第175話 トーマス
馬車御者新人のトーマス。
学生と揉め事を起こし、殴る蹴るの暴行を受けて病院に担ぎ込まれた。
3日間意識不明で、ようやく目を覚ました。
気付いた彼は、暫く放心状態であったが看護師さんに最初に聞いた言葉は、
「女の子は大丈夫でしたか?」
「気が付いた?うん。うん大丈夫。直ぐ先生呼ぶからね。」
直ぐに白衣を着た先生が来て、身体を色々診てくれてヒールを掛けてくれた。
でも、この時に左手が動かない事に気付いた。
傷だらけの手は、自分の手では無い様な状態で、力を入れてもピクリとも動かずに激痛が走る。
「先生、手が、左手が動かないです‥‥」
「少し待っててね。もっと高度なヒールとキュアを使える方をお願いしてるから。」
「‥‥‥はい。」
トーマスは終わったと思っていた。
出来れば女の子を助けたかった。でも、助けられなかった気がする。
自分も手が動かない怪我までして、仕事もクビだろう。
この病院代だって払えない。
この先、どうすれば良いのか。
そんな悲しみに暮れていた。
数日経って、ベッドから出て一人でトイレに行けるようになった。
長い距離は歩けないが、中庭に出てベンチに座り、ぼーっと空を眺める。
空と、動かない左手を見てる内に涙が流れた。
仕事も出来ない。
病院代も払えない。
この先、どうすれば良いのか。
‥‥‥死ぬか。
そんな思いが頭を過ぎる。
更に悲しくなった。
手首斬るにも刃物が無い。
首を吊るにもロープが無い。
病院を見上げる。
4階建ての病院。
‥‥‥飛ぶか。
ゆっくりと病院の階段を上る。
幸い、誰も気にする者は居なかった。
病院の屋上には白いシーツがはためいていた。
沢山のシーツの間から、病院の下を見る。
正面に跳ぶのは嫌だなぁ。
中庭側の下を見る。
誰も居ない今のうちだと思った。
柵を乗り越えるのに、右手だけでは予想以上に苦労をした。
たかが柵を乗り越えるのにも、左手が使えないのはこんなに大変なのか。
それは、この先生きていても大変な事だと言われてる様だった。
右手で柵を掴み、立ち上がる。そのまま倒れるだけで良い。
前から下を見て落ちる勇気はない。だから、後ろ向きに空を見ながら飛ぼう。
空を見上げて右手を離した。空は青かった。
あの女の子は、どうしたかな?
そんな事を思いながら倒れて行く。
空から落ちて行くみたいだ‥‥‥
ゴメンよ‥‥‥
突然!誰かに抱きしめられた。
「え!?」
「馬鹿野郎!」
次の瞬間には中庭に居た。
「え?あれ?僕は?」
その先には、泣いているあの女の子が居た。
そして、また意識は飛んで行った。
暖かい何かに包まれて、何か癒されていく。
何だろう?こんなに気持ち良い気分は随分と久しぶりだ。
気付くと、銀髪の綺麗な人が座っていた。
「気付いた?」
「え?あの?」
「うん。焦らないでゆっくり考えてね。」
「あ、あの。」
「自分がどうしたか覚えてる?」
「あ、僕は‥‥」
少しずつ思い出した。
屋上から身を投げた。
でも、誰かに抱きしめられて、気付いたらあの女の子が泣いていた。
「お、覚えてます。でも、どうして?」
「どうして? ココに居るか?かな?」
「はい‥‥」
「助けられたのよ。屋上から身を投げる馬鹿が居るって助けた人が居るの。」
「あ‥‥‥」
「どうして身を投げたの?」
「あ、あの、僕は‥‥」
あの女の子の泣き顔を思い出した。
「僕は、女の子を助けられなかった。‥‥僕は。」
頬を暖かい物が流れる。
「それで身を投げたの?それじゃその子も悲しむんじゃない?」
「いえ、僕の事は知らない女の子なんです。」
色んな事が溢れて来る。
「知らない子が助けられなかった?」
「絡まれて困って泣いてたんです。その子の顔を見たら、自分が抑えられなくなって!僕は喧嘩もした事無くて、そんな勇気も無くて、でも守ってあげなきゃ!って思ったんです。でも、でも気付いたら病院で寝てて、きっとあの女の子もひどい目にあったと思うんです。守らなきゃって思ったのに、何の役にも立てなくて、僕は役立たずで、もう左手だって動かなくて、もっと役立たずになっちゃって、もう仕事も出来なくて、病院代も払えなくて、もう居てもしょうが無いかなって‥‥うっううぅ‥‥」
もう止まらなかった。
想いが溢れて、どうしょうもなくて。
「ごめんなさい。こんな僕の話なんて‥‥あの子が助かっていたら良いのに、そうすればちょっとは役に立って死ねたのに。」
「そんなこと言わないで!」
突然、誰かが叫んだ。
「貴方は私を助けてくれたんです。私はちゃんと助かったんです。だから、だから、そんな事、死ぬなんて言わないで下さい!」
ビックリした。
あの女の子が僕の腕を掴んで怒ってた。
「そうよぉ。死ぬなんて言っちゃダメよ。あなたの助けた女の子が悲しむよ?」
「ど、どう言う事ですか?」
「そのままの意味です。私、あなたのお陰で助かりました。」
涙を流しなら、ニッコリ笑ったあの女の子がそこに居た。
「助かったのか?‥‥え?本当に?‥‥」
「はい。本当です。貴方のお陰で助かりました。」
状況が理解出来なかった。
あの女の子は、確かにあの時の女の子だと思う。
助かった?え?ホントに?
