第172話 弁護士

 杉本弁護士事務所?

 同じ名前はごまんとあるが、何処もちゃんとした電話番号とメールアドレスを掲載している。


 今時は「日本司法支援センター 法テラス」と言うのがあって、弁護士が無料相談も受け付けているし、大体加害者?に対して被害者?に直接連絡させてるなんて在り得ない。


 本物の法律の専門家ならば常識は弁えてる筈だし、なんて色んな事考えてネットで検索してる内に、動画サイトで好きだった歌が‥‥

 コレ、好きだったよね。

 聞いてたら、泣けてきた。

 俺の事、何も言わずに捨てたんだぞ?何も言わずに‥‥


 何か言ってくれたら、嫌いになったとか、呆れたとか、一緒に居たくないとか、顔も見たくないとか‥‥何か、何か言ってくれたら。

 あれから何年経ってんだよ。なのになんで泣けるんだよ。


 色んな思いが浮かんでは消えて行くうちに、一つの結論が出た。

 弁護士?

 如何にも正義の味方を語るそいつは許さない。

 弁護士の後藤雄二?


 俺は、俺の全力を持って調べようと思った。

 あいつは今幸せなのか?

 あいつは今どんな暮らしをしてるのか?

 あいつの真意は何処なのか?

 あいつは‥‥

 俺と別れてどうなったのか?


 全て俺の自己満足でしかないが。

 あいつの悲しみなんて癒せるはずないのに、分かった心算になりたくて、知らなくて良い事を調べようとしてる俺を、香は抱きしめてくれた。


 いつの間にか香が傍に居てくれた。

 心配してくれてたんだね。


「真悟人さんバカだよ。」


「うん。」


「でもね。そこが良いトコかもね。」


「そうなのか?」


「ちょっと妬ける。」


「え?なんで?」


「教えない。」


「これは俺がケジメを付ける為の自己満足だから妬く様な事じゃないよ。」


「ばか。」


「?分からん?」


 俺は、馬鹿だよな。

 今の嫁たちが良い顔する訳無いのは知ってる。

 気持ちが無ければ切り捨てれば良い事。

 でも、掘り起こそうとしてる。良い事じゃないよね。決して気分良い事じゃないのも解かってるけど、ちゃんと知っておきたいんだよ。


 俺のどうしようもなく頼りなかった事実を、情けなかった事実を改めて知りたい。





 元嫁は俺と別れて後藤雄二と結婚した。

 暴力や借金などで別れた訳じゃ無いし、元嫁の別れた真意は知らなかった。


「寂しかった。」


「‥‥‥え?     え?なんで?」


「真悟人はよく私を抱いててくれたよね。でもね、身体で気持ちを埋めてたの。‥‥私たち見てる物が違うの。」


「え?‥‥‥」


「抱かれるのは嬉しいよ。でもね。違う物を見てるのが分かるの。だから、私を見て欲しいなってずっと思ってた。多分、こんな未来を見てたのかな?そこに私は居るのかな?って。不安になっちゃった。」


「ええ!?‥‥‥」



 離婚届を記入して、女が出て行くのにどれだけの決意がいるのか?

 確かに後藤雄二が傍に居て、後押しになったかも知れない。


 でも、そんな決意をさせたのは俺なんだ。

 傍に居たのに、話してたのに、気持ちは擦れ違ってたんだ。


「そうだったのか‥‥。理解は出来ないけど、納得はした。」


 ちゃんと話せて無かった。

 気持ちが伝えられて無かった。


「俺はね。お前の事大好きだったんだよ。そんな思いが身体を求めてた。そんな猿みたいな自分が嫌だったんだけど、そんな事言えなくて、分からなくて。身体と一緒に気持ちも欲しかったんだ。ちゃんと話せなくてゴメン。その時に言えなくてゴメン。俺は、お前の事、大好きだったよ。」


