第118話 鍛冶場

 オークが鍛冶場の頭領だった。


 何を作るか?剣か?槍か?防具か?

 ‥‥違った。

 メインは農機具。他には建築資材。


 ‥‥ちょっと、いや、かなり‥‥がっかりした。

 ドワーフのダエグ。

 その名前は人間の間じゃ剣や防具の神様扱いだった。

 人の使い方に合った剣!

 力で叩き切る奴、切れ味で勝負する奴、刀という片刃の長い刃物を作ったことも在る。あの仕事は、鍛冶師としての技能を高めてくれた!


 それが‥‥農機具を、鍬や鋤を作れと?

 そんなもの‥‥と、思っていたら、


「バスク居るかぁ!?」


「おう!バークシャー!ここに来るなんて珍しいな?」


「あぁ。相棒が欠けちまってな‥‥」


「何だと!?‥‥見せて見ろ。」



 横から見ていた。

 な!なんだ!?あの鍬??

 いぶし銀の様な光沢で、刃紋?‥‥あれは、ドラゴンとでも戦うのか?

 下手な剣より‥‥ヤバイぞ?


 欠けた??見てる分にはそんな部分は見当たらない。

 見たい!見せて欲しい!


「あ、あの?ワシにも見せて戴けませんか?」


「ん?あぁ、真悟人様が言ってた助っ人のドワーフさん達かい?」


「はい。横から聞いていました。是非わしにも見せて頂きたいので。」


「あぁ、ほれ。俺の相棒なんだがな、ちょっとシクッてやっちまったんだ。」


 こ、これは‥‥鉄の鍬、確かに鉄の鍬だが‥‥刀か?

 あの、刀の様な作りだ。

 欠けた?‥‥端から1寸ちょいの所に、刃零れがある。


 鍬で、鍬でこれが許されないのか!?

 こ、この鍬の形をした刀は、刃の部分は触れない。触っただけ切れるだろう。

 これで耕すのか?何処を耕すんだ!?

 こんな鍬は見た事無い。どんな使い方をすんだよう!?


 混乱して思考の海で溺れた‥‥

 助さんも格さんも、自分の中の鍬と一致しなくて混乱してるようだ。


「ふっ。混乱してるみてぇだな?」


「あっ!?‥‥はい、あの‥‥」


「その鍬は、オーク村の畑を耕す鍬で、特別なんだよ。」


「オーク村の畑?」

 何が違うのか、理解が追い付かない。


「その畑の石にな、アダマンタイトが混じるんだよ。」


「はい??」

 畑の石がアダマンタイトぉ!?


「偶にガチでぶち当たるんで、さっくりとぶった切るんだ。」


 アダマンタイトって‥‥切れるの?

 よくよく聞くと、畑を作ろうとしたら石ころだらけで耕せない。

 んじゃ、石ころ全部掘っちまおうって掘り起こしたら、出るわ出るわ!

 これじゃ、畑なんか出来ねぇなって真悟人様に相談したら、一緒に掘ってくれたんだ。んでも、俺らの鍬じゃ刃が立たねぇのが、真悟人様の鍬ならサクサク掘れるんで、鍬の違いってなんだ?となったのさ。


 ‥‥鍬の違い?

 真悟人様の鍬は鍛造なんだそうだ。鍛冶屋なら知ってるよな?

 俺らの鍬は鋳造でな。根本的に違うぞ!ってなって、この村の刃物は全て、鍛造品に変わったのさ。


 此処の刃物は全て鍛造品。

 それは、王都なら包丁1本でも金貨の100や200は当たり前って事だ‥‥

 下手な剣より切れる包丁‥‥


 真悟人様の言うには、剣なんて戦えれば良いだろ?

 でも、毎日使う包丁は切れないと話にならない。

 切れない刃物は怪我をするからな!


 眼から鱗?って言うのか?

