第115話 ドワーフ

 街外れの巨大な倉庫‥‥


 そう、酒蔵を新たに作ってここに害虫を集めてしまおう!

 上手く行けば、後ろにいる貴族を焙り出して、落とし前を付けさせよう!

 アーサー・マウントフジ辺境伯も大いに乗り気である。


 新しい酒蔵は、倉庫部分と酒造部分に分けて、主に日本酒を造る。

 焼酎などの蒸留酒は表に出さない。

 酒の命は麹にある。良い酒蔵は建物に麹が付くらしいので、それを目指して余計な菌が入らない様に環境を整える。

 スパイたちも麹を盗み出すのは不可能だろう。

 材料の山田錦も牙狼村特産だし、米自体を知らないかも知れない。

 主食は小麦だし、米なんて流通してないもんね。


 この作戦は上手く行って、いくつかの貴族は尻尾を出して追い込まれて行ったらしい。スパイが減る訳じゃ無いが、ある程度納得して引き上げる者たちも居た。


 そんな頃にドワーフたちがやってきた。

 ダエグとオセルとハガル。

 最初、偉そうに押しかけて来た。


 ヴェルさんとケイトさんが丁重に応対したのだが、酒を売れ!酒の内容を教えろ!の一点張り。

 切れたケイトさんがブチのめして、魔法で吹き飛ばして追っ払ったそうだ‥‥

 お、おお‥‥


 暫くして、再度ドワーフはやってきた。

 今度は低姿勢で、ちゃんと前回の事を詫びて、話を聞いてくださいと懇願してきたそうだ。それならば、と、俺のところへ連絡が来た。

 ドワーフが話をしたいそうだと。


「牙狼村、村長の神田真悟人と申します。」


 ドワーフ3人はいきなり椅子から飛び降りた!!

「いきなり土下座!?」


「わし等はドワーフのダエグと「オセル」と「ハガル」と申します。先日は、こちらの責任者の方に大変に不快な思いをさせてしもうた。あの「神錦」に会えると思ったら、興奮して我を忘れてしまいもうした。申し訳ありませんでした。「「ありませんでしたぁ」」」


「ケイトさん。」


「はい。先日はビックリして、吹き飛ばしてしまいましたが、こうして謝罪していただけるのであれば、もう大丈夫ですよぉ‥‥」

「‥‥次は無いですけどねぇ。」


 おおっと‥‥悪寒が走った。

 ドワーフたちは這い蹲って震えている‥‥かなり怖い目にあったんだろうな。


「その件は、ケイトさんの許しを得たので良しとしましょう。それで貴方たちは、こちらにどの様な用件でいらっしゃったのですか?」


「はい。わし等は鍛冶でそれなりに名前を売って申した。先日、マウントフジ辺境伯に剣を納品した際に、「神錦」をご馳走になり‥‥」


 な、なんだ?泣き出したぞ?


「失礼申した。あの爽やかな香りと染み渡る酒精にわし等は神を見ました。」


 なんか大げさになってきたぞ?


「あれは正に!神の錦を表現した一品!そんな、そんな酒造りに携われたらと思い、押しかけた次第です‥‥どうか、どうか弟子にして下さい!」


「‥‥却下。」


「な!なんと‥‥」

 この世の終わりの様な顔をしてるが、話を最後まで聞きなさい。


「この酒を巡って、あちこちの貴族がいらんちょっかいを出してるの知ってるでしょ?いきなり来て弟子にしてくれなんて、酒の秘密を教えろって言ってるようなもんだと思わない?」


