第66話 交易100年分

 酒と焼肉のタレの次は、本命の塩、砂糖、香辛料である。

 それらは、明日の朝に交渉しよう。


 皆、飲めや歌えやで、へべれけになってきている。

 ここで、俺はトリネコに気になる事を聞いて見た。

 オダーラの街で駆け出し商人のジャニ、フェブ、メイを知っているか?と。

 これは、予想外の答えを貰った。


 彼らは今、オダーラでトリネコの店を任されているそうだ。

 なんで、そんな事になった?

 彼らはオダーラでエルフの里の交易を任された。

 しかし、駆け出し商人なので伝手が無い。

 そこでトリネコが持ち掛けたそうだ。

 俺と取引させて貰った経緯を話して、エルフの里の交易権を貸して貰ったと。

 その代わり、オダーラの店の一つを任せて、実力をつける為に修行させている。


 その話を聞いて、ちょっとホッとした。

 彼らは、此処に来るには早い。勢いで交易を任せたが、騙されてしまうか?それとも無理して命を落すか?と心配していたのだ。

 トリネコとの交易も、ジャニ達と約束してるから何処まで出来るか悩んでいた。

 一気に心配と悩みは解消した。


 その話は、ジャニ達も同じ心配をしていた。

 前の商業ギルドでの事があるから、搾取されるだけなのは避けたい。

 しかし、実力が伴わなくて俺との約束が行えない。

 そこにトリネコの話が在って周囲の評判や、領主にも相談して決めた様だ。


 それは、別の商人が教えてくれた。

 巡り巡って、落ち着く場所に落ち着いた感じである。

 明日は、安心して取引ができるな。

 宴も酣だが、お開きにしてヴィトンの屋敷に戻った。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~


 朝になり、ボスや戦隊達と挨拶して、夜のうちに何もなかったことを確認する。

 どうやらこの商隊には、不届き者は紛れ込んでいない様だ。

 サラの養父母である、ジョゼットさんとクアガールさんの口封じを行う者は来ていないのか?戦隊がいるから安心とは言え、絶対は無いので心配していたんだ。


 ヴィトンの話では、流石にやった事が事だけに元には戻れない。

 ただ、罪人が居なかったエルフの里では、どう裁いて良いのか?

 持て余している感じである。

 だったら、また俺が貰い受ける事も考えているので、口封じに殺される訳には行かない。だから警戒しているのだが、ヴィトン達にも最大限の警戒をして貰っている。



 さて、交易の方だが、これはトゥミの両親のヴェルさんとケイトさんにお任せである。いつも通りに塩、砂糖、香辛料を倉庫に保管していく。

 湿気があると固まる塩は氷室の中に。湿気が無いと固まる砂糖は氷室の外に。

 香辛料は、モノによってだが、大体氷室の中で保管である。


 氷室には、様々な肉類も入っていて、順調に買い取れるし、売れるようである。

 ここで、商人たちの大量仕入れであるが、彼らは空荷で来る訳は無く、服や鍋釜といった、エルフの里で需要の高い物を持って来てくれている。

 これは、ジャニ達からの助言もあって持って来たそうだ。

 物々交換と、金銭による取引でエルフの里はかなり潤うだろう。

 商人たちも、ちゃんと魔法使いを連れてきていて、氷室馬車を用意して生モノも取引出来るようにしていた。

 おかげでダブつき気味だった肉類も捌けて、回転が良くなるとホクホク顔である。


 氷室馬車が居るならと、ここで爆弾を落とす!