本当に助かったから此処に居るのか?
「‥‥‥良かったぁ~本当に良かった。てっきり酷い目にあったとばかり‥‥少しは役に立てて良かった。」
「はい。貴方のお陰でちゃんと助かったんです。」
更に、銀髪のお姉さんがニッコリと笑って
「それにね、左手を動かしてごらんなさい?」
左手?包帯が巻かれていた左手は素肌のままになっていたが、
「え?傷が無い?」
「ゆっくりと動かしてごらんなさい?」
ゆっくりと指先に力を入れると、ピクピクっと動いた。
「う、動いた!ゆ、指先がピクピクって!」
「まぁ今迄通りに動かすには、かなりリハビリが大変だけど、ちゃんと元通りになるわよ。」
「おお!でもズキズキします。」
「そりゃそうよ。ちゃんと動かすには時間が掛かるし、痛みもきついから頑張ってね。」
「先生。ありがとうございます。」
「え!?あ、先生じゃないんだけど、まぁいいわ、私は退散するから後は二人で話してね。」
銀髪の女性は部屋を出て行った。
あの方、どっかで見たことある気がするんだが?
「あ、はい!‥‥え~と、あの、お見舞いに来てくれたんですか?」
「クスッ。はい。漸く解禁されましたので。」
「解禁?‥‥あ、僕はトーマスと言います。お見舞いありがとうございます。それと、恥ずかしい所を見せてしまってごめんなさい。」
さっきまでの自分の行動が非常に恥ずかしかった。
「いいえ、私は魔術高等学校の3年でセリーヌと言います。今回の事は、本当にありがとうございました。あなたが居なかったら私はどうなっていたか分かりません。今日は私だけですが、後日両親もお礼をしたいと言っていますので、またお見舞いに来させてください。」
彼女は深々と頭を下げてお礼を言ってくれている。
でもね、僕は今の今まで君が助かったなんて知らなかったんだし、そんなに頭を下げないで良いからね。
「僕は何もしてないよ。注意しただけで、その後の記憶も無くて、気付いたらこのベッドの上だったんだよ。」
彼女は少し困った顔をしたが、あの時の顛末を教えてくれた。
トーマスが注意した後、馬車から下ろされて殴る蹴るの暴行を加えられた。
彼女は泣きながら止めてくれるよう彼らに懇願したが、余計に面白がって激しい暴力を加えた。いよいよ殺されちゃうかも!って所に牙狼戦隊が登場。
暴力を加えていた3人を物も言わずに一人で捕縛して見せた。
「私は牙狼戦隊、グリーンと言います。彼は重傷で命の危険があります。先に病院に行きますので、後は彼、ミドリに従って頂けますか?」
「は、はい。分かりました。」
「牙狼戦隊、ミドリです。馬車を届けるので、お時間があれば同行をお願いできますか?」
捕縛された3人は口々に喚いていたが、ミドリが目を向けただけで黙った。
その後、彼らは意識を落とされ、馬車の後部に荷物の様に放り込まれたが、私は怖いので、御者をするミドリさんの横に座らせてもらい、今回の話を聞かせてもらった。
他に誰も見て無かったのに駆け付けたのは、監視スライムからの通報があったから。
各街道沿いには監視スライムが見ているので、異変があれば連絡が来る。
今回、牙狼戦隊が来たのは神田真悟人様が来ていて護衛部隊が来ていたから。
通常は騎士隊などが駆け付ける。
「色んな偶然で助かったんですね。」
「いえ、偶然じゃないですよ。逆に駆け付けるのが遅くなりまして、本当に申し訳ありません。特に怪我を負った彼にはエルフシティで保障させていただきます。」
「‥‥‥?」
馬車は新たにお客を乗せる事も無く、市役所前に戻った。
待っていた客たちは臨時馬車で乗せて行ったそうだ。
その後、被害者で目撃者と言う事で、市役所の応接室で待っていたのだが‥‥
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