「た、確かに‥‥」


「それに、ここの酒蔵はまだ新しいから人員は最低限に絞ってるんだよ。」


「そ、それならば下働きでも何でも熟します。信用を得ることが出来たら、追々と教えを乞うと言う事では?如何でしょうか?」


 土下座のまま頭を擦り付けて懇願してくる。

「‥‥それならば、鍛冶が出来ると言っていたよね?」


「はい、鍛冶ならばそれなりに名前を残してる自負があります。」


「うちの村で鍛冶屋をやってよ。人手が足りないのでやってくれたら助かるよ。」


「はい。喜んで!このダエグ、男に二言はありません。」


「では、出発前に乾杯しましょうか?」


「おお!もしかして「神錦」が頂けるので?」


「そうですね、ちょっと利き酒でもやってみますか。」

 カッコよく言ってるが、只の味見である。


 テーブルを片付けて、ケイトさんにお願いして肴も準備してもらう。

「では、こちらからどうぞ。」


 3人の前に、冷奴と白菜の浅漬けともろきゅうを出す。

 ニコニコと何も言わずに小さいコップに日本酒を注ぐ。


「おお!!この香りは「神錦」ですな。」


「先ずは一献。行って下さい。」


 ドワーフたちは酒を口に運び、固まった‥‥

「違う‥‥なんだこれは!?「神錦」なんてもんじゃない!更に飲みやすく香りが良い!こ、これは何でしょうか!?」


「分かりますか?「神錦」は純米酒です。今飲んだのは「神舞」吟醸酒ですね。」


「純米酒??吟醸酒??」

 何を言われてるのか分からない。分かったのは「神舞」という違う銘柄という事。


「次はこちらですね。」


 恐る恐る香りを嗅ぐ。前にも増して透明感のある香りがする。

 ちょっとだけ飲んで‥‥‥突き抜けた!こ、これはもう伝説のエリクサーではないだろうか!?残りを一気に煽る。この世の物と思えないような爽快な酒!!

 いや、きっとこれはエリクサーだろう!!


 呆然と余韻に浸っていると、

「如何ですか?これは「神明」大吟醸酒です。」


「こ、これは伝説のエリクサーでは??」


「いえいえ、列記とした日本酒ですよ。それぞれ少しづつ製法が違うのです。まだ、吟醸酒と大吟醸酒は世に出していません。こんな物出したら、戦争になりかねない。純米酒でこの騒ぎですからね。」


 ダエグ達は恐ろしくなった。

 神の領域に手を出したのでは無いだろうか?

 不遜な事をしているのではないか?

 しかし、酒の魅力には勝てなかった。


「飲んでばかりじゃ身体に悪い。肴も摘まんで下さい。」


 真っ白でフルフルと柔らかそうな固まり。どう手を付けて良いのか分からない。

 戸惑っていると、


「これは豆腐と言います。最初はそのまま摘まんで下さい。後はお好みで醤油などを掛けて召し上がって下さい。」


 豆腐の上には刻んだネギと何かの固まり?黄色くて繊維が毛羽立ってる?

 多分何かを刻んだ?‥‥色々不思議な物だが、意を決して口に運ぶ!

 !!これは!豆だ!豆の奥深い香りが鼻に抜けて、口からも溶けて消えた。


「美味い!!」


 刻んだネギと黄色の刻んだ物の上にショウユというタレを掛ける。

 ほんの少しだけ。白い豆腐の上に赤茶色いショウユが広がる。

 少量だけ口に入れると、刻んだ黄色いのがピリピリとする。

 それをショウユ味の豆腐が和らげてくれて、ネギの風味が追いかけてくる。

 それを「神錦」で洗い流す。


 至福。ただその一言であった。

 酒と肴で、こんなにも幸福に浸れるのか。

 これまでは、ただ酒精の強い酒を飲み、肉を齧り、腹を膨らましていた。

 酒を飲むと言う事は、幸福に浸る事だったのかと、初めて知った。


「ほぅ~~‥‥‥」


 深いため息が隣から漏れた。

 見ると、オセルとハガルは泣いていた。

 ホロホロと泣きながら、

「親父さん、俺は、こんな幸せ知らなかったです。こんな、こんな世界があるなんて‥‥」


「親父さん、この野菜を食いましたか?こんな泣けるほど美味い野菜があるなんて!最初は萎びた野菜だと思いました。一口食ってガツンと来ましたね。白菜って野菜の浅漬けって奴で保存食になるらしいんですよ!」


「この、このもろきゅうって奴を食べて下さい!生の野菜でキュウリというらしいんですが、それにもろみって奴を乗せて、もろみとキュウリでもろきゅうだそうです。笑っちまったんですが、このもろみって奴はスゴイ!乗せるだけで生野菜のキュウリが料理になっちまうんです!」


 オセルもハガルも、こんなにしゃべる奴じゃない。それが泣き笑いしながら楽しそうに語っている。

 わしは、何かを間違ってたのかも知れんなぁ‥‥こいつらのこんなに楽しそうな顔は拝んだことなかった。大好きな鍛冶と酒で下働きさせて貰えるなら本望じゃねぇか。



 ダエグは姿勢を正して真悟人に向き直り、

「神田真悟人様、あなた様の元でわし等を使って下さい。おねげぇしやす。」


「分かりました。一緒に牙狼村を盛り立てて行きましょう。」


 真悟人は3人のドワーフと固い握手を交わした。


 ドワーフたちはこの後の移動で、大いに後悔する事になるとは‥‥

 今は知らない‥‥







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