第98話 悪夢
はっ!と気付いた。
な、なんだ?今のは?‥‥‥‥夢?
何だって一体こんな悪夢を?
「起きたかい?突然眠りこけてどうしたんだい?」
「あ、祖母ちゃん‥‥‥」
「魘されてるようだったし、汗びっしょりじゃないか?悪い夢でも見たのかい?」
「夢‥‥‥祖母ちゃん、教えてくれ。あそこは、あの世界には他に文明があるのか?俺の居るところが未開の地で、他に日本の様な文明があるんじゃないか?」
「なんだい?藪から棒に。‥‥‥その答えとしては、無いよ。」
「な、無いのか。‥‥‥ふぅ。」
ホッとした。
突然、高度な文明で全てが奪われる。
こんな残酷な事は無いだろう。
「あそこは、剣と魔法の世界だよ。魔法があるから化学は発展しない。魔法が何故発動するかも分かっちゃいないね。そういうもんだと思ってるんだよ。」
「俺はいつから寝てたんだ?」
「そうさね、帰ってきて静かになったと思ったら魘され出したよ。」
「夢を、夢を見たんだ‥‥‥」
内容を掻い摘んで話した。
話してるだけでも、泣きそうで震えるくらいだ。
「そうかい。お前さんの中にある恐れ‥‥恐怖する部分かもね。」
「恐怖。抗えない物に対する恐怖か。」
「ふっ。人間らしいじゃないか。怖いものは怖いもんさ。失うのが怖い。壊すのが怖い。進むのが怖い。止まるのも怖い。だから失わない様に、壊さない様に守るんだよ。進める様に、止まらない様に努力するんだよ。その怖さは忘れないこったね。」
「ああ。忘れない。負けないよ。精一杯守るよ。」
「そうしな。」
「祖母ちゃんは女神様なのか?」
珍しく目をまん丸にして驚いた顔をした。
祖母ちゃんのこんな顔は初めて見るなと思ったらニヤけてしまった。
「何、ニヤニヤしてんだい!下らない事言ってないで会社に行っておいで!帰って来てまだ挨拶してないだろ?」
えらい剣幕で追い出されてしまった。
やっぱ、祖母ちゃんはそういう存在なのかなぁ?と益体も無い事を考えながら家を出た。
会社の事務所に土産を準備して向かう。
今回も有名な菓子店で、有名なパティシエが作ってるという焼き菓子の詰め合わせだ。人数分を考えるととても持ちきれないので、配送してもらって倉庫に積んである。
相変わらず会社は成長を続けているようで、従業員の数も前回よりかなり多くなったという話だ。年商も億を裕に超えてきて、物品の製造販売と違い原価云々ではないので純利益としても中々優良企業らしい。それでも設備やら土地やらで金が掛かるので、俺の送る毛皮などの利益も助かるということだ。
俺名義の預金通帳は0が沢山の天文学的数字になっているし、換金行李にも多額の現金がある。異世界で成功すればするほど、日本の業績に反映されるって‥‥‥どうなってるんだろうね??
今回、オーク達が村に加わったから会社の人員も増えたのかな?
んじゃ、養殖池やキノコ小屋も在ったりして‥‥‥在ったよ。本当に増えてた。
‥‥‥キノコ狩り、キノコの山と、タケノコ狩り、タケノコの里‥‥‥
突っ込みどころ満載ですが、某お菓子メーカーに怒られないのか?
遠くに見える森と竹林‥‥‥後で聞いたが、季節モノだけど、かなりの賑わいを見せてるそうだ。実際にどうやってキノコが生えてるかを見学に来る小学生の団体とか、森で捕まえられるカブトムシやクワガタなど、昆虫採集も大賑わい!春はタケノコ掘りに燃えるお父さんとか、みんな土にまみれて遊んだ後は、ペンションやホテルで温泉‥‥‥‥‥
ん??温泉??掘ったのか!?温泉出るのか??
こりゃ、帰ってやることが出来たな!
温泉掘ってやる!!
あ!事務所行かなきゃ!
