第174話 エルフシティの生活

 ロレーナ公爵家からの手紙。


 スティング、お前何やったんだ?

 取り敢えず、トゥミに話すか。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 スティング10歳、イネスも10歳。

 二人共もう4年生になる。


 エルフシティ魔法学校の生徒たちは大過なく平和に過ごしている。

 家の都合などで辞めた子も何人かいる様だが、スティングとイネスの周辺は至って平和の様だ。


「スティ、遅い!」


「お、イネスごめん!」


「パパたちが日本ツアーのお土産持って来てくれるんだから、遅れちゃダメよ!」


「うん!今回は何買って来てくれたかなぁ?めっちゃ楽しみ!」


「そうだね。でもルバンで持ってても可笑しくないモノだから、そんなスゴイ物は無いと思うけどな。」


「う~ん、下手なモノ持ってると盗まれるし襲われるし?でも俺ら襲う奴なんて居なくない?」


「それは、そうかも?だけど‥‥」


 そこに近づく女子学生3人。

「あら?二人ともごきげんよう。」

「「ごきげんよう。」」


「あ、エリーさん、ごきげんよう。」

「エリザベスさん、こんにちは。」

「ごきげんよう。」

「お二方もこんちわ~。」


 声を掛けてきたのは、エリザベス・テレーザ・ディ・ロレーナ。

 公爵家の長女であるエリザベスと取り巻きの二人。

 親の爵位をひけらかしたりしない良い子たちである。


「こんな所で待ち合わせ?」


「はい。パパに会いに行くんです。」

「自分たちで行った方が早いんですけどね。」


「スティ、そんな事言わないの。」


 此処は、男子寮と女子寮の間の広場。

 所謂、乗り合い馬車の乗降場所である。


「馬車を使うなんて珍しいわね。」


「え~と、目立つから色々と禁止されちゃって。」


「あ~、あんまり目立つと危険も呼び寄せちゃうものね。」


「大丈夫だと思うんですけどね。」

 自覚が無いのは困りものである。


「エリーさんも何方か行かれるんですか?」


「ううん。3人で来週からの予習をしてたんだけど、気分転換に散歩しようと思って。」


「本当は、イネスちゃんが出たからスティング君に会えるかと思ったんですよね。」

 後ろでボソボソっと話しているが、スティングたちには聞こえなかったようだ。


「さ、さぁ、私たちも行きましょうか。」

 焦りだしたエリザベスが戻ろうと促すと、またボソボソっと言われてしまう。

「もう~。素直じゃないんだから。」


「で、では、ごきげんよう。」

「「ごきげんよう~。」」


「はーい!またね~。」

「はい。ごきげんよう。」


「何かボソボソっと言ってたね?」


「スティは気にしなくて良いのよ。」


 ふ~ん。と本当に気にしないスティングである。


 ここからエルフシティの中心部のあるヴィトンの屋敷、エルフシティ市長である爺ちゃんの家に行くために馬車を待っている。


 今では広大な面積を誇るエルフシティなので、魔法学校から中心部までは歩いたら結構時間がかかる。

 市内を巡回する馬車が走っているので、普通はその馬車を市民の生活の足として暮らしている。

 スティングたちは走った方が速いので、利用していなかったのだが、馬車より速く走る子供たちとして目立ってしまうので、トゥミママに禁止された。

 イネスに至っては、市内の水路を利用すれば、スティングが走るより速い。

 しかし、当然それもアンジェママは禁止した。


 イネスは人魚の血を引いているから、人魚に戻れる。

 市内の大きな水路で、イネスとスティングで競走したのだが‥‥

 普通は地上を走るのと、水中を泳ぐのでは、水の抵抗の方が遥かに大きいので走る方が速い筈。


 二人は上流から下流に向かってスタートし、橋で折り返してスタート地点に戻る競争をして、イネスは走るスティングの横で、余裕を持って泳いで抜いて行った。

 それも折り返して上流に向かって泳いでいるのに‥‥

 これには流石のスティングも心折れた。


 対抗出来るのは、シャマルが魔狼状態で走って良い勝負なんて、人魚イネス恐るべし!


 人目の多い水路でそんな事をすれば、当然非常に目立つ!!

 水路に人魚さんが居れば、捕まえようと企む悪い奴は居るだろう。

 イネスが人魚なのは一応秘密扱いであったが、本人が気にしていないので公然の秘密状態になってしまった。


 それでも態々目立つ事すんな!と怒られたので水路を泳ぐのは自粛している。

 でもコッソリ泳いだりするんだけどね~。


 スティングは競争の時、水からドヤ顔で上がってくるイネスを見て、濡れた髪と、歳の割に膨らんだ胸。

 妹なのに女を感じてしまってドギマギと誤魔化した。

 それ以来、イネスは女の子なんだと意識するようになったのは秘密である。



 エルフシティの水路は非常にキレイに保たれている。

 上下水道が完備されているため、汚水垂れ流しなんて在り得ないし、浄化槽のスライムたちは好待遇で働いている。

 何槽にも分けられた浄化池には、専門パートを受け持つスライムたちとトータルで見張るスライムとで構成されて、スライム先生監修のもとで作られた浄化システムを誇る。


 だからイネスが泳いでも問題ないのだが、偶に水路にゴミなどを投棄する不心得者も居る訳だ、しかし、水路の監視もスライムたちは行っているので、直ぐに発覚して捕縛される。

