第165話 温泉旅館

 微妙な空気のまま観光バスは山道に入る。

 山の尾根沿いに通る有料道路を走るとパラグライダー等の姿が見えてくる。

 その姿を見て、魔物か!?と色めき立つが、違うから落ち着いて座ってなさいと宥める。

 空を飛ぶのは鳥か魔物位なので、パラグライダーの人たちはすっかり魔物扱いだったが、遊びで空を飛べると説明したら、目茶苦茶食い付いて来た。

 しかし、ここでだけ飛べると言う事にして諦めて貰った。


 人類が空を飛ぶのは、どんな世界でも壮大な夢であって、魔法がある世界でも簡単では無いと言う事だ。

 転移まであるのに、空を飛べないなんて意外と魔法は不便なのか?


 山の尾根から雄大な富士山を見て、今夜の宿を目指す。

 何てことは無い、箱根の山をくるっと回って、箱根の温泉旅館に泊まる。

 今迄のホテルと違って、純和風の温泉旅館である。


 到着前に再度文化の違いを説明しておく。

 貴族や平民と言う身分制度は無い事。

 当然、貴賤は問わないし互いに譲り合う文化であった事‥‥過去形になるくらい民度が落ちてきている状況な事。

 揉め事は起こさない様に!ただ、直ぐに報告をお願いします。

 イキナリ殺しちゃダメだかんね!


 説明してる間に旅館の前に到着です。

 女将さんや仲居さん達が出迎えてくれる前で、例の点呼を始めます。

 イチ!ニー!サン!‥‥‥

 イエッサー!!‥‥


 その脇で、観光バスから荷物を下ろして旅館に運び込んでくれる方々、ありがとうございます。


 点呼も終わり、女将さんが

「よくお越し頂きました。私、この旅館の女将を務めます‥‥‥」

 歓迎の挨拶をして頂いたので、そのまま注意事項などを全員へ通訳をしたら、

「サー・イエッサー、ヨロシクオネガイシマス!」と元気な返答を返したら、仲居さんたちから拍手を頂きました。


 最初の関門。

 旅館は土足厳禁です。

 履物を脱ぐと言う行動は、人前で行った事の無い面々。

 それが‥‥先頭の王妃様があっさりと脱いだ。

 メイドたちには動揺が広がったが、貴族の奥様方が素直に従って、

「履物を脱ぐとスッキリしますわね~!」

 などと好意的に受け入れたので、特に混乱は無かった。


 履物と引き換えに下足札を貰ったメイドたちが、どの札は誰の履物?と、把握するのに混乱してた位だろう。


 今夜、この旅館は貸し切りである。

 老舗旅館で人気があるのだが、海外の王族が宿泊したいので貸し切りにしたい。

 お忍びなので公には出来ないが、対応して貰えるかを何件かの旅館に打診して見た。意外な事に何処の旅館も色好い返事を頂いたのだが、その中で、一番の老舗を選んだ。しかし、他の旅館も機会を作って利用したいと思っている。


 旅館なのでロイヤルスイートとかは無いが、

 12畳+8畳+2ベット露天風呂付客室、シャワーブース付き

 ・源泉かけ流し温泉付き(浴槽サイズH560×W860×L1100)

 ・飛騨高山の職人の技が光る家具

 ・シモンズ社のベット(ベッドサイズW1100×L1950)

 ・エスプレッソマシーン

 ・ホームシアターセット

 ・加湿・空気清浄機用意

 ・床暖房付

 流石の王妃様たちも、この部屋にはやられたようで、王城に露天風呂が設置出来ないか!?このベッド買えないか!?この家具は売って無いか!?その他もろもろの設備も何とかならないか!?などと珍しく我が侭を言っていた。


 一般の部屋に泊まった者たちも、皆で露天風呂やサウナなども堪能し、山海の珍味を堪能し、浴衣で卓球を堪能し、仲居さんの布団敷きに感動し、枕投げと怪談話に興じる修学旅行生となっていた。