 余っていたイナダを20匹くらい出して、いくらで取るか聞いて見る。


 さすがにこれにはトリネコも固まった。

「こ、こ、これは?もしかして海の魚ですか?」


「ああ。正真正銘、海の魚だ。イナダって言ってまだ40㎝足らずだが、デカくなると、ブリと言って1mを超える大きさになる。」


「ど、どうやって食べるんですか?」


「そうだな、刺身も美味いが酒と醤油にしょうがを入れて漬け込んで焼いて食うと美味いな。後は大根と一緒に煮込んでも美味い。ただの塩焼きでも十分美味いぞ」


「海の魚‥‥‥ゴクッ。」

「全部で金貨10枚で如何でしょうか?」


「いいぞ。」


「ん~!金貨12枚では?‥‥は?  い、イイんですか?」


「いいぞ。早く氷室入れないと、魚は足が速いぞ?」

 イナダ20匹で100万円。マグロもビックリである。


「は、はい!ありがとうございます。」


 慌ててイナダを氷室の奥にしまう。

 全ての荷物を仕舞って、いよいよ出発である。

「海の魚は、また入りますか?」


「入るぞ。魚だけじゃない。貝、エビ、カニ、イカ、タコ、何でも入るぞ。」


「りょ、了解しました。準備して伺うようにします。」


「こちらも獲って来る準備があるから、前もって何時来るか教えてくれ。」


「はい!今回は有意義なお取引ありがとうございました。」


「ああ。ジャニ―ズ兄弟によろしく伝えてくれ。(ちょっと違うか。)」


「はい。了解しました。また伺います。ありがとうございました。」


 商隊の馬車は出発した。

 少しずつ小さくなるのを何となく見送っていた。

 そこに戦隊のブルーが来る。

「報告します。商隊の進行方向、南側から角熊が移動中です。

 このまま進めば、2時間後に遭遇します。」


「おう。ブルーありがとう。」

 そう言って黒糖を渡した。


「ありがとうございます。」


「ボス!行こうか!ブルー案内しろ。」


「はい。主!」


 真悟人はボスに乗って、森に飛んで行った。


「あ~!行っちゃった!真悟人は行動早いなぁ。」

 残ったトゥミは、飛んで行った方向を見ながらため息をついた。

 商店に戻り、両親と一緒に後片づけをする。


 かなりの量を販売したはずだが、まだまだ里では1年分以上はある。

 今回の販売額は、今までの100年分?くらいあった。

 母親のケイトは、これのどんだけを貰って良いのか分からないとトゥミに訴えるが、「2割って言ってたから2割貰っとけば良いんじゃない?」


「2割って、トゥミ!今までの20年分だよ?それも1回の販売で。怖いほどの額だよ。それに物々交換で商品も山のようにあるし‥‥」


「まぁ、次に商人が何時来るか分からないけど、その内慣れるよ。きっと」


「はぁ、そうかねぇ?  でも、これでみんなから商品をドンドン買い取れるね。これでこの里も潤ってくると思うと嬉しいね。」


「そうだね!あと、商人がいつ来ても良いように、お爺ちゃんが村を拡張するような事を言ってたよ。そしたら皆の仕事も増えるし、もっと豊かになるね。」


「真悟人さんのお陰だね!」


「うん。私の旦那様だもん♪」


「あらあら。」


 ~~~~~~~~~~~~~~~~


 そんな頃、「角熊発見。」


「おお。こいつデカいな!」


「主、前に村に来た角熊くらいは有りますね。」


「うん。あいつもデカかったな。‥‥ボス、リベンジしたいんだろ?」


「主‥‥‥」


「うん。気持ちは分かるが、今回は俺にくれ。街で売る。帰りがけにまた見つけたらボスに譲るから。それで良いか?」


「はい。ありがとうございます。」


「よし。『剣』!久しぶりだな。今回はお前の強さを見せて貰うぞ。」


 小刻みに揺れて、喜びに震えているらしい。

 今回は、『剣』にサックリと倒して貰いたい。

 傷なく倒したいので、眼から脳を一突きして欲しいと頼んだ。


「おとりは必要か?」

 フルフルと揺れて、要らないと言っている。

 しかし、風向きが変わったのか、角熊もこちらに気付いた。

 もう、隠れててもしょうがない。

 立ち上がり、黙って角熊を見ていた。


 自分を見ても、恐れずに黙って見ている。

 そんな姿にプライドを刺激されたのか、真っ直ぐに突っ込んできた。

 牙を剥き、角をこちらに向けて、よだれを垂らしながら走って来る姿は圧巻である。ちびってへたり込んでも可笑しく無いが、涼しい顔で眺めている。


 飛び掛かる手前で、何かが目の前を過った。

 角熊は、何が目の前を過ったのか分からなかっただろう。

 その瞬間に意識は暗転して2度と戻らなくなった。

 飛び掛かろうとする勢いのままに、真悟人の目の前まで倒れ込んできた。

 1歩も動かずにそのままアイテムBOXに格納する。

 まだ心臓は動いているだろうに、脳死でも死体判定のようだ。

 取り出す場所を考えなければ、出した瞬間に血の海になるだろうな。


「よし。完了だな。」

「主、お見事です。」

「称賛は『剣』に言ってやってくれ。」

「『剣』お見事です。」


『剣』は照れたようにクルクル回っていた。



 それを遠くから、驚愕の表情で見ていた者が居るのを真悟人達はまだ知らない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る