第176話 正しい行い
暴行事件の被害者であり目撃者と言う事で、市役所の応接室に通されて、お茶を出されて待っていた。
先ほどの事が悪夢の様で、馬車の御者の彼が注意しなかったら、私は何処かに連れて行かれて、どうなっていたか分からない。
そう考えると身体が震えた。
コンッコンッコン
ノックの音が聞こえ、反射的に答える。
「はいっ!」
「お待たせしましたのぅ」
入って来たのは、髭の偉丈夫。
「ヴィ、ヴィトン市長!?」
思わず立ち上がり直立不動となるが、ハッと気づいて90度に頭を下げて挨拶をする。
「ま、魔術高等学校3年のセリーヌです。」
「はい。市長をやらして貰ってるヴィトンです。座って楽にしなさい。」
「はいっ!」
それからヴィトン市長に事の顛末を説明した。
自分が絡まれた事、御者の青年が注意してくれた事、彼が一方的に暴力を振るわれた事。彼のお陰で自分は助かった事。
セリーヌの話をヴィトン市長は黙って聞いてくれた。
「儂からは一つ謝らなきゃいかん。」
「はぃ?」
変な声が出てしまった。
だってヴィトン市長が謝ることなんて、何一つ無い。
「馬車が通る街道は監視スライムが見ている事は聞いたかな?」
「はい。牙狼戦隊のミドリさんが教えてくれました。‥‥あっ!その時に偶然じゃ無いって、謝らなきゃイケないって言ってました。」
「うむ。その事じゃ。ミドリの言った通り、駆け付けたのは偶然じゃ無いし、もっと早く駆け付けられた筈じゃ。」
「それが、何かの理由で遅れたって事ですか?」
「うむ。恥ずかしい話じゃがな。ちょうど部隊の交代時間だったんじゃ。午後15時で早番の部隊と遅番の部隊で交代する。」
早番の部隊は午前7時から午後15時、遅番の部隊は午後15時から午後23時、夜番の部隊は午後23時から午前7時となる。
監視スライムからの通報は、ちょうど午後15時。交代の狭間で、騎士隊の者が気付かず、気付いた牙狼戦隊が飛んで行った。
「今後はこのような事が無いように、体制を2班制に分けて4時間ずつずらしての勤務体制とする。きつい勤務じゃから人数も増やす予定にしている。
今ここで謝っても起こった事は取り返しが付かん。貴方を守ってくれた御者の青年には、誠心誠意報いると誓おう。今回の事は本当に申し訳ありませんでした。」
目の前でヴィトン市長が立ち上がり頭を下げている現実に、理解が追い付かず呆然と見守ってしまっていた。
「あっ!!いえいえいえいえ、そんな、あ、頭を上げて下さい。」
「申し訳ないの。ちゃんと気付いて居たら、青年が暴力を振るわれる前に止めれたかも知れん。だから余計に悔やまれる。」
「私がもっとちゃんとしていれば、絡まれなかったかも知れないんです。だから悪いのは私かも知れません‥‥‥」
ヴィトン市長はゆっくり首を振り、とても厳しい表情でこう言った。
「奴は人身売買のスカウトマンじゃ。恐らく前から目を付けて計画してたのじゃろう。だからお前さんはな~ンにも悪くない。後は儂らに任せてくれ。その代わり、少しの間、この事は他言無用で頼む。御者の青年の所も危険が無いようにする。事が終わるまで、少しだけ時間をくれんかの。」
此処まで聞いて、僕は唖然とした顔をしていたと思う。
物凄く衝撃的な話だった。
「それじゃあ、解禁って言ったのは?」
「はい。一通りは済んだとおっしゃってました。」
何てこった!
ここで僕が死んでたら、犬死も良いトコじゃないか!
この子の前で助けられたなん‥‥ん?助けられた?誰に?
「え?あの?、あ‥‥」
彼女は不思議そうな顔をして、何が言いたいの?って首を傾げている。
「あ、キョドっててごめんね。恥ずかしいんだけど、今日僕を助けてくれたのって?」
「今日、真悟人様とトゥミ様と一緒に来たんです。」
「!!!!」
あの銀髪はトゥミ様だった!
ど、どうりで見た事あるって思った!