 貴族から冒険者まで、剣の切れ味は拘るが、包丁の切れ味に拘る奴は居なかった。


 その拘りの為の鍛冶場。

 刺身を切るのに、刺身包丁が切れないと押し切りになって繊維が潰れて美味くない。切り方と切れ味で料理の味が変わる。

 ‥‥だから拘る。


「し、しかし剣が切れないと命に係わるのでは?」


「ん?戦いなんざぁ、魔法でドッパ~ン!だろ?」


「はっ?‥‥あ、あの、失礼ですが、オークの方々は魔法が苦手と聞いています」


「あぁ、此処に来て日が浅いから知らないのか。」


 徐に手を翳すと、近くの立ち木に魔法を放った。

 直径40cmはある木は、根本近くでスルりとズレて倒れて行った。


「む、む、無詠唱で、アノ木が倒れた‥‥お、音も無かった‥‥」


「詠唱なんかしてたら、戦いになんねぇだろうが?いちいち、これからこんな魔法打ちまーすって教えんのか?それに、ドラゴン並みに固い魔物切れる刃物なんざぁ鞘も切っちまうぞ?鞘の何処にも触れずに収めるなんて無理だろ?」


 な、なんてこった!自分の中の常識が音を立てて崩れていく。

 何の反論も出来ない正論。こ、こんな世界だなんて‥‥だんだん嬉しくなってきた。

「「「バスク師匠!!!」」」


「はぁ?し、師匠!?」


「これから、わし等を鍛えて下さい!わし等は、余りにも井の中の蛙でした!大海を知った今、師匠の元で漕ぎ出したいと思います!どうかわし等に大海原を教えてやって下さい!!」


「大げさだなぁ、おい。‥‥まぁ真悟人様が連れて来た人だから邪険にするつもりはねぇよ。」


「「「あ、ありがとうございます。」」」


「先ずは魔法を覚えな。」


「えっ!魔法‥‥ですか?わし等ドワーフは魔法との親和性が。。ゴニョゴニョ」


「誰が言った?誰がドワーフが魔法を使えないって言ったんだ?」


「それは‥‥」


「この村で魔法使えない奴は居ねえぞ?」


「マジですか?」


「ああ。オークや牙猿の子供だって使える。最近の闘鶏だって魔法戦が当たり前だぞ?」


「闘鶏!!!」

 ダエグは闘鶏が大好きだった!稼いだ金を持って闘鶏場へ行き、好きな酒を飲みながら贔屓の鶏を応援するのが、何よりの楽しみだったのだ。」


「ここでも闘鶏が見られるんですかい?」


「何言ってんだ?闘鶏はここで始まったんだぞ?トリネコさんが気に入って人間の街に広めたんだ!俺だって闘鶏の数十羽は鍛えてるぞ。」


 ダエグ達は震えた!天職の鍛冶だけじゃない。酒も闘鶏もある!ここは理想郷だ!


「バークシャーのトコは俺より凄いぞ!毎年チャンピオン争い筆頭だからな!」


「よせやい、俺はまだセネーゼに勝ててないんだ!今年こそ一矢報いてやるぜ!」


「も、もしかしてセネーゼって!?バークシャーって!?あの!?あの鶏舎のバークシャー様ですか!?」


「様ってあんた、そんな大それたもんじゃねぇよ。つか、なんで泣いてんだよ?」


 セネーゼ鶏舎とバークシャー鶏舎はその世界じゃ神の様な存在だ。

 実際に会えて、感極まって泣けてしまったのである。

 更に、本題の鍛冶からはドンドン遠ざかっていくが、誰も気づかない。


「じゃあ、折角だから今夜ちょっとやるか?」


「おぉ!そういや久しぶりだな!デュロック達も呼ぶか?」


「あぁ、デュロック来ないとセネーゼも来ないからな。あいつ等未だにラヴラヴだからよぉ‥‥」

 ハイライトの消えた遠い目でバークシャーは言うが、


「んな事言ってお前のトコも対外じゃねぇか!マンガリッツァさんの娘のなんつったか?お前にぞっこんって噂だぞ?」


「お、おい!それを言うな!マンガリッツァさんに殺されちまうわ!」


 内情の話をバスクとバークシャーが繰り広げる横で、ダエグ、オセル、ハガルの黄門様ご一行は、この理想郷で根を下ろすために何をすべきかを相談していた。


 鍛冶と酒と闘鶏。己の人生の全てが詰まっている。

 到達したと考えていた鍛冶すら錯覚だった。

 この先まだまだ進んで行けると考えたら、この決断は成功だった!

 また小僧に戻ってやり直せる!そんな気持ちにさせられる。


 人生やり直しじゃないけど、牙狼村で幸せになる!!

 真悟人の言う、幸せになる!そんな奴がまた増えるようだ。








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