「こんにちは~。」
普通に挨拶しながら入って行った。
「はーい!どうしましたぁ?迷子の呼び出しですかぁ?」
20代前半の髪を少し茶色に染めた女の子が対応に出てくれた。
「あ、いえ、違いますが、ご挨拶にと思いまして。」
「挨拶ですかぁ?求人は終わってしまったんですよぉ。職安の方から来られたんですかぁ?」
「いえ、そういう訳ではないのですが‥‥‥」
ここで、自分は社長です!とは言えなくて恥ずかしくなって、しどろもどろになってしまった。
「折角来て頂いたので、上司に聞いてみますからちょっとお待ち頂けますかぁ?」
喋り方に少々特徴のある娘だな。語尾を伸ばさなければ、出来るOLさんに見えるのに。それでも、一応、取り次いでくれるらしい。
なかなか良い人みたいだ。
こんな、しどろもどろで不審人物でも門前払いにされなくて良かった。
「話を聞くそうなので、こちらへどうぞぉ。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
応接室へ案内してくれた。
「ただいま上司が参りますので、お掛けになってお待ちくださいぃ。」
「はい。」
直ぐに別の女性がやって来て、お茶とお茶菓子を持ってきてくれた。
「失礼いたします。」
黙って頭を下げた。お茶を準備してくれた女性は直ぐに立ち去り、一人応接室に残された。立派なソファーに身体を沈ませて、部屋の中を見回してみる。
観葉植物に、額に入った絵画。他にも感謝状や業務の資格証や色々額縁が並び、俺の写真があった。
「ぶっ!」
お茶を飲んでなくて良かった。
間違いなく噴き出していただろう。
あれは、いつの写真だ?あんな証明写真を撮った覚えはない。
唖然と眺めていたら、白髪交じりの男性が入ってきた。
「失礼します。お待たせいたしました。」
そう言って、対面に腰を下ろした途端!
「しゃ、社長~~!?」
「「「「「えぇ!?」」」」」
事務所から大勢の疑問の声が上がった!
「た、大変申し訳ありません。す、直ぐ戻ります。」
一旦席を外し、本当に直ぐに戻ってきた。
「ご無沙汰しております。山際さん。」
「社長!入社希望の男性が来ていると聞いて、私はてっきり‥‥‥」
「ああ、すいません。私は社長ですとも言えなくてね。」
「申し訳ありません。社長の写真は毎日見ている筈なのに、気付きませんで。」
「いえいえ、写真じゃ中々分かりませんよね。指名手配犯も写真だけじゃ気付きませんから。」
「そんな!社長を指名手配犯と一緒にしないですよ。しかし社長は相変わらずお若いですね?」
「山際さん、何を言ってるんですか?煽てても何も出ませんよ?」
この人は、今の会社で俺が一番話しやすい人だ。
伊達に総務の課長はやっていない。
「あれ?何も出ないですか?」
にこにこと軽口を聞けるので、気楽に話ができる。
「しょうがないですね。倉庫にお土産を置いてますよ。いつものお菓子店のやつです。」
「社長、いつもありがとうございます。」
そんな会話に最中にコンコンと扉が叩かれた。
「はい。どうぞ。」
山際さんが席を立って、扉を開けに行く。
するとそこには、最初に応対してくれた女の子とお茶を出してくれた女性が並んで立っていた。
「社長、「申し訳ありませんでした。」」
二人して頭を90度に下げる。
「ま、まぁ取り合えず中に入ってください。」
事務所からの好奇の視線が痛いので、中に入って貰った。
山際さんも苦笑いしている。
「社長、改めて紹介します。最初に案内したのが井坂で、お茶を持ってきたのが富岡です。」
「い、井坂ですぅ。も、申し訳ありましぇんでしたぁ。」
噛んだな。顔が真っ赤になっている。
「富岡です。社長と気付かずに大変申し訳ありませんでした。」
「普段、中々お会いしないから、気付かなくてもしょうがありませんよ。」
井坂さんと富岡さんは割と最近入った方で、前回来た時には俺も気付かなかった。
「いえ、毎日社長の写真は見ているのに、本当に申し訳ありません。」
「それよりも挙動不審な怪しい男が来たのに、門前払いされなくて良かったですよ。井坂さん、ちゃんと案内してくれてありがとう。」
「い、いえ、ちゃんと気付かなくてはイケないにょに‥‥‥ごめんなさい。」
また噛んだな。落ち着け~!内心、応援してしまった。
「お二人にお願いがあります。」
「はい。何でも申し付けて下さい。」
さすが、富岡さんは年の功ですかね。30代?お子さん居てもおかしくないかな。
「倉庫にお菓子が積んであるので、皆に分けて頂けますか?」
「「お菓子?ですか?」」
「久しぶりに帰ったので、お土産です。皆さんで召し上がって下さい。」
「「「おぉーー!!」」」
何故か事務所で歓声が上がっていた!聞いてたな?
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