「うん。もう過去形なんだね‥‥」


 それきり、彼女は何も言わなかった。



 ~~~~~~~~~~



 杉本弁護士事務所もくそも関係なく、問答無用で元嫁を攫って来た。

 訳分からん奴らの相手をしたく無かったし、直接ちゃんと話したかったから。

 目茶苦茶ビックリしてたが、会社の応接室で俺が目の前に座ったら落ち着いたみたいだった。


 彼女は後藤雄二と結婚したが、子供が出来た事実は無いと証言してくれた。

 俺とはダメなんだろうなぁと思ってた時に後藤と知り合ったが、コイツは最初から身体だけが目当てだろうな?と思っていて、結婚を条件に寝てやった。でも予想以上に良かったと!


 おいおい、いきなり女の本音かい!?

 身体の相性が良かったのか?


 男って女が変わっても自分の性癖?は変わらないけど、女は男によって変幻自在だって聞いたことある。まぁ、刀に鞘がピッタリ嵌まったんだろう。


 日本女性?は男性に対して自分の性癖を正直にぶつけ辛いのも大きいだろうが、二人の世界でタブーが無くなれば自由な世界が広がるだろう!

 男も女も自分の気持ちを自由にぶつけられれば、こんな擦れ違いは無くなるかもね。


 元嫁は、鞘に納める刀を見付けたまでは良かったが、良からぬ付属品が居た訳だ。


 後藤雄二自体は悪い奴じゃ無かったが、気弱な性格が災いして害虫が集って利用しに来てしまったと。

 そこに極上のエサである神田真悟人が掛かった訳だな。


 後藤はあっけなく杉本の提案に乗った。

 自分の嫁を利用するのに躊躇なく乗った訳だ。

 その一瞬で冷めたと。

 気持ちも何もない。お前の嫁は利用できるぞ!はい!分かりました!って、どんだけクズなんだよ?


 嫁が愛想尽かさないかと思わなかったのか?そんなに自分の嫁は馬鹿だと思ったのか?

 行き当たりばったりで、これでなんでイケると思ったんだ?

 自分の嫁の元旦那が事業に成功して海外の王族の案内をしていた。

 それが魔法だ何だで脚光を浴びて表舞台に出て来た。

 それだけの事なのに絡んでくる?


 バカでしょ?

 ビックリだよ!無知にも程があるだろう。

 特に杉本!!

 無知の癖に弁護士騙るってアホか!?


 犯罪に走った挙句に全てが明るみに出てしまいました。


「後藤。‥‥何がしたかったんだ?」


「う‥‥‥すみませんでした。」


「‥‥誰が謝れっつった?お前、理解出来ねぇのか?」


「あ‥‥‥あの、杉本さんに言われて‥‥」


「ふーん。杉本に言われたら何でもするんだ?」


「いえ‥‥でも‥‥後が怖くて‥‥」


「へぇ~。杉本のその後、見る?」


 そこには、人間の原型は無く、苦痛のみ与えられて、更に意識をはっきりと保たれた醜悪な顔をした肉塊があった。


「あ、これ、杉本ね。会話もできるよ。お前もそうだけど現実逃避は許さないからな。理性も意識も失わせない。当然だけど苦痛もそのまま。」


「あ‥‥あ‥‥あ‥‥」


「お前が人に与えた苦痛がどれほどのモノなのか?身を持って知ってくれ。」


「ああぁぁ!!そ、そんな!?あ、貴方はいったい‥‥!?」


「生きて来て、人を傷つける事は誰でもあるさ。でもな、故意に傷付けるつもりで、辛いと分かっててやるのは違うと思うんだよ。それもさ、自分の快楽のために人を傷付けるのは言語道断だろ?」


「ああああぁぁぁぁ~~~~~!!!!」


 耐えきれないだろうが、仮にも元嫁の旦那さんだし。

 十分な罰を与えてから弁護士として再起して貰おうか。


 人の痛みの分からない弁護士なんて、何の役に立つのか分からない。

 ああ、立場を守るだけが今の弁護士か?

 地獄の沙汰も金次第、金の切れ目が縁の切れ目。


 法律を知ってても人の気持ちは知らないんだね。

 そんな弁護士ばかりじゃないと信じたい。


 元嫁の現状を知っても、何も手出し出来ないし、しちゃイケない。

 愛情から愛を抜けば情けが残るかぁ。


 厚生?して、ちゃんとした生活を送って欲しい。

 でも、我らが山際さんが彼を貰い受けるとおっしゃいまして。

 弁護士は色々使い道有りますから‥‥良い笑顔で彼を連れて行きました。


 ま、まぁちゃんとした生活は送れるでしょう。

 イッパイ利用‥‥働かされるとは思いますがね。

 因みに、杉本弁護士事務所?の構成員たちも全員山際さんに引き取られたそうだ。

 ザっと20~30人は居たようだが、彼らも使い道があるそうです。

 山際さん恐るべし!



 ~~~~~~~~~~



 元嫁との話も、彼女は沈黙の後、

「後藤はどうなりますか?」


 杉本は抹殺されるのは分かっている様で、後藤も同じ末路かを聞いてる。


「彼は更生させる。優秀な方の元について、出直す筈だ。(死にはしないと思うが‥‥)」


「そうですか。」


「そのまま付いて行くのか?」


「気になります?」


「‥‥‥ああ。」


「今後の事は、少し考えます。」


「そうか‥‥そうだな。」


 沈黙の後、彼女は席を立った。

「今回の事は、本当に申し訳ありませんでした。また、色々とありがとうございました。」

 そう言って彼女は部屋を出て行った。

 きっともう彼女とは会う事も無いだろう。

 そんな当たり前の結末だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る