って行った。詰所となっているこの建物には地下が在り、地下には食料貯蔵庫、豚顔たちの私室、そして、牢屋や拷問部屋もあった。


 豚顔の後を付いて行きながら、狐面はあの美しいエルフの女の事を考えていた。

 自分をコケにするような女には相応しい扱いをしてやると、暗い欲望を滾らせていた。


 カラスは終始黙って見ていた。

 逃げ出す奴や暴れ出す奴が居たら対応すれば良いと、いつも通りと考えていた。

 豚顔や狐面に比べて非常に冷静であった。

 しかし、誰も騒がない事こそおかしい事に気付けなかった。


 豚顔と狐面に続いて詰所に入り、そこでふと気付く。

 あれ?何かおかしくないか?

 振り返ろうとして、意識が途切れた。




 冷たい床の感触に意識がゆっくり戻って来た。


「あれ?野営訓練だっけ?」

 カラスは見当違いな事を考えながら起き上がると、牢屋の中だった。

 状況を把握するまで暫しの時を要したが、現実が認められない。


 カラスは元々貴族と言っても、下級貴族の出で殆ど平民と変わらない生活をしていた。戦闘と隠密に長けていて、豚顔の腰巾着となり現在の位置を手に入れた。

 冷徹で残酷な男であり、弱者を甚振る事にも何とも思わない様な性格をしているが意外と冷静沈着な面を持ち合わせている。


「なんだ?この状況は?何が遭ってこんな場所にいる?」

 冷たい鉄格子を掴みながら周囲を確認すると、二つ隣の牢屋に見知った制服が見えた。あれは、豚顔の腕章ではないか?…腕だけなのか?本人が転がってるのか?此処からでは見えないし、動きも無い。


「やられた……」

 冷静に考えると、詰所に入った時点で気付いた。

 誰も騒がない。そんな馬鹿な事は無い。

 連れの女が意味の分からない理不尽な理由で連れて行かれるのに騒がない訳は無いのだ。


 計画的に嵌められたのだろう。

 元々ルバン王国から特使が来ることは聞かされていた。

 それがあんな女を大量に連れて、更に子供まで連れた遊行目的丸出しな貴族の集団とは夢にも思うまい。


 だから勘違いをした。特使とは思わなかった。

 いつも通り、通した事にして後は知らない。

 山賊なんて山のように居る。そんなのにやられるなんて知ったこっちゃない。

 女を大量に連れていれば良い標的だろう。


「うっ…うぅ…」


 そこまで思考を進めたところで声がした。

 この声は狐面であろう。隣の牢屋に居るのか?まだ気付かないようだが、殺されては居ない…いや、どんな怪我を負っているかは分からないから、もうすぐ死ぬ可能性もあるな。


 奥の豚顔の腕も動かない。

 と、いう事は俺一人で逃げれば良いだろう。


 勝手知ったる我が職場。

 牢屋の構造だって把握済みだ。閉じ込めて、してやったりな気分だろうが、そんな甘くはねぇんだよっと。


 脱出を図るには定番の下水道。便器を外せば下水道に降りれるんだ。

 便器が外せるなんてまず思わねぇだろうがよ。


 と、あれ?ん?

 便器が……無い。何故だ?中で垂れ流せと言うのか?

 便器があったと思われる場所は、キレイに埋められていた。


 ならば地下窓の……ここで気付いた。

 今は何時だ?妙に暗いぞ?既に夜かと見上げたら、地下窓が埋められている。

 ここから空が見えたはずだ。鉄格子を外せば、俺なら抜け出せるハズだった。


 天井の換気口? も、無い。


 鉄格子の扉?……鍵穴が無い。

 蝶番が外せたはずだ!‥‥‥そんな馬鹿な!蝶番すら無いぞ!扉になっていないではないか!?


 牢屋の格子を……全て一体化されている。


 こんなバカなことがあるか!?これでは抜け出すどころか、入る事すら出来ないぞ!?


 更に気付く、気付いてしまった。


 この牢屋のある部屋、この部屋に入って来る、扉すら無い事に……




 間も無くカラスは、絶叫と罵詈雑言、聞くに堪えない叫びに晒される。

 豚顔と狐面が気付いて騒ぎ出したからだ。

 これだけで更に精神がガリガリと削られていく。


 そして最後の気付きは。

 この空間を照らしている唯一のランプの油が切れそうになっていた。

 たまにチラチラと消えそうに暗くなる時がある。

「あぁ…警備隊の奴がランプの油を要求してて突っ撥ねられてたなぁ…」


 あれが切れたら真の暗闇。

 もう精神的に持たない…な。


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