 何人か水路に不法投棄した者たちが見せしめに捕縛されてからは、そんな不心得者はなりを潜めたようだ。


 だってねぇ、不法投棄したゴミやら汚物やらを全て返却されて、公衆の面前で糾弾される。

 認めないと証拠を順に挙げられて、ゴミの詳細まで説明されれば大抵の人々は心折られて認めるのだが、頑として認めない猛者も居る。


 そんな相手には、ゴミの出処から生活の趣味嗜好、性癖まで公開されて、個人情報が全て晒される。

 異世界に個人情報保護法は無いのである。

 そんな輩は、市民生活は送れない。

 仕事にも付けなくなるし、住む場所を失うことも在る。

 だから認めざるを得ない。


 市民生活においてスライムたちの目から逃れる事は出来ない。全ての目撃情報がデータベーススライムに送られて記録される。

 データベーススライムが何匹居て、どれだけ保存されるのかは公開されていないが、市民には受け入れられている。


 迷い犬の捜索から落とし物検索、犯罪者追跡など街で起こったあらゆる事を検索して貰える。

 多少の金額は掛かるが、内容によって銅貨1枚で検索出来る。


 迷子捜索で誘拐が判明して大規模検索に発展したことも在るが、犯罪が絡む場合は検索費は街で負担するので、個人で調べた分も返金される。


 市民の味方!スライム検索である。




 そんな中、「魔法学校前~。」と巡回馬車が到着した。

 乗り込む場所のチケットを取って、降りる時に距離分の料金を払う。

 魔法学校はエルフシティの外れにあるので、距離制の料金となっている。

 しかし、中心部の循環馬車は一定料金である。


 

 中心部の循環馬車は、決められたルートをグルグルと回る。主に新人たち、若い奴らが経験を積むのに乗るルートである。


 新人トーマスは、やっと馬車会社に採用され、研修を終えて、遂に独り立ちの日だった。


 発着点の市役所前から市内をグルっと回って戻ってくる。1周およそ2時間の周回コース。所謂新人コースとして、市民たちも分かっていた。

 1日3周、新人は2周して反省会となる。

 これにもスライム検索は大いに役立っていた。


 トーマスは10時からの周回と14時からの周回を指示されていた。新人に朝夕の渋滞時間は無理なので、人が空く時間から始めるスケジュールを組まれている。


 10時からの周回は上手く行った。

 緊張マックスのトーマスに、声援をくれるお婆ちゃんや、飴ちゃんをくれてガンバレ!って肩を叩いてくれるおばちゃんなど、ホッコリしながら1周目を終えた。


「はぁ~。やっと1周かぁ、思ったより早かったけど乱れてるトコも多かったなぁ。」


 それもそのはず。緊張して停留所で止まらずに行き過ぎてお客さんに歩かせてしまい謝ったり、馬のフンの回収を忘れて放置したりとお約束なミスを連発していた。


「ヨシ!気合入れて2週目行くぞ!」


 14時からの周回は学生たちが増える。

 10時の周回より、多少難易度が上がるのである。


 午前中の失敗を紙に書いて御者席の横に貼った。

 他にも注意点などを張って、忘れない様にと気を張っていた。


 半周廻って15時過ぎから学生が増える。

 大して歳の変わらない彼らに対して意識してしまうのはしょうがないだろう。


 そんな中、「や、止めて下さい。」

 小さい声だったが、気を張っていた彼には聞こえた。

 周囲を確認するように馬車の客席を見ると、最後尾の席に座る女の子の左右に素行の悪そうな学生が囲んで座っていたのが見えた。


 馬車の中は最後尾は前向きの席で、間から前までは横向きの席になっている。

 だから女の子が囲まれているのがよく見えた。


「ど、どうしよう‥‥」


 トーマスは喧嘩なんてした事が無い。

 明かに悪そうな学生相手に注意なんて出来ない。

 このまま見て見ぬふりしてる内に降りてくれないかと思っていた。


 この先はスラムに近い、一番治安の悪い場所である。

 どうしようかとドキドキしてると、

「よし、次で降りるぜぇ。」

 と、声が掛かった。


「はい。分かりました。」

 と、振り返ると女の子は両腕を掴まれて泣いていた。

 それを見た瞬間に、何かが弾けた。


「おい!お前らその子をどうするつもりだ!?」


「なんだぁ?この御者?頭おかしくなったかぁ?」

「黙って馬車走らせてりゃ良いんだよ!」


 立ち上がった学生たち。

 彼らも分かっていた。この時間は新人が周回する時間帯だと。


 トーマスはその後の事は、よく覚えていない‥‥

 気付くと、ベットの上で全身に包帯を巻かれて寝かされていた。


「あ‥‥あの女の子は?‥‥守れなかったのかな?」


 どうして自分が手当てを受けて寝ているのかは分からないが、こうして寝ていると言う事は‥‥

 女の子はどうなったんだろう?


 意識の中に彼女の泣き顔が浮かんだ。


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