 それを聞いた王妃様たちは、こっそり?メイドたちの部屋へと抜け出して、一緒に修学旅行を楽しんだようだ。


 ただ、露天大浴場などで王妃様たちに遭遇した者たちは恐縮する一方、

「王妃様キレイ!スタイル抜群!めっちゃ可愛い!」

 大好評だったようだ。

 そりゃ貴族のトップに居るお方が、商人の奥様と同じ風呂に入るなんて無いですよねぇ。その辺りも身近に感じられて、王妃様ファンが一気に増えそうである。


 そんな中、トゥミ達嫁一行は、やはり箱根の温泉旅館は初めてで、表には出さないが相当気に入ったようなのは行動から分かる。

 ただ、集まってコソコソと何か企んでる様子なのが不穏である。


 コッソリ聞いていると、

「やはり奥湯河原が秘湯とされてしっぽり行くには良い!」とか、

「いっそ熱海を確認してから行動すべき!」とか、

「箱根でももっと調査は必要!」とか、

「日本でも有名温泉地を巡ってから決めるべき!」とか、

「箱根から伊豆辺りをぐるっと巡りたいなぁ!」とか‥‥


 お前たち、温泉別荘確保とか思ってるだろ?

 それは俺も思っていた。

 俺だけが使うのは勿体無いから、社員が使えるようにしたいと思っている。

 場所は彼女たちが思っているように決めかねてるから、公にして相談しようか。


 別にコソコソ話さなくて良いだろ?と問いただしたら、実現するには意見を纏めて置いてから話さないと立ち消えになる。と、もっともな事を言っていた。



 さて、この日本ツアー!

 全然日本ツアーっぽくないけど、異世界の方々からしたら文化、文明、民度を図る意味合いで計画してるので、概ね良好の様だ。


 文化としては、この温泉旅館に集約される気がする。

 玄関で靴を脱ぎ、畳の部屋で座布団に座る、床に座る生活。

 ちゃぶ台でお茶を飲み、お新香をつまみにする。

 皆で風呂に入り、背中を流し合う裸の付き合い。

 もう、薄れてしまっている文化もあるが、彼女たちには新鮮に映ったようだ。


 文明は、言わずと知れたインフラの整備。

 電子レンジやIHヒーターも文明だろうけど、誰もが使う道路や水道、電気、ガス。

 電化製品じゃなくて、生活の基盤って奴が雲泥の差なんですよ。


 民度は、日本人に生まれて良かったと思う。

 災害時にもちゃんと並んだり、子供お年寄りを優先したり、自分本位な行動を恥ずかしく思う様な?日本人の美学と言ったら大げさかも知れませんが、そんな気持ちが在ると思うんです。

 それが最近、薄れているような気がしてます。

 極端ですが、誘拐って昔は営利誘拐だったのが、今はいたずら目的?子供に何すんやお前~~!!って思う訳ですよ。

 話、逸れました。


 この旅館を出たら帰ります。

 王妃様は、感想レポートを皆さんに課していたようです。

 そのレポートを参考に、今後の王政にも反映する様ですね。


 極端に違う世界の内容にどう思うか。

 考えの外側にある物の存在に何を感じるか。

 今の生活から、この世界を目指すにはどうしたら良いか?

 ‥‥どう思うんだろう。


 オダーラが在ってマウントフジが在って、似た名前の都市がある。

 どう思うのか、さっぱり分からない。



 その答えは、商人たちからあっさり聞かされる。

「どう思うか?そんなん、それはそれでしょ。」

「そうそう、そんなん俺らに関係ねえし!」

「だよな!隣町にこんなんが出来た!って言ったら焦るが、こんなの何時の世界だ?ってくらい別の話でしょ?」


 だよなぁ~!

 いきなりこうなる訳が無い。

 順を追って進化してきたんだ。何を心配してたんだろうな。


 では、順を追うと何から始めるんだ?

 ‥‥ちょっと怖くなった。


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