第186話 ネーレウス

 イネスを抱きしめて、温もりに浸ってしまった。

 娘の成長が嬉しくて涙腺が緩むなんて、歳取ったなぁと切実に感じるよ。


「あっ!バトラお婆ちゃん!?」


「えっ!?」

 ゆっくり振り向くと、人間形態の貴婦人然とした初老の女性が立っていた。

 更にその後ろには鋭い目つきのイケオジが・・・


 イネスを離して立ち上がり、頭を下げる。

「お恥ずかしい姿をお見せしました。ご無沙汰しております。バトラショワディタ様。」


「・・・・・・・」

 無言。怖ーよ。


「お婆ちゃんコンニチワ!無理言ってゴメンね。」


「ああ、イネス。久しぶりだね。息災にしてたかい?。」

 イネスの挨拶には何事も無いように返してくれますね。


「うん。私は元気だよ。今日はパパの話を聞いて欲しいの。」


 ジロリとこちらに視線を向ける。

 だから、怖ーよ。

「アンジェはどうした?」


 娘であるアンジェリカスはまだ地球の海に行ったきりである。

「まだ私の故郷の海に行っております。」


「ふん。あっちは相当酷いようだね。」


「……はい。」

 確かに地球の海は酷いことになっている。たまに届く知らせにアンジェ達の嘆きが混じる。その話は当然にバトラショワディタの耳にも入る。そうすると俺への風当たりが厳しくなる訳です。


「あんたのせいじゃ無いのは分かってるさ。……でもね、同じ事を持ち込むな。分かってるよね?」


「はい。」

 そう、地球の海が汚れた原因は人が海を汚したから。

 それを持ち込むな。当たり前の事だよな。


「お婆ちゃん……」

 イネスは俺の手を握り、不安そうにバトラお婆ちゃんを見上げていた。


「おっと、イネスやごめんよ。中で話そうかね。それと、紹介しておこう。こちらの紳士がここらの海を仕切るネーレウスだよ。覚えておきな。」


「あ、はい。」

 俺は胸に手を当て、頭を下げる。

「私は神田真悟人と申します。性がカンダ、名がマコトです。よろしくお願い致します。」


「うむ。ネーレウスだ。」


 渋い。なんだこのイケオジ。滅茶苦茶渋い。

 こんな風に歳を取りたいと思ってしまう位にカッコいいぞ。


 挨拶を終えて、門を潜り屋敷に向かう。

 前回も思ったが、使用人さんが多い。

 イネスとのやり取りは門の前でやっていたのだが、そこにバトラお婆ちゃんとネーレウスさんがご帰宅されたって感じかな。


 でも、徒歩で帰ってきたの?

 馬車?……魚車?みたいなのは?あぁ混乱する。

 ここは海の中?の筈だが、人魚さんたちと移動すると陸地の常識と違ってて、自分がどこに居るのか分からなくなる。

 ……うん。大丈夫。ここは海の中だ。


 お付きの方が帰宅の連絡に行って、門から屋敷までの道の左右をアッと言う間にお出迎えの方々が並んだ。

 執事さんやメイドさんの列は100mくらいあるかな?その方々の前でこのやり取り……イネスと話してるときは誰も居なかったからセーフです。


 彼らの前をバトラお婆ちゃんとネーレウスさんの後に付いて歩く。

 イネスは二人の間でぶら下がって楽しそうだ。


 屋敷に迎え入れられ、応接室に案内され、バトラお婆ちゃんとネーレウスさんはイネスを挟んで歓談中。

 うん。俺の入る余地は無いよ。


 歓談中……


 歓談中……


 偶にイネスが話題を振ってくれて、話せるように仕向けてくれるのだが、そこで本題に入れるほど甘くない。


 歓談中……


 歓談中……


 歓談中……


 いい加減しびれが切れそうな頃。

「ねぇ、パパの話も聞いてくれる?」

 おお!イネス、まじ天使!


「ああ、そうだったね。イカの話だろ?」


 はっ?

 知ってましたか。そりゃそうだよね。

 でもやっと本題に入れたことが嬉しい。


「捕るのも良い、増やすのも良い。しかし、イカを主食にする奴らも多い。だから捕るのは決めさせてもらう。増やしたのは自由にしろ。しかし、増やしたのを離すな。調律が乱れる。」


 ネーレウスさんが渋い声で淡々と語る。

 大体考えていた通りの事を言われて納得する。

 そして。


「条件がある。」


「はい。どんな事でしょう?」


「討伐に協力しろ。それが条件だ。」


「討伐…ですか?」

 正直言って戸惑っている。

 海の沖合で戦う。相手は当然魔物だろう。しかしそれは海洋生物だよな?自分たちが行って役に立つのだろうか?


「その辺はあたしから言わせてもらうよ。先ず、海の魔物に敵うのか?戦えるのか?ってトコだね?それはこっちでお膳立てするさ。そのままヤレって言っても餌になるのが落ちだからね。

 あたしたちが直接やれば良いと思うだろうが、そこのトコは海の柵があって、直接叩くのは憚れるんだよ。だから、あんたがやれば誰も何も言えない。

 それと、海の中だけじゃなくてあんたのトコと一緒だよ。

 ……海を汚す奴らが居るのさ。こいつらはあたしたちが出張る前に逃げる。陸に逃げるから手が出せない。それを何とかして欲しいのさ。」


「海を汚す奴ら?……いったい何をして汚すんですか?」


「ゴミの投棄。汚水や毒の垂れ流し。薬物の実験。そして武器や魔法の実験。……もう枚挙に暇が無いとはこの事だよ。レウスと頻繁に会うのは、この事が問題でね。」


 この世界、ルバン王国の周辺しか知らないが、地球と同じような道を辿っている様だな。文明が進んで海を汚していく。気づいた時には後戻りは出来ないんだ。

 バトラお婆ちゃんとネーレウスさんは、地球の二の舞を踏ますな。そう言いたいんだろう。さっきも同じ事を持ち込むな。そう言っていた。

 でも、この世界独自で何かが動いている。海の浄化作用なんて知らない奴らがこの世界の毒を垂れ流している。……先々を考えてゾッとした。

「分かりました。協力させて貰います。」


 バトラお婆ちゃんとネーレウスさんとの話も協力体制を作ることで纏まった。

 ルバンに戻ったら王様や宰相も交えて話をしなければならない。


 ……つか、こんな大事な話があるなら最初から話してくれても良かったじゃん!

 今一つ納得できない気分で帰路に就いた。

 まぁ、難しい話になる前にイネスと話したかったんだろうな。

 二人のデレデレな表情を思い出して笑ってしまった。


「ふふっ。」


「ん?どうしたのパパ?」


「いや、イネスは可愛いなって思ってな。」


「え~?そんな笑いじゃなかったぁ!」


 イネスとじゃれ合いながら、娘が居るって幸せだなぁ。でもアンジェ達に会いたいなぁと思っていた。

 今度日本に戻った時に会えないか聞いてみよう。


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