「病室行ったら居なくて、中庭に行ったら、あなたが屋上で‥‥‥もう絶対にダメですよ!折角助けてもらったのに、あ、貴方が死んでしまったら私はどうすれば良いんですか!?」
彼女は僕の左腕を掴みながら怒ってくれた。
うん。ちゃんと左腕に彼女の温もりを感じる。
「うん。ゴメンね。もう馬鹿な事は考えないよ。」
「そうですよ。私は貴方に看取って貰うんですからね!」
「えっ?それは?どういう‥‥」
「い、いえいえいえ、そ、それは言葉の綾です!」
「ありがとう。」
彼女の頭を思わず撫でてしまった。
こんな子と一緒になれたら、本当に良いな。
しかし、あの時助けてくれたのは?
「セリーヌさん。あの時「セリーヌ!」」
「え?」
「さんはいりません。セリーヌで良いです。」
「あ、うん。セリーヌ。アリガトね。」
「うん。トーマス。」
!!‥‥とても可愛いなぁ。呼び捨てって、ちょっとドキドキするね。
「あの時助けてくれたのは、やっぱ真悟人様?」
「うん。突然消えて、空でトーマスを抱えて馬鹿野郎!って怒鳴ってた。」
あちゃ~。
ちゃんと謝りに、お礼を言いに?行かなきゃな。
「僕の左手を治してくれたのはトゥミ様?」
「うん。最初は真悟人様が診て、その後でトゥミ様が診てた。あんな簡単に回復魔法使うのなんて初めて見たよ。それと‥‥‥」
その後二人で話してたんだ。
最初の緊張も無くなって、素の話し方に変わって、とても可愛くて、楽しくて、彼女を守れて本当に良かったと思う。
早く身体を治して、新しい仕事も見付けないと。
ちゃんと稼がないと、彼女に交際も申し込めないからな。
暫くして彼女は帰った。
今度、両親を連れて来ると言っていた。
彼女が帰った後、貴族?っぽいお兄さんがやって来た。
「あ~、君がトーマス君?」
「あ、はい。」
「ふ~ん‥‥‥。」
彼は手の平を僕に向け、ニヤッと笑った。
「君も余計な事してくれたねぇ。皆さんお怒りだよ。」
そう言った瞬間、魔法を打とうとして‥‥暴発した。
彼を結界?が包み、その中で魔法が暴発したので、彼は赤黒く焦げて倒れた。
あっという間の出来事で、何が起きたのか分からずに唖然、呆然とその様子をベットから見ていたのだが。
直ぐに騎士隊の人が来て、焦げた彼を持って行った。
「君がトーマス君だね。エルフシティ騎士隊隊長のダグラスです。先ず最初に、こちらの不手際で辛い思いをさせて、本当に申し訳ない。‥‥‥」
それからしばらく、また唖然と話を聞くばかりだった。
僕が助けたとされるセリーヌに絡んでたのは、人身売買を行っていた貴族の嫡男で、彼方此方で女性との揉め事を起こしていた。
貴族なので、人身売買の証拠を握らないと連行出来ない。女性と揉めても、訴え出る人も中々居ない。
そんな時に僕の事件が起こったみたいだ。
新人の御者なんて大抵は見て見ぬふりだし、上司に報告しても大事になったりはしない。
だから舐めていたんだろうって。
監視スライムによると、僕はかなり抵抗したみたいで、だから捕まるまで時間を稼げたんじゃないかって話。
今回の焦げた兄さんは、捕まえた貴族の親が逆恨みして、差し向けたんだって。
頼んだのは分かったけど、どんなのが来るか分からなかったから、ずっと張り込んでいたみたいだ。
これで大丈夫だけど、危険な目に合せてごめんなさいって謝ってくれたので、もう大丈夫ならそれで良いですって終わらせた。
セリーヌが居ない時で良かったと思う。
他にもう一人、文官さんが来ててお金とかの状況を説明してくれた。
・仕事は就業中の事故として労災扱いなので、回復後は市営馬車の御者に復帰できます。
・労災のため、給与は支給されます。
・病院代は市で支払いますので、個人に請求は在りません。食事や着替えも同様です。
・市から見舞金として、多少の金銭が出ます。
・騎士隊からも見舞金が支払われます。
何か質問は在りますか?
「え~と、今回は自分で何も払わなくて良いんですか?」
「はい。貴方は被害者です。何も落ち度は在りません。人攫いから女性を守った英雄として、街の人々から賞賛の声も上がってますよ。
貴方は正しい事をした。誇って下さい。」
気難しそうな文官さんがニッコリ笑ってそう言われて嬉しくなった。
「ありがとうございます。」
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