第177話 その頃とこの頃

 少し時は遡って。


「馬車来ないねぇ‥‥」


「渋滞してるのかな?」


「何時の約束だっけ?」


「一緒に夕飯にするって言ってて、16時には来なさいって言ってた。」


「そろそろ行かないと間に合わなくない?」


「ね~!‥‥行っちゃおうか?」


「そうだな。アンジェママは日本に行って帰って来てないからイネスは安心?」


「そんな訳無いじゃん。後で纏めて怒られるんだから。」


「それもそうか。んじゃ目立たない様に走って行こうか。」


「そうだね。」


 待ってても来ない馬車に痺れを切らして、走り出そうとしたスティングとイネス。

 そこに待ってた馬車が走り込んできた。


「遅くなってすいません。」


 今更来ても‥‥と二人とも思ったが、顔には出さずに。

「何かあったんですか?」


「新人が乗る馬車を襲った奴が居たみたいなんです。お陰でみんな時間も乱れて、数も減ったんで、馬車は何処も一杯になってます。


 そんな説明を御者さんはしてくれた。

 そんな状況ならしょうがないね。と、パパに遅れる言い訳を説明する大義名分が出来たので、大人しく馬車に乗り込んだ。



「ねぇ、スティ?あれ、凄くない?」


「ん?馬車がスゴイ混んでる?」


「うん。凄いよねぇ‥‥‥そう言えば走ってる馬車、少なくない?」


「そうだよね?いつももっと走ってるよね?」


 少し変わった街の様子に、二人はさっきの御者さんの言葉通り馬車の異変でアチコチに渋滞や満車が起きているんだな?と、納得する中、ヴィトンの家に着いた。


「「こんにちは~!」」


 ん?あれ?

 いつもは直ぐにメイドさんが迎え入れてくれるのに、今日は音沙汰が無い?

 扉に付いた重厚なノッカーでゴンゴンゴンと叩いてみる。


 少しして、いつものメイド長さんが登場。

「お、お待たせしまして申し訳ありません。」


 二人は顔を見合わせて何か在ったんだと察知した。

 街の異変から、馬車絡みなのかな?とは言わずに置いた。

「スティ坊ちゃまとイネスお嬢様、お待たせして‥‥」


 メイド長さんが平謝りする中、勝手知ったる爺ちゃん家。

 勝手に入って、厨房にお菓子を取りに行って話を聞いた。

 こういう時は、下手に聞き出すより厨房とかで噂に明け暮れている下っ端のメイドさんに話を聞くのが手っ取り早い。

 メイド長さんなんて、絶対に話してくれないもんね。


 噂によると、市営馬車が襲われて新人御者が重傷を負った?

 新人御者は女の子を庇って命がけで守った?


「きゃ~!カッコイイ!」


「イネス、そんな話好きだよね?」


「当たり前じゃな~い!スティも命がけで私を守りなさいよね!」


「はっ!?何か話が違くない?」


「違くない!男の子は女の子を命がけで守るもんよ?」


「あ~‥‥さいですか。」


 この時厨房に居た男は全員、伴侶や恋人の顔を浮かべただろう。

 逆に、女性は伴侶や恋人の顔を浮かべたのは、少ない気がするのは気のせいか?


 これじゃパパたちが帰ってくるのは遅いかもね?



 結局、スティングとイネスが真悟人と会えるのは後日となった。

 真悟人からすれば、日本土産を渡す以上にロレーナ公爵家の手紙の内容を伝えるのがメインの筈だったのに、まぁそこまで急ぎでも無いだろうから、しょうがないと思っていた。


 それと、真悟人とトゥミだけじゃなく、ヴィトンや他のママたちも帰れない様なので、食事だけして学校の寮に帰った。






 翌日の授業中。

「ねぇ、スティ?」


「ん?どっか聞き逃がした?」


「エリーさんから手紙貰った?」


「ん?何の手紙?」


「あぁ、うん。何でも無いよ。」


「??」


 基本的にスティングは隠しごとが出来ない。

 隠すつもりでも挙動不審になってバレバレである。

「奥さんになる人には分かり易くて良いんだけどね~。」


 エリーによるとロレーナ公爵家から手紙を送ったがスティングの反応はどうだったか?である。

 この様子じゃ、きっと知らない。

 と言う事は、昨日パパと会う約束したのは、手紙の件がメインだと思う。


 こりゃ、余計な事は言わない方が良いな~!

 イネスは賢い女であった。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 また、時は変わって。


「はい!トーマスさん、グーパーグーパー。」


 トーマスはリハビリに励んでいた。

 そしてこの男、何気に女性に人気であった。


「看護師さんのお陰で、大分動かせるようになってきました!ありがとうございます。」


「いえいえ~。全部トーマスさんの努力の賜物ですからね!」


 看護師さん達がトーマスと良い雰囲気に持って行こうとすると、決まって必ず現れる女性。

「こんにちは~!トーマス、調子はどう?」


「あ、セリーヌ!大分動くようになって来たヨ」


「うんうん!頑張ってるね。」


「みんな此処の看護師さんのお陰だよ!」


「‥‥‥あんた、どんだけ純粋培養なのよ?」


「え?何か言った?」


「ううん。何も言って無いよ。」

 と、見回すと、ニヤニヤ数名、溜息数名、眼を擦らすのが数名と、あいつ等は黒ね。‥‥」


 トーマスは現在、命がけで女性を守るヒーローである。

 市営馬車の御者は、そんな心意気を持って業務に当たっています‥‥

 知らぬは広告塔にされた本人ばかりなり。


 セリーヌは酷い目に合わずに助かった。

 仕事も首にならなくて良かったし、病院代も払ってもらえる。

 彼の悩みは、取り敢えず解消した。後は早く動けるようになって職場復帰を果たすのが目標である。


 リハビリ中に真悟人様とトゥミ様も来てくれて、ちゃんとお礼を言って謝罪もした。

 何があっても絶対に命を絶つような真似はするなと怒られた。

 死ぬくらいならヴィトンや俺に相談しろと温かい言葉も頂けた。


 ただ最近、周囲の女性たちのスキンシップが激しくて、それに動揺してるのが悩みと言えば悩みかな。

 ‥‥‥爆発しろ!  えっ?誰の声?


 セリーヌの両親にもお礼を言われた。

 お父さんはトリネコ商会の役員で、良かったら一緒に仕事をしないか?とお誘いを受けたが、まだ駆け出しで御者も真面に出来ないのに恐れ多いと断った。

 それでも、やる気になったらいつでも来てくれと嬉しい事を言ってくれた。


 それと、セリーヌを宜しく頼む。とも。

 はい!ちゃんと一人前になって交際を申し込みます!


 ‥‥‥セリーヌ、道は険しそうだな?

 はい。ちゃんと伝わる日を願っていて下さい。

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